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数人のグループに目がいった…
この辺じゃ良くある光景で若い男の子が女の子に声をかけてる。
巷では若者の街なんて言われてるから当たり前なんだろうけど 何故か目が離せなかった。

男の子4人に女の子1人…
長めの背中まである茶色の髪に軽くお化粧した顔…歳はハタチくらいかな…
身体の線がクッキリわかるシャツに膝からかなり上の丈のスカートを穿いてる…
あれじゃ強引に連れて行かれてら逃げられないんじゃないかと思えた。

ただ印象的だったのはそんな状況にも関わらず彼女はうっすらと笑っていた…

慣れているのか…怯えもせずに。

「ニコッ」
「!!!」
目が合ってにっこりと微笑まれた!!僕はちょっとびっくりで…

「珱尓君何ぼーっとしてんのよ。置いてくよ!」
「あ!すみません…」

ほんの一瞬の出来事で…僕はそのまま歩き続けた。



「なんか最近年かなぁって思うのよね…」

「え?いきなりどうしたんですか?」

さっきの場所から大分離れた喫茶店で女友達の江里さんと
軽い夕食を取った後のコーヒータイムでの事…

「だってさ…さっきみたいなナンパ見たりすると ムカッとくるし
会社でも年下相手に話してるといつの間にかくどくど説教しててさ…
はぁ〜やだやだ…」

「そんな…江里さんは若いですよ。」

「同い年の珱尓君に言われても嬉しくないわよ。年の割には若いって言いたいんでしょ?」
「いや…そう言うわけじゃ…」

もう何を言っても駄目かな… なんて思った。

「珱尓君はもう36になった?」
「はい…僕は4月生まれだから…早々に…」
「私は年末。まだ先はあるけど…あっという間よ…珱尓君 彼女は?」
「いるわけないでしょ…こんなおじさんに…」
「おじさんかどうかは別として今まででもいた事あるの?」
結構失礼な事を普通に聞いて来るん だよね…江里さんって…
「ありますよ…まぁ昔ですけどね…」
何だか笑って誤魔化した…
「優しいのにねぇ〜珱尓君……」
しみじみと言う…う〜ん…
「物足りないみたいですよ…読書とガーデニングが好きなインサイド男じゃ…ね…はは…」
そう言って頭を掻きながら笑った。

「ふ〜ん…私がタイプ だったらねぇ〜〜」

「仕方無いですね。お互いがタイプじゃないんだから…」

「珱尓君ってさ優しいくせに時々ズバズバ言うわよね。」
「そうですか?普通なんですけど…」
「実は本当は腹黒い男だったりして?」
「まさかぁ!!それなりに年食ってますから!江里さんと同じで説教くさい だけですよ。」
「そうかしら?はぁあ…段々若者の時間になって来たわねぇ…」
そう言って窓の外を江里さんが眺めた。

「さて!身体のついていかない 私達は落ち着く我が家に帰りますか。」



江里さんの言った通りさっきよりもはるかに薄暗くなった街は
お店の明かりとビルの明かりが綺麗に輝き 出していた。
夜なのに昼間より明るく思える僕はこんな装飾よりも
明かりの何ひとつ無い場所で星空を眺めていたい…

さっきより通りを歩く人も増えてきて 若い子達の集団も目立つ…
そう言えばさっきの女の子…どうしたかなとふと思ってしまった…


「じゃあまた明日。」
「じゃあ…」
そう挨拶を交わして江里さんと別れた。

江里さんは僕が勤めてる大型書店の店が入ってるビルの上の階にある
輸入雑貨を取り扱ってる会社の社員だ。
探してるちょっと昔の本が見付からないと言うので一緒に探して
あげたのがキッカケで親しくなった。
歳も同い年と言うのもあってお互いいい話し相手だ。


「話し相手なんて年寄りくさいかな?遊び相手?いや…遊んでないしな…」

なんて変な所でこだわってしまった。

「あ!」

帰る途中の歩道で思わずそんな声が洩れた…
しかも真っ正面で相手にも気付かれた。

さっきの女の子だ…

「!!…あら…さっきのお兄さん。」

「お兄さん?」

まあおじさんよりましか…それに僕より大分年下みたいだし…

「僕の事憶えてるんですね…」
「だってさっきあたしと目が合った じゃない。なのに助けてもくれないで彼女と行っちゃった。」
悪戯っぽい眼差しで見つめられた。
「助けてほしかったんですか?笑ってたから大丈夫かと 思ったんですけど…
あ!それから彼女は彼女じゃありません。友達ですから!」
至って真面目にそう言った。
「……!!プッ…やだ真面目…」
「え?ああ!?…そうですね…でも無事で何よりでした…
じゃあ気をつけて帰った方がいいですよ。また男の子達に声掛けられないうちに。」

そう言ってその場から離れ様とした時…

「じゃあお兄さん 送っててくれる?」
「え?」
「だって物騒でしょ?家の近くまででいいから…ね?お願いしま〜す。」

そう言ってにっこり笑われた。



別に下心があったわけでもあの笑顔に参ったわけでもない。
どう見ても自分より一回り以上年が違うと思われる女の子に僕はそんな気は起きない。
純粋に帰り道の 心配をしただけだ。

「そんなにくっ付かなくていいですよ。腕も組まないで構いませんから…」

いつの間にか勝手に腕を組んで来て身体を押し 付けてくる…

「へぇ……珍しい……優しいのね。お兄さん…名前何て言うの?」
「……鳴海です。」
ちょっと警戒しながらそれだけ言った。
「なるみ…さん…下の名前は?」
「……今は言う必要無いと思いますけど?」
「…!!あら…ごめんなさい。私『浜南 愛理』。」
またにっこりと… フルネームを教えてくれた。
「………珱尓…『鳴海珱尓』です。」
「えいじさん…」
「でも初対面の僕なんかにそんな簡単に名前なんて教えたら ダメですよ。」
「あら…誰が本名なんて言った?」
「あ…!?」
「と言う事は珱尓さんは本名なんだ…くすっ」
「……大人をからかわないで下さい。」

もう…このノリについていけない……ああ…これが年の差か……
なんてしなくてもいい落ち込みを感じていた。

そうだよな…きっと一回り以上年齢が 違うはず……
そう言えば仕事以外でこんな若い子と話すなんて…しかもこんな密着して腕まで組むなんて…

一体…何年振りなんだろう……?



「どの辺まで送って行ったらいいんですか?」

「…なんで?」

もの凄く不思議な顔されて聞き返された。

「もう大分歩きましたよ。もしかして 何駅先…とかですか?
僕もどんどん自分の家から遠ざかってるんですけど…」

そう言いながら歩いて来た道を振り返った。
ここからじゃ一旦最初の 場所まで戻らないと自分の家まで帰れない…

「ケチね…最後まで責任持ってよ。」
「十分果たしてると思うんですけど…困りましたね…」
冗談ではなくて本当にどうしようかと悩み始めてしまった。

「実はね……あたし…帰る家が無いの……」

「はぁあ?」

思わず急に しおらしくなった彼女を見つめてしまった…
両手を身体の前で握って…俯いてじっとアスファルトを見つめてる……


「ご両親は?」
「いない…」
「いない?何でです?」
「事故で…2人共…」
「ほぉ………」
「疑ってるの?」
「名前も知らない相手ですから。今の世の中疑ってかからないと…」
半信半疑な事は確かだ。
「でも名前は本当よ。」
「はいはい…で?どなたか保護者の代わりになる方は?」
「…いるけど…あたしの事変な目で見るから… 同じ家にいたくない…」
「あなたは…独立してないんですか?もう働いてるお年かと思ったんですけど…」
「……家を出る事をおじさんが許してくれなくて… このままじゃあたしいつか襲われちゃう…!!」
そう言って怯えた様に僕に身体を寄せて来た。

「はあ…そうですか……」

何とも気の無い返事になった。
一体この子は僕に何を求めているのか…?

「わかってくれた?」
気持ち潤んだ瞳で見上げられた。

「では警察に行きましょう。」
至って真面目にそう言った。

「……!!!!」

もの凄い驚いた顔された……?

「わかったわ…もうここでいい…ありがとう鳴海さん。 じゃあね。」

彼女はそう言うと手を振って……サッサと線路沿いの道を歩き始めた。

「コロッと態度が変わりましたね…やっぱり嘘だったんですかね…
…結構気が強そうだったし…大丈夫かな…」

しばらく歩いてる彼女を見送って…僕ももと来た道を歩き出した。



次の日の仕事帰り…今日は1人で昨日と同じ街の中を歩いて家に帰っていた。
夕飯は何にしようかなんて……どうでもいい事を思いながら。

辺りの歩道では いつもと同じ光景が繰り広げられてる。
数組の男女がこれからの事を相談でもしてるのかな…僕には関係の無い事で…

考えてみたらナンパなんてした事も された事も無かったな…
36年間生きてきて……はあ…

なんでそんな事で落ち込んでるんだか…そんなのこの世の中に何千人っているだろうに…


「お兄さん!」

「えっ?」

「あたしと付き合ってくれる?」

「 …!?」



急にそんな声をかけられて…振り向いた。

そこには昨日別れた…あの…『浜南 愛理』と名乗る女の子が立っていた……