03





「何でこんな事になったんだろう…」

いくら考えても分からない…
何故彼女が僕の家の…しかもシャワーを浴びてるんだ…悪夢としか言いようが無い…
彼女が絶対・故・意・に!ジュースを浴びたとしか思えない…
一体何の目的で?やっぱり僕の財布の中身が目的?

「鳴海さん洗濯機貸してもらっていい?
お風呂場で水洗いしたから脱水掛けて干したいんだけど…
そしたら明日の朝までには乾くわ。」
「!!…明日の朝まで?って君まさかここに泊まるつもり…って!!わあっ!!!」

最初は声だけだった彼女の姿が現れた途端びっくりして叫んでしまった。
バスタオル1枚身体に巻いただけの姿だったから…

「ちょっ…ちょっと君!!そんな格好で男の前に出て来るもんじゃないよっ!!」
「だって着るもの無いんだもん。」
「一言言いなさいって!……はい!これ着て下さい!」
そう言って渇いた洗濯物の中から僕の綿のワイシャツを渡した。
「ありがとう。あたしは別にこれでも構わないのに…」
「僕が構います!」
「……ホント真面目…鳴海さんって。」
「これが普通です!」



「………まったく」

今度は僕がシャワーを浴びながらボソリと呟いた。
一応財布は脱衣所に持って来た。
浴室の扉は曇りガラスだから内開きの洗面所の扉を開けると影が出来て
彼女が入って来ればすぐにわかる。
そんなに彼女を疑うのも何だか気がひけるけど彼女の目的が何なのか
わからないから仕方が無い。

「……こんなおじさん相手にするつもりなんですかね?
お金なんて無いのに…貯め込んでるって思われてるのかな?」

なんて変な想像までする始末……


「………」
シャワーを浴びてリビングに戻ると彼女がソファに座って…
何処を見つめてるのかボウっとしてる。

「何か飲みますか?」
「!!…あ…うん…」
「ジュースはありませんけど…烏龍茶なら…」
「うん…それでいい。」

「今度は振っても噴き出しませんよ。」

「…わかってるわよ。」


彼女がまったくと言いたげな顔で烏龍茶を受け取った。




「……どうしてそんな所に座ってるの?」

「え?いえ…別に理由なんか…」

リビングの壁際に椅子を持って来て座ってる僕を見てそう言った。
彼女が座ってるソファからは大分離れてる。

「じゃあどうぞ!」
そう言って自分の座ってるソファの隣をトントンと叩いた。

「……いえ…もう夕飯の仕度しないと…」
僕は慌てて立ち上がってキッチンに向かう。
「じゃあ手伝う。」
「え!?あ…いや…」
いいと言う前に彼女は僕の隣に立っていた。



「へぇ…なかなか上手ですね。」
手際良く仕度をこなす彼女を見て関心しながら呟いた。
「慣れてるもの…上手だよ。あたし…良い奥さんになれるもん。」
そう言って意味ありげに僕を見て笑う。

「…は…はは…」

もう笑うしかない…


「本当に家の人に連絡しなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫。言ったでしょ?居候の身なの。おばさんが血が繋がってるけど遠いし…
おじさんがそんなんだからあたしはおばさんに目の敵にされてるし…
あたしなんていない方がいいのよ。」

「…………」

結構な重い話だと思うのに…彼女は2人で作ったあさりスパゲティーを
ちゅるちゅると食べながら軽く話す。

「引き攣ってるよ。顔!」
「え?…ああ…」
僕の方が気してたらしい…
「そんなに気にしなくてもいいわよ。もう慣れてるし…いつもの事だもん。」
軽い…やっぱり若さゆえなのか??前向きだな。
「毎日大変なんですねぇ…」
しみじみとした言い方になった。
「やだ…おじん臭い!鳴海さん!!」
「実際おじんですから…僕。」
「そんな事無いよ…鳴海さん素敵だよ。その眼鏡も似合ってるし。」
コンタクトから眼鏡に変えた僕を覗き込んで笑いながらそう言った。
「…どうも…」
そんな返事しか出来ない。
「でも鳴海さん最初とちょっと態度が違うね。あたしは嬉しいけどさ。」
「それなりに人生経験してますし接客業ですしね…社交辞令程度のお付き合いなら出来ます。」
「……何それ?そんなのつまんない。」
「…つまらなくて結構。じゃあそんな僕を構うのはもう止めてくださいね。」
「それとこれとは話が別。」
「……僕の気持ちは最初に言ってありますよね?今もそれは変わりませんから。」
「はいはい…でもこれから変わるって事もあるでしょ?」
「君相手にあるかな?」
「……結構ズバズバ言うわよねぇ…鳴海さんって。」
「良く言われます。」

つい最近江里さんにも言われたし…



「仕事はどんな事してるんですか?今日は大丈夫だったんですか?」
最後の一口を飲み込んで聞いた。
「…大丈夫。融通の利く仕事だから。」
「そうですか…」

僕はなんでこの子と…そんな話をご飯を食べながら話してるのかと…
ちょっと不思議な気持ちだった…

「君も変わってますね…こんなおじさんの僕と話してて愉しいですか?
きっと君が喜ぶ様な話はしてあげられないと思いますけど…」

「別に平気だよ。あたしは鳴海さんと話がしたいわけじゃないもん。」
「え?」
「そりゃ…色々話せたらもっといいけど…」
「…?」

そこまで話すと彼女は黙ってしまって黙々と残りのスパゲティーを食べていく。



「ここ…鳴海さん1人で暮らしてるの?」

部屋を見回してそう聞かれた…確かに家族で暮らしても十分すぎる部屋だ。
最近建ったマンションの3LDKでバルコニーが結構広めに付いている。
そのバルコニーには僕の趣味のガーデニングの植物が所狭しと置かれる。

「親戚の家族が買ったものなんですけど買って直ぐに外国に転勤が決まって…
あっちで永住するから格安で譲ってもらったんですよ。」
「へー…後で部屋見せてもらっていい?」
「…いいですけど…寝室に書斎に使ってる部屋に…ってそれくらいですよ?そんなの見ても…」
「いいの。……鳴海さんがどんな生活してるか知りたいんだもん。」

そう言ってにっこり笑う…

「君の…」
「え?」
「君の目的は一体何ですか?」
「目的?…そんなの無いわよ…ただ鳴海さんの事知りたいだけ。
年上の大人の男性ってどんな感じなのかなぁ…って…ホントそれだけよ。」

「……じゃあその好奇心が満足したら…僕を構うの止めてくれるんですか?」

「……そうね…そうかも…」

今度は…さっきよりも少し淋しげに笑う…
思わず罪悪感に似た感情が胸の中にチクリと疼いたけど…流されちゃいけない…
どう見ても被害者は僕で…今日だって結構な迷惑をこうむってる。
両親が健在なら即親に注意してもらう所だけど事情が事情だから仕方ない…


「君にはソファで寝てもらいますけどいいですか?」
「別にいいよ…このソファフカフカだし。」

僕が差し出した枕代わりのクッションと毛布を受け取りながら何気に愉しそうだ。
いくら女の子と言っても流石に自分のベッドに寝せるのは抵抗があった。
他人の女の子で…それに今夜一晩の事だし…

「おやすみなさい…鳴海さん。」

彼女がにっこりと笑う…

「おやすみなさい。」

僕はニコリともせずにそう言ってリビングを後にした。




………キイ…

静かに僕の部屋のドアが開いた…
さっきまでベッドの中で本を読んでて…流石に明日に響くと思って寝たばかりだったから…
僕はぐっすり眠り込んでてまったく気が付かなかった。

キシリとベッドが軋んで…重さが加わる…

「……ん?」

重さを感じて…目が覚めた。
辺りはまだ暗い…カーテンの隙間から漏れてる外の明るさで何とか部屋の中がわかる。
僕はモソモソと布団の中から手を伸ばして枕もとのスタンドに手を伸ばした。

「電気…点けないで…」

「 !!!! 」

一瞬で目が覚めた!!
この声…彼女の声だ…でも…何処からする??え?まさか…この重みって…

恐る恐る布団から顔だけ出してベッドの上を覗いた。

「シィ〜…大きな声出さないで。」

そう言って僕の上に四つん這いになりながら自分の口に人指し指を当てた。

「…き…君?一体ここで何してるんですか?」

僕の方がビックリで…
これって…『夜這い』と言うもので…普通は男の方から女性の所に行くもので…
女性から…しかもこんな若い子がする事ではないのでは??

「…泊めてもらったお礼に来たの…受け取って…鳴海さん…」

「………なっ……」

そう言って屈んだ彼女の胸元はボタンが何個外してあるのか…
胸の谷間が思い切り見えてて…垂れた長い髪で辛うじて少し隠れてる…

「……………」

僕は心臓がドキドキで…
こんな若い子の…しかも生の胸を見るなんて一体何年振りなんだろう??
思い出せないくらい随分前だ…


僕はそんな彼女の身体から…目が離せなかった……