05





「おはよう。珱尓さん…」

「おはようございます。愛理さん。」

次の日の朝…彼女はぼくがリビングに入ると既に起きていて
僕に向かってにっこりと笑って挨拶をする。
昨夜は約束通り僕の部屋に彼女が来る事も無く平凡な夜と朝を迎えた。

でも…女の子が泊まって平凡なんて言えるのかな?


「寝心地…大丈夫でした?昼寝位なら十分なソファなんですけど…」
「大丈夫。寝心地いいわよ。もっとひどい所で寝るのなんてしょっちゅうだったし…」
「………しょっちゅう…ですか?」
「やだ…珱尓さんが落ち込む事じゃないじゃない…くすっ」
「はあ…そうですけど…」

簡単な朝食の後…いつもの様に観葉植物にお水をあげていると
彼女がそっと僕の横に立ってそれを眺めてる。
何だか本当に今までの彼女からは想像も出来ない…
こっちが演じてるんじゃないのか?と思うほどの別人だ。

「一杯植物があるのね。」
「…僕の趣味なんです…オジン臭いでしょ?」

「そんな事無いよ…
植物好きな人って沢山いるし部屋の中にこんなに緑があるって何だか癒されるもん。」

「そう言ってもらえると…気分が楽ですけど…」

「これは何て言うの?」
「アレカヤシって言うんですよ。」
「じゃあコレは?」
「これはパキラ。」
「じゃあこれは?」
「アオワーネッキー」
「じゃあ……」

「愛理さん。」

「!?」

「キリが無いですよ…全部の名前聞くつもりですか?」
「え?あ…ごめんなさい…つい…」

「…………」

「…!?…珱尓さん?」

「あ…いや…時間大丈夫ですか?」
「…!!…うんまだ平気。」
「どんな仕事してるんです?」
「え?…あ…ドラックストアのレジ…バイトだけど…」
「へぇ…この辺ですか?」
「珱尓さんの本屋さんがあるのとは反対側…東口の方…」
「そうですか…」
「今は事情が合って昼間しか働いてないんだけど…
いつかはちゃんと社員で何処かに就職するつもりだし…」
「そうですか…じゃあ無理をしない様にして長く続けられるといいですね…」

「…そうね…にこっ」

「…………」

そんな彼女の寛いだ…安心した顔を見るのは…初めてかな…
なんて思いながら…彼女に気付かれない様に横顔を見つめてた…

「珱尓さんは何で本屋さんに?」
「え?ああ…僕本読んだりするの昔から好きで…
それにあそこの本屋は地下に古い本なんかが貯蔵されてて
全国の書店から問い合わせのあった本とかも探して送ったりするんです。
僕祖父が古本屋やってたんでそう言う知識があったんで…
あそこの本屋はそんな仕事も一緒に出来るんですよ。
あそこの社長と祖父が同級生だったんで…祖父繋がりで就職出来た様なもんですね…
もう2人共他界していらしゃらないんですけど…」

「へぇ…そうなんだ…でも何だか珱尓さんらしいかな…」
「そうですかね?」
「うん…だって珱尓さん本の中に溶け込んでたもの…」
「……ありがとうございます…って言うのも変ですかね?」
「ううん…珱尓さんにありがとうなんて言われたら嬉しい。」
「………はぁ…」

僕は彼女にそんな風に言われてちょっと焦る…
そう言えば彼女は僕の事を好きだと言ったんだっけ…

こんな風に変に気を持たせるのはお互いの為にならないんじゃないかと…
そんな風に思っていた…




「え?また珱尓君の所に泊まったの?」
「はぁ…まあ…」

好奇心満々の江里さんが待ってましたと言う様にお昼に誘って来た。
僕は仕方なく本当の事を話す…江里さんに嘘はつけなくて…
後でバレると余計煩いから。

「やっぱり付き合っちゃいなさいよ!珱尓君だって満更じゃないんでしょ?」
「そんな事は無いですよ…異性と言うよりも妹みたいな…こう保護者の様な気持ちです。」
「ふーん…じゃあその子が裸で珱尓君のベッドに入って来てもその気にならないわけ?」
「え?!…なんて事言うんですかっ!彼女に失礼ですよ!」
「もしもの話よ。大袈裟ね…」
「…多分…何か着せて…丁重に部屋から退室して頂きますね…」
「はぁ〜〜…そう?」
「何ですか?そのダルそうな態度は。」
「真面目通り越してつまんないよ。珱尓君!もっと大らかな恋愛してもいいんじゃないの?」
「…すみませんね…真面目で…でも僕は軽い気持ちで女性とそう言う関係にはなれないんです…
特にこの年になってから…逆にそう言うの真剣に考える様になってしまって…」
「…じゃあもしそう言う関係になるとしたらイコール結婚って事?」
「…ですかね…ってすいませんね…重くて!」

もの凄い呆れ顔の江里さんの先手を打ってそう答えた。

「真面目で…どこがいけないんですか?それだけ相手に真剣になるって事で…
だからって僕は相手にそれを押し付けたりしませんし…
ちゃんと相手の事考えてるつもりですけど…」

半分不貞腐れてそんな事を言った。

「じゃあ今までの相手はそこまで考えて無かったって事?」
「……まあ学生の時は論外として28の時は相手がそれを望んでなかったんですよね…」

僕は結婚してもいいと思ってたんですけど…

「まあこう言うのもタイミングでしょうから…」
「タイミングの前に出逢いよっ!!相手がいなきゃ話にならないもの!」
「そう…ですね…」
「婚活…本腰入れてやってみようかな?どう思う?珱尓君!」
「…社内にいないんですか?どなたか?」
「いたら苦労しないわよっ!もう殆んどが年下で年上は年下の若い女がいいのよっ!!
全く…見る目がないったら…ぶつぶつ…」

話の矛先が江里さんの話になってちょっとホッとした。
僕のそう言う考えは江里さんには理解してもらえないみたいだし…
話しても平行線に近い…

36歳…
男の僕よりも女性の江里さんの方が深刻なのかな…
でも江里さんなんて仕事もバリバリ出来てそれなりの収入もあって…
気持ちの持ち方の問題じゃないかと思うけど…

でも…やっぱり家族とは違う誰かとこれから先一緒にいれたら…
しかもそれが自分が好きで…愛してる人なら…

きっと幸せな事なんだろうな……



「おい!あんた!」

「え?」

仕事帰りの途中声を掛けられて立ち止まった。
今日は早番でいつもより早い帰りだったけど…呼び止められるなんて珍しい。

振り向くと…知ってる顔で…確か彼女の知り合いで『隆生』君という子…
直ぐに大通りから少し離れた路地に連れて行かれた。

「何ですか?」

ちょっと…ドキリとなった。
なんせ腕に自信がありそうで尚且つ気が短そうだから…
僕なんてすぐ殴られちゃいそうだ…だけど僕に何の用なんだろう?
って彼が僕に用なんて1つしかない…彼女…『愛理さん』の事だ。

「昨夜…あいつあんたの所に泊まったんだってな…」
「え?ああ…はい…お泊めしましたけど…」
「一体どう言うつもりだ?」
「は?」
「あいつの身体目当てか?ああ?オヤジ?」
いきなり凄まれて睨まれた。

「へ?身体って…ちっ…違いますよっ!僕は別に…」

「じゃあどうやってあいつの事たぶらかしたんだよ?ふざけんじゃねえーぞ!オラァ!!」

うわぁ…今にも飛び掛って来そうな気配…こ…これは…マズイのでは??

「え?ちょっと誤解ですって…一体彼女からどんな風に聞いてるんですか?
彼女がそう言ったんですか?僕が彼女に何かしたって?」

「あいつがお前みたいなオヤジの所に毎日の様に行くはずねぇんだよ!
金で言う事聞かせてんだろ?このエロジジイがっ!!」

「なっ!失礼な事言わないで下さいっ!!僕は誓ってそんな事してませんよっ!
彼女が勝手に僕の所に来てるんですよ!そんなに彼女の事が心配ならもう僕の所に
来ない様に彼女にそう言い聞かせてくださいよっ!僕はその方が助かるんですから!」

思わず濡れ衣が我慢出来なくて大声で言い返してしまった。

「なにぃ?!」

うわっ!!マズイっ!!
喧嘩じゃ絶対彼に勝てるはずが無い!!!

「!!…なっ何ですか?暴力振るったら即警察に飛び込みますからね!訴えます!!」

国家権力に頼った!頑張れ権力!!

「こ…の野郎っ!!」
「!!!!」

あっさりと国家権力が負けた…
殴られる!?そう思って胸倉を掴まれた瞬間…


「隆生っ!!その人に手ぇ出したら許さないよっ!!」


すぐ近くで…聞き覚えのある声が響いた…



「……え?…愛理…さん?」

「愛理……」


男2人…キリリとした顔で僕達を睨みつけてる彼女をジッと見つめてた。