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「おはようございます…小夜子さん。」

冬の寒さが厳しい朝…
私の部屋のベッドの上に起き上がって布団に包まりながら
寝ぼけた顔と声で彼がそう言った。

「おはようございます。弥咲先生。」
「昨夜はお世話になりました…助かった。危うく凍死する所だった。」
そう言ってにっこりと笑う。
「もういい年なんですからもう少し計画的に行動出来ないんですか?」
昨夜の夜中…知人とお酒を飲んで電車もタクシーもつかまらないから
このままじゃ野宿で凍死する!って言って人の部屋に転がり込んで来た。
「いやあ〜ついつい調子に乗って飲み過ぎて…付き合いも大変…あふ…」
バツが悪そうに頭を掻きながら欠伸を漏らした。
「ウソ言わないで下さい!どうせまた1人でいるのが寂しくなったからでしょ?
私の所じゃなくても他に泊めてくれる人いるんじゃないんですか?
女性にだらしないんだから。」
「だらしないってなに?オレは女性には優しいの!そこんトコ間違えないで欲しいなぁ」
「私にはそんな事知ったこっちゃありませんから!!」
軽蔑の眼差しで見下ろすと気付いたらしい。
「わーホントひどい誤解…偏見…血も涙も無い……」

「………!!………」

まだ…言うかっ……この男っっ!!一晩の恩を忘れてるなっ!!

「弥咲憂也っ!!とっと此処から出て行けっっ!!!
大体1人暮らしの女性の部屋を当てにするんじゃないっ!!」

クチの減らない不届きなヘタレ男に向かって思いっきり指を指して言い切る!!

「ちょっ…そんなに怒んなくたっていいでしょ?何カリカリしてんの?
そりゃ夜中に突然押し掛けたのは謝るけど…」
「貴方っていつもそうですよね?昔から突然人の家にやって来るんだから!」

「………あ!もしかして小夜子さんあの日??」

「……!!!!…」

何そのナイスな思い付きみたいな顔は!!真顔で言ってる所が腹が立つっ!!
未だに布団に包まって私を見上げる男を睨みつけた!

「…こ…この無神経男!!最っっ〜〜〜〜〜低っっ!!!!」

「………!?あれ…もしかして…ホントだった?」
「そんな事…あるわけないでしょっ!!おバカっっ!!」

もう…疲れる…何でこんな朝からこんな怒鳴らなくちゃいけないの??


この天然無神経男…名前を弥咲憂也(misaki yuuya)…
確か今年で34歳になるはず?

この男との出会いは今から6年前…
私が高校2年の秋から冬に向かう11月ごろだった…



「高田先生…プリント刷り終わりましたけど?」

教科ごとの担当の先生の部屋…
古文の授業で使うプリントの印刷を頼まれて出来上がったから届けに来たんだけど…
部屋には…見たことの無い男の人が一人…
開け放たれた窓に寄り掛かって…ぼーっとタバコを吸ってた。

耳が隠れるくらいのショートの髪で…ちょっと明るい茶色…
背は…結構高そうで…180近いかな?
色白で…タバコ吸ってる格好が結構サマになってて…
歳は20代後半ってトコかな?

「あの…高田先生は?」
「え?」

私が声を掛けて初めて気が付いたらしい…
なのにそんな慌てた風も無く…ゆっくりと視線を私に向ける。

「ああ…今ちょっと出てるけどすぐ戻って来るよ。」
ニッコリと笑った…

正面を向いたその人はなかなかの整った顔立ちで…
男の人にそんなに興味の無い私から見ても…ドキリとする顔だった…
こう言うのを美形って言うのかな?
今まで私の周りでそんな人いなかったから…本当にいるんだ…こう言う人…

なんて一瞬の間に思ってた…

「…ん?どうしたの?」
「ハッ!…い…いえ…じゃあコレ…ここに置いておきますので…
高田先生が戻って来たらそう伝えてもらえますか?」
「いいけど…なんで?先生が戻って来るまで一緒に待ってようよ?ね!」
「えっ!?」
「今美味しいコーヒー淹れてあげる。」
そう言って咥えタバコで部屋に置いてある食器棚を探り出した。
「あ!…あの…結構ですから!!お…お構いなく!!」
お構いなく??何だか変な会話?ここ学校だし…
「え?そう?」

惚けた顔してるけど…この人…一体誰?この学校にこんな先生いたっけ??

「あ…あの…新しい先生なんですか?」

思わず聞いてしまった…
だって…もし本当にこんな先生が前からいたら絶対女子の間で噂になってるはず…

「え?ああ…違うよ。今日高田先生に呼ばれてね。これから話する所だったんだけど
何処かに出て行ってそれっきり…もう10分経つな…
で暇してた所に君が来てくれたってわけ!まさに地獄に仏とは君の事だね!」
「は?…地獄…ですか?」
「そう…こんなムサイ所に1人でいたら気分が滅入る…
良かったこんな可愛い子が訪ねて来てくれて ♪ 」

「……はぁ……」

何?この人…何か…変?
「君…名前何て言うの?」
「…ええっ!?なっ…名前です…か?」
やだ…こんな怪しい男に名前教えなきゃいけないなんて……どうしよう…
「…?ん?なに?」
「え?いえ…あの…あなたココの先生じゃ無いんですよね?」
「え?うん…まあ…」
「じゃあ…言いたくありません…」
「は?」

「何処の誰ともわからない相手に自分の名前を教えるなんて事出来ませんからっ!!」

「…………」

もの凄いビックリした顔された…でも…用心に越したことは無い。
今の世に中なにがあるかわからないから!!

「ブッ!!クックックッ……アハハハハ………」

「!!……???…」

お腹抱えて笑われた…え?なんでよ?
「もしかして…オレ…君には怪しい奴に見えてるんだ……?」
「………用心の為ですけど?」
「……素晴らしい!君って優等生なの?」
「……さぁ…自分では普通だと思ってますけど…」
「そう?名前も教えてもらえないなんてオレ初めてだよ。くすっ」
何?自分が聞けば誰でも答えてくれるとでも言いたいの?…自慢?
「…とにかくそのプリントの事高田先生に伝えといて下さいね。お願いします。」
「はいはい…フフ…」
まだ笑ってる…何か失礼…
「じゃ…」
「またね。」
「……!?…」

……また…ね?

私は不思議に思いながらもサッサとこの場から離れた方が賢明と
彼の視線を感じながら入り口のドアを閉めた。



「ふぁ…寒い…」

もう午前中の11時もまわったって言うのに…11月ともなると寒い。
そうよね…もうすぐ12月だもん…

「…!!……!!…」

自転車置き場に向かう途中道場の脇を抜ける…
ちょっと離れた脇道だから掛け声と床を蹴る音と…
はぁ…ご苦労様…部活だよね…確かあそこは空手部が使ってるはず…
行った事も入った事も無いけど開け放った窓から中の音と声が漏れてる…
この寒いのに…あ…動いてるから寒くはないのか…

なんて当たり前の事を考えながら私はまた歩き出した。

「……お〜〜い!お〜〜いってば!!」

「…ん?」
微かに…呼ぶ声がする…私?私の事呼んでるの??
「こっち!こっち〜〜〜!!」
「!?」

声のする方に視線を向けると…
今横を通って来た道場の窓からこっちに手を振る人影が……

「ん?誰?え?私空手部に知り合いなんていないわよ??」
「お〜い!久しぶり!」
「久しぶり?」
チョイチョイと手招きされたから確認しがてら窓の近くに近付いた。

「あ!!あなた…」
「また会えたね。」

そう言ってニッコリ微笑んだのはこの前高田先生の部屋で会った…

「怪しい男っ!!」