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「じゃあ一晩留守にしますけど戸締まりと火の元気をつけて下さいね。」
「分かってるわよ……」

駅まで見送ると言い張る愛理さんを何とか説得しての玄関でのやり取りで
何故か愛理さんが元気が無い?

「どうしました?心細いですか?」
「違う!」
「じゃあ?」

「本当にお見合いするの?」

物凄いふて腐れた顔…もう何度言われて何度そんな顔されたか…

「ですから会うだけですって!
何度も言ってるでしょ?僕は断るってちゃんと言ってあるって。」
「本当?本当に断る?」
「断ります!愛理さんは心配しなくて大丈夫ですから…」
そう言って心配させない様にニッコリと笑った。

「ちゃんと…」

「え?」

「ちゃんと此処に帰って来る?」

今度は瞳を潤ませて不安げにそんな事を聞く。

「何言ってるんですか…此処が僕の家ですよ…」
またニッコリと笑って答えてあげた。
「約束ね?」
「……!!…クスッ…はい。約束します。」

そう返事をしたと同時に彼女の腕が僕の首に伸びた…

「ん……」

また…彼女が僕にキスをした……
でも…今度のはいつもと違う様な……そんなキスだ…
それに今までみたいに一瞬で離れ無い……

でも僕は…彼女を引き離す事はしなかった…
やっぱり心細いのかな…なんて考えが頭に過ぎったからで…

でも後から思えば別にキスをしなくても良かったのでは?なんて思った。


「…おまじないよ…珱尓さんが無事に此処に…あたしの所に戻って来れますように…って…」
「そんな…大袈裟ですよ。一泊ですよ?」
「違うの!お見合いの方!珱尓さんがその気無くても相手がわからないじゃない!!」
「はあ…でも僕みたいなおじさんなんて対象外ですよ。相手の女性僕より大分年下でしたから…」
「それが余計危ないのよ!!珱尓さんは若い女の子のハートをくすぐるんだからっっ!!」
両腕をギュッと掴まれて迫られて玄関のドアに追い詰められた。

「それは…初耳ですね。」

「浮気なんて許さないんだから!!!」

「浮気って…それは付き合ってる人達の話で…僕達には当て嵌まらないのでは?」

「それでも浮気なのっっ!!!」

もう言ってる事が支離滅裂…?

「じゃ…じゃあ行って来ますね。何か問題が起きたら連絡下さい。」
「問題が起きなかったら連絡しちゃダメなの?」
「……!!…内容によってですね……」
「………わかったわ……行ってらっしゃい…」
「はい…行ってきます。」

不安そうな瞳で…
ドアが閉まるまでぎゅっと両手を握り締めて愛理さんは僕を見送ってくれた。

ドアが閉まって僕はふと思う…

段々…彼女のキスに慣れてきた???
それとも…慣らされて来たのかな??



「おう!珱尓久しぶりだな。正月以来か?」
「久しぶり…祥尓兄さん…お姉さんも久しぶりです。」

久しぶりの実家…でも僕が過ごしていた家は両親と長男夫婦との
同居が決まった時二世帯住宅に建て直したから僕が使っていた部屋はもう無い。
だから実家と言っても何も思い出が無くて……

寝泊りするのも客間だし…


「今回はとんだ迷惑な話だよな。珱尓?」

リビングで皆で座って話が盛り上がる。

「何言ってるのよ。珱尓だってもう36なのよ!結婚したっていい年ですよ。」
「前の彼女とダメになってからどのくらいだ?」
「え?…ああ…8年かな…」
「そっか…じゃあもういい加減他の女と結婚したって構わないだろ?」
「別に彼女の事が気にかかって結婚しないわけじゃないから。」
「そっか?だってお前その子と結婚する気満々だったじゃないか?
そんだけ傷も深いかと思ったんだけどなぁ…」
「あなた…そんな珱尓さんも気にしてる事…」
「大丈夫ですよ。お姉さん。もう何とも思ってないですから。」
「そうよ!今更でしょ?明日は新しい出逢いが控えてるんですから。余計な事言わなくていいのよ!」
「お父さんは?」
「まだよ。お見合いなんて初めてだからお父さんも緊張しちゃって…
飲んで帰って来るんじゃないかしら?」
「そう…」
「疲れたでしょ?夕飯まで時間あるから少し休んでれば?」
「そうだね…そうしようかな…恵実と卓弥は?」
「部活よ。夕方には帰って来るでしょう?そう言えば恵実もご機嫌斜めだったわね。」
「?」
「珱尓さんがお見合いするから…この前から超不機嫌なのよ。」
「何でですか?」
「小さな頃から珱尓さんの事お気に入りだったからかしらね。
よく可愛がってくれたの覚えてるんだと思うわ。」
「そうかな…」


客間の畳の上にコロンと寝転がった。
明日は本当にお見合い…するんだよな…

相手は確か22歳の女子大生…だったかな?
今時大学生でお見合いなんてするんだろうか?この子も親に言われて仕方なくなのか…

就職もしてないのに結婚なんて…普通考えても早すぎる…
実家はごく普通の家柄でごく普通のご両親だった…そんなに急いでする事なのか??

だからきっと相手からも断って来るだろうと…僕は思っていた。

何気に気になって携帯を見る。
着信もメールも届いていない…愛理さん…1人で大丈夫なのかな…

「はぁ…」

パチリと携帯を閉めて溜息が出た。
本当…僕一体何をしてるんだろう…一応親孝行と言う名目で此処までやって来たけど…
本当はこんな意味の無いお見合いなんて………

そんな事を考えながら僕はウトウトと眠ったらしい…


「珱尓君…」

そっと客間の襖を開けると…
畳の上にコロンと珱尓君が眠ってた。

「寝ちゃってる…」
私はそっと襖を閉めて珱尓君の隣まで膝をついて移動した。

「ひゃあ〜〜寝顔だ…寝顔…しまった!携帯持ってくれば良かった!」
私は鳴海恵実15歳中学3年生。
珱尓君の姪っ子になるんだけど…私は珱尓さんの事が1人の男性として好きなんだぁ〜♪ ♪

子供の頃は漠然と好きだった…
だからずっと昔…珱尓君が女の人と付き合ってて結婚するかも…
なんて話があった時も『結婚するんだ…』くらいにしか思ってなかった…

その後その話が無かった事になった時は子供ながらに嬉しかった。
それから年月が経つうちに…自分の気持ちもハッキリしてきて…

時々しか会えないけど…
会う度に胸がドキドキするし……みんなもう36歳って言うけど私にはそんな事関係ないもん。

実際血の繋がった親族だけど思ってる事は自由だし告白なんて思ってもいないから…
姪っ子だから優しくしてくれるのも分かってる…でも無条件で傍にいれるから私はそれで満足。

だからこんな事しても怒られないんだ ♪ ♪

「珱尓君!ご飯できたよーー ♪ ♪」

そう言いながら眠ってる珱尓君の背中に飛びついた。
子供の頃からしてる事!良く寝かしつけてくれたのも珱尓君だったから
一緒に寝た事も数え切れない…

「うわっ!!苦し……重っ…って恵実?」
一発で目が覚めた…けど目の前にいる僕の姪っ子は不満顔!?
「ひど〜〜い!!乙女に向かって重いだってぇーーー!!」
「あ!ごめんなさい…そんなつもりじゃ…」
「じゃあどんなつもりよ。」

「え?あ…いきなりだったから…でも大きくなったって事ですものね!良い事です。」

「ぷっ!!もう相変わらずだね…珱尓君って…」
「そうですか?ああ…僕眠ってしまったんですね…」
「ご飯だって。」
「はい…ありがとうございます。」

そう言って立ち上がって襖に向かって歩き出した珱尓君の腕を掴んだ。

「珱尓君!」
「ん?何ですか?」
「明日お見合いするんでしょ?」
「はあ…まあ形だけですけど…」
「もうお祖母ちゃんの言う事なんて素直に聞かなくたっていいのに!!」
「……これも親孝行ですから…たまにしか帰って来れませんしね。」
「もう…その優しい所がいいんだけどさぁ…だから!」
「だから?」

「ぜ〜〜〜〜ったいっ!!断ってね!!」

「はい??」

なんでそんな真剣な顔で??
「だ…大丈夫ですよ。ちゃんと断るの前提でお見合いするんですから。」
「本当?」
「本当ですってば…それに何でそんなに恵実が僕の心配するんですか?」
「だって珱尓君頼りないから相手に押されてOKしちゃいそうなんだもん。」
「そんな事…」
「なんなら私が一緒についてって隠し子です!って言えば一発で破談かしら?」
「ちょっ…ちょっとそんな事止めてくださいよ!!本当にそんな事したら僕怒りますからね!」
「………ちぇっ…残念。」
「もう…子供はそんな心配しないでいいんですよ。さあご飯にしましょう。」

そう言って私の背中を押して歩き出した。

子供…か…確かに21も歳が違うんだもんな…
ってその前に血が繋がってるからお話にもならないんだけど…

だからせめて…私が珱尓君を悪い女の魔の手から守ってみせるんだ!!!
まあ…ちょっと頼りないけど…さ…

出来る範囲で頑張るんだもん!!

「早く行こう!」

そう言って姪っ子の特権で珱尓君と手を繋いで…2人で皆が待つ居間に歩き出した。