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「えーこちらが先日お見合いをした富田 千紘さん……
で…こちらが2週間前からウチに下宿してる浜南愛理さん。」

「この女がお見合いの相手?」

「下宿?同棲じゃなくて?」

「愛理さん“女”なんて言ったらだめですよ。富田さん同棲じゃありません。」

「なんで断られた人がこんな所まで押しかけて来るのかしら?」

「一緒に暮らしてる人がいるなんて聞いてませんけど?」

「本当にどうしたんですか?急に?あ…愛理さんの事はわざわざ
お話する事じゃないと思ってたからで…」

「わざわざ話す事じゃないってどう言う意味?」

「それだけの存在って事でしょ?クスッ…」
富田さんが鼻で笑った。

「なっ…なんですって!?」
「そう言う訳じゃありませんよ。すぐお断りするつもりでしたから…」

「ふふふ…だからですって!おかわいそうに…」
今度は愛理さんが鼻で笑った。

「失礼なんじゃないの?鳴海さん!あたしの事騙してたのね!!」
「べ…別に騙したわけじゃ…」
「ちょっといい加減にお門違いな事で珱尓さんに絡まないでよ!」


……ああ…もう…訳がわからない……




「ちゃんと断ってくれたんですよね?」

会話の合間を見て実家に電話した。
『ちゃんとお断りしたわよ。』
電話の向こうの母親の声は至って平静だった。
「また何か変な話勝手に進めたんじゃ無いでしょうね?」
『そんな事しないわよ。』
「じゃあ何で彼女が僕の所に来るんですか?住所教えたんですね?」
『その位お見合い前に知らせるでしょ?』
「…………はぁ…」
『お断りはしたんだけどね…』
「は?何ですか?今頃爆弾発言ですか?」
『違うわよ!ただ今度娘さんが東京に行きたがってて…
上京した時の面倒見てくれって頼まれはしてたんだけどね…』
「もう来てますよ!」
『ねぇ…そんなに急だとは思わなくて…だから面倒見てあげてね!どうせ2・3日の事でしょ?』
「ちょっと…いきなり困りますって…そう言う事はもっと早く言って下さいよ。」
『だから今言ったじゃない!』
「あのですね…」
『それにどうせもう1人同じ位の年代の子もいるんだし…1人も2人も同じでしょ?』
「違います!」
『いいじゃない。お見合いが縁でお付き合い始まったって良いんだから。』
「始まりませんよ!始まらないからお断りしてもらったんでしょ?」
『やぁねぇ〜一体いつから珱君はそんな親不孝になったのかしら…クスン。』
「嘘泣きなんかしないで下さい!…もう…わかりました。とにかくお見合いは断ったんですね。」
『だからちゃんとお断りしましたって!しつこいわね…歳のせい?』
「違います!じゃあ…切りますよ。」
『また遊びに行きますからね!』
「当分来なくていいですよ。じゃあお休みなさい。」

何だか向こうではまだ電話口で何か言ってたみたいだけど僕は気にせず受話器を置いた。



「こっちに何か用事があったんですか?」

あのままダイニングのイスに座ってる富田さんにきいた。
愛理さんは不貞腐れてソファに座ってる。

「お母さん何か言ってた?」
「いえ…詳しい事は…」
「色々と…ね。」
「2・3日で帰るんですよね?」
「とりあえずは。」
「とりあえず?」

「なので2・3日お世話になります。よろしくね!鳴海さん。」
彼女がニッコリと笑って僕に小首を傾げる。

「な…ちょっとそれは…」

「そうよっ!何で珱尓さんがあんたの面倒なんか見なきゃいけないのよっ!!」

「愛理さん?」
愛理さんがもの凄い剣幕でソファから立ち上がって文句を言い出した。

「うるさいわねぇ…あなただって居候の身でしょ?
あなたに文句言われる筋合いは無いわよ。いいでしょ?
鳴海さん…お金の都合もあるんだ…
ホテルなんて泊まったらお金足りなくなっちゃうの…」

「……なんでちゃんと計画立てて来ないんですか?」

「だって鳴海さんの所に泊めてもらう気だったから!」

「…………………」
呆れると言うか…感心するというか…

「だめっ!そんな勝手な事させないからっ!!安いホテル探しなさいよ!」
「はぁ?だからあなたには関係ないでしょ?居候のクセに!」

「違うわよ!あたしは特別なの!!さっきだってあんたが来るまで
2人でいいムードだったんだからっ!今に恋人関係になるのっ!!」

愛理さんがいきなりそんな事を叫びだした。

「あぁら〜恋人でしょ?わたしなんか結婚相手になれるのよ?甘いわねぇ…くすっ」

「富田さん…それは…」
何なんだ?なんでそんな愛理さんを挑発する様な事…

「え…珱尓さんは…あんたなんかと結婚なんてしないものっっ!!!」

「…愛理さん?」
「珱尓さんは結婚なんてしないっ!!」

何だか…もの凄い興奮してる?

「…結婚なんて………!!!」

「もう…そんな心配しなくていいですよ…僕は結婚しませんから…」

後ろからそっと抱きしめて軽く掌で愛理さんの口を塞いだ。

「……………うっ…」

僕を見上げた愛理さんの瞳から涙が一筋流れた…

「どうしたんですか?そんなに興奮する事無いですよ…」
そっと頬に流れた涙を同じ掌で拭ってあげた。
「……だって……」
愛理さんが身体の向きを変えて僕と向き合う様に立つと潤んだ瞳で僕を見上げてる。

「…だって…あたし…珱尓さんが他の…誰かと…結婚なんてしてら…生きていけない…」

「……ちょっ…それは大袈裟な…ちょっとストップです。」
「本当よ…本当の事だもん…」

「…………」

これはちょっと困ってしまった……
愛理さんは僕を見つめたまま僕の両腕をしっかりと掴んでる…

一体…どうすれば…



「…へぇ〜そう言う事なんだぁ〜〜鳴海さん。」
「…!!え!?」

そうだ…彼女がいる事忘れてた。

「なぁんだぁ〜〜しっかりと彼女いるんじゃない。これじゃあお見合い断るしかないわよねぇ……」

「え?あ…いや…その誤解です!!僕と愛理さんは別にそんなんじゃ…」

「え〜?それってその子が可哀想じゃない。」
「え?」
今度は愛理さんの肩を持ち始めた???

「あたしねこっちに仕事探しに来たの。」
「仕事ですか?」
「そう。大学出たらあの家出たいし昔から東京に出たかったんだ…
だから大学こっち受ければ良かった…ただ親が煩くて…地元で職探せって…
だから鳴海さんがこっちにで生活してるって知ったからお見合いも受けたんだ…
こうやって口実に使わせてもらう為にね。鳴海さんには悪いけど…
断るの前提でお見合いしたんだからそのくらい協力してよね。」
「……ご両親はその事…?」
「まだ内緒!だから鳴海さんも黙っててよ!」
「いえ…流石にそこまで口出ししませんよ…僕は大学がこっちだったもので
そのまま就職した口ですから…ただ…」
「ただ?」
「出来たら快く仕事が出来る様に上手くご両親と話が出来たらなぁ…と…」
「……そうね…何とか説得してみるわ……くすっ…」
「 !! 」

そう鼻で笑うと僕の腕を掴んで離さない愛理さんの顔を覗き込んだ。

「安心した?あなたの彼氏取ったりしないわよ。ふふ…」
「!!」
「だから彼氏なんかじゃ…僕は愛理さんの保護者です。あ!代理ですけど…」
「素直じゃないわねぇ〜〜…これだからこの歳まで独身の男は堅っ苦しいのかしら?
1人の生活が長いと恋人とか作るの煩わしいんでしょ?」
今度は僕の顔を覗き込んでそんな事を言う…

「そんな事無いです!誰も結婚しないとは言ってませんよ。」

「ですってよ!良かったわね。さっきはごめんね。
ちょっと鳴海さんの事からかうつもりだったんだけど…」
え?そうだったんですか?
「……じゃあ…珱尓さんの事は……」
「何とも思ってないわよ。流石に年上過ぎ。あたしにはね!もう少し若いのがいいわ。
毎日毎日お説教されたらたまったもんじゃないもの。」

「毎日なんてお説教しませんよ。」
「うん。しないわよ。」

「!!……はいはい…ごちそう様!さて早速で悪いんだけどシャワー貸してもらえます?」

「え?あ…はい…」

って…しっかり泊まるつもりですかね?
でも…もうゴタゴタするのも勘弁して欲しくて…拒むのを止めた。


一通りシャワーの使い方を説明してリビングに戻ると愛理さんがボーっとしながら
ソファに座ってた。

「どうしたんですか?具合悪いんですか?」
ソファに座ってる愛理さんの前に立って心配だったからそう声を掛けた。

「……珱尓さん…………ううん…大丈夫…」
「?」

「…さっき…あの人に珱尓さんの事取られちゃうのかと思ってすごく焦っちゃった…」

「…………それであんなに興奮してたんですか?」

「そう……だって…そうなったらあたしは此処から出て行かなくちゃいけなくて…
その前に珱尓さんが他の人の恋人になっちゃうって事で…そう考えたらあたし…」

唇をキュッと噛み締めてる……そんなに僕の事……

何か慰める言葉を掛けようとして思いとどまった…
さっき富田さんが言った言葉…

『 それってその子が可哀想じゃない。 』

その言葉を思い出して愛理さんには何も言えなくなった…
僕が今愛理さんに言ってあげる言葉は…本当は愛理さんにとって何にもならなくて…
酷い事をしてるんじゃないかと思ってしまったから…でも…

とても落ち込んでる愛理さんを見てると…声を掛けずにはいられない…
だから言葉を選んで声を掛けた。

「ミルクティー飲みます?」

「……………」

愛理さんが無言で僕を見上げる…
「ごめんなさい…今の僕にはそんな事しかしてあげらなくて…」
「ううん…いいの…わかってるもん…ミルクティー頂きます。」
「じゃあちょっと待ってて下さいね。」
「あたしも手伝う。」
そう言ってソファから立ち上がった。
「え?いいですよ…僕が淹れますから。愛理さんは座ってて…」
「いいの。手伝いたい!」
「じゃあ…お願いします。」

久しぶりに2人で紅茶を淹れた。



「………?どうしたんですか?」


夜遅く…と言ってもついさっき3人でおやすみを言い合って5分後…
愛理さんが僕の部屋にやって来た。

「……あの……富田さんに…締め出されちゃって…」
「は?」

富田さんは愛理さんの部屋に布団を敷いて一緒に寝る事になってたんだけど…
富田さんじゃなく部屋の持ち主の愛理さんが締め出されるとは???

「中から鍵閉められちゃって…」
「どうしてそんな事に?」
確かにこの部屋の全てのドアには鍵が付いてるけど…今まで閉めた事なんて無い。
「……まあ…ちょっと……で…ドアの鍵…貸してもらえる?」
「あ…すいません…親戚が引っ越す時に何処か失くしてしまって僕も持ってないんです。
まあ鍵閉めるなんて事無いと思って気にしてなかったんですけど…」
1人で暮らしてたからそんな必要無かったし…


「 富田さん!!どうしたんですか?開けて下さい!! 」

愛理さんの部屋のドアを控え目にノックして彼女の名前を呼んだ。
……けど全く返事が無い。

「また喧嘩でもしたんですか?」
「ううん…」
「じゃあなんで?」
「………………」
「?」
愛理さんも黙ってる。
「富田さん!!富田さん!!!」
時間が時間だったからあまり大胆にドアを叩く事も大声を出す事も出来なくてお手上げだった。
「本当にどうしたんでしょうね…具合が悪いわけじゃ無いんですよね?」
「うん……珱尓さんあたしソファで寝るから…大丈夫。」
「でも布団富田さんが使ってるのしか無いんですよ。」
「あ…」
「僕の使いますか?」
「ううん…そうしたら珱尓さんの掛ける布団が無くなっちゃうもの…」
「困りましたね…もう…一体どう言うつもりなんだか……」

これも若い子故なのか?気紛れ?人の迷惑も考えないで…

「明日お説教ですね!!」



珱尓さんがドアの前で怒ってる…
部屋に入ってすぐ…彼女がいつも別々に寝てるのかって聞くからそうだって答えた。
本当は一緒に寝たいんでしょ?
って聞くからあたしは素直に頷いた。
今更この人に嘘ついても仕方ない事だし…だってそう思ってたのは本当の事だったから…

『 なら協力してあげる! 』

そう言ってあたしを部屋の外に押し出すとサッサとドアを閉めて鍵を掛けちゃったと言うわけで…
まさか鍵が無いなんて思わなかったから…

でもそんなやり取りを珱尓さんに言える筈も無く……
でも…このままじゃ明日彼女珱尓さんに怒られちゃうのかな…

ああ……ホント…どうしよう……

「じゃあ珱尓さんの厚手の服貸して。それ掛けて寝れば寒くないと思うし…」
「まあそんな凍える様な季節じゃないですけど…でも何だか気が引けますね…
僕絡みの人のせいでこんな事になちゃったんですから………
まさか一緒に寝るわけにもいきませんしね…………あ…」

「…………!!」

自分で言ってしまったと思った。


そう一度口に出してしまうと他の…

愛理さんをソファで寝かせると言う事が出来なくなってしまったから……