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「……何だかすごい緊張する…」

「何でですか?家で食べるとの同じだと思えばいいんですよ。」


家の玄関で靴を履きながら愛理さんが自分の胸を押さえてそんな事を言う。

「何言ってるの!珱尓さん!初めての2人の外食なのよ!!緊張するでしょ?」
「そうですかね……」
「ねえ…この服おかしくない?」

愛理さんが身体を捻りながら自分の後ろ姿を気にして僕に聞いてくる。

「大丈夫ですって。普通のお店に行くんですよ?それにもう僕も見ちゃってますから…
誰に見られて困るんですか?」

「珱尓さんよ!!決まってるでしょ!!」

もう自分でも何を言ってるのかわかってないらしい…そんなに舞い上がらなくても…

約束通り週末の土曜日に愛理さんと夕食を外で食べる事になって
いざ出掛けようと玄関にいるのだけれど…

何故か愛理さんが慌てまくってる…
朝からこんな感じで…いや…昨夜から?いや…外食が決まってからかな?

「………う〜〜〜〜…」

「大丈夫ですか?そんなに緊張してご飯食べれます?」
「………どうしよう…喉…通らないかも……」
「もう…困りましたね……行かない方がいいのかな?」

「 !!!! 」

愛理さんがもの凄いビックリした顔をして僕を睨んだ。

「冗談ですよ。少しはいつもの愛理さんに戻りましたね。じゃあ行きましょうか。」
「もう!!!珱尓さんのいじわるっ!!!心臓止まるところだったっ!!!」
「そうですか?そんなに利くとは思いませんでした。」
「……もう…」
「忘れ物無いですよね?」
「うん。」

愛理さんの返事を待って…玄関の鍵を閉めた。



「美味しい〜〜〜 ♪ ♪」

愛理さんが注文したステーキのお肉を頬張りながら幸せ一杯に感想を述べる。

「だから緊張する必要無かったんですよ。」
「だって……」

ここはごく普通のステーキ専門店。
そんな高級な所ではなくて全国に展開してるチェーン店…

「ステーキなんて何年振りかな…しかもコースなんて ♪ ♪」
「遠慮しないで食べて下さいね。デザートも後から来ますから。」
「ありがとう。珱尓さん ♪ ♪ でも本当にあたしの分まで払ってもらっていいの?」
「いいんですよ。いつも頑張ってる愛理さんに僕からのプレゼントです。
食べ物って言うのがちょっと申し訳ないですけど…」
「ううん…嬉しい!!あ…でもこれで残りの生活が苦しくなるなんて事無いわよね?」
「僕を幾つだと思ってるんですか?それなりの収入ありますよ。
このくらいならまったく生活に響きません。」

「良かった。」

ホッと胸を撫で下ろしてる……

「……愛理さん…」

どうやら本気で心配してたらしい…何と言ったらいいのか………



食べながら色々な事を話した。
愛理さんの学校の事…仕事の事…
僕の子供の頃の事…学生時代の事…本の事…植物の事…
家で話してる事と同じなのに場所が違うだけでこんなにも雰囲気が違うものなんだろうか…

でも…どんなに会話が弾んでも…
愛理さんが自分の両親の事と…僕に知り合う前の事は話してくれない…

きっと愛理さんにとって辛い事なんだろうと思うから僕は無理に聞いたりしない…
いつか愛理さんの中で昔こんな事があったと話せる時が来たら…
きっと話してくれると思うから…その時まで僕は待ってる…


「珱尓さんお酒飲まないの?」
「愛理さんは飲まないんですか?」
「あたしお酒飲めないの。」
「じゃあ僕も遠慮しときます。僕だけ飲むのも気が進まないし…」
「珱尓さんお酒飲めるんだ…何だか意外。」
「そうですか?」
「だってタバコも吸わないでしょ?」
「お酒も飲めますしタバコも吸えますよ。」
「え?そうなの?でもどっちも見た事無いからやらないのかと思ってた。」
「僕本読みながらお酒もタバコもするもので勿体無いんですよ…」
「?もったいない??」
「はい…本読むのに夢中になって火を点けただけで吸わないうちにタバコは灰になるし
お酒もみんな飲みきらないうちに温くなるか氷が解けて水みたいに薄まるか…
勿体無いんですよね…だからやらないんです。」
「本読まなきゃいいのに…」
「いや…他の時はお酒飲もうとか…タバコ吸おうとか思わないんで…」
「へー…変わってる…?のかしら??」
「はい…良くそう言われて怒られましたね…」

「……誰に?」

「え?……あ!」
しまった…

「前の彼女…にだ?」
「はあ……まあ…」
「ふーん…前の彼女の前ではお酒もタバコもやってたんだ…別れたから封印?」
「そ…そんなんじゃありませんよ。もともと両方とも強く無かったし…
だからお酒もタバコもやらなくても苦じゃないですし…」
「そう…」
「……気分…悪くしちゃいました?」
「別に。あたしそんなに心の狭い女じゃないもん!」
「そうですか?」
「あ!何?そうですかって!?どうせあたしは心が狭くてヤキモチ妬きですよぉ〜〜だっ!!」
「そんな怒らないで下さいよ……困ったな…」

こう言う時僕は本当にどうしていいのか困る…今までそんな経験無いからで…


「ごめんなさい…」

「え?」
「別に珱尓さんが悪いわけじゃないのに…責める様な事言ってごめんなさい…」
「愛理さん…」
「せっかくの料理が台無しになっちゃうもん。今日はとっても大事な記念日なのに。」
「き…記念日ですか?」
「初デートに初外食記念日!」
「はあ……」

立ち直りが早いな…
若いから?女の子だから?……愛理さんだから????



「あ〜あ…何だか帰るの勿体無いなぁ〜…」

食事も終わってたっぷりと食後のティータイムを満喫しての帰り道…
愛理さんの歩く足取りがとんでもなく遅い。

「そんなんじゃ家に着くの何時になると思ってるんですか?」
「もう珱尓さんムードないわねぇ…ねえ何処か寄って行こう?このまま帰るのイヤ!!」
愛理さんが立ち止まって動こうとしない。

「もう遅いですしまた日を改めて出掛けましょう。今度は何処かに出掛けて食事しましょう。
だから今夜はもう帰りますよ。ほら!」

そう言って愛理さんにおいでおいでをした。

「……ホントこう言う時珱尓さんって融通が利かないのよね!大人なんだから!」

「すみません。帰ってシャワー浴びてソファに座ってゆっくりしたいです。」

多少大袈裟に言ったけど嘘じゃない。

「……そりゃあたしだって珱尓さんとソファに座ってゆっくりしたいけど…
こんな風に出掛けるなんて次いつなるか……きゃっ!!!」

「!!愛理さん!!」

ちょっと愛理さんと距離があったから助けに間に合わず思い切り愛理さんが道路にコケた!

「いてててて……」
「大丈夫ですか?ちゃんと下見て歩いてました?」
「何であんな所窪んでるのよぉーーー!!…っつ…痛…」
「足首…捻ったんですか?」
「…みたい…今日いつも履かない高めのヒール履いてたし…」
「何でそんなの履いてるんですか?」
「だって……この服に合うし…ちょっとはおしゃれしてもいいじゃない……」
最後はちょっと不貞腐れた言い方だった。

「それで怪我してたら意味無いじゃないですか!」

「もう!珱尓さんと出掛けるのにおしゃれしたいって思ったっていいでしょ!!
珱尓さんはあたしが綺麗になるのイヤなの?あ!
それともおしゃれしたって変わらないとか思ってるの?ヒドイ!!」

「誰もそんな事言ってないじゃないですか!!どんな理屈です?」
「…やだ…ホント痛い…」
「え?立てそうですか?」
「……ちょっと無理かも…」

「…………」

折れてはいなさそうで…でも捻挫なら無理に動かさない方がいいから…


「きっと罰が当たったんだわ…」
「え?」
「珱尓さんの言う事聞かないから…」

「そんな…いちいちそんな事で罰が当たってたら愛理さん怪我だらけですよ!」

「!!何よ!そんなにあたし珱尓さんの言う事聞いてない??」



「……いえ…そう言うわけじゃ……ごめんなさい…」

「……ううん…あたしの方こそごめんなさい……」



「…………くすっ」

「…………ふふ」

思わず2人で笑ってしまった。



「きゃっ!!」

「無理に動かさない方がいいですから。」

「……でも…」

愛理さんがすごく慌ててる…僕がいきなりお姫様だっこで抱き上げたからだ。

「お…下ろして…重いでしょ?あたし歩くから…」
「無理ですよ。それに重くないし家までもう少しですし…大丈夫。」
「ホントに?……無理なら言ってね…」
「はい。じゃあ帰りますよ…」
「うん…」


珱尓さんが…あたしを抱き上げて歩き出した…
せっかくの2人のお出掛けだったの怪我なんかしてって思ったけど…

嬉しい…
遠慮なく珱尓さんの首に腕を廻した…
廻した腕に力を込めて…珱尓さんに思い切り寄り添った…

だってそんなことしたって…怒られないんだもの…


だから……ずっとこのまま…時間が止まればいいのに……



「!?」
本当に時間が止まったの?
珱尓さんが止まって空を見上げてる。

「珱尓さん?」

「此処は…星空があんまり見えないんですよ…
本当ならこの夜空一面星が見えるはずなのに……」

「…………」

珱尓さんがそんな事を言うからあたしも一緒に夜空を見上げた。
確かに星なんてそんなに見えない…でもこんな都会の真ん中じゃそれも仕方ない事だから…

「前は良く星の見える所に出掛けて…一晩中夜空を見てたんです。
最近は全然出かけて無いなあ…こうやって夜空を見上げたのも久しぶりの様な気がします…
これも愛理さんのおかげですかね…」

「怪我の功名?」

「怪我はしないのが1番です!」
「はい…ごもっとも…」

「今度…星空を見に行きましょうか…とっても綺麗なんですよ。
あ…愛理さんが興味があれば…の話ですけど…」

見下ろされてにっこりと微笑まれたぁ!!
そんな事されたらぁ……

「うん!行く!!」

って答える以外他にどんな言葉があるって言うのよーーーーっ!!!
嬉しい〜〜〜〜〜!!!!!

「もう…死んでもいい。」
「はい?」
「ううん…何でもないです!」

死んじゃダメなのよ!!何言ってんの!あたしっ!!!




幸せな時間はあっという間に過ぎる…
もうマンションのエレベーターの中…このままエレベーター故障しないかな…
無意識に珱尓さんに廻した腕に力が篭る。

ああ…見慣れた玄関のドア…
珱尓さんに抱っこされたままのあたしが鍵を開けて…ストンと玄関に下ろされた…

「明日医者に診せた方がいいですよ。」
「うん…」
「あ…」

僕の首に廻された愛理さんの腕が離れなくて…ちょっと屈んでた身体がよろめいた。
直ぐ横の壁に片手を付いて見上げた視線の先に…愛理さんがいた…

真っ直ぐ僕を見つめて…何か言いたげな瞳で…

「珱尓さん……」
「…………」

首に廻された愛理さんの腕に力が入ったのはわかった…
これから何が起きるのかも…

「……ん…」

そう…いつもの様に…愛理さんが僕にキスをした…でも…

「!!!」

愛理さんの身体がピクンとなったのがわかった。

「…………ン……ちゅっ…ちゅっ…ぁ……」

どの位…時間が経ったのか…
きっとほんの数秒…長くても10秒…?20秒?…良くわからない…

「あ…し…湿布貼らなきゃ…」

愛理さんが珍しく慌ててリビングに向かって歩いて行く…
片足を庇いながら……

僕はそんな愛理さんの後ろ姿を見送りながら…呆然と立ち尽くしてる…


僕は今…何をした……?
確かに…最初にキスをして来たのは愛理さんだ…でも…僕は…

そんな愛理さんの身体に腕を廻して…自分の方に抱き寄せて…
僕の唇から離れた愛理さんの唇を…僕から求めて…何度も触れるだけのキスを繰り返して…
最後は…舌を絡めたキスをした……

まるで…恋人にするキスみたいに……


一体どうしたんだ???
勝手に身体が動いて…自然に抱き寄せてキスしてた……

え?なんで?どうしてだ??


僕はその場から動くことが出来ずに…
愛理さんを抱き寄せた自分の掌をじっと見つめてた………