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「…………」


シャワーを浴びてリビングに向かってる…
いつもと違って心臓がドキドキの…

一体どんな顔で愛理さんに会えばいいのかとずっと考えている…

最初は愛理さんからされたキスを…
僕は途中から自分からのキスに変えた……

愛理さんからのキスは挨拶やら…お礼やら…おまじないと何だかんだと理由をつけて
何度かされてたし…

僕も最初はちょっと慌てたけど流石に慣れて来てしまって…
(本当は慣れちゃいけないんだろうけど…)

だから今夜も別に驚いたわけでも無かったのに…

シャワーを浴びながら色々考えた。
最近…確かに愛理さんと親密になっていたかなとは思う…

でも…だからって…
愛理さんをどうのとか…愛理さんとどうとか…なんて気持ちは無かった…

なのに…なんで抱き寄せて…自分からキスしたんだろう???


「………ふう…」

ついにリビングのドアの前に来てしまった…
もう…半ば諦めてドアノブを廻した。


「あれ?」

リビングに愛理さんはいなかった…
いつもソファに座ってるのに…

「自分の部屋にいるんだ…珍しいですね…って…ああ…そうか…僕と顔を合わせずらいからか…」

そんな事を呟いて…
ホッとしてる自分と何だかモヤモヤとしてる自分がいて…変な気分だ。
謝らなくちゃ…とは思っていない…それって…愛理さんに失礼だ…
でも…どうしてあんな事したのかと聞かれたら…
どうしてだったんだろうと僕は答える事が出来ないだろう…

本当に身体が勝手に動いて…愛理さんを抱き寄せてたから……



珱尓さんがシャワーを浴びて出て来たんだ…
リビングに入ったのがドアの開く音と閉まる音でわかった…

どうしてもリビングには居れなかった…
だって…もしさっきの事 『 つい調子に乗っちゃいました…すみません… 』 
なんて謝られたら…あたし…立ち直れない……

前はあたしからお願いして珱尓さんからしてもらった事はある…

でもそれはあたしの事好きだからじゃなくて…
あたしが珱尓さんのせいで傷ついたって責めたから…そのお詫び…

でもそれでも良かったんだ…だって……


「でも…今日は違ってた…よね?…そうよね???」

もう一度頭の中の記憶のビデオを再生する。
そう…離れようとしたあたしの腰に珱尓さんの腕が廻されて…
抱き寄せられて……何回も触れるだけのキスをして…

最後は…恋人同士がするキスみたいに…

「きゃあ〜〜〜〜!!うそ…ううん…うそじゃないわよね??ね?」

だから…
このまま…ウソにならない様に…珱尓さんには今日の事は一切話さない…

ウソだったなんて…絶対させない!!

あたしはそう決意してベッドにうつ伏せに倒れこんだ。




「おはよう。珱尓さん。」
「あ…おはようございます…愛理さん。」

昨夜はあの後愛理さんには会えず仕舞いで…
部屋を訪ねるのも何だかおかしい気がして僕もそのまま自分の部屋に戻った。

「…………」
何気に愛理さんを目で追ってしまってる自分がいる…
僕の見た所愛理さんはいつもと全く変わらずに見える…夕べの事…どう思ってるんだろう?
酔った勢いと思ったのかな?ってお酒飲んでなかったし…

ああ…もうこの歳で何慌ててるんだろう…情けない…

「珱尓さん?」
「え?はい?」
僕の方が焦ってる。
「今日の朝ご飯はパンとご飯どっちがいい?」
「え?…ああ今日の朝の当番は愛理さんでしたっけ?」

一緒に暮らし始めた時に朝は交代で作るって決めたんだ。

「そう。どっち?」
「じゃ…じゃあ…パンで…」
「は〜い ♪」

「……………」

キッチンに消えて行く愛理さんの背中を見送りながら…
昨夜の事はあんまり気にしてなかったのかな?なんて思ってしまった…

そっか…僕が思うほど…愛理さんは気にしてないって事だったんですね……


「まずい…珱尓さんの顔見ると思わずニヤケそうになる…」

食パンをオーブントースターに入れながらそんな事を呟いてる…
珱尓さん…あたしの事少しは気にしてくれてるのかな……

少しは異性として…女の子として…あたしの事…見ててくれるのかな……



「珱尓君……」
「………」
「珱尓君!!」
「は…い?」
「何かあったの?さっきからぼーっとしてるわよ?」
「え?…あ…いえ…」

いつものランチタイム…結構なタイミングでいつも江里さんに誘われる…
何でなんだろう…?

「ついに一線越えちゃった?」
「 !!!なっ!!そんな事しませんって!!キスしただけです!!」
「え?」
「はっ!!!いえ…その…」

もうお店の中で注目の的だった…大失敗!


「で?たかがキスぐらいでなんでそんなに慌ててるのよ?
今時中学生でもそんなに慌てないでしょ?」
「え?そうなんですか??」
「そこに食いつかなくていいから!で?珱尓君としては好きでもないのにしちゃったわけ?」

「………それが…良くわからないんですよね…自分でも情けないんですが…」

そう昨夜一晩考えても答えが出なかった…

「……あのさ珱尓君…」
「はい?」
「彼女の事が好きだって…考えれば全ての答えが出るんじゃないの?」
「は?」
「だって彼女の事何とも思ってないって思うと答えが出ないのよ。」
「…………」
「だから珱尓君が自分の気持ちに素直になればすべて丸く収まるって!」
「…いや…そんな事…大体僕と愛理さんじゃ歳が離れすぎてますし…」
「歳の差なんて今の世の中たくさんいるわよ。逆のカップルだってね。」
「……僕は保護者として彼女の事見守ろうと思ってるんです…」
「それは彼女が珱尓君の事好きな時点で無理なのよ!」
「………それじゃ僕が今までしてきた事は何だったんですか?」
「自分の好きな子を手元に置いておきたかった!可哀想で放っておけなかったんでしょ?
ね?もう最初から珱尓君は彼女の事気になってたのよ。」

「…………そんな事……」

そんなつもり本当に無かった…
彼女の…手助けが出来ればって…そう思って…

「1度彼女の事が好きかも!?って思って考えてみなさいよ。きっとすんなり答えが出るわよ…」

「…………」

本当にそうなのかな?
僕はまだ半信半疑だ…



仕事も何だか手につかない…
それでも何とか仕事をこなしてさっさと帰る支度を整える。
こんな時は早く帰って家で大人しくしてた方がいい…

「あ…そうだ。紅茶買って帰らないと…」

今日は僕の方が早いから彼女が帰って来たらミルクティーを淹れてあげようと決めた。




もう少しで愛理さんも帰って来る時間…
いつもより少し早めだったけど玄関のチャイムが鳴った。


ん?何で入って来ないんだ?そんな事を思いつつも玄関に出迎える。
その間にもう一度チャイムが鳴った。

「はい?」
愛理さんじゃ無いのかな?
「どなた?」
まさかまた富田さん?

「………私……」

「え?」

聞き覚えのある声……この声は…え?…まさかそんな……

「…私よ…未緒…」
「!!!」
「未緒って……え?」

僕は急に心臓がドキドキと言い出した…なんで彼女が?今更……

半信半疑で玄関を開けると…そこには…多少髪型は変わってはいるけど…
8年前と変わらない…彼女が立っていた…

僕が8年前の付き合っていた彼女……天野…未緒…


「…一体どうしたんですか?」
「………元恋人は中にも入れてもらえないの?」
「え?…あ…そう言うわけじゃ…」
ただ…驚いただけで……

「相変わらずね…珱尓って…」

「 !! 」

久しぶりの彼女の声が…僕の名前を呼んだ…昔は毎日呼ばれていたんだ…この声に…



「良かった…まだ此処に住んでたのね…引っ越してたらどうしようかと思っちゃったわ。」

リビングのソファに座って僕を見上げながらそんな事を言う…
「一応持ち家ですから…そう簡単に引越ししませんよ…」
「そっか…そうだったわね…」
「あの…今日は一体どうしたんです……」

「珱尓の淹れた紅茶……飲みたいな…」

「!!!」

僕の言葉を遮る様に言われてしまったので仕方なく紅茶を淹れにキッチンに向かう…


未緒…8年前に此処で一緒に暮らしてた人…
付き合って半年で一緒に暮らし始めて…
お互い気兼ねしないで暮らせてたと思う…僕は彼女と結婚したかった…

1年後…ケジメをつけたくて彼女に僕の気持ちを伝えた…
彼女だって僕が結婚したいと思ってるのはわかってたはずだから…

僕は28歳…彼女は24歳…
年齢的にはお互いいい時だったと思うのに…彼女は頷いてくれなかった…

だからって別れたわけじゃない…
いつかは…彼女もその気になってくれると思ってたし…気長に待つつもりだった…

でも彼女はそれから3ヶ月後…仕事の転勤を機に此処を出たいと言った…
通えない距離じゃなかったのに彼女は出たいと言い張るから…


きっと転勤は口実なんだと悟った…


そんなに僕との結婚が負担になっていたのかと気になって尋ねると彼女は違うと言った。

僕との生活に飽きただけだと…
そう言って出て行って…それっきりだ…お互い身軽になろうと笑って出て行った…

その彼女が今更何なんだろう?何かあったのかな?


「何かあったんですか?」

「あら?ミルクティーじゃないの?」

僕が手渡した普通の紅茶を受け取って直ぐにそんな事を言われた…

「すいません…ミルク切らしてて……」
「忘れたわけじゃなかったのね…」
「……すいません…」

そう…淹れながら思い出した…
彼女は僕の淹れたミルクティーが好きだった…
出て行く時僕の淹れたミルクティーが飲めなくなるのが心残りだと言っていた…

僕よりも紅茶か…なんて思ったのも思い出した……


「未緒?」

何だかとても不思議な感覚だった…もう何年も口にした事の無い名前…
未緒の事を想い出にするにはしばらくかかった…はっきりどのくらいとは言えないけど…

全ての事が時間で解決出来るとは思わないけど未緒の事は時間が解決してくれた。
1度も会ったり連絡も取らなかったから余計かもしれない…

縁が無くその後付き合う人はいなかったけど…未緒の事を気にしてたからじゃない…
それは確かな事だ…


「ずっとそこに立って人の話聞くの?」
「え?…あ…」

そう言えば未緒が来てから1度も座ってなかった…

ソファの…未緒の隣に腰を下ろす。
「このソファ…替えたの?」
「ええ…去年…」
「そう…でもそれ以外はあの頃と同じね…変わってない…相変わらず植物も一杯…」
「いい加減話してもらえませんか?一体急にどうしたんですか?
今まで1度も連絡も無かったのに…」
「……珱尓も相変わらずね…更に丁寧さに磨きがかかったかしら?」
「未緒!」

「…………急に珱尓の顔が見たくなっただけよ…」

ソファの前のテーブルに紅茶のカップを置きながら呟く様に言う…
その横顔が何だかとても淋しそうだった…

「何かあったんですか?困ってる事とか?」
「違うって…言ってるでしょ?昔の事想い出したら急に珱尓に会いたくなって…
迷惑だった?それとも自分から出てった元彼女が一体なんなんだって感じ?」

「……!!!」

「本当に…会いたくなっただけよ…珱尓…」

急に抱きつかれて身体が固まる…でも…僕を見上げてるのは見慣れた未緒の顔で…

「少し…痩せました?」
「太ったかなんて聞いたら殴ってやる所だわ…」
「本当に何があったんです?あなたは僕に頼る様な人じゃなかったじゃないですか…
僕が何か言うと自分でなんとかするって…でも本当に自分で何でも解決して…
『何とか無事に治まったわ。』って言っていつもニッコリと笑ったてた…」
「……もう私も32よ…少しはしおらしくなるわよ…誰かに頼りたくなるの…」
「…僕に…頼りに来たんですか?」
「…!!…ホント変わらないわね…優しい顔して結構鋭い事気にしないで相手に言うんだから…」
「…え?」
「その言葉の裏には『何で僕を頼るんですか?』って聞える。」
「そんなつもりじゃ無かったんですけど…」
「じゃあ無意識に言ってるのね…重症じゃない?」
「え?そうですか??」

そうなのかな??そう言えば江里さんにも…富田さんにも言われたんですよね……

「ちょっと…癒されに来たのよ……珱尓…」
「 !!! 」

体重を掛けられて…仰け反りそうな自分の身体を踏ん張って耐えた。
それでも未緒が身体を預けてくるから逃げ場が無かった…

「……ん!」

ビックリして…思わず声が出た…
触れ慣れた…未緒の唇が僕に触れた…8年前まで毎日の様に触れていた唇……

「…ん…ちゅっ…」

未緒の舌が……激しく僕の中で動く…
記憶の片隅で眠ってた感覚が戻ってくる……一体何度こんなキスを未緒としたんだろう…

どのくらい時間が経ったのか…
満足したのか未緒がやっと僕から離れた。

「……これ以上は私とする気…無い?珱尓…」

「…………」

そんな顔は…昔一緒に眠ってたベッドの中での…未緒と…同じ顔だった………



「ただいま…」

玄関が開いていた…
今日は珱尓さんが先に帰ってるのはわかってたから…
でも玄関の鍵が開いてるのも…廊下の電気が点きっ放しなのも変だった…
いつもは鍵はちゃんと掛かってるし廊下の電気も消えてるのに…
それに…いつもならもうあたしを出迎えてくれる珱尓さんと会えるはずなのに…
いつもリビングからひょっこり出て来て 『 お帰りなさい。愛理さん 』 って
言ってくれるのに…今日はどうしたんだろう?

「ただいま…珱尓さん…」

自分の頭だけが入るくらいの隙間からリビングを覗いた…
ちょっと警戒しちゃった…

「あ…お帰りなさい。愛理さん…」
「た…だいま…?なに?お客様だったの?」
「何でです?」
「だって玄関の鍵開いてたし…廊下も電気が点いてたし…それ!」
「え?ああ…」
珱尓さんが持ってるティーカップを指さしてそう言った。
「鍵…開いてました?おかしいな…ちゃんと閉めたと思うんですけど…
これは自分で飲んだんです…たまには違うカップでと思って…」

「……そう……」

「愛理さんも飲みますか?淹れますよ…」
「ううん…今はいい…先にシャワー浴びるから…」
「そうですか?じゃあ後で。」
「…うん…」

そう珱尓さんに返事をしてあたしは足早に浴室に逃げ込んだ。

自分で飲んだなんて嘘だ……
誰か訪ねて来てて…珱尓さんはその事をあたしに隠してる…
別に…珱尓さんのお客さんだから全てをあたしに話してとは言わないけど…
珱尓さんはきっと隠しもせずにあたしに誰が来たか話してくれると思う…
その珱尓さんが嘘をついてまで隠そうとするなんて…

そこまでしてあたしに隠そうとする女の人って…一体誰なんだろう?

絶対女の人だ……だって…


珱尓さんの持ってたティーカップに…赤い口紅が付いてたから………