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珱尓さんの態度がおかしい……

何だか妙に落ち着き払ってて…あたしに常にニッコリで…何より…

昨夜女の人の来客があったはずなのにあたしには誰も来てないって言った。



「珱尓さん…」
「はい?」
「何かあったの?」
「え?何でです?」
「だって……妙にあたしに笑いかけてる。」
「やだな…そんな事無いですよ。」
「本当?」
「本当ですよ。」


………嘘だ!!これは女の勘!!


…………愛理さんが必要以上に僕の様子を聞いてくる…
昨夜愛理さんが帰って来る間に別れた彼女が訪ねて来たなんて言えなかった…

本当は気にする事も無いんだろうけど……
その…油断してたとは言え…何の抵抗もせずに未緒の…
彼女のキスを受け入れてしまったから…
何だか正直に愛理さんに話せなかった……

そんなに僕の態度おかしいのかな??
普通にしてるつもりなんですけど………


仕事をしてても上の空で…珱尓さんの事が気になる……
今まで珱尓さんの周りで女の人の気配を感じた事なんて無かったのに…

一体…いつ??何処で??




仕事が終わって裏口から表通りに出るとお店の入り口で……未緒が立っていた。

「……未緒…?」
「お疲れ…」
「どうしたんですか?」
「珱尓に会いたかったから……迷惑だった?」
「迷惑と言うか…びっくりしました…ずっと待ってたんですか?」
「昔を思い出したの…昨夜あの時間に家にいたら次の日は何時まで仕事かなぁって…
自信は無かったけど…何とか当たってたみたい。」
そう言ってニッコリ笑う。

「…………」

「…お酒…付き合って。」
「…僕あんまり強くないですよ…」
「知ってるわよ。いいの一緒に飲んでくれれば…」
「…………」
「この辺もあんまり変わってないわね…」
そう言って僕の腕に自分の腕を絡ませる。
「そんな事無いですよ…何軒もお店が変わって…」
「じゃああそこのお店は?無くなっちゃった?」
「……あなたがお気に入りのあのお店ですか?」
「そう…」
「まだありますよ…中は最近僕は入ってないのでわかりませんけど…」
「じゃあそこに行こう!久しぶりだもの…行ってみたい。」

「……はい…わかりました。」

僕は素直に未緒の言う事に従った。



「え?」

リビングで珱尓さんの帰りを待ってたあたしの携帯にメールが届いた。
相手は珱尓さん……こんな時間に珍しい…なんて思ったら…

『 ちょっと遅くなります。先に休んでて下さい。 珱尓 』


「ちょっとって…どのくらいよぉ〜〜〜〜!!!!絶対おかしいわ!!急にこんな事!!」


今までって言ってもあたしが一緒に暮らし始めてからこんな事初めてだものっ!!!
なんで?どうして急に………!?


珱尓さんはその日…日付が変わる頃帰って来た…
あたしはまだその時は起きてたけど…珱尓さんを出迎えたりはしなかった…

布団に包まって…珱尓さんの足音を…黙って聞いてた…


それから何回かそんな事があって…あたしは気になって気になって……
でも問い詰める事も出来なくて…でも…黙ってられなくて…

「珱尓さん…最近帰りが遅いね…何か…あるの?」
「え?ああ…友達に飲みに誘われたり仕事で残ってたりしてるもので…」
「友達と飲みに??珱尓さんが?」
「はい。たまにそんな事もありますよ。」
「ふ〜〜〜〜ん……」
「な…何か?」
「別に…」
「愛理さんが心配するような事はありませんよ。」
「そうかしら……」
「そうですよ。」

また珱尓さんがニッコリと笑った。



「絶対突き止めてやる!!」

流石に我慢出来なくて思わずお店の外で珱尓さんを待ち伏せ!
こんな事してるのが珱尓さんに知れたら怒られるかもしれないから
こっそりと…絶対バレない様に後をつけなきゃ………

7時過ぎ…珱尓さんが仕事を終えて裏口から出て来た。
まさか今夜も何処かに寄るつもりなのかしら……

こっそりと後ろから珱尓さんの後をつけた。
どう見ても家に帰るわけじゃないみたい…だって方向が違うもん。
見失わない様にちょっと距離を置いてしばらく後をつけると目の前に…ビジネスホテル?

慣れた様にロビーを横切ってホテルの中にあるバーに向かう。
なんで?珱尓さんがこんな所の…しかもお酒って…??

ロビーで珱尓さんには見えない様に隠れて伺ってると…
お店の中から珱尓さんが出て来た…でも…1人じゃない…
どうみても酔って…1人じゃ歩けないらしく珱尓さんに抱きかかえられる様に歩いてるのは…


大人の…女の人……あたしは…会ったことの無い…女の人だ……


そのまま2人はエレベーターに乗って上がって行った…
あたしは…扉の閉まったエレベーターを見つめて…立ち尽くしてる……

すぐ…降りてくるもの…
部屋にあの女の人を送り届けたら…珱尓さん…戻って来るもの……

あたしはそう心の中で願いながら…
2時間ロビーで珱尓さんが戻って来るのを待ち続けた……





僕は愛理さんが僕の後をつけてホテルのロビーにいるなんて思いも寄らなくて…
呼び出されて酔い潰れた未緒を連れて彼女の泊まっている部屋に送り届けた。

「…もう…こんなになるまで飲むの身体に悪いですよ。」
「……大丈夫よ…来てくれたんだ…ありがとう…珱尓…」
「仕方ないじゃないですか…呼ばれたら…」
「何よぉ〜その言い方…元カノだから態度冷たいわねぇ〜〜」
「そんな事ありませんよ…ただ…」
「ただ?」

「いい加減本当の事話してもらえませんか?いつまでも僕も付き合ってあげられないんで…」

「何?ホント冷たい!珱尓ってば…じゃあ良いわよ!!」
「 !!! 」
グイッと腕を引っ張られて未緒が横になってたベッドに両手を着いた。

「ちゃんとお礼すればいいんでしょ?私は構わないわよ…昔を思い出して楽しみましょうよ…ね?」

そう言って首に腕を廻されて引き寄せられた。

「………そんな事…する気なんて無いんでしょ?もうやめなよ…未緒…」

「…………」

「僕に未練なんてあるわけ無いんだ…君の事だもの…
僕の所から出て行く時にはもう僕の事は自分の中で整理を着けてたはずだから…」


しばらく未緒は黙って僕を見てた…

「………相変わらずね…珱尓は…優しそうで本当は冷たい…」

「そんな事ない…本当どうしたの?」
「…珱尓って…今好きな人いるの?」
「?何で?」
「私2年前から一緒に暮らしてる人がいるの…
私より2つ年上で…仕事絡みで知り合ったんだけど…」
「で?」

「……結婚…申し込まれた…」

「……はぁ…で…また逃げ出したんだ…僕の時みたいに…」

「………」
「君は何で結婚と言う言葉に弱いんだ?」
「…だって何だか物凄い責任負わされるみたいな気分になるのよ!
どうして今のままじゃいけないの?結婚なんて手続きしなくたって上手くいってるじゃない!?」

「考え方の違いだろ?」

「え?」
「彼は結婚したい未緒はしたくないそれだけだよ。
彼はこれから先の人生を未緒と家族として過ごして行きたいと思ったんだ。
未緒と家族を作りたいんだよ…」
「そんな事…結婚しなくたって…」
「じゃあ子供が出来たらどうするの?子供だけ彼の籍に入れるの?それとも君の籍?
それともその時に結婚するの?」
「…珱尓」

「僕は彼と同じ考えだから君の考えの方が理解出来ない…だから君とはこの話しは平行線…」

「だから…私と別れたの?」
「別れたかったのは未緒だろ?結婚を迫られる事は君は望んで無かったんだから…
僕は待つつもりだったよ…未緒が結婚を考えてくれるまで…」
「何でそんな結婚にこだわったの?私の事好きならそんな形取らなくたって…」

「僕は形にしたかったんだ…2人の関係を形に現したかった…
でもだからって未緒を責めたりはしない…たまたま僕達は結婚したい男と
結婚したく無い女だっただけだから……」

「……なんかズルイ…珱尓…聞き分けの良い男になるつもり?」

「何で?じゃあ君は僕が追いかけたら戻って来たの?結婚を望んでる僕の所に……
答えはノーだ…密に結婚を望んでる僕と一緒にいれるはずがない…
きっと毎日が苦痛になったはずだよ…だから一度も僕に連絡しなかったんだろ?」

「私…どうしたら…いい?」
未緒が涙目で僕を見上げる…

「……今度は逃げないで彼とじっくり話し合うんだね…
きっと今彼は君の返事を待っててくれてるんだろう?」
「………うん…」
「じゃあとことん話し合いなよ…僕は今の彼がどんな人か知らないけど…
もしかして君の考えを理解してくれるかもしれないじゃないか。
僕みたいな堅物で融通の利かない男じゃ無いなら…ね。
あ!それから彼がいるんだったらいくら元カレの僕でもキスなんかしたらダメですよ!」

「…!?どうしてお説教になるとその喋り方なのよ?」

「???………さあ…何ででしょう???」
「……ふふ…はぁ〜〜〜……珱尓は変わらないわね…」
「はい?」
「冷たいなぁ…って思う時もあるけど…でも気が付くとふんわりと包み込んでくれてるのよね…
それがわかりに難くてちょっと考えちゃうけど…」
「わかり難いですか??おかしいな…僕はいつも優しいですよ。」
「そう言えば珱尓は好きな人…いるの?返事聞いてないわよ。」
「え?…そうでした?………さあ…どうかな…気に掛けてる娘はいますけど…」
「気になる娘じゃなくて気に掛けてる娘?」

「はい…とっても頑張り屋さんで…ちょっと気の強い所もありますけど…
でも…健気で…素直な人です。」

「…!!………へぇ…愛しちゃってるのね…その娘の事…」

未緒が納得した様に僕を見ながらそんな事を言う……

「えっ!?なっ…何でそうなるんですか??僕そんな事一言も……」
「……珱尓今の自分の顔鏡で見てご覧なさいよ…全部顔に出てるわよ。」

「ええっっ!!??」

思わず両手で顔を触ってしまった。




「ただいま…あれ?愛理さん?」

何だかんだと遅くなってもう10時を廻ってる…
もう愛理さんも帰ってると思ってたのに…部屋の中は真っ暗で…どうしたんだろう?
早々に携帯で連絡を取ると呼び出すのに出る気配が無い……

何かあったのかな??

急に心臓がドキドキ言い出した…
だって僕の所に来てからこんな事1度も無かったから…
しかも携帯に出ないなんて…メールも送ってみたけど返事が無い…

待ってても良かったけどジッとしていられなくて玄関を飛び出してた。
その間も携帯に掛けたけど出る気配が無い……

何処を探せばいいのかわからず取りあえず学校の帰り道を探した…
見つけられなくて……街の中を歩き回った…
まさかとは思うけど…初めて愛理さんに会ったのは…夜の街だったから…

当ても無く探し回って何度目かの携帯への電話でやっと愛理さんに繋がった!


「愛理さん!?今何処ですか?」
『………珱尓さんこそ…何処にいるの?』
「え?」
『あたしは大丈夫だから…ちゃんと帰るから…』
「大丈夫って…何処にいるんですか?迎えに行きます!!」
『………来なくていいから…1人で帰れる…』
「もう何時だと思ってるんですか!女の子1人でこんな時間歩き回ったら危ないですよ!」
『…………』
「愛理さん?」
『……もうすぐ家に着くわ…もうマンションが目の前だもの……』
「本当ですか?じゃあ僕もすぐ戻りますから…」

そう言って携帯を切って早足でマンションに向かった。
でも一体…どうしたんだろう…様子が変だった…



「愛理さん!?」

急いで部屋の戻って駆け込む様にリビングに飛び込むといつもの様に
愛理さんはリビングのソファに座ってた。

「……はぁ…はぁ…良かった…げほっ…」

今頃息が上がる……運動不足を痛感した…

「………う…」
「愛理さん?え?!ちょっと…どうしたんですか?」

ソファで俯いて座ってる愛理さんが急に泣き出したから…

「……何かあったんですか?また誰かに付き纏われてるんですか?
それともバイト先で何かありました?
僕に出来る事があるなら言って下さい……どんな事でもしますから……」

「…………う………うううう………」

何で?どうして余計愛理さんが泣き出すんだ??

「え?本当にどうしたんですか??泣いてたらわからないじゃないですか!!」
ソファに座ってる愛理さんの目の前に膝を着いて座って愛理さんの腕を掴んで覗き込んだ。

涙がポロポロと零れ落ちて……僕は焦る。

「愛理さん?」
なるべく優しく話し掛けた。

「………ひっく…」

「愛理さん?……!!!」

覗き込んでた僕の首に愛理さんがそっと抱き着いた…
「愛理さん?」
「…珱尓さん…お付き合いしてる人いるの…?」
「えっっ!?な…何でそんな事言うんですか?」
「だって……だって……」
「愛理さん?」

僕に抱き着いていた愛理さんの身体を抱き起こしてもう一度顔を覗き込んだ。

「こんなに泣いて…おかしいですよ。」
「だって…最近…様子が…ひっく…変だったし…」

でも珱尓さんの後をつけた事は言えなかった…

「ああ……心配掛けちゃいましたか?すいませんでした…
でももうご心配お掛けする事は無いと思いますよ。」

そう言ってニッコリと珱尓さんがあたしに笑いかける…

「本…当…?」
「はい。」
「信じても…いい?」
「はい。」
「昔の知り合いの相談に乗ってたんです…でもそれも解決しましたから…」

未緒は今の彼と話し合ってみると約束してくれたから…
愛理さんには知り合いと説明した…余計な心配はかけたくなかったから…


珱尓さんがあたしにあの女の人を昔の知り合いって説明した…
きっと知り合い以上じゃないかと思うけど…あたしに気を使ってくれたのかな……


「付き合ってるんじゃ…ないの?」
「お付き合いしてる人なんていません…」
「大人の…お付き合い…とか?」
「どんなお付き合いですか?それ…」

「………」

「だから…泣かないで下さい…愛理さんに泣かれると心臓に悪いです…」

そう言ってあたしの頬を珱尓さんが掌で拭ってくれた…
でも…これって…子供がお父さんさんに慰めてもらってるみたい?

「それから…」
「それから?」

「こんな遅い時間にフラフラ出歩いたらダメですよ!事件に巻き込まれたらどうするんですか!」

「!!!」
メッ!って顔されちゃった……


「……クスッ…ごめんなさい…」
「何で笑うんですか?」
「ううん…だって…珱尓さんあたしの事子供扱いするから…」
「そんな事無いですよ!ちゃんと1人の女性として見てますよ。」
「本当!?」
「え?」
愛理さんの瞳が一瞬にして光り輝いた?!

「女として見てくれてるのね!」
「…女とって言うか…愛理さんとして見てます…けど…?」
「???」
「えっと…とにかく子供扱いはしていませんから。」

「うれしい!!」
「わっ!!!」

思いきり愛理さんが僕に抱き着いたから膝を着いて覗き込んでた僕は
愛理さんを支えきれずシリモチを着いてしまった。

愛理さんはそんな事気にせず僕にしがみついたまま……


「………愛理さん…」



今まではそのままじっとしてた僕だけど…今は…

             そっと腕を動かして…愛理さんを優しく抱きしめた………