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「ピン〜ポン ♪ 」

朝の出勤前の忙しい時間にチャイムが鳴った。

「こんな朝早くから誰でしょうね?」

思わず愛理さんと顔を見合わせてしまった。
「はい?」
玄関を開けるとそこには…

「おはよう。珱尓君!遊びに来ちゃった ♪ 」

「………!!!恵実?!」

接客業の僕達には関係ない…巷では大型連休の初日の朝の事だった。



「はじめまして!」

「は…はじめまして……」

珱尓さんの姪っ子の恵実ちゃんと言う中学生に睨まれて思わず怯む……

「恵実!何?その態度?」
「だってまさか本当に珱尓君が女の人と暮らしてるなんて思わなかったんだもん!」

おばあちゃんが珱尓君と電話で話してるのを聞いて自分の耳を疑った!
だからおばあちゃんを問い質してやっと教えてもらって…
やっと大型連休になったからとにかくやって来たと言うわけ。

「兄さん達にちゃんと言って来たの?」
「言ってきたもん。」
「僕は何も聞いてないよ?」
「あたしが黙っててって言ったの!」
「何で?」
「びっくりさせ様と思って…」
「もう…」

どうも最近突然訪ねて来る人達が多い気が……
そんな事を考えながら実家に電話すると恵実の言う通りお義姉さんも知っていて
よろしくと言われてしまった。


「来るのはいいけどちゃんと前もって連絡しないと駄目だろ?
僕は今日仕事なんだよ。愛理さんも仕事だから昼間は恵実1人だよ。」

愛理さんだって…………

姪っ子さんが思いきりムッとしたのがわかった……

「いいもん。大人しく珱尓君が帰って来るの待ってるから!」

何故かそんなムッとした態度の恵実で…
突然訪ねて来られたのはこっちなんですけどね……





「え?あの人夜間学校通ってるの?」
「そうですよ。なかなか出来るもんじゃありませんよ。」

早めに帰って来てくれた珱尓君と2人…テーブルで向かい合ってる。
夜間学校がどんな所か話だけは知ってる。
以前テレビでそんな話を紹介してた。

「じゃあ働きながら通ってるって事?」
「はい。」

久しぶりの珱尓君との2人っきりの時間…どんなにこの時を待った事か…
小学校の時は1人じゃ危ないからと出してもらえず…やっとお許しが出て……
ずっと…ずっと来たかったんだもん!!
珱尓君が作ってくれた夕飯のクリームシチューを頬張りながらそんな事を思う。

「ねえ…」
「はい?」
「せっかく遊びに来たのにあの人の話ばっかりじゃつまんないよ!」

さっきから珱尓君は未だに帰らないもう一人の同居人の話ばっかり…

「え?だって恵実が愛理さんの事教えてって言うからでしょ?」
「 !!! 」
そうだ…そうだった。
「そうだけど…珱尓君随分嬉しそうに話すから………」
「そうですか?」

「………もしかして……珱尓君あの人の事好き…なの?」

「 ……!!… 」

何?その驚いた顔はっっ!!


「恵実はいつまで此処にいるつもりなんですか?」
「あ!話逸らした!!おかしい!!!」
「…別に…子供が気にする事じゃ無いからです。」
「何それ?あたしは鳴海家の代表として聞いてるのよ!この事はお父さんに報告するんだから。」
「いいですよ…そんな事しなくたって…」
「ダメよ!」

そう!お父さんからこんな同居反対してもらうんだから!

「珱尓君人が良いからいい様に利用されてるんだよ!!気が付いてよ。」
「愛理さんはそんな事しませんって…」
「………重症ね!」
「恵実……一体何処でそんな事覚えてくるんですか?」
「こんな事今時当たり前よ。女の勘は鋭いんだから!」
「女の…勘…ですか?」
「そうよ!中学生だからってバカにしないでね!」
「そう言えば今年受験でしたっけ?」
「 ぎくっ!! 」
「もう志望校決まったんですか?」

ニッコリと笑って聞いてるけど…話題を強制的に変えるつもりね…
でも…あたしのウィークポイント突いて来た!!

「ま…まだだけど…」
「なんなら此処にいる間だけでも僕が教えてあげましょうか?」
「結構です!せっかくの休日が…それに教科書も無いし…」
「明日僕が勤めてる書店で買ってきますよ。問題集なら帰っても使えるでしょ?」
「だからいいってばっっ!!」
「そうですか……」

……もう…



7時半ごろあの女の人が帰って来た。
朝から今まで仕事か……確かに真面目な人なんだろうけど…

珱尓君は渡さないんだからっ!!

「お帰りなさい愛理さん。」
「…ただいま…」
「今ご飯の支度しますね。」
「…………」
「愛理さん?」
「え?…あ…うん…」
「恵実!手伝って。」
「あ…は〜い。」



「愛理さん…どうかしたんですかね…元気が無かった。」

キッチンで珱尓君がそんな事を呟いた。
「仕事で疲れてるんじゃないの?」

「そうですね…じゃあ後で愛理さんの好きなミルクティーでも淹れてあげる事にします。」

「………珱尓君…」

そう言ってニッコリ笑った珱尓君を見るのが…ちょっと辛くて胸がズキリとなった。




「珱尓君と寝るのって久しぶり!」
「一緒って…布団は別々ですけどね。」
「…………」

確かにあたしは珱尓君のベッドの下に布団敷いてるんだけど…

「いいの!一緒の部屋に寝るのだって久しぶりでしょ?
昔は良く一緒の布団で寝たのになぁ…お風呂だって…」
「恵実は幾つだと思ってるんですか?いくら叔父でももう無理です。」
「……わかってるわよ。」

こっちだって今更一緒の布団やお風呂なんて恥ずかしくって出来るわけ無いじゃない。

「あ!珱尓君卓弥ったらねぇ……」

恵実の他愛の無いお喋りを聞きながら頭ではほかの事を考えてる…
やっぱり…愛理さんの様子がおかしかった気がする…
何か心配事でもあるのかな?恵実の事を気にしてるんだろうか…
そんな事気にする様な愛理さんじゃな無いと思うけれど…

明日ちゃんと聞いてみよう…

「って聞いてる?珱尓君!」
「え?あ…はい聞いてますよ。」
「ホント?」
「本当です。」

それからかなりの時間恵実のお喋りに付き合わされた。





「愛理さん。」
「ん?」

次の日の朝…出掛けに愛理さんを呼び止めた。

「大丈夫ですか?」
「何が?」
「何だか昨夜から元気が無いみたいですから…」
「え?そう?そんな事無いわよ。」
「…恵実の事…気にしてますか?」
「え?恵実ちゃんの事?ううん…全然気にしてないわよ。
だって此処は珱尓さんの家で恵実ちゃんは珱尓さんの姪っ子だし…どうして?」
「いえ…元気の無い理由がそうだったら申し訳ないなって…」
「ホント…何でもないから…じゃあ行ってきます。」
「いってらっしゃい。」

2人でそんな挨拶を交わして…玄関のドアが閉まった。


「珱尓君ちょっと出掛けてくるね。」

「え?恵実?こんな朝からですか?」

愛理さんが出てすぐに恵実が僕にそんな事を言いながら靴を履き始めた。

「コンビニ。今日発売の雑誌があるの。大丈夫!珱尓君が出かける前には帰るから!」
「恵実!」

珱尓君が呼んでたけど私は早足で歩き出した。



「……確か歩いて行けるお店って言ってたわよね…」

こっそりとあの人の後をつけた。
ちょっとでも変な所があったら珱尓君に教えてあげて1日でも早く
あんな2人の生活止めてもらわなきゃ!!

「…なかなかシッポださないわね…」

そんな事を呟きながらあの人に気付かれない様に一定の距離をとって後をつけた。
駅前を通り過ぎてちょっと人通りの少ない道に出る。
これは気を付けないと見付かっちゃう…って!あっ!!

そんな道に入った途端男の人が2人彼女に近づいて来た!!

「やっぱりいたんだ…繋がってる男が!!」

私はしてやったり!!
なんてお祖母ちゃんが前言ってた言葉を思い出して心の中で勝利宣言を挙げてた!!




「どうかしたの?恵実?」

夕飯を食べながら恵実にそんな言葉を掛ける。
朝コンビニに行くと言って出掛けた恵実が手ぶらで帰って来たから
コンビニに行かなかったのかと声を掛けると売ってなかったと言っていた。
発売日を間違えたって…でも…それにしても態度がおかしい…?
愛理さんに続いて今度は恵実まで…一体どうしたって言うんだろう?

「朝コンビニで何かあったの?」
「!!!…えっ!?」
明らかに驚いてる。
「だってそれからだよ…恵実の態度おかしいの。」
「え?そんな事無いよ!珱尓君の気のせいだって…
あ!ほら…明日帰るでしょ?何だか淋しくってさ…
あっという間だよね…今度はもっと長い休みの時に来るからね!」
「本当にそれで?」
「そうだよ。私が珱尓君っ子って知ってるでしょ?」
「……だったら良いんですけど…愛理さんも様子が変ですし…
もしかしてチカンとかって言うんじゃないでしょうね?覗きとか?」
「ち…違うよ!そんなのいないから!まったく…変な妄想やめなよね…」
「そうですか?女性だけって言うのが気になったんですけど…」
「ホント心配しすぎだよ…珱尓君は。」

何だかはぐらかされた気もしなくは無かったけど…
何でもないと言い張るから仕方なくそれ以上の追求は止めた。


その日もいつも通りに帰って来た愛理さんだったけど…やっぱり何処かぎこちない気がする…
しかも昨日までの恵実の態度もうって変わって愛理さんの事をあまり言わなくなったし…

言いようの無い違和感をずっと胸に抱きながらそれを解消する事も出来ず…
ベッドに横になると恵実が僕を呼ぶ。

「珱尓君……」
「なに?」
「………ううん……」
「恵実?」
「急に訪ねて来てごめんね…今度はちゃんと前もって連絡するから…」
「そうですね…そうしたら僕もちゃんと休みを取りますから一緒に出掛けましょう。」
「…うん………ねぇ…」
「はい?」
「……その時は……あの人…まだ此処に居るのかな?」
「え?愛理さんですか?んー…そうですね…とりあえずは学校を卒業するまでは
ウチに居てもらおうと思ってますから…まだ下宿してるかもしれませんね。」
「ふーん……」
「愛理さんの事…気になるんですか?」
「そりゃあ…ね…だってあんなに若くて…可愛い人なんだから…
いくら真面目な珱尓君だってついフラフラとなびいちゃうかもしれないでしょ?」
「なびいちゃうって…」

そんな事を言うなんて…
あのオムツをしてた恵実が…成長したとう言うか…オマセさんになったと言うか…
何だか複雑な心境ですね……

そんな他愛も無いお喋りもいつの間にか聞えなくなって…小さな寝息が聞えて来た。



「じゃあ…気をつけてね。恵実ちゃん。」

そう言って帰る約束の3日目の朝…愛理さんが玄関で恵実を見送ってくれる。
恵実が居る間…必要以上に僕達に近付いて来なかった愛理さん…
身内の僕達に気を使ってくれたのか…それとも……

「駅でちゃんと恵実を見送ったら僕はそのまま仕事に出ますから。」
「何よその言い方!私が逃げ出すとでも思ってるの?」
「全く無いとは言い切れないんで…」
「ふん!」
「くすっ…あたしは今日休みだから学校までゆっくりしてる。」
「そうですね…たまにはそう言うのもいいんじゃないんですか。」
「ほら…恵実!」
ソッポを向いて立ってる恵実に合図する。
「……さよう…なら…」
とんでもなくぎこちなくてぶっきらぼうだ…まったく…
「…さようなら…また…来てね。ってあたしが言う事じゃ無いけど…」
「…………」
「…もう…じゃあ愛理さん行って来ます。」

「いってらっしゃい…」

「ああ…そうだ愛理さん。お昼一緒に食べませんか?」

「!!…そうね…いいかも。」
「じゃあ後でメールします。」
「うん。」

そう出掛けに約束して玄関のドアを閉めた。



「ちゃんと家に帰るんですよ!途中で寄り道なんてしたら駄目ですからね!」
「わかってるよ!たった1時間じゃない…大袈裟なんだから。」
「心配してるんでしょ?大事な姪っ子なんですから。」
そう言って珱尓君が私の頭をポンポンと撫でる。

「もう…子ども扱いしないでよ!これでも15歳なんですからね!」
「はいはい…でもね…赤ん坊の時から見てるからやっぱりいつまでたっても
恵実は子供で可愛いんですよね…」
「……親じゃ無いんだから…」
「ふふ…ごめん。」
「謝るのもおかしいでしょ?」
「そうかな?あ!もうすぐ発車しますね。」
駅員のアナウンスが流れた。

「………珱尓君…」

「はい?」

「あの人の事…好きなの?」
「……!!…恵実…」
「正直に言って!大事なことなんだから!」

「………多分……いえ…きっと…好きなんだと思います。」

僕は中学生の…しかも姪っ子にそんな事を言う…でも…だからこそ言えたのか…?

「!!!…珱尓君……」

「自分でも…本当に最近そうなのかなって思い始めたばかりなんですけどね…
だからまだ堂々と自信があるわけじゃないんですけど…あ!この事は内緒ですよ。
今初めて人に話したんですからね。恵実だからですよ。」

「………珱尓君…」
「まだこれから先の事はわかりませんけど…相手のある事ですし僕の方が大分年上ですから。」
「それは関係ないんじゃないの?」
「皆さんはそう思うみたいですけど…僕は気になります…
もっと年の近い人同士の方がいいんじゃないかって…あっという間に僕はおじいちゃんですから。」
「…珱尓君後ろ向き過ぎるよ…まだ30代でしょ?見た目も若いんだから大丈夫だって!」
「あれ?賛成してくれるんですか?」
「……!…そう言うわけじゃ無いけど…さ…」

その時発車のベルが鳴った。

「じゃあ気を付けてね。皆に宜しく言っといて!」

「うん…じゃあまたね珱尓君!!」

目の前でドアが閉まって…私は胸がズキリとなった…
結局珱尓君に話す事が出来なくて…罪悪感にも似た気持ちが湧き起こってる…

昨日…見たあの光景と…聞えて来た話………

                         珱尓君………





「有意義に過ごせましたか?」
「うん。部屋の片付けしたり…リビングのお掃除したり…」
「なんだ…掃除ばっかりじゃないですか。それなら部屋中ピカピカですね。」
「そうよ。帰ったらビックリするから。くすっ…」

約束通りお昼を愛理さんと一緒に食べながらそんな会話を交わしてる…
恵実に自分の気持ちを言った後だからか…何だか自分だけが照れ臭い…

愛理さんの気持ちを知ってるから…僕は余計自分の気持ちを言う事が出来ない…
僕がこのまま黙っていれば…もしかして愛理さんは僕以外の…
年相応の相手を見つけるかもしれない……


「時間大丈夫?」
「はい。まだ少しは…」
「…………」
「?どうしました?最近何だか様子が変ですよ?本当に何でもないんですか?」
「…うん…大丈夫よ。」
「僕に言いにくいことでしたら僕の唯一の女性の友達にでも…」
「ホント…大丈夫…心配しないで…珱尓さん…」
「そうですか?」

あんまりしつこく聞いてもと思って口を紡ぐ…でも…本当は納得してない…

「珱尓さん…」
「はい?……んっ!!」

歩道のど真ん中で…キスされた!

「あ…愛理さん!!」

僕はビックリの焦りの…もうパニックっっ!!!

「大丈夫よ…みんな見てないもの。」
「そ…そうですか?」

そんな事無いような気がしますけど…

「…ふふ…珱尓さんに元気分けてもらっちゃった ♪ ♪ 」

「もう…愛理さんは…え?元気…ですか?やっぱり何かあったんですね?」

「……じゃあね…珱尓さん…仕事頑張って!……バイバイ…」

愛理さんが逃げる様に僕から離れて…後ろ向きのまま歩いて僕に手を振る…


「危ないですよ!それにバイバイって……」


            いつもそんな事言わないのに……