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いつもと違うそんな愛理さんの態度もその日はお店が混んで結構な忙しさで
頭の片隅に追いやられた…

帰る時になってそう言えばと思い出す始末で…ちょっと反省した。
やっぱり今夜じっくり話し合おうと決めて帰り道を急いだ。



まだ愛理さんの帰っていない部屋…
明かりを点けて愛理さんが言った通り部屋の中がいつもより綺麗に掃除されてのに気付く。

「本当に気合入れて掃除したんですね…」

思わず感心してしまう。

その日は何故だか自分の部屋に足が向いた…
普段は寝る時までそんなに自分の部屋に行ったりしない。

上着はリビングの椅子に掛けておくし…食事をしたりしてそのままソファで休むから。
シャワーを浴びるのに着替えを取りに行く事はあるけど…
だから今日は本当に偶然だった。

自分の部屋のドアを開けて部屋の中を見渡した。
いくら掃除をしたと言っても僕の部屋まではしないのはわかってた…
でも…朝には無かったベッドサイドの小さな棚の上に白いものが…
廊下の明かりにボンヤリと浮かんで目に留まった。

「?なんだ??」

見ればハガキのサイズほどのメモ用紙?

「……え?」

そのメモに書かれてる文章を目で追ってそんな言葉が漏れた。

「どう言う意味…ですかね?」

メモには愛理さんの字で本当に短い文章で書かれてる。

『珱尓さんへ……どうもあたしは1つの所に落ち着けないみたいです。

     今までありがとう…お世話になりました。


                                  愛理     』


僕は直ぐに携帯で愛理さんに連絡を取った。
この時間はまだ学校のはずだから出てくれるかどうかわからないけど…
掛けずにはいられなかった。

案の定愛理さんは出ない…電源が切れてた。
メールも送ってみたけど同じ事だと思う……

「ホント…どう言う事だ?」

昼間いつもと変わらなかったのに…僕に一言の相談も無く?
あんなに此処でずっと暮らしたいって言ってたのに…どうしてこんな急に?

やっぱり…様子が変だったのは思い違いじゃなかった…
だから今日別れ際に僕に 『 バイバイ 』 なんて言って手を振ったんだ…

わかってたのに…気付いてたのに…


上着を掴んでリビングを出ようとした時家の電話が鳴った。
迷いもせず僕は受話器を取った。

「はい!愛理さん?」

『珱尓君?』
「恵実??」
『どうしたの?』
「いえ…何でも…ないです…どうしたんですか?」
『無事に着いたのと…』
「そうですか…良かった…ごめん恵実今ちょっと急いでて…」
『……あの人がどうかしたの?』
「何でも無いですよ。じゃあ切りますよ…また今度ゆっくり…」
『あのねっっ!!!』
「?はい?」
恵実の口調が急に変わったから思わず聞き直してしまった。

『ずっと言おうか迷ってて…本当は帰る前に言わなきゃいけなかったのに…
ごめんね…珱尓君…ごめん…』

「え?なんの事ですか??」

『あの…私…昨日見ちゃったの…』

「見たって何をですか?」



恵実が言うにはコンビニに行くと言って愛理さんの後をつけると
人通りの少ない道で男性が2人愛理さんの前に現れたと言う…

恵実の目から見てもまともな仕事をしてる様には思えない風貌だったらしい。
一応スーツは着てたらしいがサラリーマンでは無い事は中学生の恵実にもわかったと言っていた。


「しつこいわね。この前から言ってるでしょ?あの男とはもう何年も会ってないって!
居場所も知らないし生きてるのかどうかも知らないわよ!」
「そんな事はもういいって…俺達は金さえ返してもらえればそれでいいんだから。」
「だからどうしてあんな男が作った借金をあたしが払わなくちゃいけないのよ?」
「あんたあの男の娘だろ?親父の作った借金払うの当たり前だろ?」
「だから…あんな男親なんかじゃ無いって何度言えば…」
「こっちも困ってるんだよなぁ〜借りたモンは返さなきゃ…ねぇ?
それを女と一緒にトンズラしやがって…!!」
「逃げられたのはそっちのミスじゃない!あたしは知らないわよっ!!」
「調子にのんじゃねーぞ!いいんだぜ…こっちはお前さんの職場に会いに行ったって。
それにもう1人弟もいるよな?そいつに払ってもらったっていいんだぜ?そいつだって親だろ?」
「そんな事やめてよ!弟はもっと関係無いでしょ?あたしよりも会ってないんだから!」
「そんな事はこっちは知らねぇよ…とにかく本人がいないんだ…
代わりに身内に払ってもらうしかないだろ?ああ?」
「……………」
「お!そうだ!彼氏に頼んでお金貸してもらいなよ…今一緒に住んでんだろ?」
「…!!…あの人は彼なんかじゃないわっ!下宿させてもらってるだけなんだから!」
「でも知り合いだろ?俺達からも頼んでやるよ。」
「やめてっ!あの人は関係ないんだから!」
「払うもの払ってくれればな…俺達だってそんな事はしたくねぇよ…」
「本当でしょうね…」
「ああ…そんなに他の奴らに迷惑掛けたくないんなら…いい仕事紹介してやってもいいぜ。
あんたなら結構な金稼げるぜ?どうだ?」
「結構よ!自分で探すから!!」
「じゃあ今度は金返してもらえるのかな?楽しみだぜ。くっくっ…」

「…………」

そう言って男の人達は嫌な笑い方をしながら引き上げて行った…
私はこんな状況初めてで…テレビとかでしか見たこと無くて…
しばらく心臓がドキドキしてて…胸を押さえながらあの人を見ると…

さっきと同じ場所で…とっても苦しそうな…辛そうな顔で…俯いてた…
あの男の人達が言うにはあの人のお父さんがあの男の人達にお金借りて逃げちゃったって事?
それを娘のあの人に払っえて…迫ってたんだ…
でもあの人お父さんには全然会ってないって言ってたな…本当なのかな?

でもあの人…これからどうするんだろう……


恵実は最後まで僕に謝ってた…
でも15歳の子供がそんな場面を見てショックなのはわかるし
僕にどんな風に伝えればいいかわからなかったんだ…
だから仕方の無い事だと恵実には気にしないように伝えた。


「どうして…相談してくれかったんだ…愛理さん…」

そんな事はわかってる…僕に心配と迷惑を掛けない為だ…
だからって…こんな直ぐ出て行かなくたっていいのに……

これから…どうしようかと考える…
きっと隆生君の所には行ってないだろう…僕にすぐ見つけられるから…

だったら…今何処に?


とにかく手当たり次第に探そうと玄関に向かう。
途中の愛理さんの部屋を覘くと本当に綺麗に片付いていた…
もともと荷物は少なかったけど…そう言う雰囲気とは違う…
部屋の中が静まり返ってる…そんな感じだ。





「……はあ…」

とりあえず珱尓さんに会わずに部屋を出る事が出来た…
今は駅の近くの公園のベンチで途方に暮れてる…
面と向かってさよならなんて言えなかったし…
きっと珱尓さんの事だからもの凄く心配するだろうし…

しばらく街の中をフラフラと歩いてファーストフードのお店で時間を潰した。
そしたらナンパされて…もう面倒くさくて店を飛び出した。

学校も珱尓さんに見付かるからと今夜は行けなかったし…
お店もしばらく休むって言ったし…携帯の電源は切ったし…

「…はぁ…したしばっかり……」

バイトも…辞める事になるだろうな…それにこの街にはいられない…

「……でも…行く当てなんて無いよ……」

おばさんの所には絶対帰りたくないし帰る気も無い。
隆生の所ももう迷惑は掛けれないから…行けないし…
とりあえず今夜は此処で野宿かな……変なの来なきゃいいけど…
それも運かな…もうどうでもいいや…

「……うっ…」

ずっと堪えてた涙が零れる…

やっと珱尓さんと一緒に暮らせる様になったのに…
ずっと一緒にいれると思ってたのに……


やっと…好きな人に…巡り会えたのに………



でも…珱尓さんに迷惑掛ける訳にはいかないから……
最後に珱尓さんと一緒にご飯食べれたし…さよならのキスも出来たから……

最悪じゃない……

何処に行ったってこの街に珱尓さんがいると思えば頑張れる…辛くなんか無い…
出来れば一生独身でいてくれないかな…って無理かな…
「はぁ…」
もう珱尓さんの部屋を出て何度目のため息だろう…

「あ…」
ふとネットカフェにでも行こうかと思いついた。
今の時間からだと入れるか自信無かったけど何軒か廻れば…
野宿よりはマシと立ち上がった。

一応珱尓さんを警戒するけど…
あの珱尓さんがこう言う所に探しに来るとは思えなかったからちょっと安心。
明日になったら…なるべく早目に此処を出て…新しい仕事探して…
ああ…今よりももっと高い時給の所行かないと…パソコンで調べて…

なんてあれこれ色々考えながら公園から1番近いお店に向かった。


「あ!」
「え?」

こんな事って……
お店の入り口のほんの手前で中から出て来た珱尓さんにバッタリ会った!!!

こんな運命的な出会い……他の時にしてよっっ!!!

速攻珱尓さんに背を向けて走り出した。


ネットカフェのお店の入り口を出ると歩道を歩いてる愛理さんを偶然見つけた。
目が合った!合った途端僕に背を向けて走り出す!

「ちょっと!!愛理さんっっ待ってっっ!!!!」

大声で叫んだ…僕の声が聞えてるはずなのに…止まらないし振り向きもしない!!
少し距離があったから追いつけない…でも愛理さんってこんなに足が速かったのか??
それともこんな所に年の差!!??
もう周りなんて構ってられなかった…ここで愛理さんを見失ったら…

一生後悔するっっ!!!

「 愛 理 っ !!! 」

夜の繁華街に僕の声が響いた。

「 止まれっっ!!僕の声が聞えないのかっ!! 」

愛理さんもビクリとなって走るのを止めて立ち止まった。
でもまだ僕の方を見ようとしない…


「…………」


珱尓さんが…あたしの名前を……呼んだ……

あんな大きな声で……あたしの名前を……呼んでくれた……



「何処に…行くつもりなんです?」

すぐ後ろで珱尓さんの声がする…

「ずっと…僕の所にいたいって…言ってたじゃないですか……もう…いいんですか?」

振り向いたら…きっとすぐ後ろに珱尓さんが立ってる…

「……も…う…珱尓さんの所……飽きた…の…だから…ごめんなさい…」

振り向かずに…振り向けなくて珱尓さんを見ないで込み上げる涙を堪えてそう言った。
だって今珱尓さんを見たら……もう…自信がないから…

だからこのまま………

「僕はずっと愛理さんと……一緒にいたいと思ってます。」

「……あ!!」

後ろから珱尓さんに抱きしめられた……うそ…

「帰りましょう……ね…」
「で…でも…」

心臓が…ドキドキで…破裂しそう…だってこれって…

「もう…何も心配する事無いですから…僕に任せ下さい。」
「え?」
愛理さんがやっと僕の方に振り向いてくれた。
「もう…大丈夫ですから…」
そう言って珱尓さんがにっこりと笑ってた…
「珱尓さん…?」
「ね!」
「……うっ……」

私はもう涙を堪え切れなくて…珱尓さんに抱きついて思いっきり泣いた。
だって…本当は珱尓さんの傍から離れたくなかったし…出て行きたくなんて無かったから…

だから珱尓さんの所に戻れるって思ったら…嬉しくて…

「ちょっ…愛理さんえっと…とりあえず今は泣きやんで…ね?」

そんななだめる珱尓さんの言葉も今のあたしには優しく耳に響いて…余計泣けてくる…

「帰りましょう…愛理さん。」
「本当に……いい…の?ひっく…」

泣きながら珱尓さんに訪ねた…
きっと今のあたしの顔は酷い事になってるんじゃないかと思う…

「はい…帰って来て下さい。お願いします。」

「お願い?」

「はい…僕の為に……」

「珱尓さんの為に?」

「はい。」

「??」
何だか良くわからない??

「あの部屋に愛理さんがいないと…変な感じなんです。」
「本当?」
「はい…本当です。」

「珱尓さん……」
「……………」

思わず見詰め合ってしまった……って!!!あっ!!そう言えばここって歩道のど真ん中!!
通行人の視線が痛いくらいに浴びせられてるっっ!!

「あ…愛理さんとにかく帰りますよ!話は家でゆっくりと…」
「え?あ…はい…」

キョトンとする愛理さんの手を取って…逃げる様にその場から走り去った。