09





「もうそろそろ戻られる頃かと思って玄関先で待たせて頂いたんですけど…
ごめんなさい…気が利かなくて…」
「……いえ…ホントお気になさらずに…」
「でも…先生はとっても残念そうで…」
「…………」

鍵を開ける彼の顔は確かにとっても残念そうだ…まったく…大人気ない。
私は危機一髪…助かったけど…

「でもどうしても今日は今後のお話を進めないといけないので…」
「……はいはい…わかってますって…」
「…………」

この方は名前を 『 片平夏樹 』 さん。
彼担当の編集の人で仕事の話をしに来たらしい。
そうよね…いくら売れない作家でも担当の人くらい付くものね…でも…
やっぱり今時の働く女性はこんなにも綺麗な人ばっかりなのかしら…
なんて思うほどスーツの似あう大人の女の人だった。

「………はあ…」

私は思わず溜息…
家の中は思っていた通り…木造の…木の匂いが微かに漂ってる…
この時だけは彼のセンスを褒めたかった…
置いてある家具も位置までももまさに私好みで…ますますこの家が気に入った。

「今コーヒー淹れるからその辺座ってて…」
「あ!先生私やりますから!」
「いいの。オレの淹れたコーヒー小夜子さんに飲ませてあげたいから。」
「あら…まあ…そうですか…」

その時私はそんな会話も耳に入らないほど部屋の中をグルグルと見回していた。


「あなた先生とはどんなご関係?見た所未成年よね?」
「あ…はい。大淀高校の2年です。」

2人で彼がコーヒーを淹れてる間ソファに座って話してる。
そのソファも丁度いいスプリング具合で…気持ちいい。
このソファで昼寝なんかしたら気持ちいいだろうな…
なんて思ってたらふと端っこに枕代わりになりそうな
クッションと丸まってるタオルケットらしきものがあった。
なんだ…考える事が同じだった。

「大淀?ああ…先生が時々空手の練習を見てるって言う…?」
「はい。でも私は空手やってるわけじゃ無いんですけど…」
「そう…でももうそろそろそっちはお休みにして欲しいのよね…
本業の方に力入れていただかないと…」
「え?」
「もう十分お休みになられましたよね?先生!」
キッチンに向かってそう声を掛ける。
「…もう少し休みたいなぁ…って思ってるんだけど。」
ドアを肩で押し開けながら両手に3つのマグカップを持って
咥えタバコで入りながら返事をする。
何か器用?
「だめですよ!新作まだかって問い合わせが来てるんですから。」
「う〜〜ん…今ちょっと都合悪いんだよねぇ…はいどうぞ。
美味しいよオレ自慢のコーヒー ♪ ♪ 」
「ワガママ言わないで下さい!!」

「そうですよっ!!!何言ってるんですかっ!!」

「 「 !!! 」 」

「仕事の依頼があるうちにチャンとしっかりと仕事して今後に生かさなきゃっ!!
食べていけませんよっ!!わかってます?自分の立場??」
「え?」
「売れない作家から1日でも早く抜け出して下さい!!
どんな小説書いてるか知りませんけど…チャレンジあるのみですよっっ!!!」

シーーーーーン……

「え?」

なに?何でこんなに静まり返るの??あ…ちょっと私…力説過ぎちゃった??

「あ…いえ…その…そりゃ 『 舷斗 』 さんとまではいかないかも知れないけど…
そのくらい目標にして頑張れば……」

我に返って思わずシドロモドロ…うわぁ〜〜何か今頃恥ずかしくなってきた!!

「…………あの…あなた…」
「……かっ…片平さんもそう思いますよね??ね?彼に売れて欲しいですよね?
担当ならそう思いますよね??」

なんか自分を正当化したくて思わず同意を求めてしまった。

「あなた…何か勘違いしてない?」
「え?」
「片平さん!ストップ!」
「え?」
「?」

私は何が何だかわからない…なに?

「小夜子さん…家の中見たいって言ってただろ?見て来なよ…オレ片平さんと話しあるし…」

「え?…あ…うん…」

何だかワザとそんな風に言われたみたいだったから反抗せずに頷いた。

廊下を出ると突き当たりにドアが見えた。
部屋の作りは長い廊下を右側に幾つかの部屋は左側に作られてる。
でも雰囲気からいって突き当たりの部屋が寝室かなと思った。

キッチンはさっきいた部屋とも繋がってる…でも廊下からも入れるんだ…
洗面所…物置…使ってない部屋…なかなか広い…とうとう突き当たりの部屋に来てしまった…
でも…いいのかな?寝室なんて覗いちゃって…でも入っちゃダメな部屋とか聞いてないし…
そう思いつつもしっかりと手がドアノブに伸びて握っていた。

キィ……

正面に大きな出窓…白いレースのカーテンがかかってて…
出窓の下にはちょっと大きめな木目のベッドが置いてある…
枕代わりのクッションが何個もあって…

「…うっ!」

視線を床に下ろしたら…無数の本が散らばってた。
唯一ベッドからのドアに伸びた1本の通り道があって…
でもその周りにはやっぱり本が…

「どうなってんの??」

繋がる様に寝室の隣にも部屋が見えた。
ドアの無い…ちょっと覗くと奥が見えて…ん?なに?机??
足元に注意しながら隠し部屋の様なその部屋を覗くと…さほど広くない部屋に
押し込められた様な大きめな机と…壁そって置かれた天井まで届きどうな本箱があった。
本箱の反対側はこれまた上下に開け閉めするガラス窓が何個もあって…
外の大きな木が目に入った。

「いい眺め…って凄い本…」

この部屋の床も本が散らばってて…部屋の角には何冊も本が積みあがってる…
作者の統一性は無いけど…色々なジャンルの本だって事はわかる…

「本当に本読むの好きだったんだ…」

こんな散らかってる部屋だけど私にはナゼか落ち着く……

「…ふあぁ……」

変な溜息まで出ちゃった…でも…この部屋いいかも…

「ん?」

ふと目に留まったのは…何か見た事のある本の表紙…
手を伸ばして見てみると…

「これって… 『 舷斗 』 の小説じゃない…なんで?こんな全種類?」

本箱にズラッと並んでるのは…そう… 『 舷斗 』 の小説…
しかも全部同じものが何冊もある…?
そんなに彼のファンだったの??え?そんな事一言も…

良く見れば机の上に原稿用紙が乗ってて…
まあそれは作家なんだから当たり前なんだけど…
その横に原稿が入ってるらしき茶封筒があった。
何気に覗き込むと……表には 『 夏の夜と君と… 』 って
サインペンで書かれた題名と…
その横にはしっかりと 『 舷斗 』 って直筆のサインが……

「え?どう言う事??これって…この題名って…うそ…
『 舷斗 』 の生原稿がなんでこんな所にあるの?」

私はもうパニックっ!!!え?どう言う事??え?え?
だって茶封筒は1つや2つじゃない…
しかもその表には紛れもない彼の作品名が書かれてて…
直筆のサインもあって…
ええ?ここって…ここって…

「 『 舷斗 』 の仕事場???? 」

「バレちゃった?」

ビ ク ン ッ !!!

後ろから突然声がして私は飛び跳ねるほど驚いた。
振り向くと彼がちょっと困ったような顔で立っていた…
そんな顔初めて見た…

「………これって…あの…もしかして…まさか…あなた………」

もう頭の中がパニックで単語しか話せない。
だってそんな…なんで?どうして?

「別に…騙そうとか思ってたわけじゃないよ…
もともとオレ人には自分の事あんまり話さないし…
愉しく付き合えればそれで良かったし…それに小夜子さんの場合…
他の人以上にオレの事は内緒にしておきたかったんだ…」
「………??」

無言で首を傾げた。

「だって……オレの小説のファンだって…好きだって言ってくれたから…
オレがその作者だって知ったら今までみたいにオレと接してくれないだろ?
もしかして避けられちゃう可能性もあったし…オレそんなのイヤだったから…
小説家だってバレた時は焦ったけど…
売れない小説家だって勘違いしてくれたから助かったよ…」

クスリと笑うから…私は一気に恥ずかしくなった。
だって…親の印象を真に受けて…売れない作家だって勝手に思い込んで…
仕事方針まで力説して…あの 『 舷斗 』 によ?
超売れっ子作家の 『 舷斗 』 に向かって……
もう顔から火が出るほど私は恥ずかしくなった。
知らなかったとは言え一体どんだけ彼に失礼な事してたと思う???
しかも…自分が大好きで…憧れてた… 『 舷斗 』 にっ!!!

「……い…今まで…たくさん…失礼な事したり…言ったりして…すみませんでした…」

そう言って深々と頭を下げた。

「…え?」
「お邪魔しました。」
「ええっ!?ちょっ…小夜子さん!!」

猛ダッシュで寝室から飛び出して玄関に走った…
逃げる様に靴を履いて玄関を飛び出す。

「ちょっと!!小夜子さん!!待ってっ!!!小夜子さんってば!!」

「せ…先生!?」

彼の声は聞えてたけど…
そんなのに振り向く気も止まる気なんてもっと無くて…ひたすら走った…

恥ずかしくって…一刻も早く彼の前から逃げたかった…
とにかく走ってひたすら走って…
息が苦しくなって…やっと止まった時には…

完璧道に迷ってた!!