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 「おい。椎凪!」

 「んー?」

 同じクラスの八神に呼ばれてオレはくわえタバコで返事をした。

  「お前さ…本当に警察官になんの?」

 呆れた様にオレに聞く。

 「えっ?マジ?」

 一緒にいた成島が驚いて口を挟む。

  「こいつさ動機が不純なんだぜ。
 初めての女が刑事だったから自分も刑事になるんだってよ。」
  「なんだそりゃ?」

 成島まで呆れてる。

 「それもあるけどさ…警察官になって職権乱用しまくるんだ。」

  オレはニヤリと笑ってみせた。

 「ゲー…腹黒っ!!」
  「お前あんなに女が好きならホストにでもなりゃあいいのによ…」

 「女が好きなんじゃないの。『H』が好きなの!オレ。」

  「最低だな。」

 女に縁の無い成島までもが呆れて言う。

 「だって女の子抱いてる時が…オレがそこに居るって証だから…」

  オレはタバコの煙を空に向かって吐き出しながら言った…

 「出たよ。訳の分からない自論!」

 こいつ等はオレの言ってる事が理解出来ないみたいだけど…
 オレにとって女の子を抱くって事は生きていく為に必要な事なんだ…


 オレの名前は「椎凪 慶彦」17歳。
  まあ他の奴よりは女の子の経験が多いかなってトコ意外は
 ごく普通の高校生だと思ってる。
 あっ…でもちょっと違う所は両親がいないってとこか…?
  生きてんのか死んでんのか分かんねー…
 なんせ生後一ヶ月で捨てられたもんで…そのお陰でひどい目に遭った。
 人間として扱ってもらえねーんだもんな…

     …マジ…ムカつく

 小学校の時は精神的にいじめられて…中学の時は……それが暴力に代わった…

 オレはよく体育館の裏に連れて行かれて殴られた…
  殴られて…体育館の壁にぶつかってそのままうずくまる…

 「げほっ…ごほっ…」

 オレの周りを5・6人の上級生と同級生達が囲んでいる…

  「顔はやるなよ。」

 別の一人が笑いながら言う…

 「判ってるよ。」

 オレはいつもの事で…やられるがまま任せていた…抵抗するのがカッタるいから…

  「本当お前が居てくれて助かるよ。」

 そう言ってオレの襟を掴んで引きずり上げる…

 「ムシャクシャしてるとお前の顔が浮かぶんだ…」

  そいつはオレを見下した顔で言い続けた…

 「親には必要とされてねーのにオレ達には必要とされるなんて嬉しいだろ?
 なあ…捨て子さんよ…」

  そういい終わると…そいつの膝がオレの鳩尾に食い込んだ…

 「…がはっ!…」


 本当は…メチャクチャに殴ってやりたいと思っていた…

  でも…やり返した事はない…
 やり返して…問題になって…施設の人に迷惑をかけると思っていたから…
 誰にも必要の無いオレが…これ以上迷惑をかける事なんて 出来なかった…
 …オレが暴力を振るわれても…周りは問題にしないけど…
 オレがこいつらに暴力を振るうと問題にされる…

 ……世の中って本当に 不公平だ……

 汚れた服の言い訳を考えるのが面倒で施設には帰れなかった…
 街をフラついて…ボロボロのオレを見て…
 汚い格好でオレ達の前をうろつくなと… 言いがかりを付けられた…

 オレはその日…初めて反撃した…

 恐怖もあった…だけど…手加減なんてするつもりなんて無かった…
 どんな手を使ってでも相手を潰す…それだけは心に決めていた…
 落ちていた鉄パイプで殴り続けた…相手の事なんて知ったこっちゃ無い…

      オレが今までそうされて来た様に…

 相手が動かなくなるとそいつらの血で濡れた鉄パイプがオレの手から…滑って落ちた…。

 それからは 街で憂さ晴らしをした…どこをどうやれば苦しいのかオレは知ってる…
 何回も何回も喧嘩をして負ける事もなくなってきた…
 学校ではやられた振りをした… コツさえ掴めば簡単な事だった…

 やがて3年になりやつらも受験と言うものが近づくとオレの事所じゃなくなった…

 「どうする?椎凪?」

 クラスの担任が進路指導でオレに聞いてきた。

 「行きますよ…高校。この中学の生徒が誰も行かない所なら何処でもいいです。」



 「 は っ ! 」

 突然目が覚めた。

 「どうしたの?」

 街で声を掛けた年上の女が裸のまま肘を付いて不思議そうにオレを眺めてる…

 「え…?あ…何でもない…」

 夢…か?あの頃の夢…
 あークソ…気分悪い…別にいじめられてたのが嫌だったんじゃない…
 相手をブッ飛ばしに行きたく なるのを我慢しなきゃいけないのが気分悪い…

 「すっごく気持ち良さそうに眠ってたわよ。」
 「そう?」

 オレはベッドから出てタバコに火を点ける…

 週に何回か街で声を掛けた女の子とホテルに行く…その場限りの一回だけの相手…
 高一の頃からそんな事をしてるから何となく後腐れなさそうな女の子は判る様になった…
 今日もそんな子を選んだつもりだったんだけど…時々ヘマをする…

 「ねぇ?ケータイの番号教えてよ。」
 「なんで?」
  「なんでって…また会いたいからに決まってるじゃない…」

 やれやれ…オレは『本当のオレ』になって答えてやる…

  「最初に言わなかったけ?今夜一晩だけの相手って…?」

 溜息混じりで吐き捨てる様に言った。

 「でも…」

 言葉をさえぎる様に静かに…続ける…

 「約束…守ろうね。オレしつこい子…キライ。」

 同じ子と2度なんて滅多にない…ほとんど1度きり…
 別に一人の子とどうこうなんて思った事ない…
 オレが捜してる子なんて…逢えるはずないから…

 オレの胸の真ん中には暗くて深い穴がある…
 物心ついた頃からそれはそこにあっていつも黒く渦巻いている…
 本当のままの自分でいるとそれは大きく…深くなる…
 だから…明るくて軽いオレをいつも演じて本当の『オレ』を隠してる…
 そうしないと『オレ』が生きていけないから…

 オレはその穴を埋めてくれる人をずっと前から捜してる…
 オレを愛してくれて…支えてくれる人…でもそんな人…今までいなかった…

 きっとこの先も現れる 事なんてあるわけが無い……
 あるわけが無いんだ…


 ナゼかオレは良く目を付けられる…
 高校入学直後に先輩の方々に早々にお呼ばれになった。
 何でだろ?オレ普通だろ?
 先輩方のご要望としては1年でノーネクタイのオレが生意気だそうだ。
 そうなの?オレネクタイ嫌いなんだから仕方ないじゃん。
 束縛されてるみたいで嫌なんだよね…
 だから先輩方にはその事を理解して貰うしかない。
 丁寧に話しても聞き入れてくれないから仕方なく力づくで話し合った。
 聞き分けのいい先輩で良かった。

 「先輩…オレにチョッカイ出すのもう止めて下さいね。
 オレは平和かつ平凡に高校生活送りたいんですから。」

 さほど乱れていない制服を直しながらニッコリと笑って言った。
 先輩達は快く承諾してくれたらしい。
 その日からオレには構わなくなた。良かった。


 「慶彦?」

 高校を入学して直ぐ学校帰り歩いてたら声を掛けられた…聞き覚えのある声。

 「おひさ!」

 見覚えある女の人がオレに手を振りながら 近づいて来る。

 「輪子さん?!」
 「そっか。高校生か!」

 制服姿のオレをまじまじと見て輪子さんは笑いながらそう言った。

 「今年からね。輪子さんは…警察官だっけ?」
 「そうよ。それにしても大きくなったねー…あんなチビだったのに。」

 輪子さん…同じ施設にいた5歳年上の人…
 明るくてサバサバしてて…ナカナカの美人。


 『入学祝いあげる…』

 そう言って輪子さんはオレを抱いた。

 「ねぇ輪子さん…」
 「なに?」
 「今度はオレが輪子さん抱いていい?」
 「え?」
 「抱いてみたい。」
 「あんた…タフだね…」

 そう言いながらオレを引き寄せてくれた…

 オレは嬉しかったんだ…やっとオレの事受け止めてくれる人に 会えたと思った。
 だからオレは本当の『 オレ 』を輪子さんに見せた…
 輪子さんを愛したくてオレを愛して欲しくて…
 毎日が楽しかった…会う度に身体を 重ねあって…ずっと続くと思ってたんだ…

 でも…すぐに終わりはやってきた…

 いつもの様にオレは輪子さんに絡み付いて愛を求める…
 裸の輪子さんに 後ろから抱きついて…

 「ちょっと…待って慶彦!」
 「なに?」

 輪子さんがオレから目を逸らしてオレから少し離れた。

 「んー悪いけど…あたしには無理!」
 「え?」
 「あんたの…あたしに求めるものって…はっきり言って重いんだよね…」
 「 ! 」
 「ごめん。あたしじゃ受け止めきれない…あんたのその 思いに応えられない…」

 重い沈黙が流れた…
 もう此処には…輪子さんの傍にはいれないんだと…その沈黙で理解した…


 輪子さんの部屋からの帰り道… 重い足を引きずった…

 ちぇ…何だよ…ただ好きだって表現してるだけなのに…重いって何だよ…
 不貞腐れながら…思わずタバコに手を出してしまった…
 うげー苦げー…頭クラクラする…
 最初の一吸いで死ぬかと思った…口の中がスゲー不味い。

 そんな事を考えても直ぐに現実に引き戻される…
  同じ境遇の輪子さんなら分ってくれると思ったのに…
 ならどうすればいいんだよ…相手に愛を求めちゃいけないのか?


 オレはとことん相手を 愛したい…そして愛されたい…ただそれだけなのに…


 だったらもう誰にも本当の自分を見せる必要なんかない…そう…心に決めた…