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「弥咲先生?」

学校の図書室でカギを受け取ってから3年…
もうこうやって勝手にカギを開けて入るのは何度目だろう…
密に思ったピンポンダッシュは1度も実行されないまま3年が過ぎてしまった。
私は大学生になり家からは通うにはちょっと遠くて実家と大学の中間辺りに
部屋を借りて住んでいる。何故中間かと言うとあんまり実家から離れるなら許さないと
親と…何故か彼…弥咲先生に約束させられたからで…親はわかるけど何で彼まで?
しかもウチの居間で正座までさせられてお父さんと彼に散々言い含められた…
相変わらず彼はウチの親と時々呑んでる。

だからって…

弥咲先生は 『 舷斗先生 』 と呼ばれるのを極端に嫌がる…騒がれるのが嫌らしい…
でも私としてはそうしないと女の子と遊ぶ時に不都合だからじゃないかと思ってる。


「弥咲先生?」

寝室兼仕事部屋のドアを開けた。

「…!!ゲホッ!!先生?!」

ドアを開けた途端物凄い煙りに襲われた!

「…ちょっ…弥咲先生大丈夫ですか?弥咲先生?」

声を掛けながら窓という窓を開けた。
その辺にあった雑誌で煙りを外に出す。

「…もう何してんでるんですか?呼吸困難で死んじゃいますよ!!」
「…あ!小夜子さん…」
「あ…じゃないです!!あ!じゃ!」
「……徹夜だよ…徹夜…あふ…」

大欠伸をしながらソファに座ってる。
流石にあの部屋はタバコ臭くて私が根を上げた。
後で消臭スプレー撒き散らさないと!!

「そんなに〆切り迫ってましたっけ?」
「いや…明日雑誌の対談があってさ…写真撮らないって条件でOKしたんだけど
相手は今飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気アイドルの 『 五月女愛華 』 だよ!
中学の頃からオレの小説のファンだったんだってさぁ〜〜 ♪ ♪ 」

もの凄い上機嫌ぶり…結構ミーハーだったんだ…

「へぇ…そうですか…」

その事をタバコを吹かしながらずっと考えてたら徹夜ですってまったく…呆れちゃう…

「よかったですね。だったらこれをキッカケにお付き合いしたらどうです?
確か二十歳だったと思いますけど…若くて可愛くていいんじゃないんですか?」
「え?う〜〜〜ん難しいねぇ…可愛いのと好みの子とは違うからなぁ〜」
「相手も同じですよ!ただ小説のファンなだけで付き合うのはぁ……
って言われると思いますけどね!」

「…!!…断る手間が省ける。」

真面目な顔だわ…イヤミも通じないらしい…どこまで自意識過剰なんだか…
まあ…顔だけなら余程好みが変わってなければ合格点もらえるとは思うけど…

「で?少しは原稿進んでるんですか?確か女性ファッション雑誌のエッセィですよね?」
「うん…半年間ね。あと3回。結構楽しいよ。それに小夜子さんが頻繁に来てくれるし ♪ 」
「仕事ですから。」

私は大学に通いながら片平さんの勤める出版社でバイトしてる。
片平さんと彼が紹介者だからアッサリと決まったと言っていいくらいで…
まあ細かい仕事はあるけど…今のところ数人の作家の先生の所に出来上がった原稿を
引き取り行くのが私の仕事。出来上がってからの事だから揉める事も無く何とか勤め続けてる。
ただ1人手のかかるのがこの先生だ…彼ご指名だから断る事が出来ない。
こんなんでも売れっ子作家だから…

「もうタバコ臭いです先生!!傍に寄らないで下さい!」
「ヒドイなぁ!小夜子さん…もう知り合って3年も経つのに全然オレに優しくないね。」
「…そうですか?」
「そうですよ。じゃあ小夜子さんに嫌われるからシャワー浴びてこようっと。」
「あ!じゃあエッセィの原稿下さい。私帰ります!」
「だぁめ!オレが出るまで待ってて ♪ 」
「ウィンクなんかしないで下さい。」
「おかしいな?これでバッチリのはずなのに…?」
「他の女性は知りませんけど…私は先生の外見なんかに騙されませんから!」
「そう?じゃあ少しはオレの中身…わかってもらえたのかな?」
「はい?」
「いや…コーヒーヨロシク!」



「相変わらずなんだよね…弥咲憂也君!」

私はコーヒーを淹れながら呟く。
確かに知り合って3年…この関係は一体何なんだか…
昔彼は私を頭の中の空想の女の子だと言った。
それから友達になってと言われ今に至ってる…
もうそんな友達関係も今じゃ作家と出版社の人間になりつつある…
大学を出たらどこかの出版社に勤めるつもりだし…
まぁ…このままバイトから正社員になれればいいな…なんて思ってはいるけど…
いつかは彼の担当者になれれば…なんて……
こんなんだけど私は 『 舷斗 』 のファンだから。


「ふあ…さっぱり〜〜 ♪ ♪ 」

上機嫌で彼がシャワーを浴びて戻って来た。

「ほら!もうタバコ臭く無いだろ?」
「!!!」

そう言ってまだ微かに濡れてる首筋を近づけて来た。

「…わっ…わかりました…ハイハイ…良い匂いです!」

ちょっと…いきなり近付き過ぎ!

「なんか投げやりな言い方だな…もう少し気持ちを込めて…こう色っぽく…」
「それセクハラですから。あんまり度が過ぎると出版社に告発しますよ」
「小夜子さん!オレと小夜子さんの仲なのにそんな…!!!」
「どんな仲ですか?」
「え?あ〜〜〜あんな仲?」

だからどんな仲ですか!もう…

「ハイ!!コーヒー!!」

マグカップの側面でカップを渡した。
条件反射で手を出してる…私はちゃんと取ってを持ったまま渡したから…

「あちぃっっ!!!」

案の定跳び跳ねた。

「あら顔の皮が厚いから素手でも大丈夫だと思ったんですけど?」

「……小夜子さんがくれるモノは必ずもらう覚悟だから……」

「!!」

本当…この人は時々私をドキリとさせる…
それがワザとなのか…本気なのか……3年の付き合いでも良く分からない…
きっとからかわれてるんだろうけど…

「もう…原稿下さい……」

考えるのは諦めて彼に向かってそう言った。