17





「………寝た?小夜子さん?」

念の為に名前を呼んだ…けど返事がない。
「寝たみたいだな…よかった…」
思いもよらない展開でオレ自身もビックリだった…
「いやぁ…これってどう受け止めればいいんだろう……」
オレは内心心臓がバクバク言ってた。

直ぐ横には静かな寝息をたてて小夜子さんが眠ってる。
まだ少し熱がある顔はほんのり淡いピンク色だ。
確かに狭いシングルベッドの中で…なるべく小夜子さんにくっ付かない様に
気を使って横になってる。

「困ったな…友達の域…越えちゃうかな?」

別に眠ってる小夜子さんをどうこうしようと思ってるわけじゃなくて…
それなりの付き合いで警戒していないとは言えここまで接近を許してくれるなんて…
小夜子さんにしてみたらきっともの凄く心を開いてくれてるんだろうと思う。

「ダメなんだ…小夜子さん…友達じゃないと…」

オレは小夜子さんにそっと手を伸ばして頬に触れる…やっぱり頬が熱い…

「涙が出るほど嬉しいけど…友達のままでいないと…オレ…」

オレがナゼここまで友達と言う関係に拘るかと言うと高校の時に遡る…
高2の時…自分から告白して同じクラスの子と付き合った。
1年の時からずっと好きで…付き合う前から良く話して…ふざけて…

いつも一緒に笑ってた。

だから上手くいくと思ってた…
でも…彼氏と彼女と言う関係になると…今までと何処が違くなるんだろう…

いつの間にか…距離が出来て…
すぐ傍にいた彼女の温もりが…知らないうちに感じられなくなってた…

『友達の時にはわからなかった憂也がいて…ちょっと疲れちゃった…』

彼女が俯きながらそうオレに呟いた…

オレは…何も隠してたわけじゃない…でも友達だった時には出るわけないんだ…
自分の 『彼女』 に求めるもの…だって彼女は…ずっと友達だったんだから…

『 憂也とは……友達のままが良かった…な… 』

彼女が…オレに言った最後の言葉………


友達なら…傍にいる事が許されるのなら…
オレはずっと友達のままでいいと……そう思ってる…

君の…小夜子さんの傍に…いられるのなら………



「………ふぁ…」

ムックリと布団から起き上がって欠伸を1つ……
あれ?私…そう昨日は熱が出たのよ…
もの凄く頭が痛くて…すぐベッドに潜り込んで……
あれ?でもどうやって会社から帰って来たんだっけ?
タクシーで…?って1人で?ううん…違う…確か誰か一緒に…?

「あ!おはよう。小夜子さん!」

ヒョッコリと彼の顔が見えた。

「!!!…弥咲先生!?一体此処で何して……あっ!!」

思い出した…昨夜私の事看病してくれるって言って…泊まったんだっけ??

「どう?身体の具合?」
「はい…大分…いいです…」
「はい。一応熱測って!多分まだ熱あると思うよ。顔赤いし身体も熱かったから。」
「え?身体もって…?」
「一緒に寝てれば普通の体温かわかるよ。」
「 !!!! 」

そうだ…一緒に寝てたんだっけ……私は冷や汗がタラリ……

「37度4分…まあ微熱だけど2・3日は安静だね。念の為に医者行く?」
「大丈夫です…大人しく寝てます…」
「その方がいいね…じゃあ少し買い出ししてくる。消化にいいもの買ってくるから待ってて。」
「…すみません…昨日から…」
「友達でしょ?当然だよ。じゃあね…」

昨夜から…無意識に 『友達』 と言う言葉が勝手に口から零れる…
手に入れても…ずっと…オレの傍にいてくれるという保障があればいいのに…

「友達…か…」

気のせいか昨日から先生がそう何度も繰り返してる気がする…
そう言われてがっかりする反面…ホッとするのも事実で…
この関係って……やっぱり友達…なんだよね…?

私の事を異性として好きではないけど…友達としてなら認めてくれてるって事…



♪ ♪ ♪ ♪

戻って来てから鼻歌交じりで私の為に煮込みうどんを作ってくれてるらしいんだけど…
それはとっても良い匂いで病み上がりなのに食欲をそそるからいいんだけど…

何度か出入りしてる彼を眺めつつ…ある疑問が1つ。
当然の様に玄関の鍵を掛ける時鍵を使ってるのは当たり前として…
一体どの鍵を使ってるのかしら??
この家のただ1つの鍵は私の目の前のカラーボックスの上に乗ってる…
…と?言う事は???

「先生」
「ん?」

出来上がった2人分の煮込みうどんを前に2人用のキッチンテーブルに向かい合って座ってる。

「一体どの鍵を使って出入りしてらっしゃるんですか?ウチの鍵1つしかないし…
予備の鍵はうちの親が持ってるはずだし…」
「?…ああ!今後の事も考えて作った。昨夜!氷枕買いに行った時。」
「はあ?」
そう言ってチャッカリとキーホルダーまで付けた真新しい鍵をご丁寧にも見せてくれた。
「……………」
もう…無言。
「だっていつまた緊急な事があるかもしれないだろ?その時の為に。」
「取り越し苦労です!!緊急な時なんてありませんからっ!!没収!!」
さっと取り上げようとしたら際どい所でかわされた。
「悪用はしないから。それに小夜子さんもオレの家の鍵持ってるだろ?お互い様って事で!」
「あれは先生が勝手に…」
「だからこれも勝手に!」
「勝手が違いますっ!!」
「まあまあ…さ!のびちゃうよ食べて食べて。」
「もう…本当に悪用しないで下さいよっ!!」

信じていいのか…その返事は彼の満面の笑みだった。



「平河さん。今日彼女…堀川さん風邪でお休みですって。」
「…?昨日は仕事してましたけど?」
「その時から熱があったらしいわよ。まあ重く無いようだから明日は来れるって言ってたけど。
じゃあそう言う事で。」
「片平さん!」
「ん?」

行きかけた片平に強めな言い方で呼び止めた。

「どうして彼女が 『舷斗』 先生の担当なんですか?バイトのくせに…」
「担当って…担当は私で彼女は助手みたいなものよ。知ってるでしょ?
舷斗先生は人見知りが激しいのよ。
彼女は昔からの先生の知り合いでお気に入りなの。
機嫌を損なわない為にもそう言う人を付けるのおかしくないと思うけど?
それに先生直々のご指名だし。」
「だからって…」
「そう言えばあなた前から先生の担当に付きたいって言ってたわよね?」
「私彼のファンなんです。ここに勤めてても滅多に彼には会えないし…
出来れば一緒に仕事したいって…」
「そう…じゃあいつか…なれると良いわね…
だからって今担当してる先生にいい加減な対応しないで頂戴ね?
作家の先生って繊細なんだから。」
「……わかってます…」
「じゃあ…そう言うことだから…」

言いながら歩き出して相手にわからない様に視線だけ振り返った。

「先生…あなたみたいなタイプ苦手だと思うわよ…積極的過ぎるのは…ね…」


「お休みしてすみませんでした。」

出版社に3日ぶりに出勤して編集部に入るなり頭を下げた。
結局大事をとってたっぷりと2日間休んだ。
弥咲先生の監視下のもとで大人しくならざるおえなかったんだけど…
だって…バイトが…って言うと

『 ちゃんと休まないと編集部に休ませろって電話掛ける!! 』

って私を脅すから…
保護者じゃ無いんだから…って保護者でも恥ずかしいけど…
職場に電話なんか掛けられてたまるもんですか!
自分の立場を利用しないで欲しい…しかもバイトの私なんかの為に……

「もう大丈夫なの?堀川さん。」
「あ…はい…平河さん…スミマセンでした…」
そう言って頭を下げた。
「まああなたがいなくたって何の仕事の支障も無いんですけどね。」
「…………」
さっそく…イヤミ…?
「だからお仕事あげるわ。」
「はい…」
「私どうしても作家の先生の所に行かなくちゃいけないんだけど
矢口先生の所に原稿も取りに行く約束してるの。でも無理だから…
あなた代わりに受け取りに行ってくれない?先生には連絡しておくから。
その位出来るでしょ?バイトでも!」
「はい…わかりました。受け取りに行くだけですよね?」
「そうよ。場所は 『A・Kプリンスホテル』の2058号室。わかった?」
「はい…わかりました。」

初めて伺う先生だけど…仕上がってる原稿を貰うだけならいつもの事だし…
休んだ負い目もあったし…1番はそれが仕事だから。


支度をして編集部を出て行く小夜子の後ろ姿を眺めながら
平河が携帯を耳にあてながらニヤリと笑う。

「あ!矢口先生ですか?
泉美出版の平河です。今こちらを出ましたので…はい…では。」

そんな会話をかわして携帯は切れた。