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「おはようございます…小夜子さん。」

冬の寒さが厳しい朝…
私の部屋のベッドの上に起き上がって布団に包まりながら
寝ぼけた顔と声で彼がそう言った。

「おはようございます。弥咲先生。」
「昨夜はお世話になりました…助かった。危うく凍死する所だった。」
そう言ってにっこりと笑う。
「もういい年なんですからもう少し計画的に行動出来ないんですか?」
昨夜の夜中…知人とお酒を飲んで電車もタクシーもつかまらないから
このままじゃ野宿で凍死する!って言って人の部屋に転がり込んで来た。
「いやあ〜ついつい調子に乗って飲み過ぎて…付き合いも大変…あふ…」
バツが悪そうに頭を掻きながら欠伸を漏らした。
「ウソ言わないで下さい!どうせまた1人でいるのが寂しくなったからでしょ?
私の所じゃなくても他に泊めてくれる人いるんじゃないんですか?
女性にだらしないんだから。」
「だらしないってなに?オレは女性には優しいの!そこんトコ間違えないで欲しいなぁ」
「私にはそんな事知ったこっちゃありませんから!!」
軽蔑の眼差しで見下ろすと気付いたらしい。
「わーホントひどい誤解…偏見…血も涙も無い……」

「………!!………」

まだ…言うかっ……この男っっ!!一晩の恩を忘れてるなっ!!

「弥咲憂也っ!!とっと此処から出て行けっっ!!!
大体1人暮らしの女性の部屋を当てにするんじゃないっ!!」

クチの減らない不届きなヘタレ男に向かって思いっきり指を指して言い切る!!

「ちょっ…そんなに怒んなくたっていいでしょ?何カリカリしてんの?
そりゃ夜中に突然押し掛けたのは謝るけど…」
「貴方っていつもそうですよね?昔から突然人の家にやって来るんだから!」

「………あ!もしかして小夜子さんあの日??」

「……!!!!…」

何そのナイスな思い付きみたいな顔は!!真顔で言ってる所が腹が立つっ!!
未だに布団に包まって私を見上げる男を睨みつけた!

「…こ…この無神経男!!最っっ〜〜〜〜〜低っっ!!!!」

「………!?あれ…もしかして…ホントだった?」
「そんな事…あるわけないでしょっ!!おバカっっ!!」

もう…疲れる…何でこんな朝からこんな怒鳴らなくちゃいけないの??




合鍵を作られてから3年が過ぎた…
最初は遠慮がちだった彼も月日が経つ毎に馴れ馴れしさが増して
ここをホテル代わりにする…

『 ずっと…友達でいようね…もしも小夜子さんが編集の人になっても…
オレと小夜子さんは友達でいよう。 』

そんな彼の言った言葉通り…私と弥咲先生とは未だに友達と言う関係を崩していない。

ここに泊まるには一緒にベッドに寝るしかないとわかっててやって来るのか?
友達だけど男と女が1つのベッドで寝るなんてそんなの友達なのかと問い詰めると…

『 友達だから一緒に寝れるんだろ?男と女じゃそれはマズイと思うよ。 』

はぁ???どんな理屈なのかと頭を捻ってしまった。
まああんまり考えても疲れるから放っといてるけど…
まるで子守でもしている気分になってくる。



小夜子さんと知り合って6年…
恋人として付き合う事も無く 『友達』 としての関係が続いてる。
この関係が本当に友達なのかと考える時はあるけどオレは満足だ。

小夜子さんにも好きな奴がいると思うのにオレのこんな行動を
邪険にもせず受け入れてくれてる。
諦めたのか…今でも好きなのか…聞くわけにもいかず…
ただ誰にも渡したくないと思ってるオレには好都合だ。

「はい!先生朝食の支度が出来るまでお仕事お願いします。」

ドカンとキッチンテーブルの上に先生のパソコンを置いた。
ウチに泊まる時はパソコンを持参しないと泊まれない事になってる。

「え〜〜今?寝起きだしそんな気分じゃ無いよ。」
「だって〆切迫ってるじゃないですか。私の所に来て仕事が遅れたなんて嫌ですから。
これは担当者としてのお願いです。」

大学卒業後念願だった泉美出版に就職することが出来た。
今の所片平さんと一緒に3人ほど作家の先生を担当してるけど…
いずれ1人で担当する事になると思う。
その中の1人が弥咲先生だ…一番手の掛かる先生で……

「……………」
「一宿一飯の恩ですよね?先生。」
「ホント鬼だな…小夜子さんは…」
ブツブツと言いながらパソコンのスイッチを入れる。
「その代わり朝食豪華にしますから。イジケないで下さいよ。弥咲先生!」
「はぁ〜ま…いいか…昨夜小夜子さんの寝顔見ながらちゃんと考えてたから。」
「………勝手に見ないで下さい!減るし恥ずかしいし…失礼です!」
「え?そう?じゃあ今度はオレの寝顔タップリ見てよ。穴が開くほど!」
「こっちの目が疲れます。」
「…………」
「何ですか?」
先生が私を見て何だか笑ってるみたいだったから…
「いや…小夜子さんって最高の友達だなって。」
「…!!…何ですか?いきなり?」
「小夜子さんと知り合えてよかった。」
「?本当いきなりどうしたんですか?」
「別に…」
「やだ…熱でもあるのかしら?それとも夢見が悪かった?」
「そんな事無いって…さてちょっとだけ頑張ろう。」
「ちょっとだけじゃなくてかなり頑張って下さい。」

「…ホント鬼だな…小夜子さんは…きっと今に角が生えてくるよ…」

彼のボソリと呟いた声が聞こえた。
「……朝食要らないんですね!分かりました。」
「!!…ええっっ!?なんで?ヒドイな……
チェ…聞こえてたんだ…小夜子さん地獄耳…」
「一言多いっっ!!!」

ベシッ!!

「あたっ!!」

久々に頭殴られた。



「また小夜子ちゃんの部屋に泊まったんですか?」

「うん。」

自分の家の小夜子さんお気に入りのソファでコーヒーを飲みながら
訪ねて来た片平さんにそう聞かれて頷いた。

「まったく…恋人でも無いのに嫁入り前の女の子の所に泊まるなんて…」
「嫁にやらないからいいんだよ。」
「先生!責任取れないんですから今のうちに止めましょうね!」
「え?」
「小夜子ちゃんだっていつかは結婚するんですよ。
その時に先生と怪しい関係だったなんて事になったらどうするんですか?」
「怪しい関係なんかじゃないよ。」
「私は信じますけど世間はそんなに甘くないですよ!」
「………」
「いい加減友達なんて止めたらどうです?どう見ても友達同士のする事じゃありませんよ。」
「それでも…オレと小夜子さんは友達なんだよ。」
「また…往生際が悪いったら…もう大丈夫ですよ!
ほら!小夜子ちゃんに告白してさっさとまとまって下さい。」
「……………」
「何です?」
「今のままでいい…」
「どうしてそこまで友達って言う関係にこだわるんですか?」
「………昔ね…友達関係から付き合ったらあっという間に終わりが来たんだ…だから…」
「そんな…1回の事で…」
「オレにとっては十分過ぎるほどの出来事だったよ…たった1回でもね…
その子とは結婚してもいいと思ってた…」
「結婚ですか?一体いくつの話です??」
もの凄い驚かれた。
「高2…」
「高2…?はぁ……ロマンチストと言うか……何と言うか……」
今度は呆れられた。
「オレは真剣だったんだ…
だからその子に 『友達のままが良かった』 って言われた時は本当にショックだったよ。」
「それがトラウマに?」
「らしいね…それ以来彼女無し。お友達はたくさんいるけどね。」
「笑い事じゃありません。」
ニッコリ笑ったらそんな事言われた。
「はぁ〜〜先生友達にだって終りは来ますよ。小夜子ちゃんに彼氏が出来たら
先生とだって今までの様にはいかないんですからね。覚悟だけはしておいてくださいね。」

「…………」

口をつけた飲みかけのコーヒーは既に適温が通り過ぎてて…
でも今のオレには調度いい温度だったのか…


「堀川さん。」

廊下で呼ばれて振り向くと…
年は私と同じ位のスポーツマンタイプの男の人が立っていた。
「?」
えっと…誰だっけ?この人??
そんな私の態度に気付いたのか…
「あ…オレ同期入社の諸星。部所は違うから俺の事知らなくても仕方ないよ。」
「はあ…」
そんな人が何の用??益々首を傾げてしまった。
「今度一緒にランチなんかどう?」
「え?」
「堀川さんと色々話がしたくてさ。」
「私…と…?」
「うん。」
そんな事弥咲先生以外初めて言われちゃった…
「美味しいお店探しとくから!じゃ…また今度ね。」
「はぁ…」

私は何だか曖昧な返事で…

爽やかに笑って遠ざかる初対面の彼の背中をしばらく見つめてた。