bangaihen 01





「小夜子さーーーん」

目が覚めてベッドに1人だと気付いた。

「小夜子さぁん……」

オレは何度も小夜子さんを呼ぶ……まだ家にいるはずなんだ。
仕事に行く時はちゃんとオレに行ってきますって言っていくから。
今朝はまだ言われてないから…

「小夜子さぁん……」

流石に頭だけ布団から出して寝室の閉まってるドアに向かって小夜子さんを呼んだ。
ちょっと不安が過ぎる。
しばらくしてパタパタと廊下を足早に歩く音がした。
良かった…まだいてくれた。

バンっ!! と勢い良く寝室のドアが開いてちょっとムッとした小夜子さんが入って来た。

「もう何ですか?毎朝毎朝!私は猫でも犬でもないんですよ!…きゃっ!!」

ベッドの脇でいきなり文句を言う小夜子さんの腰に腕を廻してベッドに引っ張った。

「ちょっと…先生!」

惜しい!倒れ込まないでベッドに座られた。
小夜子さんも慣れてきてて手強い!

「もう小夜子さん…こう言う時は一緒にベッドに寝転んでイチャイチャと…」
「何言ってるんですか!私は仕事に行かなくちゃいけないんですよ!」

言いながら何気に腰に廻したオレの腕を外そうとしてる。

「小夜子さん!オレが起きる時は傍にいてっていつも言ってるのに…」

そんな仕打ちをもろともせずオレは小夜子さんの腰にしがみついて腿に顔を擦りつけた。

「先生のぐうたらに付き合ってられないんです!」
「昨夜はあんなにオレを求めてくれたのに……」

ウソだけど!求めたのはオレの方だ。

「もう!いやらしいです!!」

バシッ!っと思い切り腕を叩かれた。

「イテッ!」

小夜子さんがオレの所で一緒に暮らす様になって数カ月……
最初は一緒にいれるだけでも満足だったオレは毎日を小夜子さんと過ごすうちに当然の事ながら
もっともっと小夜子さんが欲しくなって…クリスマスイブの夜オレ達は結ばれた。

まあ婚約中の2人だし婚姻届けはもう必要な所は記入済みで式を待って提出されるだけだ。
オレは婚姻届けだけでも先に出しても構わなかったのに真面目な小夜子さんは式を挙げてからだって
言い張るから…まあその式も残す所あと数週間。

「もう行くの?」

オレは仕方なく起き上がってベッドに座る小夜子さんを後ろから抱きしめる。
小夜子さんはなんだかんだと怒るけどオレの事はわかっててオレにされるがまま。
オレの腕と膝を立てた足の中に大人しく捕まってくれてる。

「行きますよ。時間ですから」

でも冷めてる。

「編集部には直行でオレの所に寄るって言ってゆっくりすればいい」
「先生…」
「ん?」
「一緒に暮らしてるって知られてるのにそんな理由通じるわけないでしょ!」
「ちぇっ…だって一緒に暮らす様になってから小夜子さん前みたいに昼間ここに帰って来てくれないし…」
「仕方ないじゃないですか…変な誤解招きたくないですから」
「そりゃ恋人だけど作家と担当編集者でもあるんだからさ」
「それもあるんですよね…やっぱり担当変わってもらった方が…」

ボソリと小夜子さんが呟いた。

「ダメっっ!!そんなことしたらオレ仕事しないからねっっ!」
「またそんな大人げないことを言うんだから…」

小夜子さんは呆れ顔…でも最近の小夜子さんは冷たい。
それを指摘すると 『仕事と私生活をちゃんと別けるんです!』 なんて言ってるけど…

まさか…オレとの関係に違和感を覚え始めたとか?

オレの中で嫌な感覚が沸き起こる…


『憂也とは友達のままが良かったな…』


「先生?」

オレが改まって小夜子さんを抱きしめ直すと小夜子さんが不思議顔で振り向いた。

「違うよね…」

オレはイジケモード。

「……憂也さん?」
「…何でもない…」

そう呟きながら小夜子さんを強く抱きしめた。



「はあ?」

片平さんが呆れた様にそんな返事をする。

「だから…小夜子さんオレの事どう思ってるのかなぁ…って…」

仕事の話しと様子見にやって来たもう1人のオレの担当の片平さんに愚痴る。

「式を間近に控えてどんな悩みですか?しかも一緒に暮らしてるくせに…」
「それでも気になるんだから仕方ないだろ!」
「じゃあ直接小夜子ちゃんに聞けば良いじゃないですか?」
「聞ければ苦労しない」
「はぁ〜付き合う前に逆戻りですか?でもあの頃とは2人の状況は違うんですから
私はもう口出しも手も出しませんからね」
「……薄情者……仕事のやる気がまったく起きない」
「じゃあ小夜子ちゃんに養ってもらってください!甲斐性なしと呼ばれればいいんです」
「オレはただ昼間も小夜子さんにちょっとだけ会いたいだけなのに……」
「相変わらずヘタレな男ですね。弥咲先生」
「うるさいよ」

オレは溜息をついて目を閉じた。


「え?憂也さ…先生が?」
「そうなの。拗ねちゃって…っていうが先生の方かマリッジブルーってやつじゃないかしら」
「男の人がですか?」
「ほら…先生トラウマあるから」
「ああ…高校の時の?」

詳しくは聞いてないけど……でもあれは大丈夫になったんじゃ?

「なにか手はないかしらね?甘やかすのもあの先生には良くないし」
「……」

憂也さんってば……もう恥ずかしい…

「私が何とかします」
「え?」
「流石に前みたいに頻繁に行けませんから」
「まあ他の先生をちゃんとしてくれれば少しくらい弥咲先生に時間取っても構わないのよ」
「今は前と違って一緒に暮らしてるんですからそのくらい我慢してもらわないと」
「そお?」
「はい」
「まったく…ホント手のかかる先生だこと」
「すみません」

私は片平さんに向かって頭を下げた。
片平さんは私の肩をポンポンと叩いて苦笑いだった。



「はぁ〜」

タバコをふかしながらオレはソファにダラリとダレ込む。
前はこんなことなかったのになぁ〜小夜子さんと一緒にいれるだけで嬉しかったのに…
オレって欲張りなんだろうか?それともこの幸せがこの先また壊れてしまうのかと不安なんだろうか……

タバコを灰皿にグニャリと潰してクッションを抱きかかえソファにドボッと倒れ込む。

「……2人のあったかさを知っちゃうと1人は寂しい」

っていい年した大人の男が何言ってんだか……
でも小夜子さんはオレに会いたくないのか?ちょっとの時間でも一緒にいたいと思わないのかな?
オレだけなのか?

「ん?」

テーブルの上に置いてある携帯が鳴った。
真昼間のこんな時間に誰だ?でもこの着信音はメールだ。

「片平さん?仕事ならまだやる気が……ん?」

携帯を見ると相手は小夜子さんだ。

「え?なに?なにかあった?」

小夜子さんから昼間に連絡があるなんて珍しい。
悲しいかな一緒に暮らし始めてから朝と夜に会ってるのだからと
殆んど昼間連絡を取り合うことは無い。

まあ様子を見に時々オレの所に来てくれるんだから当たり前だけど。
だから何かあったのかと焦って携帯に飛びついた。
メールに何か貼付されてる……え?動画??

「ワケがわからない??」

不思議に思いながら貼付されてる動画を再生する。
最初に映し出されたのは真っ青な空だった。

『憂也さんちゃんとお仕事してますか?』

目の前に青空をバックに小夜子さんが映った。
自分で撮りながら話すから時々アングルがずれる。

『私は今打ち合わせをするために大窪先生のところに向かってます。外はいいお天気ですよ〜 ♪
今日の夕飯は憂也さんの当番ですよね?夕飯楽しみにしてますからちゃんと待っててくださいね。
ではお仕事頑張ってくださいね。私も頑張りますから…じゃあ』

そう言って笑顔の小夜子さんが最後に映って映像が終わった。

「小夜子さん……」

突然のサプライズにオレはビックリで……でもとんでもなく嬉しかった。
あの真面目で融通の利かない小夜子さんがオレの為に……オレだけの為にこんなことをしてくれた。
イジケて変に不安がってるヘタレなオレに小夜子さんが考えてくれたんだ。
きっと片平さんからも聞いたんだと思う。

ああ…ありがとう!片平さん!!ホント貴方はオレ達にとってキューピットだよ〜〜〜 ♪
薄情者なんて言ってごめんなさい!!

オレはその後も何度も何度も繰り返しその映像を見てた。
小夜子さんが直接オレのところに来てくれるのも嬉しかったけど…
仕方ないな〜ってのが感じなかったわけじゃない。

でも…このメールは小夜子さんの普段を考えるととっても愛情の篭ってるものに思えて…
顔のニヤケが止まらない。

「オレって……愛されてるんだよ……な?」

自惚れてもいいよな?ねえ?小夜子さん……
返信を送った方がいいのかと思ったけどこれは返事を送り返すものじゃないと思ってしなかった。

その日の夜に帰って来た小夜子さんはちょっと照れた態度だった。
だからそのお返しに小夜子さんの好きなおかずをたくさん作って待っていた。

出来れば愛の言葉も添えてほしいな〜
なんておねだりしたらすぐに 『そんな恥ずかしいこと嫌です!』 と返された。
うう…そんなヒドイ。

でも……その後も小夜子さんが昼間オレのところに来れないときは必ず動画付きのメールが
1通送られてくるようになった。

それは素直に嬉しくて……恋人に…夫婦になったことに不安はなくなった。

ありがとう……小夜子さん。