03





 人質事件の起こったホテルの廊下で見かけた女の子…
 オレは…その子から…目が離せず…息をする事も…忘れていた…
 「おい!行くぞ。」
 そう声を掛けたのはさっきオレを殴った気短青年だ…
 「あ!うん。」
 そう言って走って行った先にはさっき事件に係わった
 真面目青年と人質だった女の子も一緒だった…
 彼らの知り合いか…

 遠ざかる彼らを見続けながらオレは自分の胸を触って…
 さっきのは一体何だったのか…考えていた…


 …くそっ!!

 街で声を掛けた女の子とホテルに入ったまでは良かった…
 だが…どうも集中出来ない…何でだ…?これで3度目だ……
 あれから一週間経つのに…あの子の事がいつも頭の中に浮かんで…
 上の空で女の子を抱いてる…こんな事初めてだった…

 次の日仕方なくあの事件の調書を調べた。
 オレにしたら珍しい事で殆んど初に近い。
 事件自体には興味なんてないし…

 …つってもなぁ…あの事件の関係者じゃなさそうだし…
 ここには名前も 載ってないだろうしな…
 オレはパラパラと調書をめくって探していた…

 へーあのパーティーって『TAKERU』主催だったんだ…
 確か有名なブランドの会社だよな……
 で?あの真面目そうな青年が…
 TAKERUの関係者か…「橘 慎二」…ね…
 で?あの気短青年が「新城祐輔」…で…
 あの人質に取られてた子が「深田和海」…って?
 
 「ええっ!?刑事っ?」

 オレはビックリして椅子から身体を起こした。

 うそ…マジ?…何だよ…この子に聞けば分かるじゃん。
 ラッキー!!オレってツイてる!
 オレが一人自分の席でアレコレと独り言を言っていると
 同僚の一人が部屋に入って来るなりオレに言った。

 「おい椎凪。」
 「は?」
 「お前掲示板見たか?」
 「いや…?」
 「のん気だな…辞令出てんぞ。」
 「はぁ?」

 そう言われて見に行くと…ホントだ…転勤の命令が出ていた。
 何だよ…これからあの子に会いに行こうかと思ってたのに…
 遠くじゃ無いだろうな…?

 …… !? …

 オレは転勤先の警察署を見て…言葉を失った…
 那留壬署って…うそだろ?

 …これって…運命なんだろうか…?



 …一週間後オレは新しい勤務先…那留壬署にいた。

 「今日から配属になりました椎凪慶彦です。よろしく。」
 挨拶もそこそこにオレは深田さんを見付けて声をかけた。
 「よろしくね。深田さん。」
 「あ…この前はすみませんでした。」
 そう言って深々と頭を下げる。

 新しい赴任先…ナントあの人質事件の関係者…深田って子の警察署だった。

 オレってなんて運が良いんだろう!
 「いえいえ。でも深田さんが刑事だったなんてビックリ。」
 「良く…言われます…見えないって…」
 オレは逸る気持ちを抑えて…ワザと普通に話し始めた。

 「あのさ…深田さんに聞きたい事があるんだけどさ…」
 コレくらいで心臓がドキドキしてきた…オレとした事がどうしたんだか…
 「はい?」
 「あの事件で帰る時さ…もう一人いたでしょ?」
 「もう一人?」
 「君と橘君と新城君と…」
 じれったかった…
 「ああ!耀さんですか?」
 「よう?」
 「はい。望月耀さんです。祐輔さんのお友達で同じ大学の2年生なんですよ。
 可愛い方ですよ。」
 深田さんがニッコリと微笑んで言った。
 「へー…」

 あの子の顔が頭に浮かぶ…ほんの一瞬だったけど…
 でもやっと…会える……会って…確かめないと…

 「あのさ。オレみんなに会いたいんだけど…紹介してくれる?」
 ダメもとで言ってみた…でも断られても諦めるつもりはなかったんだけど…
 「はい。今日会いますから…じゃあ一緒に行きますか?」
 ニッコリと可愛い笑顔だ。
 「え?本当?」

 やった!
 そう思ったけどこれはただツイてるだけなのか?と…不思議な感覚に襲われた…


 洒落たお店が集まる街の中心で一緒に夕飯を食べる約束で
 待ち合わせしているらしい。
 待ち合わせの場所に彼らが立っていた。
 「!」 「あれ?」
 新城君は明らかにオレが深田さんと一緒に来た事が気入らないといった顔になった。
 「すみません。遅くなって…」
 「あれ?あなた…」
 真面目青年の橘君がオレを見て気が付いたらしい。
 「どーも。今日から深田さんと同じ刑事課に配属になった
 『椎凪慶彦』です。よろしく。」
 オレは警戒されない様に至って真面目に…ごく普通に自己紹介をした。
 「皆さんに会いたいって言うのでお連れしました。」
 深田さんが付け足す。
 オレは彼らを見渡して…
 「えっと…君が『橘 慎二』君で…君が『新城祐輔』君…」
 オレは一人一人名前を確かめた…そして…

 あ……いた!!  

 「えっと…」

 オレはワザと分からない振りをした…
 心臓が…ドキドキしだして思わず手で押さえる…

 「ああ!望月耀君。祐輔の友達ですよ。」
 橘君が紹介してくれた。

 「望月耀君…へー…耀君…耀君ねぇ…へー…え?耀…君?くん??」

 聞き間違いか?耀くん…?くんって…言ったら…
 「はい。耀君です。嫌だなぁ…何回も。」
 本当の事らしい…

 「 え え っ !!! 男 の 子 っ !! 」

 オレは信じられなくて思わず詰め寄って両方の肩を掴んでしまった。
 「えっ?本当に?」
 じぃ………っと顔を見つめる…
 もの凄く接近してるけどオレは気が付かなかった…相手が思いの外引き攣った顔してるなんて…

 「わっ…ちょっ…ちっ…近づかないで…」

 オレは何も耳に入らない…その時脳天に衝撃が落ちたっ!

 …… ド コ ッ !! 

 「 … ぐ が っ !? なっ…?いてーっ…」
 頭を押さえて振り向くと新城君が今まさに蹴り落としましたって感じで
 足を下ろした所だった。

 「気安く耀に触るんじゃねー! 怯えてんだろうがっ!!」
 「…え?」

 見ると顔が…固まってる…?
 「耀君極度の人見知りなんですよ。特に男の人はダメです。」
 「人見知り?え?そうなの?」
 「はい。だから耀君から離れて下さいね。」
 「そっか…ごめん…」
 オレは気持ち離れたけど…

 でも…それより…男の子だって?嘘だろ?どう見たって女の子だろ?

 「本当に…男の子なの?」
 信じられなくてもう一度聞いてみた。
 「……コクン…」
 無言で頷く…

 あー…そう… 予想外の展開にオレは少し考え込んでしまった…

 「男の子…男の子ねぇ…うーん…」
 「何しに来たんだ?こいつ?」
 ブツブツと言うオレを見て新城君が 不審そうに呟く。
 「…さあ?…」
 橘君が答えたけどオレはそんな二人の事なんて全く気にせずにずっと考えていた…

 「うーーーん…」
 あれこれ考えたけど結局まとまらず…

 「ま!いいやっ。考えても仕方ないし。可愛いからいいか?男の子でも。」

 「 は ? 」 × 3

 「じゃあ 耀くん ! 一緒にご飯食べに行こう。」

 ガッシリと耀くんの両肩を掴んで誘った。
 「 うわっ… …えっ? 」
 突然の事に慌ててるみたいだけどオレは気にせず耀くんを後ろから抱きかかえた。
 もちろん逃がさない為に。
 「じゃあ耀くん連れてくねー。またねー 」
 オレは片手で耀くんを抱きしめながら残る片手で他のメンバーに手を振った。
 「えっ?えっ?えっーーーーっ!? ちょっと…まっ… 」
 慌てまくってるのは分かってたけどそんなのお構い無しに有無も言わさず連れて行く。
 「あ!深田さんありがとう。また明日!」

 残された3人は連れて行かれる耀を唖然として見送っていた…

 「ちょっと…やめっ…!!助け…祐輔っ……」
 耀の助けを求める声もどんどん小さくなる…
 「何あれ?最初っから耀君狙い?」
 慎二が未だに抵抗してる耀を遠くに見ながら呟いた。
 「あれじゃ逃げらんねーな…」
 珍しく祐輔が大人しく見送っている…
 「そう言えば椎凪さん耀さんの事知ってましたよ…私に聞いてきましたから…」
 「いつの間に?あ!この前の事件の時かな…?でも…いいの?祐輔…」
 「いや…耀の奴…オレの方に逃げて来なかっただろ?
 それに掴まれても…叫びもしなかったんだぞ…」
 「あ!そう言えば…いつもすぐ逃げてくるのにね…今も連れて行けちゃったし…?」

 いつもの抵抗からするとあんな簡単に連れて行けるなんて珍しい…
 いつもなら叫び声をあげて祐輔の後ろに逃げ込むのに…


 しばらく歩いて耀くんがオレの身体を押しのけた…

 「ちょっと…オ…オレをどうする気… 離して…」
 「え?…あっ…ごめん…耀くん…無理矢理連れて来て…
 でもね…オレ耀くんに会いたくて…ずっと会いたくて…会いに来たんだ…」
 「オレに?何で?」
 ビックリして…不思議そうにオレを見る。
 「分かんないけど…あのパーティーの事件の時に耀くんを見かけて…
 それでずっと会いたかったんだ…」
 オレは正直に…出来るだけ優しく話した…
 「でも…よかった…やっと会えた…」
 そう言ってニッコリ笑った…本当に嬉しかったから…
 「怖がらなくてもいいよ…耀くん。
 オレ耀くんを怖がらせる事も嫌がる事もしないから…ただ…一緒にいたいだけ…」

 …何言ってんだ?オレ…こんな事言うつもり無かったのに…
 そうでも…会ってわかった…なんで耀くんの事が気になったか…
 それは…耀くんはとっても淋しそうな瞳をしてるんだ…
 みんなと一緒にいるのに…
 今まで出会った女の子でこんな瞳をした子はいなかった…
 だから…すごく… 気になるんだ…


 オレと耀くんはしばらくの間お互い見つめあっていた…

             その間もオレは耀くんの腕を掴んで離さなかった…