04





 ほとんど初対面の耀くんを無理矢理連れて来た。
 オレはずっと耀くんに会いたかったって…やっと耀くんに会えたって…素直に伝えて…
 しばらく2人で歩いてファミレスに入った。

 歩いてる間…この人はオレに何もしなかった…下心…ないみたい…
 何も話さなかったのに…でも…この人ずっと微笑んでるんだ…
 そう…ニヤニヤしてるとかじゃない…嬉しそうに微笑んでる…

 まるで小さな子供が…嬉しい事があった時みたいに…



 メニューを立てて選んでる振りをした…
 なんで…ついてきちゃったんだろうと溜息をついた…
 自分でも不思議だった…いつもなら…最初に掴まれただけで悲鳴を上げて祐輔の所に
 逃げ込んでるのに…
 でも…あのオレに会えて良かったって言った時のあの笑顔が… さ…なんか…その…
 オレの警戒心解いちゃったって言うか…
 でも…2人っきりになると…やっぱり…後悔が込み上げてくる…
 確かに…ご飯に…釣られたのも…多少あるけど…
 ここのデザートの新商品が出たって…この人が言うから…
 オレは食べる事が好きだから…ついついその言葉に…あー…でもやっぱり…
 でもこの人…ホントずーっとオレの事見てニコニコ笑ってるんだ… 困ったな…
 オレと居れるのがそんなに嬉しいのかな…?

 「あ…あの…」
 恐る恐る声を掛けた…
 「なに?耀くん。」
 「やっぱり…オレ…自分の分払うから…」
 最後の方は小さな声になちゃった…聞えたかな…?
 「なんで?いいよ。オレが誘ったんだからオレが払うから。それにオレの方が年上だし。」
 「い…いいよ…初対面だし…それにオレ…たくさん食べるから…」
 「たくさんって?」
 「えっと…2・3人前は…軽く…」
 顔を反らして説明した…言ってて恥ずかしくなる…でも食べるの…楽しいんだもん…
 「へー凄く沢山食べるんだね…食べるの好きなんだ?」
 「う…ん」
 そう…いつの頃からかそれがオレの楽しみになった…

 「オレ元気に沢山ご飯食べる子… 大好きだなっ。」

 「 え…? 」

 余計…ニコニコ顔になってオレをずっと見てる…
 なに…この人…今まで…こんな人…いなかったかも…

 ちょっと…気持ちが軽くなった気がした…


 予告通り3人前はあるかと思えるほどの料理を平らげてしっかり新商品のデザートも食べた。
 「本当に食べるの好きなんだね…」
 そんなオレを見て彼が言った…呆れられたのかな…まあいいけど…
 「うん…」
 オレは満足だったから。

 「有り難う御座いました。」

 結局彼がオレの分まで払ってくれた…

 「あ…オレの分…払うよ…」
 「いいから。いいから。」
 何度言っても聞いてもらえなかった… 仕方なくご馳走になることにした。
 「あ…ありがとう…えっと…」
 「椎凪!」
 「あ…ありがとう…椎凪さん…」
 たったそれだけの事を言うのに緊張する…
 「どういたしまして。でも『椎凪』でいいよ。耀くん。」
 言えないって… あ…!…オレの先を歩く後姿を見て思った…

 この人…背…高い…祐輔よりも高いんだ…
 今更気が付いた…散々隣に立ってたのに…まあ…そんなにじっくりなんて見れなかったし…
 なんて考えていたらお店の前の石畳の階段を踏み外した。

 「 わっ!! 」
 「 ん? 」
 思いっきり前を歩いてた彼の背中に突っ込んだ。
 「ぶっ…!!」
 その勢いで彼の身体に背中から抱きついてしまった…
 でも…そうしないと…オレは物凄い勢いで地面に激突だったから…
 「大丈夫?」
 彼は何事も無かった様に…平然と立っていた…オレはしがみ付いたまま動けなかった…
 「え?あ…ごめん…考え事してて…」
 「気を付けてね。」
 ニッコリと笑ってオレを起こしてくれた…急にぶつかったのに…よろけもしないんだ…この人…

 「家まで送るよ。」
 「あっ!いいよっ!!一人で帰れるから…」
 冗談じゃない…これ以上は… オレ自身がもたないよ…
 「ダメだよ。耀くん可愛いんだから危ないよ。」
 「可愛いって…言われても…」
 確かに…この時間に一人って… 心細い事は確かなんだけど…でも…
 「ほらっ。どっち?…ん?」
 渋々と歩く耀くんを促して歩き出した。
 歩き出してしばらくすると行く方向に人が 沢山集まっていた…なんだ?

 「飛び降りよ!飛び降り!!」
 「屋上か?」

 …?飛び降り自殺…か?
 少し先のビルの屋上らしい…オレ達は近づく事無くその場で状況を見ていた…
 「きやああああ……」
 野次馬の誰かが悲鳴を上げた。
 「飛び降りたぞっ!!」

 ━━… ド サ ッ 

 「おおー…レスキューが間に合ったみたいだぞ!」
 「無事みたいね…」
 人影で良く分からないけどどうやら助かったらしい…オレは耀くんに話しかけた。
 「助かったって。耀くん。」
 「………」
 「耀くん…?」

 振り向いて気が付いた…
 耀くんの様子がおかしい…頭を両手で強く掴んで…ガタガタ震えてる?
 「…あっ…」
 「耀くん?どうしたの?気分悪いの?」
 助かったとは言え生で飛び降りる所見たんだ…気分が悪くなったのか?

 ━━━━━…… 耀  ……

 母さんの…呼ぶ声が聞える…
 オレに…手を…伸ばして…落ちていく…
 身体の震えが…止まらない…あの時と…同じ…同じだっ……

 「ハァ…ハァ…母さん…」

 「 ? 」
 耀くんが辛そうに言葉を搾り出す…
 「母さんが…」
 やっと聞えるくらいの小さな声だ…
 「耀くん?」

 「オレの…オレの目の前で………落ちていく…」

 「 え…? 」

 …今…何て言った…?
 そう言った途端耀くんが何かにはじかれた様に叫び声を上げた…

 「 わああああああああーーーーっっ !! 」

 「耀くん?」
 「やだっ!!やだっ!! 母さん……!!」
 「耀くんっ!!」
 急に耀くんが暴れ出した!何だ?パニックになってる…
 周りが見えてない…オレの声も聞えてない…

 「落ち着いてっ!!耀くん!!」
 耀くんの肩をしっかりと掴んでオレの方を向かせた…でも…オレを見てない!

 「あっ!あっ!うあああああーーー」

 「耀くん!!」
 泣きながら暴れる耀くん…オレは力一杯暴れる耀くんを抱きしめた。
 それでも耀くんは止まらない…

 「やっ!!あああああっ!!!」

 「…っつ…!!」

 暴れて…振り回した手がオレの頬を引っ掻いた…思った以上に切れたらしい…
 血が頬を伝って流れた…

 「 …!!…あ…」
 それを見た耀くんが我に返る…
 「大丈夫?耀くん…」
 オレは優しく…驚かさない様にそっと声をかけた…
 「…あ…」
 そっと…オレの傷に耀くんの指が触れる…
 「…ごめん…オレ…オレ…うっ…」
 耀くんが…声を殺して泣いた…
 「これ位大丈夫…それより耀くんの方が心配だよ…」
 オレはもう一度優しく…耀くんをオレの腕の中に抱きしめた…
 「大丈夫?」
 「…うん…ごめん……ごめんね…ぐずっ…」

 オレは耀くんの頭を優しく撫でて…少し力を入れて…耀くんを抱きしめてあげた…



 耀くんのマンション…部屋に上がらせてくれた…
 オレは耀くんをソファに座らせて上着を掛けてあげた…
 怪我をした頬には耀くんが絆創膏を貼ってくれたし…

 「変な所…見られちゃったな…」
 耀くんが オレから顔を逸らして呟いた。
 「大丈夫?」
 「うん…もう…大丈夫…ゴメンネ…迷惑かけて…」
 「オレは平気だけど…ちょっとビックリした。」
 「まさか…飛び降り見るなんて…思わなかったな…はー…だから思い出しちゃってさ…」
 耀くんが目を閉じながら話してくれる…

 「オレの母親さ…オレの6歳の誕生日にオレの目の前で 飛び降り自殺して…死んだんだ…
 理由はね…オレのせい…父親と愛人の子供だったオレを騙されて育てさせられたせいで…
 母さん…死んだんだ…施設から連れて来た赤ちゃんだって騙してさ…」
 虚ろな声で話し続ける…
 「飛び降りる直前の最後の言葉が… 『もうオレを育てる事が出来ない』って…
 そう言って飛び降りた…
 オレ…知らなかったんだ…オレが生きてるだけで苦しむ人がいるなんて…」

 いつの間にか涙が…耀くんの瞳から零れ落ちる…

 「死を選ぶほど苦しめてるなんて全然分からなかった…
 オレなんて…生まれて来なければ良かったんだ…
  そうすれば母さんは死ななくて良かったのに…」
 そう言うと立てた膝に顔をうずめて…黙った…

 耀くん…そうか…だから…耀くんなんだ…

 「オレはさ…生後一ヶ月で親に捨てられたんだ…」
 「え?」
 耀くんがビックリした顔をしてオレを見上げた。
 「その後親が見付かったんだけど… どうしても育てられないって引き取ってもらえなかった…
 だから2回親に捨てられた…
 耀くんのお母さんは6年間耀くんの事育ててくれたんだね…血の繋がりが無いの 知っててもさ…
 オレなんか実の親なのにだもんな…だからいつも思ってたよ…何でオレなんか産んだのかって…
 捨てるくらいなら…産まなきゃいいのにって… こっちは生きてかなきゃいけないからさ…」
 「……」
 耀くんが黙って…オレの話を聞いてくれてる…

 「でも…生きてて良かった。耀くんに会えたから…」

 「 え? 」
 耀くんがキョトンとした顔してる…

 やっと…巡り会えた…オレの…心の痛みを…わかってくれる人に…

 オレは耀くんの目の前に膝を付いて座った。
 「 !? 」
 耀くんがオレを見上げる…
 「な…なに言ってんの?」

 「ありがとう。耀くん。」

 「 え? 」

 だから…絶対オレのものにする…

 「オレの為に生まれて来てくれて…」

 本当に…そう思う…男の子だって構わない…

 「 え? 」

 オレは耀くんのオデコに約束のキスをした…一方的だけど…オレ自身に約束の証…
 必ずオレのものにするって…自分に約束した……

 これからは耀くんはオレのものだ… 絶対誰にも渡さない…

 「うわぁっ! ちょっと何すんのっ!!」
 耀くんがもの凄く慌てて額を手で擦った…可愛いね…耀くん。
 「ねぇ耀くん?ここ一人で住んでんの?こんな広いトコ…」
 オレは今頃この広い部屋にオレ達以外人の気配がしない事に気が付いた。
 「え?うん…親は仕事の関係で…別に住んでる…って言うか…
 一緒に暮らしたくないんだ…本当の所…なんで?」
 不思議に思って聞いた。

 「え?ねえ耀くん…オレにここの空いてる部屋貸して!」

 「 ええっ!? 」

 なっ…唐突に何言い出すんだ…この人…
 「だっ…ダメだよっ!!何言ってんの?今日会ったばっかりだろ?
 オレ君の事良く知らないし…オレ人見知り激しいし!!」
 「もう平気でしょ?抱きしめ合った仲じゃない。」
 ニッコリ笑顔で返した。
 「あ…あれは!…」
 耀くんが真っ赤になって焦ってる…ますます可愛い。

 「それにオレ料理トクイなんだっ!!和・洋・中・伊 おまけにデザート系もOKだよっ!
 毎日美味しいご飯作ってあげるけど?」

 「 えっ? 」

 あっ!反応した!もうひと押しかな…?

 「美味しいコーヒーも淹れてあげる。耀くんは何が好き?」
 「え?オレ?あー…中華…かな?」
 よしっ!もう一押しだ。
 「じゃあ明日の夕飯は酢豚がいい?天津飯?それとも マーボー豆腐がいい?
 何でも作ってあげるよ。」
 「ええーーっ!!本当?じゃあ酢豚!」

 「じゃあ同居OKね!さっそく明日引っ越して来るからヨロシクね!」

 「 あ…! 」

 耀くんがしまった!と言う顔をしたけど後の祭り。

 「ずるーーいっっ!!食べ物で釣るなんてっ!!」

 「今更遅いよ。オレの作戦勝ち!へへっ!!」



       それから…オレと耀くんの2人の生活が始まったんだ…