08





 「椎凪さん。」

 街の雑踏の中…オレを呼ぶ声がした。
 振り向くと慎二君が手を上げてオレに近づいて来る所だ。
 「慎二君だ。」
 「お仕事中ですか?」
 「まあね。でも別に急いでもいないんだ。」
 一応いつもの作り笑顔でニッコリ笑った。
 「じゃあ少しお茶でも一緒にいかがですか?」

 爽やかな笑顔で誘ってくれた。でもその笑顔の裏に何かあるのをオレは知ってる…

 表通りに面したオープンカフェに落ち着き2人コーヒーを飲んでいる。

 「もう二週間ですね…耀くんの所に下宿して。仲良くやってます?」
 「うん。毎日楽しいよ。耀くんにね君に嫌われないようにって言われてるんだよね。」
 そう『慎二さんに嫌われると大変だよ!』って言われてるんだよね…
 「ふふっ。そうですか?嫌うなんてとんでもない…僕はあなたに興味があるんですよ。」
 かすかに微笑みながら言う。
 「え?」
 「多分あなたは僕と同種の方だと思うんですけど…ね」
 短い沈黙の後慎二君は言った。
 「少し刑事として僕に協力してもらえません?」
 「は?」



 「お前らっ!逃げるとこいつの腕へし折るよ。」

 「やっ…やめろっ!いてぇ…」
 オレに組み伏せられ腕をねじ上げられ20代前半の男が悲鳴をあげている。

 ここはホテルの一室。部屋には同じ20代の男達がこいつを含め3人。
 あと若い…多分この子も20代だろう女の子が一人。
 どう見てもあと数分オレ達が部屋に来るのが遅かったらこいつらの餌食になっていただろう事は
 半分脱がされていた服が物語っている。

 さっきまでいたカフェからこいつらをつけて来た。慎二君の指示だ。

 「まったく…舐めたマネしてくれますよね…『TAKERU』の名前使って女性を騙して 襲うなんて…
 最低ですね!しっかりと罪を償ってもらいましょうかね。」
 「どうせ警察に捕まったってなぁ親父の力ですぐ釈放されんだよっ!」
 オレにねじ伏せられている男が威勢よく叫んだ。
 「これだから社長のバカ息子は困るんですよね…もう少し父親の仕事の事も勉強したらどうです?
 この事は君の父上にも報告させてもらいますから。
 君の言う権力と言う物をたっぷりと思い知らせてあげますよ…
 僕を怒らせた罰を受けてもらいます。親子共々にね…」
 セリフとは似合わない…優しく穏やかな言い方だった…

 「僕はね…バカな子と女にだらしない子は大嫌いなんですよ!」

 そう言った慎二君は冷ややかな瞳でその社長の息子を見下ろしていた…


 「すみませんでしたね…面倒な事頼んでしまって。」

 いつもの慎二君だ…ホテルを出て近くの川沿いの遊歩道を歩いている。
 「署に連れて行かなくて良かったの?」
 さっきの連中は『TAKERU』の名前で モデルをしないかと女の子を誘い
 撮影と言ってホテルに連れ込んでいた。
 しかも主犯格の男は慎二君の知っている会社の社長の息子だったらしい。

 「どうせ2・3日中には 出頭しますよ。」
 自信があるらしい…確かにあの事件の時も代議士を黙らせてたしなぁ…
 きっと制裁を加えるのは間違いないんだろう…とオレは思う。

 「ねえ椎凪さん。僕のもう一つの顔見せたんですからあなたも見せてくださいよ…もう一つの顔を…」

 「え?」

 慎二君の瞳がまた冷ややかに静かになって オレを見つめている…
 「えー?何の事?」
 とぼけた声で答えた。

 「言ったでしょう?あなたは僕と同種の人だって…普段もう一つの顔を隠してる…
 それを見せ続けるととても冷たい人間になってしまうから…」

 まっすぐオレの目を見つめて確信を込めて慎二君は言った。
 「…………」
 しばらく無言の オレ。

 静かに目を閉じた…ふと口元が緩む。

 「まいったな…何で分かった?結構隠すの自信あるんだけど…」
 もう一人の『オレ』…本当の『オレ』 で答えてやった。
 ナゼか彼には見せてもいいかな…なんて思ってしまったから…

 「僕もそうだからかな…何となく分かっちゃうんですよね。」
 少し 驚いた顔をして慎二君が答えた。

 「新城君みたいにうまく出せればいいんだけどね。上手く出来なくて…」
 静かに目を開けながら答えると完璧に本当の『オレ』 が顔を出す。

 「オレ施設育ちだからさ…小・中の頃はずっとイジメられて…
 人として見てもらえなかったんだよね…だから性格歪んじゃってさぁ…」
 黙って慎二君はオレの話を聞いている…
 「ホントはスゲー暗くて周りの奴らブッ飛ばしてやりたくて仕方ないのに明るいフリして生きてきたよ。」
 オレは話し 続けた。
 「オレの胸の真ん中にいつの頃からか真っ黒い穴があるんだ…何をしてもその穴は塞がんなくてさ…
 どんどん大きくなるんだ…軽い奴を演じてるのは そうしないとオレがもたないから…
 じゃないとオレの中のバランスが崩れておかしくなっちゃうんだよね…
 でも今は嬉しい事に耀くんがその穴を埋めてくれるんだ…」

 「耀君の事はどっちのあなたが好きなんですか?」

 真剣な顔で聞いてきた。
 「 ! 」
 「演じてる自分?耀君を好きな自分を演じてるんですか?
 今日はあなたのもう一つの顔を見せてもらうのと耀君の事をはっきりさせるのが目的で
 声をかけたん ですよ…だからはっきりっさせてもらいます。」
 慎二君もいつもの慎二君じゃない…

 「僕にとっても大事な友人ですからね…遊びなら今日にでも耀君の前から 消えてください。
 自分で無理なら僕がやりますけど?」

 きっと彼ならやるだろうと思わせるほど本気が伝わる。

 「毎日怒られてばっかでさぁ…」

  オレが笑いながら答えるから慎二君が怪訝な顔をした。

 「男の子って知った時はビックリしたけどオレにとってはどっちでも関係ない…
 オレには耀くんが必要なんだ…もし今オレから耀くん取り上げたら自分が 壊れるの分かる…
 どうしてもって言うならオレ…君達に何するかわからないよ…」

 オレは本気だった…横目で彼を睨んで…殺気まで勝手に出る。
 でも慎二君は動じてないみたいだった。

 「本気…なんですね…わかりました。でも覚えておいて下いね。
 耀君の事悲しませたり傷付けたりしたら 僕の全総力をかけてあなたを潰しますから!」

 彼も本気らしい…瞳に篭る力が違う…
 「…多分そんな事しなくても大丈夫だよ…耀くんに嫌われたらオレ… きっと生きていけないから…」

 本当にそう思って正直に話した……もう耀くんはオレの真ん中にいるから……
 耀くんを傷つけるなんて…そんな事するくらい ならオレは死んだ方がマシなんだよね…

 「そうだ!きっと祐輔もあなたの事勘付いてると思いますよ。」
 いつもの慎二君が言う。
 「かな?この前の 事件の時思わず受身取りそうになったの気が付いてたみたいだしなぁ…」
 オレもいつものオレ。

 「さっき…耀くんを好きなオレを演じてるかって聞いただろ?
 オレは耀くんがいつも楽しく笑ってくれるなら演じてる自分も悪くないなぁって思うよ。
 耀くんが望むならいつまでも演じ続ける…」

 「それって…疲れない ですか?」

 今度は優しい瞳で聞かれた。

 「! …うん。耀くんとなら疲れないよ。オレも楽しい。」

 「そうですか。」

         慎二君がにっこりと笑ってくれて…そう返事をしてくれた。