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「耀く〜〜〜ん!!」
「椎凪。」

いつもの様に大学からの帰り道椎凪と会った。
「今帰り?」
「うん。椎凪も?事件起きなかったんだ?」
「オレ運がいいから帰れるんだ。こうやって耀くんにも会えるしさ。ニコッ!!」
「何それ?」

本当は耀くんが帰って来る時間に合わせてるんだけどね♪

「耀くん夕飯何が食べたい?酢豚なんてどう?最近作ってないし耀くん中華好きでしょ?」
オレを覗き込んで椎凪が聞いて来た。
「わぁそれでいいよ。楽しみだな!」
オレは即OK!

椎凪はいつもオレの好きな物を作ってくれる…
いつもオレの事を優先してくれてるみたいだったし…
刑事の仕事で忙しいはずなのに…帰りだってこんなに一緒になるはず無いもん…



「おいしーーー♪ 本当椎凪って料理作るの天才的!!オレ幸せっ♪♪ 」
オレは椎凪の作りたての料理をパクリと頬張りながらニコニコで言った。
「ありがとーー ♪ オレ嬉しいっーー ♪ 」

最初は一緒に暮らすなんてドキドキものでちょっと後悔した事はあった…早まったかなって…
でも…そんな事を思ったのはほんの一瞬で今では椎凪がいてくれて
本当に良かったって思える…
椎凪がオレの事を好きだってわかってた…
でもその頃のオレは母さんを死に追いやった罪を受けなきゃいけないって思ってて…
男だって思って暮らしてたから椎凪の気持ちに応える事が出来なくて…
応え様なんて思ってなくて…椎凪を拒絶してた。



耀くんと知り合う前は1晩限りでいつも違う娘と遊んでた。
同じ娘と2度なんてありえない…
抱き合うなんて1度きりでいい…また会いたいなんて思った事無かった…

でも…今は…



「ん?どうしたの?椎凪?」
湯上りで濡れた髪の…パジャマ姿の耀くんをボウっと見つめてたら
そんな声を掛けられた。
「え?…ううん…」
抱きしめ様としてた両手を慌てて自分の後ろにサッと隠した。

…ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ…!!!
風呂あがりの耀くんみて思わず抱きしめて押し倒しそうになったっ!!
我慢しろっ!!オレっ!…でもっ…でもぉぉぉ…!!

椎凪が両手を握り締めて1人で悶絶してる?どうしたんだろ?

「椎凪!」
そんな椎凪を呼んだ。
「ん?」
「はい。アーン!」
「え?…アーン…」
振り向いた椎凪にそう言うとオレの言われるまま開けたその口へ
ポイっとチョコを放り込んだ。

「一日100個限定のチョコなんだよ。美味しい?」

耀くんがそう言いながら摘んでた指をぺろりと舐めてオレを見上げる。
湯上りの耀くんに…濡れた髪に…微かに匂うシャンプーの匂いに…
上げたらキリが無いほどオレの下心をくすぐる…
耀くん何で?
何で追い討ちをかけるの??オレ…オレ…理性の限界がぁぁぁぁーーー……

オレの胸がキュンっとなって…押さえきれなくなった…だから…

「耀くんっ!!!」
叫んでた。
「?…何?」
オレの下心なんてまったく気付いていない耀くんがいつもと同じ顔でオレに問い掛ける。
「……お…いしい…ありがと…う…」
オレの意気地なし…
「本当?良かった。」

…抱きしめてもいいなんて…聞けない…
それに…抱きしめたら…キスして…押し倒しちゃう…


今までキスなんて直ぐ出来た…女の子を抱くなんてキスと同じ位簡単だった…

なのになんで耀くんには出来ないんだろう…

オレは考えても答えの出ない疑問をいつも考える…




「ねぇ俺と付き合わない?」

大学からの帰り道…オレは良く男の人に声を掛けられる。
見た目は女だから仕方ないかもしれないけど…
人見知りの激しいオレは恐怖で動けなくなるほど動揺する…

「…いや…あの…オレ…男…だから…」
やっと思いで声が出た。
「え?ウソだ!」
「………あ…」
「そんなウソつかなくてもいいじゃんっ!ちょっと付き合ってよ。な?」
いいながらオレの腕を掴んで引っ張られた!どうしよう…怖い!!

グイッ!

その時オレの腕が思いっきり後ろに引っ張られた。

「ちょっと君!オ・レ・の・耀くんに何してんの?」

……え?…この声…椎…
「オレの耀くんにチョッカイ出すなんて…覚悟出来てんのか?」
急に椎凪の言葉に重みが加わって…
目の前の男の人が急に怯えた様な顔になって立ち去った。
オレは椎凪の顔が見えなかったから…一体どんな顔してるんだ??

「…し…椎凪?」
「大丈夫?耀くん。」
見上げると椎凪が優しく笑ってた。
「…だっ…誰がオレの耀くんなんだよっ!!」
オレは椎凪だとこんな風に言えるのに…
「え?だってそーだもーん ♪ 」
椎凪が明るく返事をする。
「もー違うってば!」
「照れない照れないっ!!」
「照れてないっ!!」
オレはそんな椎凪を無視して歩き出した。


「椎凪さん!」

歩き出してすぐ誰かが椎凪を呼んだ。
「あれ?えっと…」
見れば若い綺麗な女の人…
「交通課の横峰ですよ!椎凪刑事!」
そう言って敬礼のポーズを取ってウィンクした…警察の人?
「ああ…私服だったからわからなかったよ…」
「そーですか?椎凪さん!私達とお茶してくれるって約束して
くれてたじゃ無いですか?これからどうですか?」
その人の他にも2人女の人がいた…椎凪そんな約束してたんだ…
「え?これから?いや…でも…」
言葉に詰まりながら椎凪がオレの方をチラリと見た。
「あ!お連れの方いらしたんですね…すみません…気が付かなくて…」
椎凪と少し離れてたからオレに気が付かなかったらしい。
「いいから!椎凪行って来なよ!!」
オレは椎凪の背中を押した。
「耀くん!?」
椎凪は抵抗して歩き出そうとしない…
「でも…オレは…」
椎凪がオレに向かって何か言いかけたけど…
「いいからっ!!」
オレは無視して更に椎凪の背中を押した。
「あの…良かったらあなたもどう?」
「あ!オレの事は…気にしないで…じゃあね!椎凪!」
「耀くん!」

オレは椎凪が呼び止めたけど…振り向かずにそのまま歩き続けた。

耀くんってば…
「さぁ行きましょう。椎凪さん。」
「色々喋って貰いますからねぇ。」
「え?」
「署の代表ですから…私達!」
「え?」

何だか直ぐに帰れなさそうな気配がしてオレは足取りが更に重くなった。


その時は…それでいいんだと思ってた…
椎凪は普通の女の人と付き合った方がいいんだと思ってたから…


オレは家に帰って椎凪の部屋の観葉植物に水をあげてた…
何だか椎凪を感じてたくて…理由を付けて椎凪の部屋に入った。
ふと…イスにかかった椎凪のシャツに目がいく…
オレはそっと椎凪のシャツを手に取った。
ギュッと握って…頬に当てた…シャツから椎凪の匂いがする…
オレは椎凪のシャツを握り締めたまま椎凪のベッドに横になった。


椎凪…ずっとオレの事好きって言ってくれる…いつも傍にいて…
いつもニコニコ笑ってて…いつも優しくて…
オレどうしたらいいんだろう…椎凪は本気なのかな?ううん…本気なんだ…
オレはそれがわかってる…だから困ってるんだ…
オレ普通じゃ無いから…こんな身体だし…付き合ったってきっと椎凪に迷惑かける…
だから…このままで…友達でいるのが一番いいんだ…

オレは…椎凪のシャツとベッドのせいか…安心して…
いつの間にかウトウトとそのまま眠っちゃったらしい…


「耀くん。ただいま!」
言いながらリビングに入ると…あれ?耀くんがいない…
他の部屋も見たのに…何処にも耀くんがいない…
靴はあったからいるはずなんだけどな…

オレはまさかと思いながら自分の部屋に行った。

「え?」
耀くんがオレの部屋に…しかもオレのシャツを握り締めて
ベッドで寝てる…何でだ??
オレはそっとベッドに近付いて静かに座った。
そっとベッドに手を付いて眠ってる耀くんに顔を近づける…
「ただいま…」
耀くんの耳元に小さな声で囁いた。

耀くん…オレの事少しは気にしてくれてるのかな?
いつになったらオレの気持ち…受け入れてくれるのかな?
いつになったら…オレだけのものになってくれるんだろう…


「何してんの?椎凪?」

「…えっ!!!!!」

もう少しで唇が重なると言う所で耀くんが目を覚ました。
いや…もっと前からかも……ヤベー…

「うっ…!!あ…いや…その…ただいまのキスを…」
耀くんがじっとオレを見てる…
「なーんて…はは…」
オレは慌てて耀くんから離れた。
耀くんはゆっくりと起き上がって寝起きの目を擦ってる…
その仕草が何とも可愛くて…あー…抱きしめたいなぁ…
でも抱きしめたらそのままベッドに押し倒しちゃうよ…きっと…


寝起きの…せいなんだ…
だから…色々考えるのが面倒くさくて…
椎凪の首に腕を廻して抱きついて…

「おかえり………椎凪……ちゅっ!」

椎凪の頬におかえりのキスをした。

「……!!!」

椎凪は驚いた顔して…真っ赤になってた。
「勝手に部屋に入ってごめんね…はい…これ…」
オレは握り締めてた椎凪のシャツを渡した…椎凪は無言でそれを受け取った。
オレはフラフラと歩いて…椎凪の部屋から出て行った。

本当はもの凄くドキドキして…オレだって顔真っ赤で…
どうしてあんな事しちゃったのか自分でも不思議だった…

「…耀くんっ!!」
「……!!」

椎凪がニコニコ顔で自分の部屋から飛び出して来た。
「なんで?何でオレにキスしてくれたの??」
「……し…してないよっ!!キスなんてっ!!」
「してくれたじゃんっ!!今!ココにっ!!」
そう言って自分の頬を指さす。
「あ…あれは挨拶の頬っぺにキスだろ?外国じゃそんなの当たり前じゃん!」
「挨拶?挨拶のホッペにキスなの??」
「他に何の意味があるのさっ!!バッカみたい!!」
「じゃあ!じゃあ!これからは毎日ホッペにキスしてくれるんでしょ?ね?そう言う事だよね?」
もう椎凪の瞳はキラキラ…子供が欲しいもの買ってもらえる様な顔してる…!!
「するわけないだろっ!!椎凪のバカッ!!!」
「えーーー??何で?なんでだよっ!!耀くんのケチっ!!」
「もう!そんな事言うなら今のナシっ!!ナシだからっ!!」
そう言って椎凪にキスした方の頬を掌でゴシゴシと擦ってやった!
「わぁぁぁ!!なんて事すんのっ!!折角の耀くんのキスの跡がっ!!
もーーーーっっ!!耀くんの意地悪っ!!意地っ張りっ!!!」


「…クスッ…」
「……さん…よ…さん…耀さん!」
「はっ!…え?」
呼ばれてる事に気が付かなかった…思わすハッとして…
「何ニコニコしてたんですか?あー何か思い出したんでしょ?」
「え?…ち…違うよ…」

やだ…オレ1人で思い出し笑いして笑ってたの?恥ずかしい…

「うそだぁ!!絶対椎凪との昔の事思い出して笑ってたんだぁ!!
そんなに笑えるほど楽しい事あったんだ!!教えて!!教えて!」
「…ほ…ホント…違うって…」
言えないよ…オレから椎凪にキスしたなんて…頬にだけどさ…

あの時…どうしてあんな事しちゃったのか…
今から思えばきっとあの時にはもう椎凪の事が好きだったんだよな…って…

「ジィィィィィィ…」
彩夏ちゃんがじっとオレを覗き込んでる。
「な…何?」
「また1人で思い出してたでしょう?」
「…え?」
「もう全部話してくれるまで今日は帰さないからっ!!じっくりお話聞きましょう!耀さんっ!!」
「ええっっ!!??」

ちょっと…そんな…でも…目が本気モードなんですけど…ホントに???


この後ホントに帰してもらえなくて…何だかんだと根掘り葉掘り聞かれ…
何となく色々喋らされた気がする…

やっと解放されたのは椎凪がオレを迎えに来てくれて…

彩夏ちゃんが椎凪にこっぴどく怒られたからだった…