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「江守美由紀さんか…ご結婚は?」
「してるわけ無いでしょ?独身!だから深いお付き合いもOKよ。」
オレの顔を覗き込みながらニヤリと笑う。
「そう?良かった。」
オレも笑い返す。

新装開店の店は思ってた程混んでなくてすんなりと席に着けた。
店の外にも何席かあってオレ達は外の席に座ってる。

「仕事は?」
「OL!」
「ホント?」
「あなたは?」
「保険の調査員。」
「ホントに?」
「ホント。」
お互いニッコリ笑い合う。


チラシの地図を見ながら店を探す。
あ…あった…ってあれは…
「椎凪さんっっ!!」

自分の目を疑った。ウソだろ?誰だよ隣の女はっ!!
見れば店の外の席に知らない女と楽しげに話してる!
知り合いとか女友達とは思えなかった…相手の女を見ればわかる…
どう見たってオミズの女だ…何で?何でそんな女と?
耀さんに相手にされなかったからって…そんな簡単に他の女で間に合わせるのかよ!!
あんな椎凪さん見た事無い…耀さん以外にあんな笑顔なんて…俺…俺…

それからは俺の周りの音は一切消えてた…
一直線に椎凪さんの席に向かう。
「…でさ…!ん?一唏?」
無言で目の前に立った俺に椎凪さんが気付いて見上げる。
「椎凪さん何してんだよ…」
「一唏…」

俺は今までで一番ムカついてる!
こんな椎凪さん俺は知らねー…こんな椎凪さん見たくねー…

「何あんた?」
怪訝な顔で女が俺を見た。
「 うるせーババア!!黙ってろっ!!! 」
「なっ…」
あからさまに女がムッとした。
ガタッ!!
椎凪さんがいきなり席を立って俺の胸倉を掴む。

「 ガキが…邪魔すんじゃねーよ!! 」

『あの椎凪さん』で凄まれた。
「!!…椎凪…さん?」
俺は今目の前で起こった事が信じられねー…
マジなのか?ホントにそう思ってんのか?
でも…目がマジだ…俺は身体から力が抜ける…

「邪魔が入ったから行こうか。」
そう言って女を促す。
「何なの?あの子?」
「さぁ…オレ達の事が羨ましかったんじゃない?」
「えーヤダぁそんな風に見えたの?」
「見えてもおかしくないじゃん。」

聞きたくもない会話が耳に入ってくる…くそっ…そんな女がいいのかよ…
耀さんよりもそんな女がいいのかよ…
見損なったよ…椎凪さん…

椎凪さんの…椎凪さんの…大馬鹿野郎が…



「先にシャワー浴びる?」
此処はさっきの店から少し歩いた所のラブホテル。
部屋に入るなり女が大胆になった。
「いや…」
オレはタバコを吸いながら女を見てた。
「何よ…そんなに見ないでよ。」
「それは失礼。」
オレはクスリと笑う。
女がオレに近付いてオレの身体に腕を廻した。
「あなた女の扱い慣れてるみたいね…」
「それなりにだよ。」
「ウソばっかり…」
「オレが脱がせていい?」
甘く耳元に囁いた。
「ほら…やっぱり慣れてる。」
女がオレを見上げてオレは優しく微笑んで女の身体に腕を廻した。


「…ウソだろ…」
俺はラブホテルの前で愕然となって立ち尽くしてる…
結局気になって椎凪さんの後をつけた。だけど…まさか…こんな事になるなんて…

椎凪さんが他の女とホテル?他の…女と…?

俺は目の前が真っ暗だ…耀さんに何て言ったらいいんだ…
言えねーよ…いやっ!今ならまだ間に合うかもしれねー…
って部屋何処だかわかんねーし…もう…ダメだ…
俺はその場で崩れ落ちた。

「…アン…」
指先で項にかかる髪を優しくどけた。
シャツのボタンを外して肩から脱がす…
「ねぇ…縛っていい?」
「え…?やだ…そう言う趣味?」
「うん…そう言う趣味。」
言いながらすでにオレは自分のズボンのベルトを外しにかかってる。
「やぁねぇ…フフ…」
「ふふ…」
手早く女の両腕を後ろ手に縛り上げてベッドに俯せに押し倒した。
「あっ…乱暴にしないでよ…」
「大丈夫。優しくするから。」

ギシッ!

ベッドに乗って女の上に馬乗りになる。
「………!…?何?どうしたのよ?早く来てよ。」
女が顔だけオレに向いた。

「 ゴメ〜ン!君オレのタイプじゃないんだ。 」

「はぁ?」
女が訳がわからないと言った顔でオレを見る。
「あータイプの前にオレ誰とでも寝る男じゃないんだよね。彼女一筋なんだ。」
「はぁ?あんた何言って…」
「あ!内藤さん?オレです。指名手配の高井晴香捕まえましたよ。
なんで…車廻してもらえます?場所は…」
オレはこのホテルの場所を教えて携帯を切った。

「あんた…デカだったの?」
「そう。君見かけた時はびっくりしたよ。まさか殺人の指名手配されてる奴が
堂々と歩いてるなんてさ。人違いかと思ってさ…見た目違うし…
でもオレに教えた名前…いくつか使ってる偽名の内の一つだっただろ?
決め手は項にある朱いアザ。いきなり確かめられないからこんなトコまで
来ちゃったよ。でもよかった。本人で。」
オレはニッコリと笑いかけた。

「もう3年も経つのに何で…」
「最近たまたま事件の資料見せられてさ…一応頭の片隅に入ってたの。
ツイてなかったね…オレ滅多に事件の事なんて気にしないのにさ。
でも何で?大人しくしてれば良かったのに?」
「いい加減隠れて暮らすのに飽きたのよ。
時々何もかも忘れてた羽伸ばしたくなるのよ…1日だけ自由に過ごすの…
それが今日だっただけ…おかしいとは思ってたのよね…
あたしなんかにあんたみたいな男が言い寄って来るなんてさ。
でも久しぶりで…拒み切れなかったのよね…まったく…」
オレに押さえ付けられたまま女がため息を吐いた。

「世の中はねもっと上手く渡らなきゃ…
特に犯罪犯して逃げてるなら尚更だ…甘いんだよ…あんた…」

女を見下ろしながらオレは『オレ』で微笑んでやった。


「ん?」
椎凪さんが出て来た所を捕まえてやろうとラブホテルの前で
待ち構えてたらパトカーのサイレンが鳴り響いた。
「へ?何?何だよ??」
数台のパトカーが入口の前で止まるとバタバタと警官が降りてくる。
俺はしばらく成り行きを見守ってた。

ホテルの入り口がザワザワとざわめいてる…
「あ…あの女…」
警官2人に挟まれて椎凪さんと一緒にいた女がパトカーに乗り込んだ。
「…え?どう言う事だよ??」
俺の頭は 『?』 マークに埋もれてる…??
他の刑事と思われる奴と一緒に椎凪さんがで出て来た。

「!!…一唏!」

椎凪さんが俺に気付いて手を振りながら近付いて来る。
俺はさっきの事もあってどうしていいか…
思わずドキマギしてその場から動けなかった。

「さっきはゴメンねぇ〜〜〜〜〜一唏♪♪」

そう言ってガバッっといつもの様に俺に抱きつく!
「うわっ!!ちょっ…やめっ!!みんな見てんだろっ!!」
残ってる警官達の視線が痛いっ!!!

「あの女逃がすわけにはいかなくてさぁ…だから一唏にあんな事してごめんね。」

俺の顔を両手で挟んで自分の方に強引に向ける…
思いっきり視線合わせられた。

「なっ…何だよ…良くわかんねーよっ!ちゃんと説明しろっ!!」

俺は真っ赤になりながらどうにかしてその手を振り解こうとしたけど
がっしりと掴まれて無理だった…恥ずかしいからやめてくれっ!!!
ワザとだ!!絶対ワザとだぁぁぁ!!


「なんだそう言う事か…」

今度は椎凪さんと2人さっきの新装開店の店に来てる。
全部説明してもらって…やっと納得したと言うわけ。
指名手配中の女だったとは…
あの女は同僚のホステスの男に手を出してもめた挙句
同僚を殺して逃げてた女だそうだ。

「あそこで機嫌損なわれて帰られちゃうと面倒だったからさ。」
「………なんだ…俺はてっきり…」
「てっきり…なに?もしかしてオレが浮気してるとでも思った?」
「だって…そう思っても仕方ねーだろ?イチャイチャしてたし…」
「イチャイチャなんてしてなかっただろ?オレは!
あっちが引っ付いて来てただけでさ。」
「椎凪さん嫌がってなかったぞ。」
「当たり前だろ?嫌がったら逃げられちゃうじゃん。
結構気使って相手してたんだよ…ナンパなんて久々だったし。
断られたらどうしようかと思っちゃったよ…自信なかった…」
「え?マジでそう思ってんの?」
椎凪さんなら殆んどの相手OKだろ?
「だって耀くん以外興味ないもん。耀くんが歩いてたら即声掛けるけどさ!」
椎凪さんがいつもの笑顔で笑った。

「でもさぁ…耀くん全然オレの相手してくれないんだよぉ……」

ヘナヘナとテーブルにうっつぷした。
良くそこまで急激に落ち込めるな…椎凪さん…
「だから一唏オレと遊んで!」
涙目で訴えられた。
「ガキじゃあるまいし…しっかりしろよ。」
なんて言っても無駄な事を一応言ってみる。
「遊んで!」
「はいはい…で?どうすんだ?」
「んーーー…その辺ブラブラして…ケーキ買ってウチ行こう。
耀くんがケーキ待ってるから。」
「OK!じゃあ行こうぜ。」
椎凪さんのその辺ブラブラは耀さんの為に色々なモノを物色する為だ。
だから俺と一緒にいる時の椎凪さんのセリフはいつも

『これ耀くんに買って帰ったら喜ぶかな?』 だ…

「そう言えば久しぶりだった一唏!!」
ガタリと席を立った俺にいつもの様に身体に腕を廻して引っ付いてくる。

「歩きにくいっての…それに重い…」

「あ!一唏までオレを邪険にすんの?ヒドイっ!!!」
「……まったく…」

そんな椎凪さんを眺めながら…いつもと変わらない椎凪さんで俺はホッとする…
あの時は本当に耀さんを裏切るのかと思ったけど…
この世の終わりが来てもこの人はそんな事しないんだと気が付いた。

まだまだ椎凪さんを理解出来てない自分にちょっとガッカリで…
ガッカリと思った自分にまたちょっとビックリで…

日も暮れかかった街の中を椎凪さんと2人で歩き始めた…