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「一体何なんだよ…アレは…」

ここは耀の歓迎会が行われているミーティング・ルーム。
この機会に耀にお近づきになろうと計画していた
同じビルに入っている広告代理店に勤める『橋爪 僚太』が
ある光景を眺めてボソリと呟く。

今日の主役の耀…はと言えば…
用意された席は耀の会社の社員に囲まれしかもかなり端の方に座っている…
橋爪の席からは遙か遠くで話しかける事もままならない様子…
しかも近付こうものなら耀の会社の女性社員に睨まれる始末…

もの凄いガードが固い…

「ちょっとぉ…それじゃ新人さんと話も出来ないじゃない…
ほら…君達ちょっと退いて退いて!!」

メゲナイ橋爪さんであります。
「何言ってるんですか!!橋爪さんっ!!ご自分の新入社員の
相手してればいいじゃないですか!こっちは命かかってるんですからっ!!」

そう言って全員が頷く。
「はぁ?何それ?」
「…や…やだな…みんな大袈裟だよ…すみません…」
耀がペコリと頭を下げた。

『うお〜〜〜この娘かぁ…へー噂通り可愛いじゃん…
これはこれから先が愉しみだねぇ…』

などと心の中で呟く。
「ダメですよ!橋爪さん女癖悪いんですから!!
ウチの女子社員にだって色々声掛けてるそうじゃないですか!!
あたしは声掛けて貰ってないですけど!!」
「こういうお付き合いのよしみだろ?折角のご縁なんだから…
初めまして。『 I ・ M 企画 』 の橋爪です。」
そう言ってイスを持ってくると強引に耀の横に割り込んで座る。

「……!!!…あ…望月…です…よ…よろしく…」

『うひょぉぉ…赤くなって照れちゃって…可愛いねぇ!!』
橋爪の顔がデレッと綻ぶ…
当の耀はと言うともう今の状態で一杯一杯!!
初対面の男に横に座られて話し掛けられ…本当なら今にも
この席から逃げたい気分だが…何とか耐え忍んでいる。

『…か…身体が緊張するけど…頑張らなきゃ…オ…オレだって社会人だもん。』

引き攣りながら微笑んだ。


「お…お酒強いんだね…」
「え?…あ…多少…」

『多少どころじゃねーだろ…どうなってんだ…この娘…』

酔い潰そうとすすめたお酒を顔色も変えず飲み続ける耀を
橋爪が唖然とした顔で見つめる…

『俺の方がヤベーって…』
「望月さん大丈夫?」
同じ会社の川上さんが声をかけてくれた。
「はい。」
まったく何の変化も無いご様子の耀です。
「橋爪さんの方がヤバイんじゃないの?目が据わってるわよ?」
「はぁ?」
言われなくたって…もう…こうなったら…
「望月…さん…」
橋爪さんと言う人がガタリと席を立った。
「…?」
え?何?
「望月さぁん!」
「!!!…は?」
ガバッと肩を掴まれた!

「!!!」

周りが…特に岡田さん達が一斉に引き攣った。
それ以上にオレが引き攣った!

「ぎぃ……………」
叫び声を上げそうになった時…

「橋爪君飲み過ぎだよ。」
「……やぁぁ……ぁ…?」
誰かがオレを掴んでた両腕をそっと離してくれた。
「あ…伊吹さん…」
オレの肩を掴んでた人が呂律の回らない口調で相手の名前を言った。
「ごめんね。彼いつもはこんなんじゃ無いんだけど。君お酒強いんだね。」
そう言ってニッコリと笑う。
「あ…望月さんこちらI・M企画社長の伊吹正輝さん。」
岡田さんが隣に立って紹介してくれた。
「あ…望月です…あ…ありがとうございました…」
「いえ…伊吹です。どうしても外せない仕事で今頃になちゃいましたけど…
今年うち新入社員いなくてね…
だから僕も今年は岡田君の所の新入社員さん可愛がろうかな?」
「は?」

見た目は…30代…くらいかな?
背はオレよりも高いけど椎凪よりは低いみたい…
ガッシリしてるわけでもなくて…痩せてるわけでもない…
でも笑った感じは優しそうで…なぜかオレの人見知りセンサーに
引っ掛からなかった…
時々そう言う人がいる…椎凪の同僚の内藤さんや浹君…
自分でも不思議なんだけど…他の人と何処か違うのかな??

「きゃ〜〜伊吹さん問題発言ですよー!!望月さん婚約者いるんですから。」
「え?そうなの?あ!本当だ。」
オレの指に光る指輪を見てそう言った。
「あ…いえ…そんな…」
オレはしどろもどろ…いきなり話すのはやっぱり苦手…


「そろそろお開きにしようか。」
岡田さんが自分の腕時計を見つめて切り出した。
「じゃあ2次会へ…」
もう酔いが回ってるあの男の人が赤い顔で言う…
すごいテンション上がってるけど…大丈夫かな?

「はいはい。橋爪君はそこまでね。明日使い物にならなくなっちゃうと困るから。寺崎君!橋爪君の事お願い。」

同僚に抱えられながら橋爪さんという人は何だかんだとゴネながら
帰って行った…何だかホッとしてしまった…
もうすぐ椎凪が迎えに来る…あの人に会ったら一悶着ありそうな気がしたから…

「じゃあ僕が2次会付き合いますよ。」
「あ…伊吹さんスミマセン…今回はこれでお開きなんです。」
「え?そうなの?珍しいね?岡田君…」
「今回は特別で…」
「本当にスミマセン…あの…オレ…何て言ったらいいか…」

そうだよな…オレのせいでみんな気を使ってくれて…

「次は椎凪の事説得しますから…」
オレは深々と頭を下げた。
「…?どう言う事?」
伊吹さんが不思議そうな顔をする…
「望月さんの彼氏ってちょっと変わっててもの凄い心配性なんです。」
川上さんが面白そうに言う…オレは黙ってるしかない…
「ヤキモチ妬きって言うんじゃないの?」
時任さんが話しに乗って来た。
「…椎凪が…ちょっと…大袈裟なだけで…その…」
オレはお酒のせいじゃ無いのに顔が真っ赤だ…もう椎凪のせいだっっ!!
「可愛い〜〜望月さん。そう言うのが椎凪さんの男心をくすぐるのねぇ…
あたしも見習わなくちゃっ!!」
「…え?…」
何の事??

「ホント可愛いよねぇ…男心くすぐるよ。」

「 !!!! 」
「 !!!! 」

そこにいる誰もが驚いて一斉に声の主…伊吹さんの方を向いた。
「ちょっとぉ…伊吹さん!マジに言わないで下さいよぉ…」
「ほんとその言い方…誤解されますよ…」
「何で?可愛いから可愛いって言ったまでだよ。」
ホントに何でって顔してる。
「だ…だって望月さん彼氏がいるんですよ?婚約もしてるんですよ?」
「?…だから?別にどうこうしようなんて思ってませんから。
ただ可愛いから可愛いって言ったまでですけど?」
「それを椎凪さんの前で言ってみて下さいよ…絶対『そうですか?』
で終わりませんから…」
時任さんの言葉に会社の人達が頷く…なんで???
「?…え?そうなの?一体どんな人???」


「耀くん迎えに来たよ。かえろっ!!」

それから程なくして椎凪がオレを迎えに来た。
「大丈夫なの?椎凪…無理したんじゃ…」
「大丈夫だって!先輩思いの古山くんが快く送り出してくれたもん。」

古山さんは最近配属になった椎凪の年下の同僚の人…
…ウソだ…どんな快くだよ…椎凪…また『あっちの椎凪』で脅したんだろ…

「岡田さん耀くんがお世話になりました。耀くんが無事で何より!お互いに。」
そう言って椎凪がニッコリ笑う。
「…ははははは…」
社員一同引き攣り笑いだ…もう…オレ…どうしたら…

「望月さんって可愛いですね。」
「…は?」

「 !!!!! 」

その場が一瞬で凍りついた。
「お宅どなた?」
一応椎凪はまだ平静を装ってる…けど…
「伊吹さんっ!!」
岡田さんが慌てふためいてる。
「同じビルに入ってる会社のものです。今日ご一緒させて貰いました。
伊吹です。よろしく。」
「今日…一緒だった?……へー…初耳です。耀くんがお世話になって。」
スゥーっと椎凪が変わっていく…みんな気が付かない…
オレは心臓がドキドキ…

「いやぁ別に僕は何もお世話なんて…
していいなら今度から任せてもらってもいいんですけど。」
ニッコリと笑ってる。
「 !! 」
「伊吹さんっ!!」
岡田さんは更に慌ててる。

「 間に合ってるんで結構です!!耀くん帰るよ。 」

そう言ってオレの腕を掴んで乱暴に引っ張るとスタスタと歩き出した。
「椎凪…ちょっと…まっ…あ…スイマセン…お先に…」
「あ…ああ…また明日…」

岡田さんが心配そうな顔で手を振ってくれた。

「あれ?僕何か変な事言いました???彼怒った??」

「 「 「伊吹さんっ!!!」 」 」
その場にいた全員が叫んだ。
「何椎凪さんの事あおっちゃってんですかっ!!殴られますよ!!マジで!
彼望月さんの事となると半端無いんですからっ!!」
「いやぁ…社会人なったばかりで色々分からない事あるんだろうなぁ…って
思っただけなんだけど…言葉がまずかったかな??」
「マズイですっ!!マジでマズイですっ!!」
「望月さん大丈夫かな??椎凪さんに誤解されてなきゃいいけど…」
「へー…彼ってそんな変わってるの?」
「変わってるどころじゃ無いですよ…もー…」

「ありゃ…悪かったかな…別に下心なんて無かったんだけど…」


皆の想像通り耀は椎凪に詰め寄られていた。

「だから…本当に何でも無いってば…」
「じゃあ何であんな事言われんの?」
「知らないよ…あの人が勝手に言ってただけだもん…」

どうやらオレはあの人に気に入られたらしいんだけど…
その事は椎凪には黙っておく…だってそんな事話したら椎凪は
どうなるかわかんないから…

「…ホント気をつけてよっ!!!
今日は皆がいたから何事も無かっただけなんだからねっ!!」
「…うん…わかってるよ…」

他にももう1人絡まれたなんて言ったら…椎凪はオレを外に出さなく
なるんじゃないかと思ってしまったから黙ってる事にした。
どうかバレません様に…

「次…あの男がオレに何か言ったら…その時は遠慮なくぶっ飛ばす。
今日だってあれってオレに挑戦してきたと見なしてるから…」

椎凪が『あっちの椎凪』で静かにそう言った…
「…はぁ…」
そう言い終ると椎凪がガックリと肩を落とした。
「椎凪…?どうしたの?」
オレは椎凪の顔を覗き込んだ。
「…オレだって…わかってるよ…イチイチ耀くんの行動に口挟むのがどんなに
耀くんにとって迷惑な事なのかって…耀くんもう社会人なんだもんね…」
「椎凪…」
「でも…ダメなんだ…心配で…心配で…オレ毎日頭がどうにかなりそうだ!!」
「椎凪…」
「耀くん…」

椎凪がギュッとオレを抱きしめた…少し身体が震えてる…
そう言えばまだ椎凪と付き合う前に良くこう言う風に椎凪に抱きしめられたっけ…
不安で…不安で…たまらないと椎凪はこんな風にオレを抱きしめる…

「何が不安?椎凪…オレが働き始めたから?オレが他の人に取られそうだから?」

「……耀くんが…オレ以外の男の事…気にするのもヤダ…話したりするのもヤだけど…
それは勤めてれば仕方の無い事だから…我慢する…でも…どうしようもなく不安なんだ…
オレを置いて何処にも行ったりしない?他の男を好きになったりしない?」

「しないよ…好きになるわけないじゃないか…オレには椎凪が必要で椎凪には
オレが必要なんだから…もうオレ達1人じゃ生きていけないって…わかってるじゃん…
何も心配しないで…椎凪…オレ椎凪以外誰も好きになったりしないよ…
椎凪だけを好きでいるから…愛してるのは椎凪だけだよ…だから…不安にならないで…」

耀くんがオレを見上げてニッコリと笑ってそう言ってくれた…

「…うん…」

オレは頷きながら耀くんの方に屈んで深い深いキスをした…
耀くんは黙って目を瞑ってオレを受け入れてくれる…
外で耀くんとそんなキスをしたのは久しぶりで…
それに耀くんの事が好きで好きで…愛おしくって…
そんなキスをずっと繰り返してた…



「なんか…心配する事なかったみたいですね…」
川上さんがボソリと呟く。
「…はぁ…まあ…何にしても良かった…」
ホッと胸を撫で下ろすのは岡田さん。
「しかし…どうでもいいけどもう少しあたし等から離れてから
ああ言う事すればいいのに…まったく…」
呆れる時任さん。

なぜ呆れているかと言うと会社のビルの前から50m程しか
離れていない場所で2人はラブシーンを始めたからで…
嫌でも一部始終が視界に入って来ると言うわけ…

「あんな椎凪さんだけどさぁ…あそこまで男に惚れられてみたいよね…」
時任さんが羨ましそうに呟いた。
「岡田さんは奥さんとどうなんですか?愛し合っちゃってます?」
「いやぁ…確かに妻の事は愛してますけど…
ナゼかあの2人の『愛してる』とは違う気がするんですよね…」
「え?違いなんかあるんですか?」
今度は伊吹さん。
「はぁ…上手く言えませんけど…あの2人を見てれば何となく違うのかな?
ってわかりますよ…あ!本当に望月さんにチョッカイ出すのやめて下さいよ。
大事なウチの新戦力なんですから。」
「あー信用されて無いなぁ…ホント下心なんてありませんて!
マジ心ですから。」

「 「 「 はぁ??? 」 」 」 

「ファン…と言う事で。よろしく。」
そう言ってニッコリと笑う。

「 「 「 は あ ??? 」 」 」

一体何処まで本気なのか…??
耀の社会人生活…これから先どうなることやら………