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「ハーーー落ち着かない…」

オレはソワソワとしながら灰皿にタバコを揉み消した。
「だったら見てくりゃ良いだろうが…」
祐輔がタバコを吸いながら呆れた顔と態度でオレに言う。

「ダメだよ!!当日まで楽しみにとっておくんだからっっ!!!
その為に慎二くんに来てもらったんだろっっ!!」

オレは祐輔を睨んで叫んだ。
「ったく…」
「祐輔はもう済んじゃったからそんな風に言うんだよ!!!」

ここは都内の結婚式場。
今日は耀くんがウエディングドレスの試着をしに来てるんだけど
オレは結婚式当日まで絶対耀くんのウエディングドレス姿は見ないと決めてる!
だって当日初めて見る方が嬉しさ倍増じゃないかっっ!!
想像するだけでオレの顔はデレっとなる。



「慎二さん…どうかな…」
オレは照れながら慎二さんに振り返った。
「あ…今までので1番良いんじゃない?」
「ほんと?オレもこれが1番良いかなぁって…」
「じゃあこれで決まりだね。」
「うん」

真っ白な純白のウエディングドレス。
オレは普段もあんまり女の子ぽい服は着ないから
こんなドレスなんて恥ずかしいというか本当に自分が着ても
いいのかなんて思ってしまう。でも…

「椎凪…喜んでくれるかな…」
「何言ってるの!喜ぶに決まってるじゃない。今だって楽しみにして
我慢してるんだから。可愛いよね。クスッ」
「ふふ」
オレはもう一度鏡に振り返って自分の姿を眺めた。



「慎二君どうだった!?」
戻って来た慎二君を遥か彼方に見つけて声を掛けた。
「うるせーよ!」
そんな祐輔の文句も今のオレは気にしない。
「とっても綺麗でしたよ。」
「本当?どんなの?どんなドレス?」
椎凪さんってば子供みたいな顔して…
「ドレスは…」
「いいっっ!!やっぱ話さなくていいっっ!!」
「え?」
両手を自分の顔の前で小刻みに振って遮るように叫んだ。
「やっぱ楽しみにとっとく!」
「…もう椎凪さんってば…」
「耀くんは?」
「今着替えて…」



慎二さんが出て行った後オレはしばらくドレスを着たまま鏡を見つめて
ボーっとしてた…
この…オレの横に…正装した椎凪が…
なんて想像しちゃってた…

「もう少し試着なさってますか?」
「あっ!ごめんなさい……でも…もう少し着ててもいいですか?
すぐ着替えますから…」
「はい。構いませんよ。着替えましたら一声掛けて下さい。」
「はい…すみません…ありがとうございます。」

オレはどうしてもすぐドレスを脱ぐ事が出来なくて…
だって…ほんの3年前まで自分がこんな風になるなんて…
思いもしなかった…

椎凪と知り合ってなかったら…オレは今…どうしてるんだろう…

ガチャッ!

入り口の扉が開いた…係りの人かと思って振り向くと…
黒のスーツを着た男の人…式の参列の人?
でもそんな人が何でこんな一般の…女の人の試着室に?

そんな事をジッとその人を見ながら考えてたら…

「えっ?!」
いきなり近付いて来てオレの腕を掴んで引っ張られた。
「あ…ちょっ…」
何が何だか分からない…何なの?この人!!!やだ…椎凪!!!
「騒がないで!!申し訳ないけどちょっと付き合って。」
「え?」
強引に引っ張られて部屋から連れ出された。
「あ…いやだ…離して!!」
やっとの思いで声に出した。
でも慣れないハイヒールともの凄い力で引っ張られて止まる事が出来ない。
何処に連れて行く気なんだ??

「あ!お客様!!」
途中係りの人にすれ違ったけどオレは何も言えなくて…


「耀くんは?」
「今着替えて…」
「耀くん?」
「え?」

椎凪さんが僕の後ろに視線を合わせる。
つられて振り向くと知らない男と耀君が走ってた。

「耀君!!」
え?何で?しかもドレス着たまま?
「椎凪!!」
耀君が今にも泣きそうな顔で椎凪さんの名前を呼んだ。
「耀くん!!」

僕達は一斉に耀君の後を追い掛けて走り出した。


耀くんが連れていかれる。
あの野郎!!オレの耀くんに何するつもりだ!!!


結構な速さで引っ張られながら式場の廊下を走ってる。
でも…

「あっ!!」

ドレスの裾が脚に引っ掛かって思い切り転んだ。

「!!」

オレを引っ張ってた人が起こそうとしてたけどオレは上手く身体が動かなくて
モタモタとしてるとオレの身体に腕を廻して立ち上がらせようとする。
オレは身体を触られてビクンとなった。

「やだっ!!!触んないでっっ!!!椎凪っ!!椎凪っっ!!!」

怖くて大声で椎凪を呼んだ。
「耀くんっ!!!」
声に振り向くと椎凪がオレの方に走ってくる。
オレは両手を広げて椎凪がオレの傍に来てくれるのを待ってた。

「耀くん!!」
「椎凪!!」

思い切り椎凪にしがみ付いた。
良かった…椎凪が来てくれた…もう…大丈夫だ…

ド コ ッ !!

「ぐはっ!!」

「!!」

見ると祐輔が相手の横腹に思い切り足蹴りを叩き込んでた。
その人は蹴られた勢いで壁にぶつかって動けなくなった。

「ふざけんじゃねーぞテメェ…耀に何するつもりだった?」
「ちょっ…祐輔喋れなくなっちゃうだろ?しっかりと説明してもらうんだから。」
「……はぁ…はぁ…」
男の人はお腹を押さえながら痛みを堪えてる。
「痛めつけりゃ正直に話すだろ?」
ズイッと祐輔が一歩前に出た。
「祐輔!!」



「はぁ?花嫁に逃げられたぁ???」
「はい…あ…俺じゃないんですけど…」

彼が言うには今日は自分の兄貴の結婚式だそうだ。
何でも代々続く大手薬品会社の跡取りで…ただ兄貴はそもそも経営の方の才能は
無いらしく重役達の信用度が薄いらしい…
一応長男と言う事と本人はやる気があるらしくここは結婚もして自分の信用度を
上げ様なんて思っていたらしい。

「だから…結婚式の当日に花嫁に逃げられたなんて…
そんな事になったら兄はいい笑いものです…きっと重役達の兄を見る目も
もっと軽くなるのは目に見えてる…」
「だから他に誰かって探したんですか?」
コクリと彼が頷いた。
「流石に今日式を挙げる人に頼むわけにはいかないと思って…
試着に来てる人なら…何とかなるかなぁ…って…」
「まったく…自分勝手な人ですね…しかも説明も無しにいきなり部屋から
連れ出すなんて…」
「時間が無いんですっ!!とにかく少しの時間式に出てさえくれれば
後は途中で気分が悪くなったとか言ってゴマかせると…お願いします!!
ちょっとでいいんですっ!!ベールで顔を隠せばバレないし…このままじゃ…兄が…」
「耀に真似事でもお前の兄貴と指輪の交換しろって言うのか?させられっか…そんな事!」
祐輔がイライラしながら怒鳴った。
「…それは…でも全部無効です!!お願いしてやってもらうだけなんですから…」

言ってる事は滅茶苦茶で支離滅裂だ…
耀くんに何処の誰とも分からない奴の花嫁になってくれって言ってる…
ウソでいいから…って…
でも…必死なのがわかる…きっと兄貴の事が心配で心配で仕方ないんだ…
オレだって祐輔と同意見…何で耀くんにそんな事させなくちゃいけないんだよ!!
ただ…そんな話を聞いて耀くんが気に留めてしまったら…
なんて思いも捨てきれないのも事実で…当の耀くんはじっと相手の話を聞いてるし…
『ちょっとだけなら…』なんて言葉を耀くんが言ったら…

耀くんがオレの手を握りながら少し彼に近付いた。

「あの…事情は…わかりました…いきなりでビックリしたけど…そう言う事情があったんなら…」
「…じゃあ…」
彼の顔が明るくなった。

「耀君?」
「 !! 」
慎二君と祐輔がビックリしてる…
オレはまさか…なんて思って…ただ耀くんを見つめるばかりで…

「でも…ごめんなさい…あなたの力になってあげられない…」
「え?」

「お兄さんが大変なの…わかります…でも…オレ達やっと結婚できるんだ…
本当に今まで色々あって…自分が結婚なんて出来るなんて思ってなかったのに…
だから…オレは椎凪だけと結婚式を挙げたい…」

「耀くん…」

「真似事でも椎凪以外の人と式なんて挙げられない…だから…ごめんなさい…」

そう言って耀くんは頭を下げた。
「頭なんか下げる事ねーぞ!耀!!」
「そうですよ。滅茶苦茶な事言ってるのは彼の方なんですから。
大体一時しのぎでそんな事したってすぐバレる事じゃないですか。」
「……………」
彼はしばらく耀くんを見上げてたけど…諦めたのかガックリと項垂れた…

耀くん…そうだよね…オレ達やっと…やっと結婚できるんだもんね…
オレだけの花嫁だよね…

そんな事を思いながら真っ白な純白のウエディングドレスに身を包む
耀くんを見つめてしまった…ん?…見つめた??

真っ白なウエディングドレス?……ウエディング……ドレスぅ……???

「 うわああああああああっっっっっ!!!!!!! 」

ビ ク ッ !!!!
そこにいた椎凪を抜かした全員がビクリとなった。
見れば椎凪が床に四つん這いになって苦しんでる??
「椎…凪…??」
オレは心配になって椎凪の方に屈み込もうとしたら…

「だめっ!!!来ないで耀くんっっ!!!!」

「椎凪??」
「椎凪さん??」
「……??」

オレ達は全員頭に『 ? 』 マークだ。
どうしたんだろ…?椎凪??

「 お前のせいだっっ!!!! 」

バ キ ッ !!!

「ブッ!!!」

「椎凪!!??」
椎凪が未だに床に座ってる彼の顔をいきなり殴った。

「わぁぁぁぁぁぁ!!!式の当日まで楽しみにとっとくはずだったのにぃぃぃ!!!!
絶対見ないって決めてたのにぃぃぃ……!!!ちくしょぉぉぉぉぉーーーーっっ!!!」

「し…椎凪??」
オレは何の事だか分からず…ただそんな椎凪を見つめるばかり??
でももの凄い悔しがりようだ…
「あーそう言えばそんなこといってましたねぇ…
まあ仕方ないですね…ハプニングですから…こう言うこともありますよ。」

「何暢気なこと言ってんのっ!!慎二君!!!早く耀くん試着室に連れてって!!
オレまだチラッとしか見てないからっっ!!!今ならまだ間に合うからっ!!!」

「はいはい…じゃあ行こうか耀君。」
「うん…でも…」
「耀君が心配することじゃありませんよ。これは彼の家族と会社の問題で
そもそも他人を巻き込もうなんて考えが間違ってるんです。
そのくらいの問題も処理出来ない様じゃ貴方の会社も本当にお兄さんに任せて
大丈夫なんですか?良く考えた方がいいですよ」

冷たくそう言うと耀君を連れて慎二君は歩いて行った。
慎二君にそう言われた彼はモソモソと立ち上がると深々と頭を下げて力無く歩いて行った。
これから大変だろうけど…まあ何とかするだろう。
オレには関係ないことだ…しかもはっきり言ってこっちの方がエライ迷惑だったんだから!!
オレの楽しみを奪ったんだからなっっ!!もう一発殴っときゃ良かった!!

「ったくテメェが何かすると必ずひと騒動だな」

祐輔が本当に呆れた様に言う。
「不可抗力だろ!!!そんな事よりオレの楽しみがぁ……」
オレは両手で顔を覆って項垂れた…
「………」

ゴ  ッ  !!!

「痛っっ!!!」

見れば祐輔がゲンコツを握ってる。
何だ?今それで殴ったのか??しかもうっすらと笑ってるし??

「何すんだよ!!痛えなっっ!!」
オレは一連の出来事でムッとして祐輔を睨んで文句を言った。
「忘れたか?」
「はぁ???」
何の事だ??
「なんだやっぱ一発じゃダメか」
「え…?だから…何言って…」
祐輔が遠慮もせずまたオレの頭を殴った。
「……痛っ…だから痛いって!!何すんだよっっ!!!」
思わず殴った祐輔の腕を掴んだ。
「忘れてぇんだろ?今日のこと…耀のウエディングドレス姿記憶から消してやるよ。」
「はぁ?何言って…」
「10発くらい殴りゃあ綺麗サッパリ忘れんじゃねーの?」
「バカっ…何言って…ちょっと…ふざけんなって…祐輔…」
祐輔が腕に力を込めだした…しかも反対の腕まで拳を作る始末…
「遠慮すんなよ…椎凪…」
祐輔が微笑みながらそんなことを言う。
その笑顔が不気味なんですけど…
「いや…思いっきり遠慮する…記憶無くなる前に頭が変形する。
それにオレ記憶喪失の前科あるから…ヤバイって…」
「その時は右京に直してもらえ」

祐輔は時々こう言うことをする。
ふざけてだとは思うけど時々笑えない…今がその笑えない時だ。
オレはもう踏んだり蹴ったり…今日はロクなことがなかった…
耀くん早く戻って来て…オレを慰めてよ…



祐輔の言う通り…オレが何かすると倍返しなみでエライ目に遭う気がするのは…
気のせいなのか…?