136





「相変わらず良く食べるわねぇ…」
「え?…モグ…」
「本当気持ち良い程の食べっぷりだわね…」

ここは耀が勤める会社が入っているビルのランチルーム。
只今お昼の真っ最中。
耀はいつもの如く愛のこもった椎凪特製手作り大盛弁当を
一生懸命食べている最中でございます。

「オレ食べるの大好きだから…」
「椎凪さんの手作りだからでしょ?」
「え…?」
「だって椎凪さんの作る料理だから好きなでしょ?ごちそうさま!」
「……うー…」

オレはもういつもこうやってからかわれてる…

「あ!皆にって…椎凪が…」
オレはそう言って朝椎凪に渡されたケーキの箱をテーブルに出した。
すっかり忘れてた。
「キャー椎凪さんの手作りケーキ?」
「どれどれ…うわっアップルパイだ!!!美味しそう!!」
「良かった。気に入ってもらえて。」
「当たり前じゃない!椎凪さんのケーキ美味しいもん♪♪遠慮なくいただきます」
こんなお昼が毎日の様に繰り返されてる。

「美味しそうだね。」

「!!!」
「あ!伊吹さん!?」
「それに愉しそう。」
「だって望月さんってこんな華奢なのにご飯食べる量半端じゃ無いんですよ。」
「それは椎凪さんの手作りだからなんですって!」
「彼の…手作り?もしかしてこのアップルパイも?」
「…はい…」
「すごいねぇ…望月さんの彼氏。」
伊吹さんがもの凄く感心した様に言う。
「はあ…」

オレはこの人が良く分からない…下心があるようには思えないけど…
でもナゼかいつもニコニコとオレに話しかけてくる…
時任さん達が言うにはオレが小動物みたいだから可愛いんだって言ってた…
伊吹さんって小さな動物が好きなんだって…でも…そう言うものなのかな??
オレは更に良くわからない…

その日の帰り廊下で伊吹さんとすれ違い様に呼び止められた。

「えっと…あの…望月さん?」
「はい…」
「ちょっと失礼な事聞くけど…君はその…もともと男の子だったとか?」
とっても不思議そうな顔で聞いて来た。
「え?…あ!…自分の事『オレ』って言うから…?」
「それに彼も君の事『ようくん』って呼んでただろ?ちょっと気になってて…
見た目そんな風には思えなくて…」
「あ…当たってる様な…ハズレの様な…」
「?」
「オレ精神的な事で10年近く男として生活してたんです…
詳しい事は言いませんけど…だから自分の事女の子なんですけど
『オレ』って言っちゃうんです…直せなくて…」

それに何とか自分の事『私』って言おうとしたんだけど…何か恥ずかしくって…
それに皆が…特に椎凪は…

『耀くんはオレでいいのっ!!その方が合ってる!オレも耀くんって呼ぶから!!』

って…だからついそのままできちゃったんだよな…やっぱり変なんだよな…きっと…

「え?本当に自分が男だと思ってたの?」
もの凄いビックリしてる…だよな…
「はい…信じられないでしょうけど…オレそう思ってないと生きていけなかったから…」
そう…本当にそう思ってた…

「オレを女の子に戻してくれたのは他の人だけど…そう頼んでくれたのは椎凪で…
でも…椎凪はオレが男として生活してた時からずっとオレの事好きって言ってくれてて…
周りの人からみたら椎凪って心配性で…ちょっと変わってる様に見えるけど…
椎凪は強くて男らしいし…優しいし…あったかいし…」
オレは少し黙っちゃった…

「?」

「椎凪は…全部でオレを支えてくれるから…」

「全部?」
「だからオレもオレ全部で椎凪を支える…じゃないと椎凪生きていけないから…」
「………何か…ちょっと大袈裟じゃない?」
「…!!……そうですね…普通の人はそうかもしれないですね………
でも…オレ達は生まれてこない方が良かったって思いながらずっと生きてきたから…
自分を必要としてくれる相手が出来たって事は生きてる理由が出来たって事だったから…」

オレは話しながら自分が満たされてるのを感じてた…不思議な感覚だったけど…
とっても気持ちが安らいでる…椎凪の事を考えてるから??

「伊吹さんも思いませんか?好きな人が自分を求めてくれるならそれに応えてあげようって…
今お付き合いしてる人とそう思う事ありません?」
「…!!…いや…残念な事に今付き合ってる人はいないんでね…
それに今まで…そんなに人数いないけどそう思った事無かったなぁ…」
そう言って腕を組んで考え込んじゃった。
真面目なのかふざけてるのか…良くわからないや…
「あ!ふざけてないですからから!至って真面目です。僕!」
「…はぁ…」
やっぱり良くわからない…この人…
「でも…伊吹さんに付き合ってる人がいないなんて…いると思ってました。
そうなんだ…きっとこれから出会うんですね…」
「え?」

「オレが椎凪と出会ったみたいに…伊吹さんも素敵な人とめぐり会えたらいいですね。」

「…え?」

「!!!…はっ!!わっ!!ごめんなさいっっ!!オレつい…変な事言っちゃって…!!!」

うわぁぁぁ…思わず色々口走っちゃった…恥ずかしいっっ!!
伊吹さんもキョトンとした顔してるっっ!!それにオレより年上の人に向かって……
どうも椎凪と椎凪の料理の事となるとオレは知らないうちに良く喋る…何でだろ??

「いや……何だか岡田君が言ってた事が分かったかなぁ…って。」
「は?岡田さん…ですか?」
何?どんな事言ってるんだ??きっとロクな事言われて無いよぉ…恥ずかしいっっ!!
「あ!あの…あともう1つ聞いてもいい?」
「…は…い?」
今度は返事に気をつけなきゃ!!何?どんな事聞かれるの???
オレは思いっきり気合を入れて次ぎの言葉を待ち構えた。



「椎凪君!!」
「 !? 」
「椎凪慶彦君!!」

聞き覚えの無い声で呼び止められた。
街中でオレの事をフルネームで呼ぶなんて絶対怪しい…しかも男だ。
以前もフルネームで呼ばれてスタンガンで眠らされて拉致られた事がある…
だから思いっきり警戒の不貞腐れた顔で振り向いた。

振り向くと…何だ?この前耀くんの歓迎会の日にオレに挑戦的な態度とった同じビルの男…
その男が一体オレに何の様だ?

「今帰りですか?」
何だか妙に馴れ馴れしく話しかけてくる。
「…オレに何か用?」
聞かれた事には答えもせずに思いっきり重たい声で言った。
「あ!ヤダな…そんな露骨に嫌な顔しない!」
「………」

耀くんの会社の女の子の話によるとコイツは伊吹正輝32歳独身。
まぁ女に手が早いわけでもなくなかなかの紳士だと言ってたけど…
(しっかりとあの後社内の女の子に情報収集した椎凪です。)
オレにとっちゃ耀くんの周りにいる超重要人物には変わりない。
どうやら耀くんに対して下心は無いそうだが…そんなのわかりゃしない…
男には変わりないから…

「望月さんも帰りましたよ。ビルの玄関までお見送りしました。」
「…それはどうも…で?オレに何か?」
「いやあ…実はですね…」
ニッコリと笑ってやがる…

「望月さんと別れてもらえませんか?」

「 !! 」

オレは自分の耳を疑った…今コイツ…なんて言った??

「聞えませんでした?望月さんと別れ…バキッ!!…うわっ!!」

言ってる途中で顔面に1発入れた。
「なっ…ビックリした!!…いきなり殴るなんて…しかも人が話してる最中に…」

「この野郎…いきなり現れて別れろだ?ふざけんじゃねー…」

「いや…結構真面目に言ったつもりなんですけど…」

「真面目なら尚更ふざけんな!二度とそんな事言えない様にしてやる…」
「………!!」
奴の顔が青ざめて引き攣った。
オレは一切の表情が顔から消えてるはず…マジでコイツを殺そうと思ったから…

耀くんと別れろ?フン…冗談じゃねー
オレから耀くんを取り上げようなんてふざけた事言いやがって…

………思い知らせてやる……

「わーーーちょっとタンマ!ストップストップ!!冗談ですって!!冗談!!」
「はぁ??信じろって言うのか?誰が信じるかっ!!」
オレは奴の胸倉を掴んでもう1発食らわす勢いだ。
「ホントごめんなさい!!冗談が過ぎました。確かめたかったんです…岡田君が言ってた事!」
「…?岡田さんが言ってた事?」
「はい…2人の『愛してるは他の人と違う気がする』って言ってたので…」
「…………」



「僕妹がいるんです…実家が遠いのでなかなか会えませんけど…
結構歳が離れててやっと今中学生なんですけど…その子が…可愛くて可愛くてね…
あんまり他人にその事言わないのは昔良く『シスコン』って言われてからかわれまして…」
「シスコンねぇ…」
「はは…お恥ずかしい…だから何だか望月さんがその…雰囲気が妹に似てるんです。
だから必要以上に構いたくなってしまって…ほんと可愛いですよね!妹を思い出します!!」

「……………」
もの凄い幸せそうな顔してるよ…こいつ…
ホントに妹の事が好きで…愛しちゃってんだろうな…そんな顔だった。

「だから君との事も気になっちゃって…余計なお世話でしょうけど
本当に望月さん幸せなのかなぁ…ってだから思わずさっきみたいな事言っちゃいました。
本当にごめんなさい。申し訳ない!」
深々と頭を下げる。
「……はぁ…ったく…」
オレは呆れて溜息しか出ない…1発殴っといて良かった。
少しは気が晴れた!
「そんなに怒るなんて本当に望月さんの事が好きなんだね。」
「普通怒るだろ!」
「普通いきなり手は出さないよ。もしかして次僕に何か言われたら殴ろうと思ってた?」
「さぁ…」
そう思ってたけど惚けた…なかなか鋭い奴。
「結構根に持つタイプ?」
「耀くんに関しては。」
「はは…でもそのくらいじゃなきゃね。そう言えば今日ね…」



「…あともう1つ聞いてもいい?」
「…は…い?」
「もし…彼より先に僕に会ってたらお付き合いしてくれました?」
「…えっ?」



「はぁ?あんた何聞いてんの?それって耀くんに告白したって事?」
呆れた…この野郎…
「怒らない怒らない!聞いただけなんだから…これでも多少女性にはウケが良い方なんで
社交辞令でも 『そうですね…』 くらい言ってくれると思ってたんだけど…」
急に奴が黙りこくって俯いた。

「君より先に会っててもダメだって…自分には君しかいないってさ…君を待ってたんだって…」

そう言ってオレを見てニッコリと笑った。
「………」

耀くん……
オレはふと…耀くんの優しく微笑んだ顔が浮かんで…胸の真ん中がホワンと暖かくなった。

……耀くん………愛してるよ……

オレはそっと心の中でそう呟いた…


「色々あったらしいね…詳しくは知らないけど…」
「…ああ…あんたには想像出来ない様な事だよ…」
「と言うわけで2人の事応援させてもらうから宜しく!」
「はぁ?」
いきなり何言い出すんだ…この男…?
「悪い虫が近付かない様に目光らせとくから!大船に乗ったつもりで!!」
「…結構だよ!」
「岡田君1人じゃ危ないよ?彼イマイチそう言うのウトいから。」
「…………」
確かに…岡田さんには一抹の不安がある事は事実…しかし…
この男も何だか良く分からない男だ…

「見る?僕の妹っ!!可愛いんだ!これがっ!!」

「…!!」
いきなり振り向かれて携帯を見せられた。
「でもね…最近冷たいんだよね…お年頃なのか…なかなか会えないからなのか…
昔は一緒にお風呂も入ってたのに…この前帰った時一緒に入ろうって言ったら
もの凄い怒られてさぁ………」
「そりゃ怒るだろ?」
「え?そうなか??やっぱりそういうもん??」
「………普通考えればわかんだろ?」
「そうなの?はぁ…やっぱりそうか…あ!この事は皆には内緒で!!」
そう言ってニッコリ笑った。

「…………」

オレは何だかもの凄く疲れた…世の中色んな奴がいるもんだ…



「…椎凪…」
「ん?」

夕飯の跡片付けを2人でしながら耀くんがオレに話し掛けた。
「あの…同じビルに入ってる会社の…伊吹さんって人いるでしょ?」
「…!!」
耀くんから切り出された…オレは今日奴に会った事は耀くんに言ってない。
「あの人の妹さんにオレって似てるんだって…
だから何かとオレに気を使ってくれてるらしいんだ…」
「…ふーん…」
「それでも…やっぱり椎凪は気にしちゃう?」
困ったような顔で覗き込まれた。
「話した感じじゃそんな悪い人じゃなさそうなんだけどさ…」

耀くんは会社に勤め始めてからオレに随分気を使ってくれてる…
今もオレの心配を少しでも軽くしてくれようとしてそんな事を言い出したんだ。

「オレも今日そいつと会ったよ…帰りに偶然会って…話もした。」
偶然かどうか疑問だったけど…偶然じゃないとしたらなかなかのやり手だよな…
「え?会ったの?話もしたの?」
「うん。耀くんに告白してフラれたって。」

「ええええええっっっーーーーーー!!!!」

耀くんがもの凄くビックリして大声で叫んだ。
「そっ…そんな…あ…あれはじょ…冗談で…その…別にそう言う意味じゃ…!!!」
面白いほどに慌てふためいてる。

「オレを待っててくれたんだってね…」

「……え…?」

「そうだよ…耀くんにはオレしかいないんだ…オレに耀くんしかいないように……ね…」

そう言って椎凪がニッコリと微笑んだ…
オレは会社での事を椎凪が全部知ってて…だから怒られるかと思ってたのに…

「オレ嬉しかったよ…ありがとう耀くん………誰よりも…愛してるよ…」
「椎凪…」

椎凪がそう言いながらオレに屈んでそっとキスをしてくれた…
そのまま舌を絡める深い深いキスを繰り返す…
「ちゅっ…ん…あ…椎凪…」
感じ易いオレは椎凪のそんなキスでもすぐに身体が痺れちゃう…

そのままキッチンの床に押し倒されて…しばらくその場で愛し合った…
キッチンの床の上なんて…初めてで…ちょっと背中が痛かったけど…
椎凪が最後に優しくオレの背中に一杯キスをしてくれたから…


とりあえずあの男の事は目をつぶる事にした…
まだまだ安心は出来ないがあの男が 『シスコン』 と言うのだけは事実らしい…
耀くんを妹みたいに思ってるらしいから…

もしその気持ちが別のものに変わった時に…また考えようと決めて…



オレは耀くんの背中にキスをし続けた…