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「んー」

オレは自分の左手の薬指に光る結婚指輪にキスをした。

今から1週間前。
とある結婚式場の控え室…

「綺麗だよ…耀くん…」
オレは真っ白なドレスに身を包む耀くんに向かって言った…
「ありがとう椎凪。椎凪も素敵だよ。首…苦しんじゃない?大丈夫?」
「今日は死んでも我慢する。」

オレはネクタイが苦手だ…締め付けられてるみたいで気になって仕方が無い…
でも…今日はそんな事言ってられないから…

「 くす くす 椎凪ってば…」

耀くんと知り合ってから約3年…やっとこの日が来た…
耀くんが大学を卒業するまで待って…オレが耀くんの所に同居し始めた日…
その日を待って式を挙げた…
初めて愛し合った日って言うのも思ったんだけどそこまで待てなかったのが本音。

「椎凪…」
耀くんがオレを見つめる…
「誓いのキスの前だけど…いいよね。」
耀くんが照れ臭そうに笑って言う…
「うん…」
オレはそう返事をして…耀くんにキスをした…

「オレ…幸せすぎて…嬉しいよ…」

「もーすぐ泣く んだから椎凪は…」

「へへ…」


…身内だけの式を挙げた…
…… 本当に最高で幸せな日だった ……

そして…一週間の結婚休暇を終えて 出勤して自分の席で指輪にキスをしてたってわけ。



「またそんな事してるんですか?珍しいですよ男でそんなん…」
配属3ヶ月の古山君がオレを見て 言う。

「君には判んないよ。オレがここまで来るのにどんだけ苦労してどんだけ待ったか。」

そう…あの右京君と慎二君の2人の横暴にどんだけオレが 耐えてきたか…
君には分かんないだろうよっ!!!

でもこれで晴れて自由の身!

「でも椎凪さんってば奥さんを俺等に会わせてくれた事無いんですよね?」
「新城さんは知ってるんですよね?椎凪さんの奥さん。」
「はい。可愛くて綺麗な方ですよ。」
「写メでもいいですから見せて下さいよ。」
古山君が食い下がる。
「えー?だって減っちゃうもん。君達に見せると。」
「なんですか?そりゃ?」
配属半年の雨宮君が信じられないと言った声を上げる。
「うちの奥さんは特別 なの。人に見せると減っちゃうんだよ。
さて!奥さん待ってるからもう帰ろっと!じゃあね。彼女もいない淋しい君達。」
オレは皮肉を込めた挨拶を残して部屋を 後にした。
「絶対会わせて貰いますからねっ!!」
古山君が大声で帰るオレの背中に向かって叫んでいた。
ったく…若いねぇ…ってオレもちょっぴり若かった。


いつもは都合が合えば深田さんと一緒に帰る。
どうせ同じマンションだから。
今日は耀くんを迎えに行く事も無くて…寄らなきゃいけない所があったから別行動。

駅前の有名進学塾…

「へー…お土産ね…わざわざありがと。」

亨が素っ気なく言った。
「どー致しまして。」
オレは応接室のテーブルに 左手を乗せて指輪を触っていたから…
指輪に気を取られ…亨が近付いて腕を振り上げてるのに全く気が付かなかった。

「………」

… ダ ン ッ ☆☆  !!!

亨が思いっきり自分のげんこつでオレの左手を叩きやがったっ!!

「 ……っ痛てーーーーーーっっ!!!!何すんだよっ!!いてーなっ!!」
オレは左手を擦りながら亨に文句を言った…骨折れたらどうしてくれんだっ!!

「別に…デレデレしてるからムカついただけ!」

オレを見下ろして 冷ややかに言う。
「何だよ?何怒ってんだよ?」
「その指輪が気に入らないっ!!!」
そう言ってオレの手を掴んで外そうとする。

「ばっ…やめっ!! 怒んぞっ!!亨っ!!」

そう言えば…コイツは納得してなかったんだっけ……


亨と2人夕飯を食べようと外に出た。
耀くんは右京君の所に行って るからまだ帰って来ないし…
「まだ…怒ってんのかよ?」
何気に機嫌の悪い亨に話しかけた。
「怒ってたら謝ってくれんの?」
「オレは悪くないだろ? 大体何でそんなに怒ってんだよ…
オレと耀くんの事は許してくれたんだろ?」

自称オレの親代わりの亨は右京君との約束を知ると
自分も納得しないと結婚を 許さないなんて言い出した。
オレは無視したけど…それが未だに尾を引いてる…
とにかく相手が誰であろうとオレが結婚する事が許せないらしいから…話に ならない。

「亨何食うの?今日はオレおごるからさ。」
「当然だろ?あとお酒も付き合いなよね。」
「はいはい…」

まったく…疲れる…


「 ちょっと!あんたっ!! 」

その時だった…後ろから声を掛けられて…2人で振り向いた。

「あんたにも半分責任あんだからこの子の面倒見て よね!」

「 !! 」
「はぁ?」

そう言って赤ん坊をオレにグイグイ押し付ける。
亨にじゃない。オ・レ・に…だ!!

「ちょっ…何言って んの?君…人違いだよ…」
「何言ってんのよ!ほら!早く!」
「えっ?ちょ…」

マジかよ?オレ知らねーぞ…こんな子…

「いい?ちゃんと面倒 見てよっ!!
オムツと着替えはそのバックの中に入ってるから!頼んだわよっ!!」

突然現れた女はオレに無理矢理赤ん坊を押し付けて…
もの凄いスピード で走って行った。
うそだろぉ…オレの…子供だって言うのかよぉ……

「新婚早々隠し子発覚か…大変だね慶彦。ふっ…」

亨が…ざまあ見ろと言う様な 冷ややかな声でオレにそう言った…


「へー椎凪さんのお子さんですか?」

慎二君までもが冷ややかに言う…
「新婚早々隠し子発覚ですね… どうするんですか?」
亨と同じ事を言う…

家に連れて帰る訳にもいかず店にも入れず…仕方なく慎二君の所に転がり込んだ。

「オレの…子供じゃ ない…」
オレは頑として言い張った。
「何でそう言い切れるんです?」
「オレそんなドジしない。」
「そんなの判らないじゃないですかっ!!
まったく…この子2歳位ですよね…妊娠期間入れると…丁度耀君と
知り合う前位ですよね?その女の人に本当に心当たり無いんですか?」
「オレが寝た相手覚えて る訳無いじゃん。しかも3年近く前なんてさ…」
「でも相手の子は慶彦の事知ってたみたいだったけどね?」
「相手は椎凪さんが父親だって分かってるんじゃない んですか?」
「とにかくオレはガキ作るようなドジは今までした事が無い!
だから絶対オレの子供じゃないからっ!!大体オレの身元バレる様なドジもしないし…」
…偶然オレの事見かけたって事か?
「慶彦…結構相手の女の子に冷たいもんね。終わったらサッサとサヨナラだよね…確か…」
「当然だろ?寝るだけの相手だ もん。下手に時間掛けて言い寄られたら始末に悪いし…
オレそう言うの興味無いし…」
「ホント…慶彦って割り切って遊んでたよね。」
「褒めてんの?嬉しか 無いけど?」

「呆れてるんですよっ!!」

慎二君が怒鳴った。

「まったく…でも…どうするんですか?
署の方に連れて行った方がいいんじゃ ないんですか?」
「そうだなぁ…」

「やっぱり慶彦の子供なんじゃない?ほら。お尻の同じ場所にホクロがある。」

そう言って亨が赤ん坊のズボンを めくってお尻をオレと慎二君に見せる。

「…!!…バッ…カ…何やってんだよっ!!亨っ!!」
オレは赤ん坊を奪って服を直した。

「流石親代わり ですね。そんな所のホクロまで判ってるんですか?」
「当然だよ。」

「もう黙ってろ!!亨!!慎二君もそんな所で突っ込まなくていいからっ!!」

まったく…勝手な事ばっか言いやがって…
「それにしてもこの子泣きませんね?普通泣きませんか?
こんな見ず知らずの大人に囲まれて…」
「んー…他人に慣れて るって事?慶彦と同じで苦労してんじゃないのかね?」
「勝手に想像しない。絶対オレの子供じゃない!」
「DNA鑑定してみたらどうです?念の為に。」
「だからオレの子供じゃないって…」

でも…このままだとこの子は施設行きだろうな…
可哀想だけど…仕方ない…親を恨むんだな…

「じゃあオレこの子署の 方に連れてくから…亨ゴメンまた今度ね。」
「DNA鑑定して本当に慶彦の子供だったら僕が育ててあげようか?」
「もしそうならオレが育てるよ。でも…絶対 違うから…(多分ね…)」

「椎凪さん。右京さんには僕から伝えておきますから。隠し子発覚しましたって。」

「ぜーーーーーったい……ダメッ!!だから ね!離婚させられちゃうからっ!!」

新婚1週間で離婚させられてたまるかっつーの!!
オレは何とも重い足取りでさっき帰った警察署に引き返さなければ ならなかった。
その時携帯が鳴った。
「はい?」
『ちょっと椎凪!何処にいんのよ?早くこっちに戻って来なさいよっ!!』

瑠惟さんが大きな声で オレに命令して言った。


「…何?ルイさん?…あっ!!」

そこにはオレに子供を無理矢理預けた女がいた。
「君…一体どう言うつも…」
「拓実!!」
オレの事なんてお構い無しに赤ん坊をオレから抱き上げた。
「?…何なんだよ?君一体誰?この子オレの子供じゃないからっ!!」
「はぁ? 当たり前じゃないの。何言ってんのよ。刑事さん!」
「だって君…オレにも半分責任あるって…」
「彼女ね…この前あんたが逮捕した梨本って男の奥さん。」
「梨本?ああ…傷害事件起こした奴でしょ?」
「そうよ!まあ逮捕されたのはアイツが悪いんだから仕方ないんだけどさ…
あたし夜の仕事してんの。だからいっつも あいつに子供の面倒見てもらってたんだけどさ…
あんたが急にあいつの事逮捕しちゃったから子供の面倒見る人居なくなっちゃって…
今まで色んな知り合いに頼んで たんだけど…
今夜だけ誰にも預かってもらえなくて…困ってたの。
そしたらあんたがいたからさ。預かってもらったわけ。刑事だし心配ないでしょ?
お客さん待たせ てたから急いでたし…助かったわ。」

なにぃ…?
…全く…呆れる…今時の母親ってのは…こんなにも図太いのか?
刑事だからって…他人にいきなり… 説明もしないで預けるか?普通…

「でも、空きが出来た託児所見付かったんですって。だから子供を引き取りに来たって訳。」
「刑事さんの家知らなくても ここに来ればすぐ呼び出して貰えるでしょ?」
「オレに…半分責任があるって言うのは…?」
「あー…あなたが逮捕したんだから半分責任あるでしょ?だから。」

ふざけんな…チクショー…
お前のせいでオレは…痛くも無い腹…慎二君と亨に探られたんだぞ…

怒りが込み上げてきたけど…この子を殴る訳にもいかず…ちっ… くそ…
このやり場の無い怒りを何処にぶつければっっ……

その時帰りがけの古山君と雨宮君が通りかかった。

「あれ?椎凪さん帰ったんじゃ?あっ!もしかして奥さんですか?
え?子供?子供いたん ですか?椎凪さん。」

「 ムカッ!! 」

オレは頭にきて思いっきり古山君の頭に 肘鉄を叩き込んでやった。
「うがっ!!いでっっっ!!」


…ふんっ!!!ざまあみろっ!!

チョッピリだけど…少しは気が晴れた。