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「…………」

古山さんも雨宮さんも黙ったまま椎凪さんの奥さんを見つめてる…
確かに可愛いし綺麗だしなかなかのナイスバディ…
出るトコ出てクビレてる所は クビレてて…

「……?」
あれ?オレなんか変な事言ったかな?ちゃんと挨拶出来たよね?
何でみんな黙ってるんだろ…?

「 あんまり見んな!!減る だろうがっ!! 」

「ハッ!」
椎凪さんのその一言で我に帰った。
椎凪さんは奥さんを自分の後ろに隠しちゃったし…
「久しぶりね〜〜耀君!相変わら ず可愛いっっ!!」
「わっ!」
ルイさんがガバッと奥さんに抱きついた!椎凪さんに抱きついたのと同じ様に…
もしかして…いつもの事なのかしら?
「あ…久しぶり…ルイさん…」
「ほら耀くんに抱きつくのやめっ!」
椎凪さんが呆れた顔でルイさんを奥さんから引き離す。
「ホントにあんたケチね!」
「飲みに行くんだろ?はい。サヨナラ!」
そうだ…そうだった…
「あんた達も一緒に行くのよ!ね!耀君。一緒に飲もう!あ…雨宮君に古山君に杉山。」
何で私だけ呼び捨て?

「どうも!ぜひ一度お会いしたかったです!」

顔…真っ赤ですけど?古山さん。
「え?…はぁ…」
「もー椎凪さん可愛い 奥さんじゃないですか!俺はてっきり…」
「てっきり何だよ…手出したら殺すぞ…古山…」
うわ…なんだかすごく怖いんですけど…椎凪さん!
「やっ… やだなぁ…そんな事しませんって…」
「お前みたいな奴が一番怪しいんだよ。
オレの居ないのを見計らって耀くんにチョカイ出しそうなんだよ…お前!」
「言い切らないで下さいよ!しませんってばそんな事!
ナンすか?そのおもいっきり疑ってる眼差しはぁ!!」
「オレそう言う勘って当たるんだよ。だからそうなる 前に…
悪い芽は潰しとかなきゃな…なぁ古山…」
バキボキと椎凪さんが指を鳴らして古山さんに近付いていく…
「いい加減にしときなさいよ。椎凪!大体いっつも あんたの取り越し苦労でしょ?」
「いや…今回は違うって何かがオレに訴える…」
「ちょっ…椎凪さん!」
「もうそんな奴いいからさぁ…」
「ちょっと! ルイさん!そんな奴って!!」



「…何でこんな事に…」

あの後ルイさんの我が儘が始まってゴネにゴネてみんなで家に上がり込まれた。

「すんげー所に住んでんですね…椎凪さん…」
ホントに凄い…億ションと呼ばれるマンションの更に最上階なんて…一体いくら…?
「だからヤなんだよ…」
「耀君の実家からのプレゼントなのよねぇ〜溺愛されてるからねぇ…耀君。」
「ヘェ…お金持ちなんですね…」
雨宮さんが関心する様にため息混じりで納得してる…
「さっさと帰れよ!」
「椎凪!…ゆっくりしてってくださいね…」
奥さんがそう言ってニッコリ笑う。
「耀くん!!いいんだよ!そんな優しい言葉なんか 掛けなくたって!」
「だって…椎凪の職場の人でしょ…」
「あ…すいません…急に押し掛けちゃって…」
ホントに申し訳なかった…なんせ半分は私の歓迎会を 兼ねてるんだもん…
「あ…いいえ…逆に椎凪迷惑かけてません?時々無茶するから…色んな事で…」
「あ…私は昨日配属になったばっかりで…」
なに?なんで こんな…ドキドキ?

その日は驚く事ばかり…
椎凪さんの奥さんにも驚いたけど椎凪さんの家や持ち寄った材料で
椎凪さんが色んなものを作ってくれて…
こんなに料理上手な人だったんだ…だから昨日スーパーに来てたのか…なんて納得。
でも…もっと驚いたのは2人の仲の良さ…
2人と言うか…椎凪さんの奥さんへの 態度…?

「しっかし…椎凪さん奥さんにベタ惚れですね…」
2人がキッチンへ立ったのを見て雨宮さんが言う。
「ベタ惚れ所じゃ無いわよ…あいつぞっこん で耀君に嫌われたら死ぬわね。」
クイッとお酒を飲みながらルイさんが納得した様に付け加える。
「そういやなんで『耀君』なんすか?」
古山さんが呂律の 回らない口でルイさんに聞く。私も知りたい…
「まぁ…色々とね…ニックネームよ!耀君自分の事『オレ』って言うからさ!」
「それも不思議なんすよね…あんなに 可愛いのに何でオレなんすか??」
「いいじゃない!そんな事!耀君が可愛いのには代わりないんだからさ!
杉山!お酒貰って来てっ!!無くなった!」
ルイさんが 古山さんに負けないくらい呂律の回らない口で私に命令した…

あの…今日の主役って私じゃないんでしょうか???


遠慮がちにキッチンに入る。
2人が流しに向かって並んで立ってた…
直ぐに声が掛けれず入り口でちょっと立ち止まった。

「ごめんね…耀くんこんな事になちゃって…」
「ううん… 愉しいよオレ…だって椎凪の仕事の人がウチに来るなんて初めてだろ?
椎凪の仕事の事もわかって嬉しい…オレ…」
「そう?ならいいけど…辛かったら言ってね。 無理しないでね。」
「うん…ありがとう椎凪…」

2人がニッコリと笑い合って…あ…

「…ン…」
椎凪さんが奥さんの腰に自分の腕を廻して引き 寄せるとキスをした…
奥さんも椎凪さんにそっとしがみ付いて背伸びしてる…
何だか…ドラマでよく見るキスシーンの一場面みたいで…
思わずそのまま眺めて しまった…

「ん…クチュ…」

…ドキンっ!!段々激しいキスになって来た??
2人の舌が絡み合ってる音が聞える…私の心臓がドキドキいい出してる…

どのくらい時間がたったんだろう…
きっと1分かそこらだと思うのに…もっと長い時間見てた気がする…
そう言えば生で人のキスを見たのは初めてだった…


あれから数日が過ぎたのに…私は椎凪さんを見るとナゼかドキドキしてしまう…
いつもニコニコしてて…優しくて…人当たりも良くて…
はっ!!って何考えてるの!!私っ!!結婚してるのよっ!!奥さんがいるのよっ!!
もうどうしちゃったんだろう…私ってばっ!!!



「ほら椎凪飲みなさい よぉ!!」
「飲んでるだろ?うるさいな…絡むなよ!」
「何よぉ!結婚したら随分強気な態度じゃないよぉ!!生意気っ!バカ椎凪っ!」
「こんなにメンバー いるんだからオレだけに絡むなよっ!」

今日はこの前一緒に飲めなかった内藤さんと新城さんも一緒に2度目の私の歓迎会…
らしいけど…瑠惟さんってば 何かと理由をつけてただ飲みたいだけじゃないかって
思うのは私だけ??

「逆帋は相変わらずキス魔なのか?」
内藤さんがボソリと言う…
この人って… 椎凪さんとは違う落ち着いた雰囲気があって…
大人の男性って感じなのよね…
「最近は違うみたいですよ…ルイさんも結婚されてから随分大人しくなったとか…」
新城さんは結婚されてて2児のママだとか…全然そんな風には見えない…
でも傍にいると何だかホッとするのはナゼなんだろう…
そう言えば椎凪さんのお宅の お向いさんだとか…
こちらもご主人の実家が大層なお金持ちらしいと言う噂…
(新城たけるの孫だとは内緒なので…)

どのくらい飲んだんだろう…いつも よりハイペースで飲んでる…
目線は何故か椎凪さんを追ってて…でも必ずルイさんが一緒に入ってくる…
「………」
「!!…大丈夫か?杉山?」
「はい?」
「!…なんか目が据わってるぞ…」
内藤さんが私を覗き込みながらそう声を掛ける。
「そんな事無いれす…」
私はしっかりと答えた。らしい…
「れすって…」

「ワーーーー!!ルイさん!!」

急に周りが騒がしくなる…
見ればルイさんが椎凪さんに抱き着いて無理矢理キスを迫ってる。
「また出たか…逆帋の悪い癖…」
「へ?」
「酔うとキス魔になるんだよ…」
「なんれすって?」
私はそう呟くと席を立って椎凪さんの所に向かう。
「あ…!おい!杉山!!」
なんか呼ばれた様な気がするけどこの際気にしない。
「ルイさんいい加減にしなって…みんな見てるし…柊苹さんに言い付けるよ!」
がっちりと椎凪さんを掴んで今にも唇を奪いそうな勢いのルイさん…
「うるさいわねぇ…あたしがキスするのはいい男なんだから喜びなさいよっ!」
「ホント 酔ってんだろ?自分が何してるか分かってる?」
「ルイさんホントやめましょうってば…」
古山さんが必死に止めてる…
「うるさいわねぇ…古山には死んだって しないから安心しなさいよ!べ〜〜〜!!」
「別にして欲しか無いですよ!」
「人妻だって事自覚しなよっ!ルイさん!!」
「自覚してるわよ!って…なっ…」
「!?」
「杉山?」

ド ン っ !!!

「わっ!」
「え…?」
ルイさんを思いきり突き飛ばして椎凪さんを守った。
「どうしたの? 大丈夫?杉山さん?」
椎凪さんが心配そうな顔で覗き込んでる…
そんな優しい顔で覗き込まないで下さいよぉ…
もう…もう…

「 ぶちゅうっ!!! 」

「 !!!! 」

「うわぁぁぁぁぁ!!杉山っ!!おまっ!!何して…」

何だか周りが騒がしい…何?何言ってるの?皆さん…
私はそのまま目の前が 真っ暗になって……


目が覚めたら…自分の部屋のベッドの中だった。


「イテテテテ…」
頭がズキズキする…きっと昨夜飲み過ぎたんだ…
でもちゃんと自分ちに帰れたから良かった…
あんな記憶無くなるまで飲んだのなんて珍しい…
って言うか初めてかも…今度からは気をつけなきゃ…反省反省!!

「おはようございます。」
言いながら部屋に入ると…何?皆が一斉に私を見る!
それももの凄い驚きに似た顔で…

「え?何ですか??私…何か?」
「お前覚えてないの?」
古山さんがもの凄い呆れ顔で言う。
「は?え?何ですか??」
え?ヤダ…私何かしたのかしら…
何だか急に心臓がドキドキして くる…自分では記憶がない分余計にコワイ…

「ホントに憶えてないのか?
昨夜酔った勢いでお前椎凪さんに思いっきりキスしたんだぞ!」

「 えええええええええーーーーーっっ!!!??? 」

う…うそ…まさか…そんな…
「え…うそ…ですよね?私そんな事…」
コワイっ!!全然記憶 無いっ!!
「ウソじゃないわよっ!
あたしの事押しのけて椎凪の顔押さえ付けて『 ぶちゅう 』ってしてたわよっ!」
ルイさんがムッとした様な態度で横目で睨み ながら教えてくれた。

「…………ひっ…そ…そんな…」

どっ…どうしよう…私…私…なんて事…
一気に血の気が引いた…何でそんな事をしたのか 自分でも分からない…

「杉山もキス魔?」
内藤さんが真面目なのか冗談なのか分からない口調で聞いて来た。
「ちっ…違いますっ!!キス魔なんてそんなっ !!」
思いっきり否定した。
「じゃあしたかったからしたんだ。」
また内藤さんが良く分からない言い方で聞いて来る。
「……!!!…へっ??」
はっ!そうか…キス魔じゃ無かったらキスした理由がっっ!!!
「いえっ!したかったわけじゃ…」
「じゃあキス魔なんだ。」
ニッコリと言われた…
「…うっ…え…ええ…まぁ…」

なっ…なんでーーーーいつの間にか私キス魔????

「おはよう。」

ビックーーーーーンっっ!!
椎凪さんが入って来た!
「あっ…あの…椎凪さん…」
「あ!杉山さん昨夜は大丈夫だった?随分酔ってたから。」
「はっ…はいっ!!あ…じゃなくて昨夜は… その…あの…」

いやぁぁぁ…まともに椎凪さんの顔が見れないよぉ…!!!
チラッと見たけど唇に目がいって……ホント?本当に私椎凪さんと??

「彼女キス魔なんだって。」
内藤さんがコーヒーを飲みながら椎凪さんに言った。
「え?そうなんだ。なんだルイさんと同じだ。」
「誰にでもするのと一緒に しないでよ。
あたしはちゃんと相手を選んでしてるんだからっ!!」
ルイさんがソッポを向きながらちょっとムッとした様な言い方…
「それでも威張れないだろ? 威張るトコ間違ってるよ。」

どうしよう…キス魔じゃ無いんだけど…
でもそしたら何でキスしたのか説明出来ないし…うー…

「オレ全然気に しないから…杉山さんも気にしないでね。」
そんな私を見て椎凪さんがいつもの様に優しく微笑んで言う…
「…は…ぁ…」
頷いて良いのか…否定した方が 良いのか…どうしたら…
「あたしで慣れてるもんねぇ?椎凪!」
そう言って椎凪さんにルイさんが抱きつく。
「だからイチイチ抱きつくなっつーの!ほら離れて!離れて!!」

「 ! 」
2人から目を逸らすと内藤さんと目が合った。
内藤さんはクスッと微笑んだ…

その微笑がどんな意味だったのか私には分からないけど…
配属早々『キス魔』のレッテルを貼られたのは紛れもない事実 だった。