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今日は珍しくお父さんと二人っきり。
だから2人で街に出掛けようって事になって…ブラブラしてるんだけど…
お母さんはお祖父様の所に出掛けてる。
お祖父様は時々お母さんと2人きっりで会う事がある…
お父さんが言うには昔お母さんを育てたお祖父様が
その時の事を思い出したくてお母さんと2人きっりに なりたがるんだって…
「耀くん…小さい時がよっぽど可愛かったんだよ…
オレだって子供の頃の耀くんに会えたら…どんなに幸せか…
あーあ…ズルイな… 右京君…」
祐輔さんが言うにはお祖父様は時々子供の時のお母さんに
会ってるんじゃないかって疑ってる…
子供の時のお母さんに会えるって… どう言う事なのかな…
僕には良く分からない…

「どうする?葵くん。何処かで少し休む?」
「うん。少し喉も渇いたし…」
「葵くん身長いくつに なったの?」
「え?んと…4月に計った時は168cmだったけど…」
「そっか…オレにはまだまだとどかないか。」
「すぐ追いつくよ!そんで抜かすん だから!」
「ははっ 楽しみに待ってるよ。愛してるよ!葵くん ♪♪ 」
「うわっ…ちょっと…お父さん…苦し…」

お父さんが僕の肩に腕を廻して 思いっきり引き寄せた。


キッチンでお父さんと2人並んで料理を作ってる。
「お父さん…もう調味料入れていい?」
コトコト煮込んでるお鍋を見つめて お父さんに聞いた。
「あ!アク取ってからね。」
「あ!そうか…」
「別にいいんだよ…料理覚えなくても…オレやるし…」
「いいの!オレやりたいんだ。 料理作るの楽しいしさ。」
「葵くん…」
お父さんが…感動した様に僕を見つめてる…





  「 葵くん!! 」




 「 うわっ!!なにっ!? 」







お父さんがいきなり僕に抱きついて来た!!
「昔の耀くんにソックリで…つい…あー…懐かしい…」
「ちょっと…危ないよ…お父さん…」
もー…一体何度目だろう…そう言って僕に抱きついて来たの…
お母さんがいないとすぐ僕に抱きついて来るんだよな…まったく…
「ごめんね…葵くん…」
お父さんが僕から離れて…謝りだした…
「何が?」
「葵くんに 兄弟たくさん作ってあげたかったんだけど…ダメだった…
ごめんね…一人っ子で…頑張ったんだけどさ…毎晩…」
「いっ…いいよ…気にして無いから…」
って言うか…子供がどうやったら作れるかって…知ってるから…
面と向かって言われると…チョット…恥ずかしいんですけど…

「椎凪…何子供に力説 してんのさ…恥ずかしいな…」

僕達の後ろからお母さんが声を掛けた。
「お帰り!!耀くん ♪♪帰って来るの遅いから葵くんに抱きついて
気を紛らわ しちゃったよ。」
そう言ってお父さんとお母さんはキスをする…
そんな2人を眺めながら…

「何?お父さん…お母さんの面影じゃなかったの?」


この春…僕は無事高校2年に進級した…
高校には料理研究部なんて無かったから…家庭科部に入部した。
料理以外の事も出来るし…自分でもこんなに 家庭科関係の事が
好きになるなんて思わなかった…お父さんの影響力は凄い…
なんせ物心ついた時からお父さんが家事全般こなしてるの見てたから…
男の人がやるもんなんだと真面目に思ってて…
祐輔さんの所や友達の所でお母さんがやってるのを見て…不思議でたまらなかった…

今日は恒例の新入生の 歓迎会を兼ねて部の皆で外でランチ。
それぞれ料理を持ち寄って学校の近くの公園で食べる。
公園って言っても芝の広場や運動場…
子供向けのアスレチックなんかも あって結構大きい。
休日だからみんな私服。
だからなんか感じが違う…

「わぁ…相変わらず椎凪君の持って来る物は豪華ね…」
周りの女子達が僕を 囲んで騒ぎ出した…
言うまでも無く…男子は僕一人…
「いや…お父さんに…手伝ってもらったし…あの…沢山作ったから…皆さんどうぞ…」
…だからお父さん…こんなに張り切らなくたっていいって言ったのに…
僕以上に張り切って作ってたもんな…

ふと…同じシートに座ってる子が目に留まった…
絵に描いたように…人差し指を口に付けて…ジィー…っと僕の料理を見てる…
確か…2年になって編入してきたんだよな…クラスは違うけど…えっと…確か…
「吉野…さん…だっけ?沢山あるから…どうぞ。」
初めて話した…
「楓!ほら、良いってよ。食べて。」
1年の時から入部してる山岸さんが話しかける… どうやら友達らしい…
「楓…作るより食べるだもんね。今日だってそれ…買ってきたんでしょ?」
デザートのイチゴのタルト…確かに売ってる物だ…
「いいの。だって食べるの楽しいんだもん…それにコレは私が食べたかったから…」
「この部に入ったのだって作った料理食べれるから入ったんだもんね。 料理オンチなのにさ。」
「だから…食べるのが好きなの…」
「…とにかく…どうぞ…」

食べるのが…好き…?って…お母さんと…同じだ…
しかも…食べる量も半端じゃない…お母さんみたいだ…

「 美味しいー!!…凄いね。 」

吉野さんが…ニッコリ笑った…

「 ド キ ン !! 」

ん…?何だ?今……

「本当に椎凪君が作ったの?」
「え?あ…お父さんに手伝ってもらったんだけど…ね…」
「 凄いねー!!感動! 」

な…何?今までだって…美味しいって言われた事あったのに…
なんで吉野さんに言われると…ドキっとするんだ…?


「え?耀くんに初めて食べてもらった時?」

家に帰った後…思わずお父さんに聞いてみた…
「作ったの全部美味しいって食べてくれたよ。
耀くんずっと一人 暮らしだったから家庭の味が嬉しかったみたいだし…
食べる事大好きだったからね。買い物もなるべく一緒に行ったよ。楽しかったな…」
お父さんが思い出して ニッコリ笑う。
「へー…そうなんだ…」
「何かあったの?葵くん…」
「え?」
「急にそんな事聞いてくるなんてさ…」
お父さんが不思議そうに僕の 顔を見ながら聞いた。
「別に…大した事じゃないんだけどさ…
今日僕の料理…美味しいって…言って食べてくれた子がいてさ…」
何となく…あやふやに答えた。

そう…他の子と違ってたんだ…
あの…『美味しい』って言ってくれた時の笑顔が…さ…

それから部活で彼女と会ったけど…何を話す訳でもなく…
やっぱり…何でも無かったのかな…


休日の午後…
調味料が足りなくなって買いに出た帰り道…
あれ?あれって…吉野さん?

僕の前を何とも 妙な歩き方で歩いてる…同じ所を行ったり来たり…
でも少しずつ前に進んでる…

でも…何か…変…?

「吉野さん!」
思い切って声を掛けた。
「!…椎…凪君…?」
「何してるの?何かすっごく怪しい歩き方だったよ…」
「え…?あ…んっと…お昼をね…買って帰ろうか…食べて帰ろうか…
お店に入る なら何処に入ろうか色々…迷っちゃって…」
「で…決まったの?」
「え…?あー…ううん…あれもこれも…食べたくて…決まらなくって…」
もの凄く照れた顔を する吉野さん…
「家の人いないの?何か作ってもらえばいいのに…」

「私…一人暮らしだから…」
「え…?そうなの?」

思わず『どうして』って聞き そうになって…止めた…
だって…人にはそれぞれ事情があるんだろうから…

「じゃあ僕作ってあげようか?結構色々作れるから…
リクエスト応えられると 思うんだ。
あ…吉野さんが嫌じゃなければだけど…」


「 美味しいーーーーー!!! 」

吉野さんが僕の料理を食べてそう叫んだ。

「こっちも美味しいーーー!! 」

吉野さんのリクエストはバラエティにとんでいた…
中華に和食…とりあえず要望には応えられた…良かった…

ここは吉野さんの部屋…一人暮らしなのに意外と広く2LDK。
こんな所に一人で住んでるんだ…以外にも僕の家の近く…
ウチの目の前の広い道路を挟んで 殆んど反対側だった…
良く今まで会わなかったよな…

「ご馳走様でした。」
吉野さんが満足そうにニッコリと微笑んでそう言ってくれた。
「どう致しまして。」
僕は空いた食器を流しに運んで洗うと吉野さんがそれを拭いて
片付けてくれる。


「じゃあ…僕これで…」
「ありがとう。椎凪君。」

そう言って…吉野さんが僕の肩を両手で掴む…
ゆっくりと…吉野さんの顔が近づいて…

僕の唇に…吉野さんの唇が…重なった…

「 !!…えっ…? 」

すぐ…吉野さんは僕から離れたけど…


僕は…驚いて…だって…これって…僕にとっては…ファースト・キスで…

慌てふためく僕とは対照的に…吉野さんはキョトンとした顔を僕に向けていた…