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偶然外で吉野さんを見かけて…お昼を作ってあげる事になった…
後片付けも済んで帰ろうとした時…突然…吉野さんに

…キス…された…

「えっ…?えっ…?」
僕は突然の事に慌てまくっている…だって…キスなんて…生まれて初めてで…
「男の人ってこう言うの嬉しいんでしょ?」
吉野さんが 口を開いた…
「 は? 」
「それとも身体の方がいいの?」
そう言って洋服を脱ごうとする。

「ええっっーーー!!」

僕はビックリして 吉野さんが服を脱ぐのを止めた。
「ちょ…ちょっと待って!!それって…何で?
どうしてそうなるの?脱がなくていいからっ!」

更に脱ごうとする吉野さんを 必死で止めた。

「だって…お昼作ってくれたじゃない?お礼しないと…」
「きっ…気持ちはありがたいけど…そこまではいいからさ…
美味しいって言って くれたから充分だよ…僕が勝手にした事なんだし…
それに…キスって…そう言うもんじゃないと思う…」

僕はウチの親を思い出して…そう思った…

「…前の彼がね…言葉だけじゃダメだって…身体で表せって言ってたから…」
「何…その人…」
とんでもない事を言う人だな…
「他に好きな女の人出来て… 別れちゃったけど…
初めての人だから…その人が言う事だから…」

…え?…初めて…の…人?

「男の人はみんなそうした方がいいのかと思ってた…」

別に悪びれたトコは無くて…本当にその人が言った事だから…
信じてただけなのか…本当に焦った…

「あ…今度ウチに夕飯食べにおいでよ。
ウチ お母さんが沢山食べるからオカズも一杯あるし…
僕ん家すぐそこだしさ。お礼なんかいいから…ね?」
途端に吉野さんの顔が輝き出す。
何とも…分かりやすい… はは…
「いいの?」
「うん。だって見た所吉野さん自分一人じゃ満足に料理出来てそうもないし…」
「ありがとう。椎凪君。」
そう言ってニッコリ笑って くれた…

また…僕の胸の奥が…ドキンって…なる…
…そう…なのかな…?僕はまだ…半信半疑…


「 葵くんの彼女? 」

お父さんが 玄関で吉野さんを見るなりそう言った。

「ち…違うよ。同じ部活の人。同級生。」
僕は慌てて説明する。
「こんにちは…」
吉野さんが遠慮がちに 挨拶をする。

あれから数日後…僕から誘ってウチに来てもらった。
だって…帰りかけた僕をジッと見つめてたから…
いつもの如く口に指を当てて…
……『お腹すいた…』って言う心の声が聞えた気がしたから…

そんな吉野さんを見て…
お父さんが何かに気が付いた様な顔をしたのに僕は気が付かなかった。

「ただいま。」
「あ!耀くんが帰って来た。」
お父さんが出迎える…僕は吉野さんに先に説明した。
「あ…あのさ…あんまり気にしないでね…」
「 …? 」
吉野さんがキョトンとした顔をした。
「おかえり耀くん。愛してるよ。」
「ただいま。椎凪オレも愛してるよ。」

いつもの2人のキス… 堂々と僕達の目の前でする…
僕は気にしないけど…やっぱり他所の人は引くよね…
でも吉野さんは動じず…じっとそんな2人を見ていた。

「!…え? 葵の彼女?」
お母さんまで…
「だから…違うってば…」
お父さんに後ろから抱きしめられながらジッと僕達を見つめている
お母さんに僕はまた説明をした…


「 「 うわぁ……  」 」

いつもより種類の多いオカズを見て2人がそう叫んだ…

「 「 おいしーーーーっっ ♪♪ 」 」

一口頬張って また2人が叫ぶ…
…ソックリ…僕は驚いた…お父さんも2人をジッと見つめてる…
そんな視線にお母さんが気が付いて話しかける。

「どうしたの? 2人共…美味しいよ。」

…お母さんってば…全く気が付いてない…天然炸裂…?


「じゃあ送ってくるね。」
「またおいでね。吉野さん。」
「はい…ご馳走…様でした…」
ペコリと頭を下げる…
玄関から出ようとする僕にお父さんが近づいてそっと囁いた。

「出会えたんだね。」

「え?」

「ううん…気を付けてね。」
「…うん…」
「朝帰りでもいいよー ♪♪ 」
「…!!…」
…まったく…お父さんってば…恥ずかしいな…
「いいよ…泊まってく?」

「泊まりませんっ!!」



「あの子…出会った頃の耀くんに似てる…」

オレはソファで耀くんに後ろから抱きつきながら 呟いた…
「オレに?」
コーヒーを飲みながら耀くんが不思議そうにオレの方に振り向く。
「うん…どこか…淋しげで…放っておけない子…」

そう…きっとあの子…心に傷を負ってる…オレが耀くんと初めて会った時みたいに…


「スープなら温めるだけで済むから。朝温めて食べてね。」
「うん…」

送りながら…結局吉野さんの為に明日の朝ご飯の支度をして行く事ににした。

料理を作る僕の後ろを吉野さんが行ったり来たり…
また口に指を当てて…とっても食べたそうに見てる…
あの指は…クセなんだろうな…くすっ…
「はい。味見して。」
「いいの?嬉しいー」
凄く嬉しそう。

「美味しー ♪♪ 」
「本当?良かった。…ん?」
吉野さんがジッと僕を見つめてる…?なんだ?
そして…いきなり…また僕にキスを した…

でも…今度は…僕は驚かなかった……
ああ…そうか…なんか…わかった…
彼女…淋しいんだ…だから僕に甘えてる…
そうだよな…ずっと一人で 暮してるんだもんな…

ただ…甘え方を知らないだけ…

なんだろう…そう思ったら…
彼女の事が…急に愛おしく思えた…
だから僕は吉野さんを ギュッと抱きしめてあげて…
そして…優しく…吉野さんが気の済むまで…キスをした…

僕は…やっと納得した…彼女が…僕の待ってた人だって…


「楓さ…父親が転勤で…お互い一人暮らしってなったらしいんだよね…」
「お母さんは?」
「さあ…いないらしいけど…理由は知らない…あの子話したがらないし…
ただお父さんとは上手くいってなかったみたいだよ…
だから一緒について行かなかったみたいだから…」
「そうなんだ…」
「まあ…椎凪君なら心配しない けどさ…楓…ちょっとボーっとした所あるから…
イラつく子も居る事はたしかなんだ…あたしはそんな天然な所がホッとするって言うか…
癒されるって言うか… だから…ちょっとだけ気を付けてやって…
話はそれだけ。ごめんね呼び止めちゃって…」
そう言って山岸さんは階段を降りて行った…
最近僕が吉野さんと 親しくしてるから…気にしてくれたらしい…


…でも…僕達は付き合ってるのかな…良く分からない…
週に何回か彼女に食事を作ってるけど…ただそれ だけだ…

 彼女はすぐ僕にキスをする…
 でもそれは
 僕の事が好きだからじゃなくて…
 淋しさを僕で 紛らわしてるから…
 それ以上は何も無い…
 でも僕は…
 そんな彼女を放ってはおけない…
 それって僕は彼女の事が
 好きって事なのかな…?
 恋って… もっとお互いの気持ちが
 燃え上がってもの凄く
 ドキドキしたりすると思ってた…


でも…
こんな静かな恋もあるんだな…



「ねえ吉野?あんた椎凪君と付き合ってんの?」
同じクラスの加藤さんと籠瀬さんに突然話しかけられた…

「え?…別に…付き合ってるわけじゃ…」
「でも最近仲いいじゃん?」
「同じ部活だし…家が…近いだけだよ…それだけ…」
「だよねー?あんたみたいな超天然…椎凪君だから相手にしてくれてるだけだ よね?」
「…うん…」
「でもさぁあんま調子に乗んない方がいいよ?椎凪君だって迷惑なんだからさ!」
「あんた天然だから気が付かないかもしれないから 教えといてあげる!」

2人に言われて…自分でも何でなんだろうって…不思議に思い始めた…

「椎凪君…」
学校帰り吉野さんが僕を呼んだ。
「なに?」
「なんで…私に優しくしてくれるの?」
「 えっ? 」
「ご飯も作ってくれるし…私がたくさんキスしても嫌がらないし…
私の事抱こうとも しないし…何で?」

僕を真っ直ぐ見つめて首をかしげる…

「えっ…?そ…それは…」

な…何で急にそんなストレートに質問するんだ? 何かあった…?

「僕が…そうしたいから…吉野さんが美味しいって言ってくれるの僕嬉しいし…
キスされても…嫌じゃないのは…吉野さんがそれで…何かから 癒されるのが分かるから…」
今度は僕が真っ直ぐ吉野さんを見つめた。

「……… ポロッ…」
吉野さんの瞳から…涙が…零れた…

「えっ!?あっ…ごめん…僕何か余計な事言っちゃった?」
慌てて吉野さんの顔を覗き込んで訊ねた。

「ううん…私のここの気持ち…分かってくれたの 椎凪君だけだったから…」

自分の胸を押さえながら吉野さんが話してくれた…

「私のここの気持ち…上手く人に言えないの…だから分かってもらえなくて…
キスするしか…それから逃げられなくて…でも…みんな勘違いして…私の事抱こうとするの…
私それは嫌だから…だから…みんな私にヒドイ事言って私の所から いなくなる…」
吉野さんの瞳から…涙が溢れ出す…
「私…ただ…ホッとしたいだけなのに…」
僕は黙って吉野さんを見つめていた…

「私ね…人殺しなの…」

「え?」
涙を一杯瞳に溜めて…僕を見つめてそう言った…

「お母さん…私を産んで…すぐ死んじゃったの…
私の事産んだりしなければお母さん死ぬ事なんて 無かったのに…
私なんか生まれてこなければ良かったの!
私が死んでお母さんが助かれば良かった…
どうせ私なんてお母さんを犠牲に生きてるんだもん…
お父さんだって…私を見る度に…辛そうにしてる…私なんて…私なんて…」

ギ ュ ッ !!

僕は泣き叫ぶ吉野さんを抱きしめた。

「椎凪…君…?」

「そんな事…言わないでよ…僕…やっと好きな人とめぐり会えたのにさ…
僕の夢はね…お父さんみたいな男になってお母さんみたいな
女の人と結婚する事なんだ…
僕の両親もね…お父さんは親に捨てられて施設で育ったんだ…
お母さんは子供の頃目の前で自分のお母さんが飛び降り自殺をしたんだ…
2人共自分は生まれて来なければ良かったって思ってたけど…
めぐり会って…愛し合って…結婚して…僕が生まれて…
今でもすごく仲がいいんだ…だから 吉野さんもきっと…幸せになれるよ…
僕…毎日吉野さんの為にご飯作るよ…いつも一緒にいる…
だから…これからは…僕の傍にずっといて!僕の…傍に…」

抱きしめた腕を緩めて…吉野さんの顔を見た…吉野さんも僕を見てる…

「 はっ!!…あっ!!僕…ごめ…一方的に…その…あの…」
いきなり現実に引き戻された!!
「椎凪…君…?」
「本当…ごめんねっ…!!」

僕は何だか急に恥ずかしくなって…もの凄い勢いでその場から走り去った!!
吉野さんが…呆然と立ち尽くしてるのに…


でも…その時の僕は…頭の中が真っ白になってて…
何も考えられなかったんだ…


「……椎凪君…」