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「あれ?」

スイッチを入れても洗濯機がウンともスンとも言わなかった…



「まったく…いきなり故障すんなよな…」
オレはコインランドリーの洗濯機にお金を入れながらブツブツと文句を言う。
昨日まで何処も調子が悪くなかったのに…今朝使おうとしたら動かなかった…
仕方なく近くのコインランドリーにやって来たと言うわけで…

せっかくの休み…耀くんは大学に行ってるけど…
何だよ…耀くんが帰って来るまでに久しぶりにケーキでも
焼こうと思ってたのになぁ……
結構乾燥まですると時間かかるんだよな…
それにあれじゃ修理か?あー…予定が…

平日の真昼間…まだお昼には程遠い時間で店の中には
オレ以外誰もいない………

「暇だな…」
タバコを吹かしながら呟いた。
だからって洗濯物置いて出るわけにもいかず…
耀くんにメールでもして時間潰すか…
って講義中だと耀くんオレの相手してくれないんだよなぁ…
更にオレの呟きは止まらなかった…

「あ!一唏!!」

暇してないかなぁ………って送ったメールの返事は…

『 授業中!! 』

だった…
そうだよな…学生だもんな……オレは追い討ちを掛けられ更に凹んだ。

「やだぁ〜それホント?」

甘ったるい女の声と一緒に入口の自動ドアが開いた。
オミズ風の女と客らしき男のカップル…早々に店の中でイチャイチャベタベタし始めた。
オレは他人のそんなのは気にもならないし気にも留めないけど
なんせそんな広くない店の中だ…イヤでも視界に入るし声も聞える。
そんなオレに気付いたのか女がチラチラとオレを気にし始めた。
オレに見せつけるか様に2人の親密度が増す。

ああーそうですか…勝手にやってくれ…まったく暇つぶしにもなりゃしない…
オレだって耀くんがこの場にいればこんな店の中でもあっという間に薔薇色だ!
こいつら2人に負けないくらいのアツアツ振りをお披露目してやるっ!!
そんな事を思いつつ携帯に撮った耀くんの写真を見始めた。
今のオレにはそんな事くらいしかする事が無い…何とも情けないが…

「あ!堂本君!!」

今日は仕事してるはず…先輩命令で暇つぶしの相手をさせてやる。
オレの命令は堂本君にとっては絶対だ。
案の定何だかんだと言いながら来ると言う事になった。
当然だろう!普段どんだけオレに迷惑掛けてると思ってる!!
そのままお昼まで付き合わせてやる!

やっと時間つぶしの当てが出来てオレは何気に顔がニッコリ。
こんな時だと堂本君でもウキウキ待てる待ち人になれるんだと思わず感心!

ふと気付くとあの2人が何やらもめだしてた。
なんだ?この短時間で何があった??まあオレには関係無いからシカトシカト!

「ふざけんじゃないよっ!!客はあんた1人じゃ無いんだからねっ!!」

そう啖呵を切った女が勝ったらしい…相手の男はブツブツと文句を言いつつも
店の中から出て行った。
静かな店の中に小さな音でクラシックのBGMが流れてる…
流れてたんだ…今更気が付いた。

「あんた暇そうね?」

目が合った途端そんな事を言いながらオレに近づいて来た。
「ここに入った時から気になってたのよねぇ…だからアイツ追い返しちゃった ♪♪ 」
「は?」
どうやらさっきの揉め事の原因はオレだったらしい…
「あたしの事チラチラ見てたでしょう?ふふ…」

この女にはオレは1人で暇してる気ままな独身男に見えたらしい…
確かに暇だけど…
別にあんたに相手をして欲しいなんてこれっぽっちも思ってないけど?
チラチラ見てたのはそっちの方だろ?

「いや…見てないけど?」
素直に真実を話してやった…一応気を使って余計な事は言わずに。
「いいのよ…時間はあるんだもの…ね?仲良くしましょうよ。」
「……………」

昔なら…何にも気にせずきっとこのままホテルに行ってただろうな…昔なら…ね…

「間に合ってるんで…それにもうすぐ待ち合わせの相手来るし。ごめんね。」
謝る義理は無いが付け足した。
いいからアッチに行ってくれ。
香水の匂いもキツイしオレに絡ませる腕も馴れ馴れしいし…暑苦しい…

「あら…そうなの?じゃあその人が来るまで相手してあげる。」

間に合ってるって言ったのに…それはシカトか?

「いや…だからオレに構わないで欲しいんだけど…日本語わかるよな?」
「…はぁ?」

女が納得いかないって顔をした。
オレはしつこい女は大嫌いだ!それは昔から変わらない。
慎二君が言うにはオレもかなりしつこい男だって言うんだけど…
でもそれは耀くん限定だし!!

「聞えなかっ…」

「ちょっと椎凪!!」

言い掛けた時いつもの聞き慣れた声が響いた。
「え?ルイさん?」
紛れもない…アレはルイさんだ…そうだ…忘れてた…
オレがいないって事は…堂本君はルイさんと一緒だった…ドジッた…
真っ直ぐオレを見据えて歩いて来る…まさに 『 ズンズン 』 と言う
効果音が似合いそうな勢いだ。

「ちょっと!!なんなの?この女?」

オレに腕を絡ませてる女を見下ろしての一言。

「あんたこそ何よ!いきなり失礼ねっ!!この人の女?」

「恐ろしい事言うなっ!!何だよ?ちょっと堂本君っ!!これどう言う事!!」
ルイさんの後ろからオズオズと入って来る堂本君を見つけて叫んだ。
「すいません…ルイさんにバレちゃって…一緒に来るって聞かなくて…」
「……そんな事だろうと思ったけどね…ったく!
こっそり来る事も出来ないの?このドジっ!!」
「…ううっ…すいませ〜〜〜ん……」
もう半泣き状態だ。

「で?何?この女と浮気でもするつもり?」
「する訳無いだろっ!!今お帰り願ってたトコ。」
「ですってよ!早く離れなさいよっ!!この男に用があんだからっ!」
そう言って無理矢理女の絡んでた腕を剥ぎ取り出した。
「ちょっ…!!何すんのよっ!!痛いじゃないっ!!何なの?あんた?」
「さっさと椎凪から離れないと公務執行妨害で逮捕するわよっ!!」
いきなり警察手帳を女の前にかざす。
オイオイ…簡単に素性バラすんじゃない……
「何?あんた犯罪者??」
「…はぁ?何でそうなる??」
どんな思考回路してんだ?この女…??

「ほら!仕事よ椎凪!」

「はぁ?仕事って何だよ?オレ今日休み…ってオイっ!!人の話聞けっ!!」

ルイさんがそんなオレの話を無視してオレの腕を引っ張って立たせる。

「連続強盗犯の居場所がわかったのよ。今内藤さんと深田が行ってるから。
応援に行くの!ほらっ!!早くしなさいよっ!!」
「だから何でオレ?見てわかんねーの?休暇中で洗濯中なんだよっ!
堂本君がいるだろ?ほらっ!!堂本君仕事だってさ!!」

ったく…ボケッとしてんじゃねーよっ!!

「ああ…あんたはここで椎凪と交代!しっかり洗濯物の見張りしてなさいよ!
これも重要な仕事なんだからっ!!」
「ええ〜〜!!」
生意気にも不満があるらしい。
「はぁ?ちょっ…ルイさん何勝手な事…」
「いいの?椎凪?浮気しそうになったって耀君にバラすわよ!」
「はぁ??何浮気って??オレしてないしっ!それに耀くんだってそんな話信じるわけ…」
「フッフ〜〜〜ン ♪♪ コレ見てもそう信じてもらえるかしら?」
「?…!! ああーーっ!!いつの間に??」

いつ撮ったんだか…さっきあの女に腕を絡まれて…
見方によっては仲良さ気なツーショット写真がしっかりとルイさんの携帯に写ってる!!

「……ちょっと…ルイさん…」
「このまま耀君にメール送信してもいいのよ?」
「ふざけんなっ!!余計な事すんじゃねーっっ!!」
「はい!じゃあ決まりね。堂本じゃ頼りなくってさぁ…心もとなかったのよねぇ。
良かった。椎凪に会えてっ!!」
「オレは最悪だよ…なんで…こんな…折角の休みが…」
「ほら!さっさと仕事片付けるわよ!あんたが本気出せばあっという間にカタつくって!」
オレは引きずられる様にルイさんに促されるまま出口に向かう…

「ちょっと堂本君っ!!乾いたらそのままそのバッグに入れといていいからっ!!
いい?畳もうなんてしなくていいからっ!!乾燥機から取り出す以外にその服に
触れたら…………殺すっっ!!わかったかっっ?返事っ!!」

「……はっ…はいっっ!!わかりましたっ!!余計な事しませんっ!!」

「ふんっ!!」
直立不動で返事をする…当たり前だ!そのくらい出来んだろっっ!!
耀くんの下着堂本君に触らせるわけにはいかないからな!!!ったく…

「 ………はぁ〜〜〜……」

オレは大きな溜息を吐いて項垂れた。

「あれ?椎凪君今日休みだろ?どうしたの?休日出勤?」
「仕事熱心ですね…尊敬しちゃいます。」
内藤さんと深田さんが感心した様にオレを見てそう言った。
「んなわけあるわきゃないでしょ?ルイさんに捕まったんです…」
「あれ?そう言えば堂本君は?」
内藤さんがルイさんに向かって尋ねる。
「あ!椎凪の代わりに置いて来ました。椎凪の方が役に立つし。」
「え?そうなの?…ま…いいか。それも事実だし。今回ちょっとヤバイからさ…」
「え?そうなんですか?」
内藤さんがそんな事言うなんて珍しい。
「暴力団関係者らしくてさ。逃げ込んでる所その関連の店でちょっと荒っぽくなりそうだし…」
「じゃあ手加減無しって事で。」
オレは念を押す。
「それでOK!あ!オレも気をつけるけど深田と逆帋は無理すんなよ。」
「ルイさんは平気でしょ?」
「ちょっと椎凪!あんた後で覚えてなさいよっ!」
「だってホントの事だろ?」
「深田は新城君がいるって事…忘れないでよ。椎凪君。何かあったら君の責任ね。」
「ええ〜〜〜っ!!何で?何でですか??それおかしいでしょ??」
「いやぁ…君が一緒に居たって知ったら…なんか絶対俺よりも君の責任になりそうな気がして…」

「…………!!!………」

ありえるぅぅぅぅぅーーーーーーーっっ!!!!

「深田さんっ!!絶対無理しないでねっ!!ルイさん死んでも深田さん守ってっ!!!
じゃないとオレが祐輔に殺されるからっ!!!」

「その前にあたしがあんたを殺してやるわよっ!!このバカ椎凪っ!!!」

「あっ…あっ…止めて下さいっ!!大丈夫ですからっ!!
もう内藤さん!変な事言わないで下さいっ!!」

道路で刑事4人…事件とは全く関係無い事で揉めてた。



「はぁ〜〜何だかドッと疲れた休日だよ…」

最初は暇つぶしに堂本君を呼んだだけなのに…
なんで休みの日に仕事なんてしなきゃならないんだか…

「すみません……」
「ホント!ドジなんだから堂本君は!」

ここはコインランドリーからちょっと離れたファミレス。
遅いお昼を皆で取ってる。
心配してた逮捕劇も考えてみたら腕に自信のある刑事4人が掛かれば
そうそう心配してた事にはならないと終わった後で納得した。

『 そう思ってた方が緊張感あっただろ?たまにはこう言うのもいいもんでしょ?椎凪君。 』

って…内藤さんがニッコリ笑ってオレに言った…
冗談にしては笑えないですって………リアル過ぎ…

「…あ!そうだルイさん。さっきの写真ちゃんと消去しといてよ!
今やって!オレの目の前でっ!!」

「はぁ?何よ肝っ玉の小さい男ねぇ〜〜〜んーほらチャンと消し…」
オレの目の前でボタンをポチッと押して…よっしゃっ!!消去…って…

「ちょっとっ!!ルイさんっっ!!『送信されました。』って出てるけど???
何?どう言う事???それってもしかして送られたんじゃないだろーなっ!!!」

「ごっめ〜〜〜〜ん。椎凪!そうみたい。テヘ ♪♪ 」

「テヘッ…じゃねーーーっっ!!中止しろっ!送信中止だよっ!チンタラやってんなっ!!」

ワザとらしくボーーーっと携帯を眺めてる。
「諦めた方がいいんじゃない?椎凪君。」
悟った様な内藤さんの声がオレの耳に響いた。

「 わぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!どうしてくれんだよぉーーーっ!!
昔から…いっつもいっつも……
どんだけオレを引っ掻き回せば気が済むんだっ!!この疫病神女っ!!」

「なんですってぇ〜〜もとはと言えばあんたがデレッとしてるからこんな写真撮られんでしょ?
自業自得じゃないっ!!」

「ふざけんなっ!!どう見たってルイさんのせいだろっ!!ちゃんと耀くんに説明しろよなっ!!
誤解解くまで絶対許さねーからなっ!!これから付き合えよっ!」
「やあよ。今日は交通課の子達と合コンすんだもん。そんな事してたら間に合わないじゃない。」
「…はぁ???そんなの後回しだよっ!!オレの方が重要で命に係わる大事な事なんだからなっ!」
「大袈裟ぁ……ちょっと引くわよ…それ!」

とんでもなく呆れた顔された……この女ぁ………

「……この…」

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

「あんたの携帯じゃない?耀君からじゃないの?」
「何他人事みたいに……」

携帯を見ると確かにメール受信の文字…ん?
「え?何で?慎二君からだ…??」
何でこのタイミングで??
オレは不思議に思ってメールを開けた。

『 この写真はどう言う事なんですか?じっくりお話伺いたいですね! 』

「ええええ〜〜〜!!何で?何で慎二君から??」

オレは1人ファミレスの店の中から異世界に放り出されたみたいだった……
ボスキャラ倒さない限り戻って来れない……
ボスキャラって…慎二君??手強すぎ?


「頑張ってね…椎凪君。橘君の追求…手厳しそうだし…」
内藤さんがホントにしみじみと言ってくれた…ありがとうございます…

「一緒に行きましょうか?私じゃ説得力無いかもしれませんけど…」
深田さん…ありがとう…でもその場にいなかったから…無理かも…

「……大丈夫ですか?椎凪さん…オレ行った方がいいなら行きましょうか?」
堂本君に心配されるなんて…オレも落ちたもんだよ…クスン…

「まぁ頑張んなさいよ!明日ゆっくり話し聞くからさ。」

明日じゃ遅いんだよっ!!!この女…ホントに説明に来ないつもりだな…



ほんの暇つぶしの1本の電話が…こんな事になるなんて…
こんな事なら1人で大人しく洗濯が終わるまで待ってれば良かった…

なんて後から後悔しても…後悔しきれない最悪な状況をどうやって乗り切ろうか…

合コンなんて失敗すればいい!!


そんな怨念にも似た眼差しをルイさんに向けながらオレは心からそう願った。

当の本人はそんな視線にまったく気付かず…
美味しそうにデザートのストロベリーパフェを頬張っていた。