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* 右京の所から戻って来た後のお話です。 *
今…オレの目の前に『もう一人の椎凪』がいる…
椎凪の他に別の椎凪がいるわけじゃない…同じ椎凪の…本当の椎凪…
オレはこの椎凪にはあまり会った事が無い…
大分前に 『 もう一人の椎凪 』 の事を知ったのに…
「え?ここで?」
バルコニーの手摺りを背に両腕を乗せながら目の前にいる椎凪に聞いた。
椎凪に追い詰められてる状態だ。
今はもう午前零時を廻って辺りは車の音が時折聞こえる位でとても静かだ…
「そう此処でしたい。」
椎凪が静かにゆっくりと笑う…
今の椎凪は 『 あっち 』 の椎凪でその笑顔はいつもの椎凪の笑顔なのに
まるっきり違くてオレは何も言えなくなる…
此処でしたいって…オレを抱きたいって椎凪は言う…外のバルコニーで…
「で…でも…」
オレは慌てた…だって廻りが気になるし声だって聞こえちゃうもん…
確かに正面には何も建物は無いけどでも…スリルが在りすぎる。
「 オレの言う事聞けないの? 」
尻込みしているオレに椎凪が無表情の顔でオレ見つめてそう言った…
『 オレの言う事聞けないの 』
いつもの椎凪なら絶対言わない言葉。
オレは返事も返さず椎凪を見つめてしまった。
暗くて冷たい瞳…椎凪…オレを試してるの?椎凪は今の椎凪は好きじゃないって言った…
オレに嫌われるからって…だからそんな椎凪でもオレが受け入れるか試してるの?
「いいよ…此処でしよう…椎凪…此処でオレを抱いて…お願い……」
そう言って椎凪に抱きついた。
「いいよ…抱いてあげる…」
「……うっ……」
椎凪が乱暴にオレを押し上げる…
片脚を抱え上げられてもう片方は爪先が着いたり離れたり…
ほとんど手摺りにしがみついてる両腕が支えてるに等しい。
「…ハッ…ハッ…ンクッ…」
感じても声を出せなくてオレは必死に堪えてた。
「…ふぁ…うっ…」
『 こっちの椎凪 』 は加減をしてくれない…
強引で乱暴でオレの奥へ奥へとどんどん攻めてくる。
「………」
ギュと唇を噛み締めた…もう…ダメ…これ以上は…どうしよう…声が出ちゃう!
「オレ以外に聞かせたら駄目だよ。」
そう言ってる間もオレを攻めながら…椎凪が口元だけで笑ってオレを見てる…
その瞳は笑って無い…
「……あっ…」
オレは両手で自分の口をギュと押さえて声を堪えた。
支えを失って余計に椎凪が奥に入ってくる…
「…うっ…ンン………ハ…ア…!!」
突然椎凪がオレから離れたと思ったら身体がフワリと浮いた。
オレを抱き抱えてリビングに入る…そのままソファに放り出された。
「あっ!」
落とされた勢いで身体が跳ねて裸のままちょっと恥ずかしい格好になった…
そんなオレを椎凪が黙ったまま見下ろしてる…
「椎凪…?」
「やっぱり耀くんの声聞けないのはつまらないから止めた。
ここでならいつもみたいに愛し合えるだろ?何にも遠慮する事は無い…何にも…ね…フフ…」
椎凪が何で笑ったのかオレは分からなかった…だけど…その意味は直ぐ理解した…
「ああっ!!うっ…い…た…ン…」
椎凪が凄く乱暴に激しくオレを攻める…
乱暴に押し上げてオレの身体を強引に引き戻す…
仰向けにされた身体も肩を押さえられて引き戻される…
掴まれた肩に椎凪の指が強く喰い込んで痛い。
「あっ…あっ…ンア………」
今は後ろから攻められてオレはどうにかなりそうでギュと目を瞑って
ソファの背もたれにしがみ付いて耐えた…強く瞑った瞼から涙が零れた…
乱暴で強引に抱かれた身体はいつの間にか力が入らなくて…
オレは椎凪が押し上げる度に糸の切れた人形みたいに力無く揺れてた…
椎凪… 『 もう一人の椎凪 』 はまだ癒されてないの?
まだ一人なの?これで…癒される?オレの愛で足りる?椎凪…
「 !? 」
力を振り絞って椎凪の頬にそっと手を伸ばした。
椎凪はあの瞳でじっと見つめてる…
「オレの事…好き?」
振るえる声でそう聞いた…
「…ああ…好きだよ…」
声はいつもと変わらないのに…なんでこんなに重く響く声なんだろう…
「オレも好きだよ…椎凪…だから不安にならなくていいんだよ…
オレは何処にも行かないから…ずっと椎凪の傍にいるから…」
フッと椎凪の瞳の奥が動いた。
「この…オレでも?」
「今の椎凪でも…好きだよ。」
両手を伸ばして椎凪を抱き寄せた。
「好きだよ…椎凪…」
「…うん……」
「愛してるよ…椎凪…」
「…うん……」
「まだ不安?」
「…うん…まだこのオレは耀くんが足りない…
もっともっと…耀くんが欲しい…もっともっと耀くんの愛が欲しい…」
今にも泣きそうな椎凪の声…
「椎凪…」
「重い?オレの愛は重い?」
「そんな事無いよ…椎凪…そのためにオレはいるんだろ?
椎凪はオレのためにオレは椎凪のために…ね?」
椎凪の瞳をじっと見つめた…瞳の奥が淡く淡く解けていく…
「耀の様子が変?」
「どんな風にですか?」
ここは『 TAKERU 』 のビルの隣の喫茶店 『 アフタヌーン 』 のボックス席。
椎凪が真剣な面持ちで…なおかつ青ざめた顔で座ってる。
「いや…ホント見た目はいつもと変わらないんだけど…
なんか心此処に非ずみたいな感じでさ…
最近上の空みたいな感じが多い様な気がするんだよね…」
「なら耀君に直接聞いてみたらいいじゃないですか?」
「聞いたよ!でも何でも無いって…大学でどう?祐輔…」
「別に…いつもと変わんねーけど?」
タバコを吸いながら祐輔も変わらない顔だ。
「なら椎凪さんの気にし過ぎなんじゃないんですか?
女の子として生活も始まって耀君にも椎凪さんにも言えない事があるかも
しれないじゃないですか?」
「ええーーオレに言え無い事があんの?ちょっとショック!!」
「あのですね…何でもかんでも相手の事を知りたいなんて…迷惑ですよ。
自分だけの胸にしまっておきたい事だってあるでしょ?」
「オレは耀くんに話せ無い事なんて無い。」
「自分に都合の悪い事以外は!…でしょ?怪しいんですから…椎凪さんは。」
「あ!何その疑いと呆れた眼差しはっ!!オレ浮気なんてしてないからね!」
「誰もそんな事言ってませんって…僕達から聞いてみてもいいですけど…
多分答えは同じだと思いますよ。」
「右京に聞いてみりゃいいじゃねーか。まだ頻繁に通ってんだろ?
記憶が正常に戻ってるか確かめるって名目で。」
「……嫌なこと思い出させないでよ……」
耀くんは女の子に戻してもらってから右京君を父親の様に慕ってる…
だから右京君に呼ばれるとオレが何を言っても右京君の所に行っちゃうんだ…
まだ不安定な所も残ってるって右京君が言うもんだから最近頻繁に耀くんは
右京君の所に行く様になった…
オレはそれも不満要素の一因になってる事は確かで……
「聞けないよ…きっと何聞いたって知らないって言われるのがオチで…
下手すりゃ耀くんの事わかってないのかって…だったら別れろとか言われるに決まってる…」
「耀君の事だから浮気は無いと思いますけどね…」
「オレだってそう思ってるよ。」
「ホントですか?自信がないからこうやって僕達に相談してるんじゃないんですか?」
「………!!…」
図星…とまではいかないが…ドキリとした。
確かに耀くんが浮気してるなんて思ってはいないけど…オレは不安な事がある…
耀くんが本当は 『 オレ 』 を受け入れてくれてないんじゃないかって…
オレの中にはもう1人の 『 オレ 』 がいる。
他人に気を使えない…暗くて冷めてて…ひねくれてるオレ…本当のオレ…
いつもはその存在がバレない様に軽い自分を演じてる…
上手いもんで早々人にバレた事はなかった。
本当なら一生耀くんにも隠しておきたかったくらいなのに…
記憶喪失になったせいで自分の気持ちとは裏腹に耀くんに知られる事になって……
耀くんはそんなオレでも好きだと言ってくれた…愛してるって……
なのにオレはそんな耀くんに甘えて…時々辛くあたる時があって……
ついこの間も 『 オレ 』 で意地悪く攻めたばっかだったから……
だから最近の耀くんの様子に敏感だったのは確かだったんだ………