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       * 右京の所から戻って来た後のお話です。 *




あれから数日が過ぎた…
結局耀くんは相変わらずでオレを避けてるわけでも無く怒っているわけでもなく…
本当にいつもの耀くんなのに何故かオレには耀くんが何か隠してる様に思えて…
仕方なかった…

「 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 」

携帯が鳴って…見れば耀くんからだ。
オレは今耀くんの大学に向かってる真っ最中でだから電話くれたのかな?

「もしもし耀くん ♪ もうすぐ着くよ ♪ 」

『 僕だよ。 』

「 ! ! ! 」

うげっ!右京君!?何で…?
オレは思わず一度耳に当てた携帯を耳から外してマジマジと見つめてしまった。

『耀は僕が迎えに行ったから君は来なくていい。』
「は?」
『帰りはちゃんと僕が責任を持って送って行くから心配するな。』
「はあ?」
『ブチッ!!』
「なっ…!!!」
一方的に話されて切られた!!
「…………」

くっ…こっ…この俺様野郎…いつも…いつも…
あと数メートルたらずで大学の正門だったんだぞ………


「あの…椎凪怒ってませんでした?」

右京さんの家の車の中…

「大丈夫。快く承諾してくれたよ。」
右京さんがニッコリとそう言ったからオレは安心してた。
「もう大分上達したかい?」
「いえ…オレ壊滅的な料理オンチだから…高林さんもきっと呆れてるんじゃないかな…」

高林さんは右京さんの屋敷で料理を作ってる人でデザート系がかなりの腕前の人。
オレはちょっと前から右京さんにお願いしてケーキの作り方を教えてもらってるんだ。

「椎凪君が羨ましいね。耀の初めて作るケーキを一人占め出来るんだから」
またニッコリと笑ってくれた。
「そんな…」


もうすぐ椎凪とオレが付き合い始めた日が来る…


だからオレは記念日に2人で生まれて初めてオレが作ったケーキを食べようと
密に作り方を教えてもらってるわけで…当日は1人で作れる様にならなきゃいけないから。
インスタントラーメンですら満足に作れないオレにはケーキなんて無謀すぎるけど
女の子として初めて迎える椎凪との付き合い始めた日だから…頑張ろうと決めた。
でも…案の定なかなか上達出来ず…日にちは刻々と迫ってくる。
このままじゃどう見ても間に合わないと判断…椎凪には申し訳なかったけど
急きょ練習しようと思って右京さんに頼んじゃったんだ……

怒ってないかな…椎凪…
でも…椎凪には内緒だから…びっくりさせたいと思って…



「そんなに右京君がいいのかな!」

オレは超不機嫌で文句を言った。
ここは 『 TAKERU 』 のオフィス…
右京君からの電話の後オレは怒りが収まらず
慎二君の所に押し掛けてブウたれてると言う訳だ。

「何でしょうね…何か不安定な部分でもあるんですかね…?」
「さあ…オレが見た感じじゃ耀くんに変わった所は無いけどね。」
「……じゃあ心配する事無いんじゃないんですか?
本当にただ右京さんに会いたかっただけなんじゃないですかね?」
「こんな頻繁に?!しかもオレが迎えに行くって約束してたのに?」
「…………椎凪さん…」
「なに?」
「だからって今夜耀くんを責めたりしたらダメですよ。」
「…!!……わかってるよ!」
「本当ですか?ならいいんですけど…」
「…………」

その時は……そう思ってたよ…


「椎凪ただいま。ごめんね…今日は…約束してたのに…」

耀くんは夕飯ギリギリに帰って来た。
「おかえり…別に…気にしてないから…」
本当は思いっきり気にしてた…
だからおかえりのキスは耀くんをぎゅっと抱きしめてして
ちょっと強引なキスをした。

「……ふぁ…ン……しい…な…ん…」

「 !? 」

ほんのり…耀くんから甘い匂いが漂ってくる…この匂いは…バニラエッセンス?

「耀くん…右京君の所で何してるの?」
「え?」
「だって…なんか甘い匂いがする……」
「え?そう?」
「!!………何隠してるの?耀くん!」
オレは真剣に問い質した。
「何も隠してないよ?どうしたの椎凪?」

その顔は本当に何も知らない顔で…ウソをついているとは思えない素振りだ…

「オレお腹空いちゃった……ご飯食べたい。」
「……………」
「椎凪?」
「……うん…今支度するよ…」
「うん。オレ手伝う。」
「…………そう…じゃあ一緒に作ろうか……」
「うん。」


    耀くん……オレを………不安にさせないで………




耀くんは変わらない…オレが求めればちゃんと応えてくれる…
どんなに激しく乱暴に抱いても嫌がることもなく……
いつもと同じ様に感じて乱れて……オレの思うように抱かせてくれる…

      なのに…この不安はなに?


そんな気持ちのまま…
オレ達の…大切な日がやって来た…


オレと耀くんが付き合いだした日…そして初めて2人が愛し合った日…


「耀くん…今日どうする?オレ仕事から帰ったらケーキ焼くからさ。
何のケーキがいい?チョコ?生クリーム?それともチーズ?フルーツでもいいよ。」

「えっ!?…あ…今年はオレが用意するから大丈夫だよ……」

「え?」
今…耀くんなんて言った?
「何?オレのケーキじゃイヤなの?」
「ちっ…違うよ!美味しいケーキ屋さん見つけてさ…椎凪にも食べて欲しくて…
だからオレが大学の帰りそこで買って来るから。」
何で?今までそんな事無かったじゃん……
「………それって何処の何て言うお店?」
「え?……あ…えっと…右京さんの所に…来てる…お店で…その…」

どう見ても…怪しい態度だ…

「また右京君?わっかたもういいよ!!」

オレは言いながらイスから立ち上がった。

「え…?椎凪…」
耀くんがビックリして…慌ててオレを視線で追いかける。
「じゃあ今日は耀くんに任せる!!」
「…椎凪…」

オレはワザと目を合わさなかった…だって…今のオレの瞳は……

「今日は早く行く…帰る時メールするから。」
「椎凪!!」

耀くんが…オレの名前を呼んだけど…オレは…
行ってきますのキスもしないでさっさと玄関から出て行った。


「………椎凪…なんで……」


その日の気分は最悪…
自分の態度に腹が立ち…耀くんの何かオレに隠し事をしてる様な態度が気入らなくて…
右京君の影がチラつくのも腹が立って……でも…

「あーーーっっ!!クソッ!!オレって最低っっ!!!」

一番悪いのは…きっとオレなんだ…耀くんはいつもと変わらないのに…

重い気分で耀くんにメールした…あと数分で家に着く…

「あれ?」

待てど暮らせど耀くんからの返事が来ない…もう帰ってても良いはずなのに…

「うそ……」

オレは今更ながら朝の…いや…ここ数日の態度を思い返して青ざめた。

「耀くん!?」
慌ててリビングに駆け込んで耀くんの名前を呼んだけど返事はない…
だよな…靴だって無かったんだから居るわけが無い…
リビングの部屋の中は朝のまま…耀くんが帰って来た痕跡は無い…

「え〜〜〜…マジ!?」

オレは心臓がバクバク…ドキドキ……
冷や汗まで出てきてあっという間に両手から温度が消えた。

「ヤバイ……マジヤバイっ!!!はっ!携帯!!電話!電話っ!!!」

ドキドキしながら携帯に耳を当てると電源が入っていませんのアナウンスだっ!!!

「ぎゃああああああ〜〜〜!!!どっ…どうしようっ!!!」
もうオレはパニックっ!!


もしかして……オレ…オレ…捨てられたぁあああああーーーーっっ??!!


ガックリとその場に跪いた……目の前が…真っ暗だ………

「耀く〜〜ん…何処にいるの??」

オレはフラつきながら携帯に手を伸ばす……そうだ祐輔…祐輔に聞いてみよう…
あと慎二君に……最悪右京君にだって頭を下げる!!!
何とも情けない…こんなに後悔するなら最初っから強気な態度なんてとらなきゃいいのに……
って今更自分の浅はかさを後悔した。

「……う〜〜…オレ達の…大事な…記念日が……」

「椎凪?」
「へ…?」
「どうしたの?」
「………よ…耀くんっ!!」

目の前に…今オレに一番必要な耀くんが…
ケーキの箱を両手で自分の胸の前に抱えて立っていた。

「何でメールの返事くれないの?電源も切ってて連絡付かないし…」
「あ…ごめん電源切ってたの忘れてた。ちょっと色々あって…」
「でも良かった…ホントに良かったよぉ〜〜……」
「??…ホントどうしたの?変な椎凪?」
「あのさ…耀くん……」

「はい。椎凪!いつもありがとう。」

そう言って持ってたケーキの箱を耀くんがオレに差し出した。

「 え? 」

「今回の記念日は…オレにとって特別な意味があったんだ…
だから…オレから椎凪へのプレゼント。」

「え?これ?もしかして…」
「うん。オレが作ったの。」
そう言ってニッコリ笑った。
「耀くんが…作ったの?」
「うん。右京さんの所のシェフに何度も教えてもらって…でもオレ料理作るの下手だから…
全然上手く出来なくて…でもちゃんと自分1人で作ったんだよ…」
「何度もって…だから最近ずっと右京君の所に?」
「うん。椎凪にはなんか嫌な思いさせちゃったみたいだけど…
でもオレ絶対1人でケーキ作ろうって決めてたから…ごめんね椎凪。」
そっか…慎二君が耀くんに聞いたんだ…きっと…
「ううん…そんな事無い…オレの方こそごめんね…何にも知らなくて…
耀くんに辛く当たって…今朝もヒドイ事してごめんね…」
オレは心底本心で謝った…両手にケーキの箱を持ったまま。
「開けてみて…椎凪…」
「うん。」

ダイニングテーブルの上でそっと上蓋を持ち上げた…
「わぁ…苺ケーキだ…」
「へへ…オレ難しいの出来ないからシンプルに生クリームに苺。
あ…ちゃんと間にも苺入ってるよ。」
「美味しそう…」
「椎凪みたいには出来ないけど…これで我慢して…」
「そんな事無いよ…嬉しい…ありがとう耀くん。」

見た目は確かに生クリームが均等になっていない所があったり
搾ったクリームの形が歪だったりしてるけど…
そんな事気にならないほどオレは嬉しかった!!

「本当ありがとう…耀くん…すごい素敵なプレゼントだよ。」
「え?やだ…そんなに褒めないでよ…」
もの凄い耀くんがテレてる…その仕草が何とも可愛い。

「耀くん…」

「椎凪…」

「これからもずっと一緒にいようね…ずっと…」
「うん…これからも…ずっと一緒にいてね…椎凪…」

オレ達はお互いに相手が愛おしくって…相手を求めるキスをずっと繰り返してた…


「ごめんね…これに時間かかちゃって他の準備出来なくて…」
「いいよ。後でオレが何か作るから ♪ ♪ 」
「じゃあ食べて食べて ♪ ♪ 」
1人分に切り出したケーキを目の前に耀くんが子供みたいにはしゃぐ。
ちゃんと中も2段になってて生クリームと苺が挟まってる。
「大変だったでしょ?生まれて初めて作ったんだもんね。」
「大変だったけど椎凪が喜んでくれると思ったら全然苦じゃ無かったよ。
右京さんがねオレが生まれて初めて作ったケーキを独り占めして
食べれるなんて椎凪が羨ましいって言ってたよ。ふふ ♪ ♪ 」
「え?……ははっ!彼氏だもん当然でしょ!!」

現金なもんでオレは何だか上機嫌!!勝った気がした。

「でも良くオレにバレなかったね?オレが聞いたのに全然知らないで通してたでしょ?」
「オレにも良くわからないんだけど右京さんに絶対椎凪に内緒にしたいって言ったら
いつも帰り間際に 『この事は椎凪君には絶対内緒にするんだよ。』 って言われると
椎凪にどう聞かれても平気だったんだ…不思議でしょ?」
「……ふーーーん……」
って右京君め…耀くんに暗示かけたな…
相変わらず人間離れした男だ…流石 『邪眼』 の持ち主っ!!


「では!いただきますっ!!」

「はい!どーぞっ ♪ ♪ 」

 パ ク ッ ! ! 

「 ………!!!!!!」 

…… ぐ は っ っ っ !!!!

オレは必死に声には出さずに叫び声を上げたっ!!

「…………………」

なに?…なんで?一体どうして?どうやったらこんな味が………
一口頬張った耀くん初の手作りケーキは…口の中で噛んだ途端
独特なハーモニーを醸し出してくれた!!

お約束の砂糖と塩の間違いはなかったがこの感じ…
スポンジに砂糖が入ってない?!生クリームも甘くない!!
もしかしてスポンジにも生クリームにも砂糖が入って無いのか?
それにスポンジが異常に固いっっ!!
きっと全ての分量間違えてるっっ…その代わりバニラエッセンスがキツイ!!
一体どんな風に耀くんに教えたんだよ…草g家のシェフっっ!!

この間…時間にして1秒足らず。

「どう?美味しい?椎凪?」
耀くんがニコニコ嬉しそうに微笑んでオレを覗き込む。
「…うっ…グッ…ゴックン!う…ん…美味しいよ…」
どうにか飲み込んで引き攣らずに言えた。

「ホント?椎凪甘いのあんまり好きじゃないでしよ?だから教えてもらった時は
砂糖使ったんだけど今日自分だけで作った時は砂糖入れなかったの ♪ ♪ 
隠し味に塩もちょっと入れてみました! 」

「へぇ………」

って原因は耀くんかっっ!!
すごい満足気な顔…隠し味に塩って…
やっぱ入れてたのか?耀くんのちょっとって…どんくらい??

「でも甘い雰囲気は出そうと思ってバニラエッセンスを多めに入れてみましたぁ ♪ ♪ 」

うわぁ〜極上の笑顔だぁ…
多目にってどんだけ入れたのかな?もしかしてビン半分??

「耀くん独自のレピシなんだね…」
凄いアレンジだよ………
「どんな味なの?甘く無いケーキって?」
やっぱ味見してないんだ……
言いながらさっとホークを掴むとサクッとケーキをひと口分持って行った。

「ええっっ!!ちょっ…ストップ耀くん!!」

ヤバイ!間に合わずパクッと耀くんの口にケーキが入った。

嗚呼…遅かった……

「……ふぐっ!!!」

「わああああーーー耀くんっっ!!」



いろんな事があった2人の記念日だったけどオレには最高の記念日で…

耀くんが今まで以上に愛おしくって可愛くって…
自分の作ったケーキに咽てる耀くんを抱きしめて……思いっきり頬ずりをした。