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 オレは…確かに浮かれていたのかもしれない…
 耀くんが…オレに…優しくしてくれてたから…


 「椎凪何してるの?」

 風呂上りの耀くんが 濡れた髪を拭きながらキッチンに入って来た。
 「え?明日の朝ご飯の支度。」
 「え?もう?」
 「そう。肉じゃがは一晩置いておいた方が味がしみ込んで美味しいんだよ。」
 「ホント椎凪って料理上手だよね…最近特に料理に力入ってるし…」
 耀くんがお鍋を覘き込みながら感心した様に褒めてくれた。嬉しい。
 「だって耀くんが 美味しいって食べてくれるからさ。
 今まで自分の為に作るなんてあんまり思わなかったし。」
 「え?だって…女の人とかには?」
 何でそこに女の人が出てくんの…もー…
 「オレ人に料理作ってあげるのって耀くんが初めてだもん。」
 オレが作ったモンを勝手に食べた奴は数知れずいるけど…バイトで作ってたのは論外だし。
 「ウソだっ!!またそーゆーウソつく!!」
 「ウソじゃないよ。だってオレ『H』するだけだもん。女の子って!
 食事なんて一緒に…しない…ん…だ…」

 って…あれ?なんかオレマズイ事言ったか?…ヤベーーー…口滑った…
 オレはとんでもない失敗を犯したみたいだ…

 「へーー…」
 耀くんが呆れた様に頷いてる…
 「椎凪さあ…」
 うっ!!何?何言われんだ…?オレはビクビクしながら耀くんの次の言葉を待った。
 「椎凪ってそう言う風に 女の人と付き合ってたのにさ…どうしてオレと一緒に…
 同居していいなんて思ったの?一人暮らしの方が気楽だろ?料理だってしなくてもすむよ…」
 オレを見上げて…ああ…なんて可愛い顔でオレを見つめるんだ… 
 「耀くんに出会うまではそうだったよ…でも耀くんに会ってからはオレの人生180度
 変わっちゃったんだ…」
 「 え? 」
 「オレは耀くんの為なら何でもしたい…耀くんがオレの料理美味しいって食べてくれるなら
 オレ喜んで料理作るよ。耀くんの為に…」
 「 あ… 」
 椎凪がそう言いながらオレの腰に腕を廻して引き寄せた…
 「耀くんの為なら…オレ何でもする…」
 「椎…凪…」
 「オレ…耀くんの 事…好きだから…」
 「あ…ちょっと…椎…」
 そう言いながら椎凪の顔がオレに近付いてくる…オレはそれを避ける為に後ろに逃げた…
 でもしっかりと 椎凪がオレを抱きかかえてるから反るような体勢だ…
 更に椎凪が近付いてくる…だからオレは更に後ろに反って逃げる…
 それに気付いて更に椎凪が近づいて来た…
 「 ………… 」
 オレは思いっきり仰け反ってる…椎凪はそんなオレをしっかりと支えてる…
 放されたらオレは後頭部からキッチンの床に激突間違いなしだ。
 「逃げないでよ…耀くん…」
 流石に椎凪が呆れた顔でオレに言った。
 「いや…だって…」
 普通逃げるでしょ?
 「もー耀くんは…」
 椎凪が渋々オレを抱き起こしてくれた…え?何で?オレが悪いの?そんな事ないよな…?
 「オレが耀くんに迫るなんてどんだけ勇気がいるか…」
 まったく…とでも言いたげに椎凪が肩をワザとらしく持ち上げて溜息をついた。
 ウソだ!!いっつも平然としかも大胆に迫って来るクセに…
 オレは無言で椎凪を見つめて心の中でそう思っていた。
 隙見せると危ないんだから…オレは早々にキッチンから逃げ出した。
 あのままいたら何 されるか分ったもんじゃない…

 オレはリビングのソファに避難してクッションを下敷きにうつ伏せで寝転んだ。
 椎凪っていっつも優しいんだよな… オレの事怒った事も無いし…オレの事大事にしてくれるし…
 オレにとって椎凪って…何なんだろ?…
 傍にいてくれると…安心するのは確かなんだよなぁ…
 「 んーーー… 」
 思わず考え込んじゃった…その時…
 「コーヒー淹れたよ。ちゅっ!」
 「 !!! 」
 椎凪が目の前にしゃがんだ途端にオレの 頬にキスをした!
 「 わあっ!! 」
 オレは思いのほか驚いた…タイミングが…良すぎ?悪すぎ?

 「もーっっ!!椎凪っ!!どうして そう言う事するんだよっっ!!」
 焦りと照れと驚きと…その他諸々が渦巻いて思わず叫んでしまった。

 「オレキスして良いなんて1回も言った事無いよっ!! もーオレにキスしないでっ!!」

 叫んだあと後悔した…椎凪がもの凄いショックを受けてるのが分ったから…
 大きく目を見開いて動かない…息してないのかと 思うほど…
 そのままの体勢でヨロヨロとよろめいてる。
 顔面蒼白でやっとの思いで持っていたコーヒーをテーブルに置いてた…
 そしてそのまま無言でリビングを出て行った…
 「あ…!椎凪…」
 オレの声にも振り向きもしない…でも仕方ないよ…だってオレ…椎凪とキスする理由無いもん…
 だけど…あんなに落ち込んで…椎凪大丈夫かな…


 …やばい…耀くんに嫌われた…

 オレはベッドの上でうつ伏せになって落ち込んでた…
 今まで抱きついたりしても怒らないし…
 オレが夢で怯えてた時一緒に眠ってくれたからもう大丈夫なのかと思ってたのに…
 そんなに嫌だったのかな…まだ…早かったのかな…どうしよう…オレ…これからどうしよう…
 きっと嫌われた…でもオレ耀くんの傍離れたくない…離れられないのに…
 不安な想いが胸の中に重く広がっていく…謝ったら…耀くん許してくれるかな…?
 怖いな…耀くんの口から『嫌い』って言われたらオレ…死ぬしかない……

 ………怖いな……

 「………」
 オレはソファに座って椎凪が淹れてくれた コーヒーをじっと見つめていた。
 もー何でオレがこんなに気分重くなんなくっちゃいけないんだよ…悪いの椎凪なのに…
 思わず愚痴ってしまった…でも悪気は無いんだよな… 分ってる…
 椎凪はオレの事が好きだから…
 椎凪の性格から言ってエスカレートしてくるのはわかってたのに…
 オレも椎凪にじゃれ付かれても嫌だって言わなかったし…
 椎凪に抱きつかれたりするのは嫌じゃない…逆にホッとするくらいだ…
 でも…オレ臆病だし身体こんなだし…きっといつか椎凪に迷惑かけて…嫌われる…
  だったら今のままで…友達のままでいい…
 それに椎凪の熱が醒めればきっと本当の…普通の女の人が好きになる…

 でも…オレの傍に椎凪がいないのって…なんか 変だ…それに凄い静か…


 コン コン !

 「椎凪…入るよ。」
 椎凪の部屋のドアをそっと開けた。思わず心配で様子を見に来てしまった。
 部屋の入ると椎凪はベッドの上でうつ伏せてた。
 「椎凪…」
 優しく声を掛けたのにオレからでもわかるほど椎凪の身体がビクッとなった。
 「………」
 椎凪は返事もしないしオレの方を見もしない…まったく…思った通りだ。
 「ごめんね。椎凪…叫んだりして…」
 なんとなくオレから謝ってしまった… それだけ椎凪の落ち込み方が半端じゃなかったから…
 とんでもなく部屋の空気が重い…
 「 ! 」
 オレの言葉に反応した椎凪がゆっくりと起き上がった。

 「耀…くん…ぐずっ…」

 …!!…起き上がった椎凪を見てビックリした…椎凪…泣いてる…え?ウソ…泣いてたの?

 「オレの事…許してくれるの?」
 そう尋ねる椎凪の頬を涙が伝って零れた。
 「うん…椎凪悪気じゃないんだよね…オレ分ってたのに…ゴメンネ…椎凪。」
 すこし屈んで優しく話しかけた。
 「本当に…もう…怒ってない?」
 「……う…ん…」
 あ…!…椎凪がギュッとオレの腰に腕を廻して抱きついた…
 「本当に…本当?」
 そのまま腕をオレの首に伸ばしながらオレの顔を見上げる…
 わっ…椎凪の顔がグッと近くなって…思わずドキッとした…
 「本当だよ…椎凪。オレ本当にもう怒って ないから。」
 何度も何度も聞いてくる椎凪…オレは何度も何度も答えてあげる。
 「良かった…オレ耀くんに嫌われたらどうしていいかわんなかった… 本当に良かった…」
 瞳の端っこに涙を溜めながら椎凪がホッとした様にニッコリ笑った…
 椎凪ってば…子供みたいに笑うんだね…そんなにオレの事好きで いてくれるの?
 オレに嫌われるのが泣いちゃうほど辛いの?…バカだな…椎凪は…
 こんなオレの事…そんなに好きになるなんて…
 椎凪がキョトンとした顔で オレを見上げてる…オレが何も言わずジッと椎凪を見つめてるから…
 「本当…バカだな…椎凪は…」
 「え…?」
 オレは椎凪の顔を両手で 持ち上げるとそっとオデコにキスをした。
 椎凪はジッと動かない…ゆっくりと唇を放して優しく微笑んだ。
 「…耀くん…」
 椎凪がビックリして瞬きも しないでオレを見つめてる…
 「耀くんっっ!!!」
 「うわっ!!」
 いきなりオレに抱きついて来た!!オレは支えきれなくてそのまま椎凪のベッドに 2人して
 倒れ込んでしまった。
 「もー椎凪やりすぎっ!!」
 「だって!!……だって耀くんがキスしてくれたんだよ…オレすっごく嬉しくてさ。」
 泣きながら笑ってる。
 「なっ…仲直りのキスだからねっっ!!他に意味無いからっ!!」

 真っ赤になりながら慌てて説明した。やっぱり慣れない事はしない方が いい…心臓に悪い…

 そっと手を伸ばして椎凪の涙を指で掬った…傷つけて…ごめんね…椎凪…
 心の中で謝った…
 「涙…止まった?」
 「え?涙?あ!本当だ…」
 自分の目を擦りながら椎凪が自分でもビックリしてた。
 「わかんなかったの?」
 「耀くんに嫌われたと思ったから… そしたら不安で不安で…
 どうしたら許してもらえるかってずっと考えてて…良くわかんないや…」
 「スッゴイ泣いてたよ…」
 「え?そうなの?憶えてない… やだな…恥ずかしいな…」
 本当に恥ずかしそうだ…椎凪可愛い…くすっ。
 「椎凪の意外な一面を見ちゃった。」
 「でも…いいや…」
 「え?何が」
 「耀くんなら見せてもいい…」
 真面目な顔で椎凪がそう言った…なんかオレは嬉しく思った…何でだろ…
 「椎凪…」

 オレは簡単に椎凪の事を傷つける 事が出来ちゃうんだ…気をつけなきゃ…
 オレを見上げてホッとしてる椎凪を見てそう思った…本当に不安だったんだよね…椎凪…

 「オレ今わかちゃった。」
 「 ? 」
 「椎凪が落ち込んだらオレ直してあげられるんだ。」
 「え?本当?」
 「うん。」
 オレはそう言って椎凪の顔を持ち上げるとまたオデコに キスをしてあげた。
 「 え…?」
 「ね?これで大丈夫だろ?」
 耀くんがニッコリ笑ってくれてる…オレの為にキスしてくれたの…?
 「ダメ…?」
 無言のオレに首を傾げてちょっと困った顔してる…
 「えっ?あ!ううん…うん!大丈夫。」
 オレは耀くんを見上げて頷いた。
 「でしょ?ふふっ。」
 耀くんが満足気にまた笑ってくれた。


 オレと耀くんはベッドの上で暫く話し込んだ…オレはうつ伏せで耀くんの脚の間にいる…
 両腕は何気に腰に回して軽く抱きかかえてる…

 良かった…耀くんに嫌われてなかった…
 今日の事でわかった…オレ耀くんに嫌われたら生きていけない…

 だからもっともっと…気を付けなきゃいけない…もう二度とこんな 思いしたく無いから…