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 「はぁ…気分が重いなぁ…」

 オレは駅のホームに向かってエスカレーターを降りた途端溜息をついた。
 大学の帰りに知り合いの人の会社に向かう事になった。
 祐輔とは別れた後だったから一緒に行ってもらう訳にもいかず…一度家に寄ったから遅くなった…
 電車に乗る為に一人で駅までやって来たんだけど…

 電車がホームに入って来た…目の前にドアが 開いてオレに乗れと催促する…
 目線を車内に向けると何気に混んでる…やっぱりだ…この時間って混むから嫌なんだよな…
 仕方なく乗り込んでそのまま入り口の 横で手摺りに掴まって立った。
 勿論壁に向かって他の人と目を合わさないで済むように…
 目的地は5つ目の駅…時間にしたらそんなでも無いんだけど…
 人混みが 嫌いだからオレは生きた心地がしない…
 いつもは祐輔と一緒だから安心して乗れるんだけど…一人は緊張する…

 電車が発車して直ぐにオレの後ろから ニュッっと腕が伸びて来てオレが掴んでる手摺りを掴んだ。
 オレの…真後ろに人が立ってる?え?ウソ…ま…まさか…『痴漢』!!!
 オレは心臓が 飛び出そうだ!!呼吸も苦しくなってくる…身体も緊張して固まる…
 勇気を出して目線だけ後ろに向けてみた…視界に人が映る…

 「椎凪っ!?」

 思わず叫んだオレに椎凪が黙って自分の口に人差し指を当てて『しーーー』ってした。
 「 あ…! 」
 そうだ…電車の中だった…

 「何でこんな所に 椎凪がいるの?!!…まさかオレの後尾けてきたの?」
 椎凪の方を向いて小さな声で聞いた。
 「遅くなるってメールくれたでしょ。帰りが心配だったから 駅で待ってたの。これでも刑事だよ。」
 当然とでも言いたげにニッコリと笑う椎凪…何だか…恥ずかしい…ずっと行動見られてたんだ…
 オレ変な事してなかったよな?
 「こんなに混んでてこんな場所に立ってたら痴漢に遭っちゃうよ。耀くん可愛いんだからさ。」
 オレの耳元に口を近づけて囁いた…いきなり止めてよね…違う ドキドキが始まる…
 「だからオレボディガード!」
 もの凄く爽やか気味に笑ってるけど…椎凪もオレにとっては危ないんだよね…

 スルッと椎凪の 腕がオレの腰を後ろから抱いた。
 「ちょ…ちょっと椎凪っ!!」
 オレは首だけ振り向いて椎凪に文句を言った…恥ずかしいから椎凪に背中向けて乗ってたんだ…
 向かい合ってなんか立ってられないもん…
 「混んでるからさ。」
 嬉しそうにニッコリ笑ってる…ウソばっかり。そんなにギュウギュウ詰めじゃないだろ…
 もー…椎凪の方が痴漢だよ…

 オレは顔が真っ赤だ…でも…本当は椎凪が来てくれて良かった…安心して電車に乗れる…

 椎凪の温もりが背中に感じる…きっとこの感じは オレの頭に椎凪の唇が触ってる…
 手摺りを掴んでるオレの手の上に椎凪の手がある…

 ああ…なんか…ホッとする…気持ちいい…


 「こんばんは。」
 「あ!望月君悪いね。あれ?」
 入って来たオレと椎凪を見つめて驚いた顔をしてる。
 「珍しいね…君が新城君以外の人と一緒なんて…」
 「ちょっとね…」
 そう言えば椎凪を此処につれて来たのは初めてだった…
 「えっと…椎凪。それと岡田さん…ここの会社の社長さん。大学の先輩だった人。」
 もの凄く手っ取り早く2人を紹介した。
 「どーも椎凪です。」
 椎凪は人懐っこそうな笑顔で挨拶をした。
 「あ…岡田です。」
 そんな椎凪の笑顔に 岡田さんはチョットビックリしたみたいだ…
 「はい…これ…」
 オレは持って来た何枚かのディスクを渡す…頼まれてたものだ。
 「やっぱり望月君に頼むと 早いね。」
 受け取りながら岡田さんが笑って言う。
 「オレこれしか取り得ないから…」
 子供の頃引き篭もってた時にパソコンだけが友達だったから色々 勉強した…
 そんなのが今頃役に立ってる…
 「見てもいい?」
 「どうぞ。」
 岡田さんのパソコンに今まさに作成中のプログラムが表示されてたから。

 「岡田さん。」
 オレと岡田さんのやり取りをだまって見ていた椎凪が声を掛けた。
 「はい?」
 チョイチョイと自分の方に手招きをする。
 「つかぬ事をお伺いしますけど男の子お好きですか?」
 「は?男の子…ですか?」
 何いきなり言い出すんだ?この人…
 「いえ…別に…」
 「そうですか…なら結構!一応言っときますけど耀くんオレのモノなんで手ぇ出さないで下さいね。」
 「は…あ…?」
 何だか頼りない返事をしてしまった…しかし…いきなり何なんだ?この人…って…
 ニッコリ満面の笑顔で言われたから言われてる内容が良く 理解出来なかったけど…
 ああ…やっと分った…
 「ああ!僕結婚してますんで。」
 左手の薬指を見せながら思わず説明してしまった。何してんだ?僕… 彼のテンポにつられてしまった…
 「あ!なら尚更結構。奥様とお幸せに。」
 また同じ笑顔で笑った。
 「確かに望月君男の子なのに可愛いですもんね。」
 「はい。」
 パソコンの画面を食い入るように見てる耀くんを2人で見つめながらそんな会話をした。 

 「大学にいた時話をするの大変だったんですよ。新城君が一緒なら いいんですけど望月君一人の時って
 警戒されちゃって…中々打ち解けてくれなくて…
 パソコンの才能の事は人伝に聞いてたんでウチの仕事手伝って欲しかったんで…」
 へえ…耀くんってそんなに詳しかったのか…確かに家でも良くパソコン弄ってるし仕事なんて言って
 遅くまで何かやってたもんな…ここの仕事してたんだ…
 「よっぽど昔何か遭ったんでしょうね…あなたも慣れて貰うまで大変じゃなかったですか?」
 「いえ。大丈夫でしたよ。オレと耀くん初めから赤い糸で 繋がってますから。
 お互いすぐ分りましたから警戒なんてされませんでした。」
 またあの笑顔で返された。
 「そ…そうですか…」
 結構恥ずかしい事だと思うけど 全く気にも留めずにサラリと言ってる…
 やっぱりちょっと変わってる?この人?
 「そうだ。あんまり耀くんに仕事依頼して忙しくさせないで下さいね。オレの相手してくれなくなるんで…
 宜しくお願いしますね…岡田さんっ!!」
 「……はあ…」

 何だか最後の方は殺気が篭ってたような…でも同じ笑顔なんだよな…


 「ねぇ…岡田さんと何話してたの?」

 会社からの帰り道オレがパソコンを眺めてる間に 椎凪が岡田さんと話してたのが気になってた。
 帰る時の岡田さん顔が引き攣ってたし…椎凪が何か言ったんだ…きっと…
 「え?ああ…男と男の話。」
 ニッコリ笑ってる…怪しい…
 「何それ?何話してたんだよ?何か怪しいんだよな…変な事話してたんだろ?」
 「ナイショ!さー耀くん今日の夕飯は外で食べて 帰ろう。」
 椎凪が話題を変えてきた…もう…仕方ない今度岡田さんに聞いてみよう…
 「じゃあ中華食べる!」
 「え?また中華?」
 「何?だってオレ中華好きなんだもん。」
 「明日オレが作ってあげるから今日は違うのにしようよ。ジャジャーン!見てこれ貰っちゃったんだ。」
 椎凪がピラっとチケットを見せた。
 「ホテルのバイキングの招待券!行く?」
 ニッコリ笑ってオレを誘う。
 「行くっっ!!」
 断るはずなんか無い! 食べる事が好きなオレにとってバイキングなんて…モトは直ぐ取れちゃう。
 「じゃあ行こっ!!」
 そう言って椎凪がオレの目の前に手を差し出した。
 「うん。」
 思わず手を伸ばしかけてハタと気付いた。
 「手なんか繋ぐわけないだろっ!!危ない危ない…もう少しでのせられる所だった…」
 慌てて手を引っ込めて自分の背中に隠した。
 「もー耀くんはっ!!いいじゃん手繋ぐくらい!!」
 「必要なしっ!!」
 キッパリと言い放ってサッサと歩き出した。椎凪はついて来ない。
 「何イジケてんの?行くよ。」
 振り向きながら…でも歩く事は止めずに椎凪に声を掛けた。それでも椎凪は歩かない。
 「もー椎凪いい加減に…」

 「そっちじゃないよ。ホテル…」

 「へ?」
 オレの方が脚が止まった。
 「ホテルこっちだもん。」
 椎凪がオレが歩いてた逆の方向を指差した。
 「何だよっ!!だったら早く言ってよっ!!」
 オレは恥ずかしくなって顔が真っ赤だ。
 「だから手繋ごうって言ったのに…意地張るから…」
 ブツブツと愚痴を言い出す…ああー煩い。
 「一言言えば済む事だろ? まったく…」
 オレは椎凪の所に戻って一緒に歩き出した…ちょっとバツが悪かったけど…あえて無視する事にした。
 「はい。繋いで!!迷子になるよ。」
 そう言いながら椎凪が強引にオレの手を取ってギュッと握り締めた。
 「あっ!!ちょっ…迷子になんかならないよっ!!」
 「へへ…」


 嬉しそうに 笑って繋いだ手を持ち上げてオレに見せる椎凪…

           仕方ない…そんな顔されたら無理矢理振り解くのも可哀想か…



 大きくて暖かい椎凪の手に免じて今夜は大人しくしててあげる事にした……