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     * 時期は耀が女の子に戻った後あたり。

     『あっちの椎凪・もう1人の椎凪』とは本当の『椎凪』のことで
     子供の頃から本当は暗くて冷たい椎凪を明るく軽い椎凪で隠してる。
     そうしないと椎凪の中のバランスが崩れておかしくなるから。
     軽い椎凪に疲れたりもの凄く 怒った時に本当の椎凪に戻る事がある。
     耀にはずっと隠していたが記憶喪失になった時に耀にバレて
     それ以来耀の前でも時々『あっちの椎凪』を 見せる様になる。
     ただ…耀に対してもまだ冷たく当たってしまう『もう一人の椎凪』…今回はそんなお話です。
     記憶喪失のお話は『本編 67〜』あります。『あっちの椎凪』の お話は76話にも… *






「お帰り…耀くん。」

シャワーを浴びて出たら…浴びる前は帰ってなかった椎凪が帰って来てた。
時間は夜の10時30分を少し回った所…

「え?」

オレはいきなり心臓がドキドキ…だって…

「え?…ええ?」

そんな声を出しながらちょっと後ろに下がってしまった…

「なに?」
椎凪はニッコリと笑ってる…腕組をして…
その笑顔が怖い…だって…だって…

「し…椎凪…いつ帰って来たの?」
オレが帰って来た時はいなかったもん…
「ちょっと前だよ…耀くんは?」
「え?オ…オレ?…オレは9時頃…慎二さんの所で夕飯一緒に食べてさ…」
「そうなんだ…」

「な…何で 『椎凪』  なの?」

オレは焦ってそう訊ねた。
だって椎凪ってば『あっちの椎凪』になってるんだもん!!
瞳を見ればわかる…あっちの…暗くて重い瞳になってる もんっ!!

「え?なんで?ふふ…その前にただいまとお帰りのキスは?」

そう言ってオレを覗き込む。

「あっ…!!」
あんまりにも ビックリしたからすっかり忘れてた…
だって椎凪が『こっちの椎凪』になってるなんて滅多に無くて…

「ただいま椎凪…お帰り…ちゅっ…」

言われた通り…いつものキスを椎凪にした。
椎凪はオレに少し屈んだだけで…じっと動こうとしない…あっ!!!!

いきなりガシッと両腕で抱きしめられて… 強引なキスされた!!

「…ん…あ…椎凪……ふぁ…」

いつもより…何だか激しく椎凪が舌を絡ませてくる…
これは激しいんじゃなくて…乱暴なキスだ…

「…ちょっ…椎凪…苦し……あっ…」

そんな時に椎凪がオレを抱き上げて歩き出した…
そのまま寝室に連れて行かれて…ベッドに寝かせられた…

いつもだってお風呂上がりにそのまま寝室に連れて行かれる事はある…
だから驚く事じゃ無いんだけど…

やっぱり椎凪の態度が問題で……
ベッドの上で仰向けのオレの上に四つん這いでジッとオレを見つめてる…

あの瞳が更に深く…暗く…重くなってる…なに??

「あ…あの…椎凪… オ…オレそんなに椎凪の事…怒らせた?」

もう心臓ドキドキのバクバクの状態で…やっとの思いで話し掛けた。

「何で?何か心当たりあるの?」
椎凪が静かな声でオレに聞き返す。
「えっ!?いや…その…なんか怒ってるみたいだから…さ…」
もう伺いながらの話方になってる…

「そうだな… 怒ってるって言えば…」
「言え…ば…?」
オレはもう恐る恐る……

「オレに黙って飲み会行ったのに慎二君の所にいたって嘘ついたのと…
10時に帰って来たのに9時に帰って来たって嘘ついた事と
暗い夜道をオレの知らない男と2人っきりで歩いて帰って来た事くらいかな?」

オレはもう 真っ青で…ビクビクしながら椎凪の話を聞いていた…

ひぇ〜〜〜〜〜ぜ…全部…バ…バレてる………??

「何か間違ってる事ある?」

椎凪はオレの上に覆い被さりながら肘をついてオレを目だけで見下ろしてる…
しかももの凄い冷めた言い方だ……

「な…なんで???」
オレはもう声が 震えてる…
「何で知ってるかって?店出る所からつけてたから!」
「ええっっ!!??」
サラッと椎凪がそんな事を言う…店…出る所からって…
「まあ見つけたのは偶然だったんだけどね。」

「………ご…ごめんね…椎凪…悪気があったわけじゃ…
偶然高校の同級生に会って…捉まっちゃって… 帰るに帰れなくなっちゃって…」

椎凪が遅くなるって分かって…ちょっと時間潰しに本屋に出掛けたら
帰りに偶然同級生のグループに会っちゃったんだけど…
時々数人のグループで同窓会らしき事をしてるって言ってた…でも

……どうしよう…

「携帯もお店が地下で繋がらなくて…それで…あの…」

……椎凪…すごく…怒ってる…

「オレが今日遅くなるってわかってて?」
「そ…それは…」
「黙ってればわかんないって思った?」
「…………」

「オレに知られれば オレがバカみたいに心配するからか?
オレが連れ戻しに来るからイヤだったのか??」

「…椎…凪…ちが…」

「何が違うんだよっ!!!!」

「…あっ!!!」

いきなりギュッと両方の肩を掴まれて押さえつけられた…身体がベッドに沈んで…痛い…

「違わないだろ?オレに知られたく なかったんだろ?耀くんはわかってないっ!!
あんな男と2人で帰って来て襲われない保障何処にあるんだよっ!!
高校の同級生っつったって祐輔以外 付き合い無かったんだろ?
何でそんなのに付き合うんだよっ!!あの男はな耀くんが部屋に戻った後部屋のNOポストで
確認して行ったんだぞっ!! 部屋までわかって次何もされない保障無いだろーがっ!!」

「そ…そんな事……」

「 うるさいっ!!口答えするなっっ!!!!」

「 ビ ク ン っ !!!!」

椎凪が…オレを…怒鳴りつけた………?

「耀くんは…わかってない…自分が男にどんな感情抱かせるか… わかってない…」

椎凪が…搾り出すような声でそう言った……
こわい……何故だかそう思った…相手は椎凪なのに…

「どう言う…事?」

オレは自分でも気が付かないうちに…いつの間にか涙が零れて落ちてた…

「みんな耀くんの事抱きたいって思ってるんだよっ!!ビリッ!!」

「…あっ!!」

力任せに服を引っ張られて…パジャマが裂けた…!!

「そんなに他の男としたいの?」
「ちが…う…違う…椎凪…ちがっ…あっ!!いやっ…縛るの… イヤ……」

椎凪が破いたオレのパジャマでオレの腕を後ろ手に縛った…
そのままうつ伏せに押さえつけられて…剥ぎ取る様にオレの服を脱がしていく…

すごく乱暴で…こわい…
そのまま足を広げさせられた…ちょっと…待って…これじゃ…

「…あっ!!!ンアッ!!!いたっ…い…うあっ…やっ…」

椎凪がもの凄く強引に後ろからオレに挿入ってきた…
優しくも…労わりも…何も無い…

ただ…オレを服従させる為にしてる…

「…っ…ああっ!! 」

椎凪が大きく動き出して…オレを乱暴に押し上げる…
オレは身体がビクリとなって…大きく仰け反った!

「や…やだ…椎凪…こんな…の…いや…やめ…」

ギシギシとベッドが軋んでる…
オレは後ろ手に縛られて…うつ伏せのまま力尽くで押さえつけられて…されるがままだ…

「何言ってるの耀くん…これはお仕置き なんだよ…オレの事怒らすから…
そうだね…今までのオレだったらこんな事しないかもね…
でもね…耀くん…」

「…!!!」

椎凪がオレの耳元にそっと囁く…
いつもは甘くて…優しい言葉を囁いてくれるのに…今は違う…

「耀くんは 『オレ』 を知っちゃったから… 『オレ』  は許さない…
『オレ』 はね…スゲー嫉妬深くて独占欲がいつもより強いんだ…
まだ足りなかったみたいだね…耀くんはオレのモノだって事が…
もっと身体に覚え込ませないとダメだ……ねぇ…耀くん…」


そうオレの耳元に囁くと…椎凪はオレをモノみたいに抱いた…


それはとても辛くて……… 痛い……

涙が次から次に溢れたけど…椎凪は拭ってはくれなかった……

…椎凪をそんなに怒らせたのはオレだから…オレが悪いから……
こっちの…この椎凪はとっても傷ついてて…いつもの椎凪よりオレを求めてる…
オレにも…周りにも気を使えないもう一人の椎凪…
こっちの椎凪もオレのこと 愛してるって…言ってくれたのに…
オレもこの椎凪のこと…好きだし…愛してる…

       ……でも……でも……



「…ハァ…  …ハァ… ン…」

そっと椎凪の手が伸びて…喘いでるオレの唇に親指でそっと触れた…
オレは身体が言う事を利かなくて…瞼を軽く閉じるので 精一杯…
椎凪は何事も無かったみたいに…静かだ…

「耀くん……『ごめんなさい』 は?」

まだ…いつもの椎凪じゃない…声でわかる…

「……ご…ごめん…な…さい……」

擦れる声で…やっとの思いで声にした…

「わかった?もうオレの事怒らせたらダメだよ…」



それから…どのくらい経っただろう…
オレは縛られてた腕を解いてもらって…ベッドにずっと横になって泣いていた…

涙が止まらなくて…こんな気持ち… 初めてだ…

椎凪はズボンだけ穿いてずっとベッドの淵に片足を曲げて座ってる…
視線でオレの事を見てるのはわかったけど…オレは何も出来なくて… 話せなくて…

シーツを掴んだまま…ずっと泣いてるだけだ……

「…ひっ…うっ…ぐずっ…」

「……………」


耀くんが…ずっと泣き止まない…
オレがあんな酷い事したんだから当たり前なんだけど…
オレはそんな事をした手前耀くんに何もしてあげられなくて…
ただ黙って傍にいるだけ…

心の中で…スイッチが 入れ替わった…
隠さなくていいと分かってからこんなにも耀くんに 『オレ』 を見せたのは初めだった…
自分でも…どうしようも出来なくて…
何でオレを…オレだけを見ててくれないのかと…怒りよりも嫉妬の方が強かった…

きっと…オレは耀くんを傷つけた……

でも…耀くんは…オレの… オレだけのものだ!!
誰も耀くんに近付く事も…オレから取り上げようとする事も許さない……
オレはそう感じた時もの凄い恐怖も感じる…
耀くんが…オレの傍からいなくなってしまうんじゃないかって言う…恐怖……
だからオレにとって耀くんが何よりも…一番…大切だってわかってるのに……

オレは…


「もう…泣くな…」

「!!」

そう言って耀くんの濡れてる片方の瞼をぺろりと舐めた。

「椎凪…オレの事…許して…くれるの?」

耀くんが泣きはらした瞳でオレを見上げてベッドから起き上がる。
「ああ…」
「本当に…ごめんね…椎凪…」
「もういいよ…それにどうせ楽しめ なかったんだろ?
耀くんが1人でそんな場所で楽しめるわけないもんな…」

そう…本当はわかってたのに……

「何か理由あったの?」
「う…ん…北条さんって言う人が…すごく大人しい人なんだけど…
なんか皆にからかわれてて…可哀想で…
オレ席が隣で…ちょっとだけど話し相手に なってたから…帰るに…帰れなくて…
そしたら先にその人が帰るって言うからオレも一緒に出たんだけど…
江成君って人が出口まで追い駆けて来て… 断ったんだけど…送って行くって…
あ!北条さんって女の子だからね…」

思わず慌てて付け足した。

「わかってるよ…」

そう言った椎凪はいつもの椎凪で…オレの事抱きしめてくれて…
オデコに優しくキスをしてくれた…でも…

「!!??…やっぱりそうだ…」
そう…さっきから思ってた事……
「ん?」
椎凪がオレを抱きしめながら覗き込む。

「オレのお酒の匂いかと思ったけど……椎凪からもお酒の匂いがする……」

「…え”っ!!??」

もの凄く椎凪がギクリとした。
「そう言えばさ…お店からつけて来たって言ってたけど警察署から随分離れてるよね?
何で?何であそこにいたの?しかもあの時間に??」

おかしいと言えばおかしい…なんで椎凪はあんな所にいたんだ??

「 えっ!? 」

明らかに椎凪の態度が挙動不審になって来た。
「仕事じゃ無かったの?オレには仕事で遅くなるって言ってたよね?」
「え!?あ…いや…ちゃんと仕事 だったんだよ…
でもその後にどうしてもって飲みに誘われちゃって…
断りきれなくて…その…」
「…ふ〜ん…誰と?」
「へっ!?だ…誰?」
「瑠惟さんと?そーだよね…椎凪飲みに行くっていつも瑠惟さんとだもんね?」
「い…いや…きょ…今日は堂本君もいたよ…」

って何でオレこんなに慌ててんだ? いつもの事じゃないか…

「……何でそんなに焦ってるの?」
もの凄い横目の疑いの眼差しで言われたっ!!
「えっ!?何も焦ってないよ。」

そうだよ…いつもと同じだったじゃないか…
最後は酔ってキス魔になった瑠惟さんの相手させられて…
確かに今日はいつもより瑠惟さんがしつこくて…
手こずったけど…そういつもと変わらなかったぞ。

いや…そう…わかってる…
今日は耀くんにあんなヒドイ事した後だから…オレ後ろめたいんだ…

「そぉ?……あっ!!口紅が付いてるっ!!」

漠然と椎凪を見つめてそう言ったのに…

「ええっっ!!??うそっ!!そんなはずっ!!」

そう叫んだ椎凪は咄嗟に自分の唇を手の甲で拭った。

「何で唇拭くの?」
「ええっ!?」

…ヤバイっ!!墓穴掘ったか??
これって誘導尋問だよっっ!! 見事に引っ掛かっちゃったよ!!ヤバイんじゃないか?!オレ!!

「どうやったら椎凪の唇に 瑠惟さんの口紅が付くのかな?教えてよ。」
「え?…いや…その…誤解だよ…耀くん…」

ヤバイっ!!ヤバイっヤバイっ!!!
いつになく鋭い突っ込みだよ…耀くんってば…さっきの仕返し???

「そう言えば瑠惟さんってキス魔だよね?へーーーそうなんだ…へ〜〜〜…」

「よ…耀くん??」

「キスしたくて瑠惟さんと飲みに行くんだろうっ!!!椎凪のばかっ!!!!」

今度はオレが思いっきり怒鳴られたっ!!

「ち…違うよっ!!」
「じゃあ何か弱味でも握られてるの?断れないような!?」

「そ…そんなわけあるはず無いじゃんっ!!
耀くん! そんなに怒らないでよっ!!ねぇ……」

「 ふんっ!!! 」



そんなオレの嘆きの声も…耀くんは耳を傾けてはくれなかった………




                  『あっちの椎凪』76話より…