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     * 時期は耀が女の子に戻った後あたり。

       瑠惟さんはまだ柊苹さんとはヨリを戻してません。 *





「…と言うわけでよろしくね!椎凪。」

瑠惟さんがにこやかに微笑んでオレにそう言った。

「だから何でオレが瑠惟さんのためにそんな事しなきゃいけないんだっつーの。
何度聞いても納得出来ないんだけど。」

警察署の廊下でさっきから同じ様な会話が繰り返されてる。
「もう何度説明させんのよ!いい加減理解しなさいよっ!」
「理解はしてんの。ただ納得出来ないんだよ。」
「どこが?」
「全部!」

「交通課の子達に椎凪に料理教えて欲しいって頼んでくれって
頼まれたって言ってるじゃない。ばか?これが理解出来ないの?」

「違う!そこじゃない!何で瑠惟さんの合コンの為に
オレが交通課の女の子達に料理を教えなきゃいけないんだよ!」

瑠惟さんが言うにはいつも合コンを一緒にしてる交通課の女の子達に
せがまれてオレの趣味が料理だと言う事で…

オレの場合趣味では無くて耀くん限定の愛情表現なんだけど
今度医者と弁護士と若手実業家のメンツとの合コンを
段取ってくれる代わりにそんな彼女達の希望を瑠惟さんは
叶えなきゃいけないわけで…
さっきから上から目線の命令口調でオレと揉めてると言うわけだ。


「絶対やだね!お断り!!」
「あんたあたしの出会いのチャンス潰す気?」
「だから淋しいなら元カレと寄り戻せって言うの!」
瑠惟さんにとって禁句だけどそんなの構ってられない。

「嫌よっっ!誰があんな男…いいわよ!椎凪がその気なら
耀君にあんたの昔の女遍歴をバラすわよ。」

「はぁ?何言ってんの?もう今更だろ?
それにオレが昔女の子と遊んでたって耀くん知ってるし…」

「当たり障りの無い話しでごまかしてるんでしょ…本当の事教えてあげるのよ。」
「…何だよ…本当の事って…」
口だけだと思いながらも嫌な予感が頭を過ぎる…
なんせ相手は瑠惟さんだ…

「そうねぇ……聞き込みに行った先の相手をベッドに誘ってたとか…
情報もらう代わりにベッドの相手してたとか…
仕事中に声掛けた女の子とホテルに行ってたとか…?」

「ちょっ…おい!待て…」

「そうねぇ…後はある事無い事色々と…」
「何だよ!そのある事無い事って!耀くんがそんな話信じるわけ無いだろ!!」
そう言いながら顔が引き攣ってるのがわかる。

「信じないかもしれないけど呆れたり疑ったりはするかもねぇ…」

「瑠惟さん!!」

「どうする?椎凪?あたしやると言ったらやるわよっ!」
わかるよ…目がマジだし…

「たかが1ヶ月じゃない…しかも週1でしょ?あっという間よ。」

「瑠惟さんが言うなっ!!」



決してあの話が本当だからでは無く…
結局…瑠惟さんの脅しに負け…引き受ける事になった……

ホントオレにとって疫病神だよ…この人は………




「…で出来上がり。」
ポン!と真っ白なお皿の上に出来上がったばかりのオムレツが出現した。
「わぁ〜〜〜〜〜!!」

まるでイリュージョンでも見たかの様などよめきだ…感動しすぎだろ?君達…

ここは警察署から程近い国が管理するカルチャーセンター専用のビルだ。
色々なジャンルの教室開かれるから料理教室用の部屋もある。

警察関係者がそんな部屋を貸してもらうなんて地域密着を掲げてる今は
喜ばしい事と時間外だけど例外で貸してくれたらしい。

設備も整ってるし綺麗だし…オレとしては場所は満足してる。



「やっぱり噂は本当だったのね…」
「椎凪さんが料理得意って瑠惟さんが前から自慢してたのよね。」
「…?…え?」
「瑠惟さんが椎凪さんに頼んでみてあげるって言ってくれたから
私達お言葉に甘えちゃったんですけど…」

……なに?

「前から椎凪さんとお近づきになりたかたったから…私達もう大喜びで!」
「だからお礼に合コンのセッティングしてあげるって約束したんです。ねー ♪」
「椎凪さん普段お茶付き合ってくれるって言ってくれるのに全然だから…」
「ちょっと椎凪さんにはご足労でしょうけど…」

あ…あの女ぁ〜〜〜逆じゃねーかよ……自分から話し持ち掛けたんじゃねーか……

明日…殺す!!!!

「あ…でもそればっかりじゃないんですよ。森里さんが近々結婚するんで
花嫁修業も兼ねて…私達も便乗しちゃって。」
「へぇ…結婚するんだ…おめでとう。」
まだ気持ちはテンション超低かったけど…もう諦めて先生に徹する事にした。
「…はぁ…ありがとうございます…でももう先に一緒に暮らしてるんで…
今更なんですけど…ただ…私料理苦手で…すでに彼に呆れられてるみたいで…」
「そうなの?でも料理も慣れだから回数こなせばすぐ上達するよ。
それに彼が美味しいって言ってくれたら益々頑張ろうって思えるしね。」
「椎凪さんの彼女ってそう言ってくれるんですか?」
「え?もちろん!オレの作った料理は残さずに全部食べてくれるし
オレの料理食べれて 『幸せ』 って言ってくれるしね。」
「きゃああああ〜〜ラブラブなんですね!!」

…はっ!!マズイ…つい嬉しくて2人の私生活を職場の女の子にベラベラと…
後々煩いからあんまり話さない様にしてるんだよな…ヤバかった…

「ほら…そんなに時間無いから手際良くやっちゃうよ。」

そう言って彼女達の注意を本来の料理に向けた。

「はぁ〜い。」

とりあえず素直な返事が返って来た。


まあ…多少個人差はあるのはわかるが…
流石今時の女の子…手際悪すぎ…野菜の皮剥きも包丁じゃ満足に出来ない…
道具に頼りすぎだっての…千切りもみじん切りも見てるオレの方が怖い。
良く指切らないなと逆に感心してしまう…
まあ別にそこから教える義理も無いから各自自主トレと言う事であえて無視した。


「椎凪さん一体いつ料理の勉強したんですか?」

3度目の料理教室(?)の試食タイムに話し掛けられた。
最初から料理の他にこのお喋りタイムも目的の1つだったらしい。
オレはどんな質問されても当たり障りの無い返事で上手くかわしてる。

「え?ああ…高校の時のバイト先が喫茶店だったから…自然にね。
だからほとんど自己流だけどね。」
「高校の時からですか?」
「年数が違うわよねぇ…10年以上ですもんね…」
「自己流でもあんなに上手なんですねぇ…スゴイ!」
「あたしなんてその頃遊びまくってたもん。」
「私もぉ〜」

オレも遊びまくってたよ。
ニッコリと微笑みながら心の中ではそう答えてた。


「あ〜あ…残す所あと1回かぁ…楽しみだったのになぁ…」
「あっという間だよねぇ…」
「先生が教えるの上手だから私もちょっとは上達したみたい。
お弁当作るのに時間掛からなくなったんですよ。」
「それは良かった…」

やっと終わるのかぁ…長かった…
これで耀くんとの時間をさく事は無くなるし瑠惟さんにいちゃもん付けられる心配も無い。

頑張ったよ…オレ!!


片付けも済んで帰りかけると誰かがオレを呼んだ。

「椎凪さん!」
「ん?」
振り向くと森里さんが追いかけて来た。
「?…どうしたの?」
「あの………」
そう言って俯いちゃた?
「なに?」
「…あの…次でお料理教えてもらうの最後じゃないですか…」
「うん…」

「あの…その…その後もちょっとだけ私に料理教えて貰えませんか?」

「え!?」
マジか?ちょっと…冗談じゃないんですけど…

オレは顔には出さなかったけど気持ちを代弁するかの様に無言…

「あ…ご迷惑なの分かってるんですけど…」
「なんで?」
「あの…実は…」

彼女が言うには最近同棲中の彼と気まずい雰囲気が漂ってるそうだ。
以前は喜んで食べていた彼女の料理も最近は外で食事を済ませてくるらしく
新しい料理でも出して彼を喜ばせたいらしが…
なんせ元々が料理の腕には自信が無いらしく…

「それでも彼美味しいって言ってくれてたんです…
それが…まあ前からお互い仕事ですれ違いは多かったんですけど…
彼の態度も何だか私を避けてるみたいだし…もう手遅れなんですかね…
だからこのまま結婚もどうしたらって…」

「彼氏に聞いてみればいいのに。」
もっともな事をオレは聞いた…聞ければ苦労しないって?
オレなんかきっとすぐ耀くんに聞いちゃうよ…
下手すると半ベソ状態かもしれない……情けないけど…
でもきっとそれが現実だと思う。

「……でも…それで別れようなんて言われたら…」
「君は彼の事が好きなんだ。」

「え!?あ…!!!」
顔真っ赤。わかり易い。

「う〜ん…でもねぇ…」

事情は分かったけどだからってオレが何とかしてやる義理は無い。
ただでさえ今までどんだけ貴重な時間を無駄に使わされて来たか…

「あの…椎凪さんの彼女さんには私からお願いしてみますから…
誤解の無い様に彼女さんのいる時に教えて頂いてもいいですし…」

「は?」

それってウチで教えるって事なのか?
まあ確かに彼女の部屋で2人きりでなんて誤解される確率は高いけど…
でもまだオレ承諾してないんですけど…

「お願いします!!!」

もの凄い必死顔で詰め寄られた…
きっと耀くんに話せば耀くんは嫌な顔せずに頷いてくれるのは分かってるけど…

「お願いしますっ!!!椎凪さんだけが頼りなんですっ!!!」

「そんな…大袈裟な…」

ちょっと…涙目にならないで欲しいな…

「…………わかったよ…ちょっとだけなら…」
「!!!本当ですか!?」
「オレも色々事情があるからそんなに付き合えないけど…それでいいなら…」
「はいっ!!椎凪さんのご迷惑にならない様に気を付けますから!!」

…って既に迷惑なんだけど…ね…
何とも…昔のオレからは想像出来ない程お人好しになったらしい…
随分丸くなったもんだと感心してしまった…

でも…自分の料理を恋人が…自分の好きな人が美味しそうに…
嬉しそうな顔で食べてくれたら…自分もすっごく嬉しくて幸せなのわかるから……

「ありがとうございますっ!!!」

そう言って両手を握られてブンブンと振られた。

「…ど…どう致しまして……」
そんなに感激されるとは…
でもイコール彼氏の事がそれだけ好きって事なんだよな…

「あ…あの…」

彼女が両手を掴んだまま離さずニッコリと微笑んだままだ。
……離して欲しいんですけど…

「ん?」
視線を感じてふとそっちを振り向くと歳はオレと同じ位の…
背広を着たサラリーマン風の男が何だか痛い視線でオレ達を見てた。ナンダ?

「和伸…」
「?…もしかして彼氏?」
「はい……どうしたの?迎えに来るなんて言ってなかったじゃない?」
彼女の声は突然の彼のお迎えに喜んでる声だ。
上手くいってないって言ってたもんな…そりゃ嬉しいよな。

「………料理教室だなんて…やっぱりこんな事か…」

嫌なモノを見たようなそんな顔でオレ達から視線を逸らした。
オイオイ…とんでもない誤解止めて欲しいんだけど…

「え?あ…ち…違うのよ!この人は…」
「もういい…そんな嘘までつかなくて…」
「和伸!」

「あのさ…勝手に誤解すんのは構わないけどオレ自分の恋人以外全く興味無いから…
君さ…彼女の事相手にしてないのにヤキモキだけは妬くんだね。」

「!!!」
「椎凪さん!?」

「君さ彼女の作った料理食べるの嫌なの?彼女と一緒に食事するのも嫌なの?
だったら一緒にいる意味無いからサッサと別れれば?」

「!!!」
「椎凪さん!?」
2人が一体何を言い出すんだと言いたげな顔でオレを見てる。

「良かったじゃない結婚する前で。面倒くさくなく別れられるよ。」

「か…勝手な事言うな!」

「だってそうでしょ?彼女は君の為に料理をオレに習おうとしてるのに
君がそれを拒否するなら無駄な事だもん。
オレは彼女が君の為に…喜んで欲しいって言うから協力しようと思ったんだから。」

「俺だって仕事が…」
彼が我慢出来ないと言う様にオレに言い返して来た。
「仕事なんて…どうにでも都合つけれるでしょ?オレだってそうしてる。
それがたとえ無理なら一緒にいれる時間出来たら嬉しくないの?
オレはスッゴク嬉しいよ。1秒でも1分でも長く一緒にいたいと思う。
離したくないし離れたくないと思う…君は思わないの?」

「そりゃ俺だって…昔はそう思ってたよ…けど…」
「けど?今は違うって?」
「………」
「和伸…」

「じゃあ別れた方がいいんじゃない?一緒にいてもお互い辛いだけだよ。」

珍しく他人の恋愛に口だしした。
成り行きもあったけどこのまま2人が一緒いてもお互いが辛くなるだけだとオレは思う…
既に今辛そうだし…でも別れられれば悩まないのか…?

ホント他人の恋愛は面倒くさい…

「後は2人の問題だから2人で話し合ってよ。それからオレ本当に浮気相手じゃないから!
はっきり言ってそれだけはマジ迷惑だからちゃんと訂正しといてね!!
森里さん料理教室の事は彼との事がはっきりしてからで。じゃあね…」

何だか気分が重い…早く耀くんに会いたくなった…
耀くんに抱きしめてもらってキスしてもらって…

今夜は2人で思い切る愛し合おうっと!!

「郁美は俺と一緒にいるより…合コンに出たいんだろ?」

「!!!」

その場を離れ様とした時彼氏がそんな事を言い出した。
「そんな事…」
「だってそうだろ?最近…やけに多いし…俺と言うものがありながら…
気分悪くなるのも当然だろ!!」
「違くて…それは…」
「何だよ!」

「…………」

2人のそんな会話を聞いて何だか嫌な予感が頭を過ぎった…

「森里さん…もしかして瑠惟さん絡み?」
恐る恐る聞いてみた。
「あ…はい…断ると…その…煩いんですよね…後々怖いし…」

あの女ぁ〜〜〜〜こんな所でも人に迷惑掛けやがって…

「あー…彼氏!」
「は?」
「彼女は不可抗力だから…彼女は何も悪くないから許してあげてよ。」
「はあ?」
とんでもなく不思議顔だ…まあ瑠惟さんを知らなければそうなるだろう…

「彼女は性質の悪い先輩に絡まれてるだけだから!!!
疫病神なみの極悪さで付き纏われてるから彼女を責めちゃ駄目だよ!」

いつの間にかオレは彼氏の両肩をがっしりと掴んで力説してた。

「はあ?」
まだ疑いの顔だ…
「被害者のオレが言うんだから間違いないからさ!!!」
「はぁ………」
何だかやっと半信半疑になってくれたらしい。

「とにかく全て君の誤解だから!彼女の手料理じっくり味わって仲直りしなよ!
まだ間に合うからさ。………彼女と一晩じっくり愛し合えば絶対仲直り出来るから。」

「!!!」
「?」

最後は彼女に聞こえ無い様に彼氏の耳元にそっと囁いた。
余計なお世話かもしれないけど森里さんは彼の事が好きなんだから
彼さえ分かってくれれば問題無しだろうから。
後は本当に2人の問題だから……オレが口だしするのはココまで!

「森里さん…ちゃんと彼と話し合いなよ。瑠惟さんの事はオレからも言ってあげるから!
まあ相手は瑠惟さんだからあんまり当てにしないでね…はは…」

「…はい…すみません…」
「じゃあね!」


本当に…1秒でも早く耀くんに会いたい……



「耀くんただいま ♪ 」

オレは玄関に入った途端オレを出迎えてくれた耀くんにニッコリと笑う。
「おかえり。椎凪 ♪ 」
ちゅっ ♪ ♪ 
2人でおかえりとただいまのキスをした。
そのまま両手を広げて耀くんを抱きしめた。

「?…どうしたの?椎凪?」
オレの腕と胸に埋もれながら耀くんが顔だけ上げてオレを見る。
「ううん…なんでも無いよ ♪ ただ耀くんに会いたかっただけ ♪ ♪ 」
そう言って耀くんの頭にスリスリした。
「そう?変な椎凪…クスッ」
今度は耀くんが笑ってオレの背中に腕を廻して抱きしめてくれる。

「愛してるよ…耀くん…」
「………ふふ…オレも愛してるよ…椎凪…」


それからオレ達は…時間を忘れるくらい愛し合うんだ……



「えーなんで椎凪にそんな事言われなくちゃいけないのよぉ〜」
「少しは反省しろよ。瑠惟さんの横暴で危うく1組のカップルが破局する所だったんだぞ!」

ちゃんと話し合って仲直りしたらしい…次の日森里さんがオレに嬉しそうに話してくれた。
オレも少しは役に立ったのか?

「そんなんで別れるなんてそんだけの仲だったんでしょ?」
「瑠惟さん!!!」
珍しくオレが瑠惟さんにお説教!

「だって椎凪の所は何ともないじゃない。」
「相手見て絡めよ。」
「絡んでなんかいないわよ。ちょっとしつこく誘っただけ。」

しつこくしたのは認めるんだ……

「普通の人にはキツイんだからもう少し手加減しろよ。」
「あーもううるさいし生意気っっ!」

仕事は出来るのに性格捻くれてるんだよな…
そんなに元カレに未練あるならさっさとヨリ戻せばいいのに…

「未練も無いしヨリも戻さないからねっ!!!」

「!!!」
先手打たれた。

「今度さ慎二君に『モデル』との合コン頼んであげるからしばらく交通課の子に迷惑掛けるなよ。」
「本当でしょうね!」
「ああ…」

…多分。まぁ慎二君に頼めば大丈夫だとは思うけど……



なぁんて高をくくってたら…アッサリ断られ散々な目に遭った椎凪でした。