187





「なんか久しぶりだな…」

オレは周りを見渡しながらそんな事を言う。
別にここに通ってた訳でも無いのに…でも…それなのに懐かしい気持ちになるのは
きっと何度も何度も耀くんを迎えにこの大学に通ったからだ…

今日は久々に耀くんを迎えに大学にやって来た…

オレが記憶喪失になったりと…耀くんが右京君の所に行ってたりと
何かとバタバタとしてたから…
最近全くと言って良いほど大学には来てなかったから…

いつもの様に校門を入ると真っ直ぐな1本道が続いてる…
途中横道を左に曲がると耀くんが講義を受けてる建物の場所に出る…
ちょっと早く着き過ぎて時間が余った…

さてさて…久しぶりにその辺を歩いてみようかとオレは軽い足取りで歩き出した。

ふと目が留まったのは幾つも並んでるテーブルとベンチ…
耀くんに持って来たお弁当…あのテーブルで食べたんだよなぁ…
その後そこのベンチで耀くんがオレの肩に寄り掛かって…
お昼寝したんだ…ああ……懐かしい……

その時耀くんには内緒でしっかりと唇を奪わせてもらったんだっけ。
耀くん昼寝でも1度寝たらなかなか起きなかったからキスし放題!
はは……今その事耀くんに話したら怒るかな?……呆れられたりして…

有り得る気がして…ちょっと凹む…

そう言えば付き合う前からオレと耀くんはたくさん出掛けて…たくさんキスして…
たくさん抱きしめあって……ほんと耀くんってば意地っ張りだったんだよ…
苦労したもんなぁ…オレ…偉いよ!!うんうん。

オレは自分で自分を褒めてた。

バ シ ャ ア !!!!

「ふぶっ!!!!」

いきなり頭から大量の水が降って来た!!

「…………???な…なんで?」
オレはずぶ濡れのままその場に固まってた。
「あれ…ま…おい…大丈夫?」
「大丈夫に見える?だとしたら一度眼科行った方がいいよ。」

オレは頭と顔から水を垂らしながらオレをこんな目に遭わせた声の主を振り返った。

肩までのボブの髪にちょっとキツメの顔で…年は…オレよりちょっと上か?
眼鏡掛けてて…パッと見…教育ママを連想させた。

「いや…申し訳なかったね…」
「まさか汚い水じゃないよね?」
とりあえず水は透明で無臭だ。
「ああ大丈夫。さっき水道の修理して試しに出してた水だから…
多少ゴミは入ってたかもしれんけどほとんど水道水だから。
あ!しかもぬるま湯。」
「まぁ…水よりはいいけど…それをなんでそこに撒くわけ?ちゃんと周り見てよね。
で?どうしてくれるのかな?これ?」

わざとらしく両手を開いて見せた。
ワイシャツは濡れてぺったりとオレの身体に張り付いてる。
滴も垂れてる…ズボンは膝から下がビショビショだ。
ペットリと張り付いた前髪を掻き揚げた。

「まあ…温暖化防止のエコとでも言いましょうか…撒いたら涼しいかなっと…
あれ…水も滴るいい男だったんだね…おたく…」
「はぁ??」

「これ…服乾くまでどうぞ。それからタオル。はい。」
「………」

大学の事務所らしき部屋に通された。
一応新品のTシャツを渡されて一緒にタオルも渡された。

「コレも弁償してよね。」
「は?」

オレは開けたばっかりの新品のタバコを出した。

「ああ………セコイね…」

ボソッと文句言われた!

「は?被害者こっちなんだけど?何その態度!!」

ハッキリ言ってオレは普段そんなに優しい方じゃない。
耀くん以外女の子に優しくしようなんて思ってないし…
まあ社交辞令でそれなりのお付き合いはするけど昔からそうだったし。

「はいはい。此処には同じタバコ無いから同じ金額のお金渡すよ。」
「………何か悪いと思って無いよね?その態度。」
「はい!洋服が乾くまで時間勿体無いからちょっと手伝いな。」
「はあ????」

どこまで…変な奴なんだ???この女!!

「人の話しは聞けよな。」
「聞いてる。聞いてる。これ虫干しするから外の日の当たるトコ出して。」
「だからなんでオレが…」

言ってる最中にドサリと段ボール渡された。

「だから…」
「ここの学生なら大学の為に肉体労働惜しむんじゃない。」
「だから…」
「ん?あんた天然?髪ストレートじゃない。さっきは撥ねてたのに。」
「え?ああ…そうだけど…」
「いいよね…天パー憧れるわ。パーマかけなくていいんでしょ?」
「そう言うわけじゃないけど…ってオレここの学生じゃ無いんで手伝う義務無いんだけど。」
「え?ここの学生じゃないの?じゃあなんでここにいるの?あんた誰?不審者?」
「ここの学生と待ち合わせ。」
「あら…そ?でも手伝っても罰は当たらないでしょ?ついでに手伝いなって!
服も乾いてないんだし。」
「ええ〜〜〜?意味わかんない?手伝う理由無いし。」
「ゲホゴホ…病弱な身体なもんでこの仕事はキツイ…段ボールも持てない…」

わざとらしく咳込みやがって…

「さっきしっかりとこの段ボール自分で持ってオレに渡しただろ…」
「あら?そうだったかな?近頃記憶が曖昧で…」
「………わかったよ。手伝うよ…手伝えばいいんだろ?」

半ば諦めでそう言った。

「最初っから素直に言えばいいものを…」

「!!!」

何だ!!その呆れ顔は!!!!ムカつく!!!



「ああ…それはもっと広げないと中まで乾かないよ!」

「ったく…うるさいね!あんた!乗り気じゃ無かった割には口煩いよね!姑か小姑みたいだな!」

「あのなやるからにはちゃんとやれよ!オレ家事全般こなせるからそう言う細かい所が気になるんだよ!」

「男のくせに…」
「関係無いだろ!いいからブツブツ文句言わずにやれ!
言い出しっぺオタクだし力仕事オレがやってやってんだろ!」

やり始めたら気合いが入って主夫の血が騒ぐ。
まあモノは古い本やファイルに書類…確かにカビ臭い。

「でもこれってこれから先必要なわけ?」
「知らん!でも大学は棄てずにとってあるんだから大事なもんなんだろ。」
「フーン…」
「なんだ?」
「オタク何してる人?」
「大学の事務全般ってトコか。」
「フーン…」
「後1箱か…頑張ったな!」
「オ・レ・が・なっ!!」

ここは主張させてもらう。
何個段ボール運んだと思ってる。

「さて…後はこのまましばらく乾しとくだけだ。おいアンタ!コーヒー淹れてやるから飲んできな。」
「当然の報酬だろ。」

オレはスエットに着いた埃を払いながら女の後をついて行った。


「髪…乾いたな。」
「え?ああ…」
「跳ねてる。」
「天パなもんで。」

そんなクリクリしてるわけじゃないが毛先が跳ねる。


「そこ座ってて。」

さっきの物置の部屋とは違った小さな応接間の様な部屋に通された。
ちょっと古っぽいソファに座ってコーヒーが出されるのを待ってた。

本当は自分で淹れた方が美味しいかと思うけど流石にそこまではする気になれなくて
ソファの背凭れにもたれ掛ってボーっとしてた…

耀くんまだかな…

チラリと部屋の時計を見ると…

「あっ!!時間過ぎてる!!!」

慌ててソファから飛び跳ねた!

「ん?」
「あんたに付き合ってたら待ち合わせの時間10分も過ぎてるじゃん!!」
「えー?ああ…人と待ち合わせしてたんだっけか?じゃあその人にココに来てもらいなよ。」
「は?」
「コーヒーその人にも奢ってやる。それに服だってまだ乾いてないだろ?」

「………」



「あ!耀くん?オレ…待った?」
『あのね椎凪…祐輔がもうちょっと掛かるんだって。だからオレもう少し行くの遅くなる。』
「そっか…あのね耀くん」
『ん?』
「ちょっと事情があってさ…オレ大学の…」
「第3談話室。」
「第3談話室ってトコにいるからさ…」
『第3談話室?何で?』
「ちょっとね…だから祐輔が来たらここに来て…」
『わかった。じゃあもう少ししたら行くね。』
「うん。待ってる……なるべく早くね」
『うん。なるべく早く行くから…じゃあね椎凪…後でね ♪ 』
「耀くん…」
『ん?』
「愛してるよ…」
『うん!オレもだよ椎凪!』

そう言い合って電話を切った…


「まったく…真っ昼間から何歯の浮くような事言ってんだか…」

もの凄い呆れ顔されながらコーヒーを渡された。

「羨ましい?」
「別に。」

「滝沢さん!」

ノックも無しに入り口のドアがバタン!と勢い良く開いた。
入って来たのは多分ここの学生だと思うけど…

まあ地味でも無く派手でも無く…至ってごく普通の男子学生…

「茂手木君…どした?」

どうやらこの女の知ってる奴らしい。

「ああ…1年の茂手木君。」
えらい簡単な紹介だった。
「み…見付けました!」
「は?」
「ほら!前言ってたでしょ?可愛い女の子見掛けたって!」
「ああ…構内ですれ違ったって言ってた?」
「はい!それからしばらく見掛けなくて…でも名前も知らないからずっと探してたら…
さっき中庭の所で立ってるの見掛けたんです!」
「へえ…で?声掛けたの?」
「そ…そんな事!見付けただけで…緊張して…」

「でも声掛けなきゃまた探さなきゃならないよ。」

「え?」

オレが横から声を掛けたら驚かれて振り向かれた。
今まで気付かなかったらしい…それだけ興奮してたのか?

「ああ…気にしなくていいよ。ただの通りすがりの暇人な男だから。」
「あのな…別に暇してたわけじゃないからな!ったく!」
「でもこの人の言う通りだよ。名前くらい聞かなきゃまた何処の誰だかわからなくなるじゃないか。」
「だから聞きました!まあ…本人にじゃ無いけど…何人か傍を通る人に聞いてやっと…」
「本人に聞けばいいのに。その方が手っ取り早いし時間短縮出来るしそのまま誘える。」

オレならそうする…そんな面倒な事…

「でででで…出来たらそうしてます!」

「はいはい…生まれてこの方彼女いない暦更新中の童貞君か…」

堂本君のお仲間ね…

「なっ!!何ですか!!あんたっ!?」
「大学生にもなって中坊じゃあるまいし…って今の中学生の方が君より進んでるかもね。」

そう言ってオレはコーヒーを一口飲んだ。

「失礼だな!!」
「いいから…で?何処の誰だったの?」


「え?あ…ああ…あのですね…3年の 『 望月 耀 』 さんって人です!! 」



「 !!!! 」


一瞬…コーヒーカップを持つ手がピクリとなった…

今…コイツ何て言った?

耀くんの名前だったよな……



それからオレはソファの背凭れにもう一度深く凭れ掛って…

2人にはわからない様に…そっと 『 オレ 』 を出した……