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 「あそこです。」

 何年も使っていない工場跡…とある事件の関係者であろう暴力団の組員が
 潜伏してると言う情報を掴んだ。
 張り込んでると何人かが出入りをしてる…間違い無さそうだ…
 相手は5人…こっちは椎凪さんと俺の2人…どう見ても応援を待ったほうがいいと判断して
 今到着するのを 待ってると言うわけだ。
 俺は堂本 智まだまだ新米の刑事だ。
 此処に配属になって何かと一緒に行動してる椎凪さんと犯人達を追い詰めたってわけで…
 「今応援要請しましたから…」
 横に立って工場跡をジッと眺めてる椎凪さんに向かってそう言った。
 「えー!そんなの待ってたら帰るの遅くなるじゃん。やだなーー困るよぉ!」
 椎凪さんが突然不貞腐れたように俺にぼやいた。
 「なっ…何言ってるんですかっ!!椎凪さんっっ!!」
 「だって夕飯の支度しなくちゃいけないんだよなーお腹 空かして待ってるんだよ!!耀くんがさ!!」
 「はぁ?夕飯の支度?少し位遅くなっても死にゃあしませんって!!」

 「オレの作るご飯は愛情表現の一つなんだよっ!!
 バカにしてる?君!!ねぇ?バカにしてるでしょっっ!!」
 突然椎凪さんがムキになり始めた…何なんだ?しかも力説し出したし…何考えてんだこの人っ!!

 「してませんってばっ!!今は犯人逮捕の方が優先でしょうって言ってるんですっ!!」
 「もーいいよ…君に愛を語ったオレがバカだった…5人だっけ?」
 「はい…」
 何だ?何でそんなに呆れてるんだ?俺の言ってる事は正しいだろ?
 「堂本君犯人取り押さえた事あるんでしょ?」
 「はい。そりゃありますけど?」
 「じゃあ何とかなるか…」
 チロリと俺の方を見てそう言った…大丈夫かな…なんて呟いてるけど…!?…
 「え?椎凪さん !?まさか?」
 「君の方に投げるから4人は2人ずつ手と足で繋いでね…はい手錠。後は君の使ってよ。」
 「え!?はぁ…あの…」
 戸惑ってる俺の事なんかお構いなしに自分の 手錠を俺に渡して来た。
 「1人は動けない様にやるからさ。ほら!行くよ。」
 そう言ってスタスタと工場に向かって歩き出した…ウソだろ????
 「ちょっ…椎凪さん!!」
 チョイチョイと手を動かして俺を催促する…えーーーマジ!!!

 その後はあっという間だった…
 相手が不意をつかれて体勢を整える 前に一人に椎凪さんの蹴りが入った。
 狙ったように蹴り飛ばされた相手は俺の足元に倒れ込んで来る…次も…そのまた次も…
 4人が俺の足元で蹲ってる…
 「君…ツイてなかったね。」
 最後の一人の洋服を掴んでそう言った…そう言えば最後の一人は動けない様にするって言ってたけど…
 思ってるそばからさっきまでとは まるで違う一歩間違えばマスいんじゃないかと思うような急所を
 殴りつけて5人全員叩き潰した…

 「終了…」

 そう言って椎凪さんは軽く溜息を吐き出した… 俺は手錠を嵌めながら呆気にとられていた…
 「ごくろうさん。くすっ」

 なんだ?鼻で笑われた…手錠を嵌めるだけの俺に…嫌味ですか?
 どうせ何の役にも 立ちませんでしたけど…


 それから5分としないうちに応援の警官が到着した。
 「じゃ後よろしくね。」
 そう言って椎凪さんが俺の肩をポンと叩く。
 「あ…ご苦労様です…」
 俺が振り向ききらないうちに椎凪さんはサッサと現場を後にした…
 夕飯を何にしようかという声が聞えた…
 「あ…あの内藤さん。」
 傍にいた内籐刑事に声を掛けた。
 「椎凪さんって…息子さんいるんですか?」
 「え?何で?」
 「だって…『耀くん』がお腹空かして待ってるって…」
 子供じゃなきゃ弟とか?
 「ああ…」
 クスリと笑った…?
 「恋人だよ。一緒に暮してるんだよ。」
 「ええ?恋人っ?彼女ですか?」
 「いや…男の子らしいよ。あ!まだ付き合ってはいないのか?本人はもう恋人だって言ってたけどね。
 その子の為に毎日早く仕事片付けて帰るんだよ。」
 「いいんですか?それでっ!?」
 俺は呆れ気味に聞いてしまった…仕事柄そんな事が優先されていいのかと思ったから…
 「彼やる事はちゃんとやる人だよ。 情報集めなんて得意だし…今日だって手際良く終わらせただろ。」
 内藤さんがさほど気にもして無いように俺に話してくれた…ああ…内藤さんも同じ考えなんだと思った…
 どうもここの課の人達は何か刑事の仕事を軽く考えてる様なフシがある様な気がする…

 でも…全員俺よりも仕事出来るんだよな…なんて…少し落ち込んだしまった… 情けない…はぁ…


 そらから直ぐの非番の日…どうしても気になって…来てしまった…
 椎凪さんの恋人が通っていると言う大学…別に深い意味は無かった…
 ただの好奇心…チラッと見るだけのつもりだったんだ…
 名前だけ内藤さんに教えてもらった…だから会えるかは分らなかったし…
 正門で出て来た学生に声を掛けて 分らなければ帰ろうと思ってた…
 何気に目を惹いた女の子に声を掛けた…マジマジと顔を見たら…凄く可愛い子で…
 うわ…ドキドキしてきた…
 「あ…スイマセン… 2年で『望月耀』って人知りません?」
 声を掛けた時からおかしかった…もの凄い警戒されてたし…それが更に警戒されたのが分る…なんだ?
 「オレに…何か…用…?」
 は?…え?何だって…?
 「あ…あの…もしかして…君が望月…耀…君?」
 念の為に聞いてみた…
 「そ…そうだけど… 君…誰?」
 ええっっーーー!!マジっすか??本当にこの子?男?これで…男なのかっっ??
 すげー可愛いんですけどぉーーーー!!
 「本当に望月耀君? 人違いじゃないの??」
 あんまりにもビックリして思わず相手の肩を掴んで詰め寄ってしまった。

 「 !!! 」

 その時相手が思いの他驚いた 顔をした…真っ青になってる…次の瞬間…

 「 やあああああああっっ!!!!ゆっ…祐輔っ!!祐輔来てっっ!!!!!」

 思いっきり叫ばれた!!
 余りにも突然で俺は肩を掴んだまま動けなかった…
 「えっ?いや…俺は何も…」
 慌てて説明しようとしても全く聞く耳を持ってくれない…

     ド カ ッ !!!

 「 ぐ え っ !! 」
 イキナリ鳩尾に蹴りを喰らって思いっきり後ろにすっ飛んだ!!何だ?何がどうなってんだ?
 「テメェ…耀に何しやがるっ!!」
 何処から来たのか…一人の男が殺気満々で立っていた…


 「何やってんの?堂本君…」

 椎凪さんが呆れた顔で俺を見つめて呟いた…
 椎凪さんの同僚と 説明したら何故か椎凪さんが呼び出されたって訳だ…ヤバイ…
 「いや…本当…純粋な好奇心だったんです…いつも椎凪さんが『耀君』って言ってるんで…
 本当悪気なんて無くて… どんな子なのかなぁって…」
 もうバツが悪くて椎凪さんの顔が見れなかった…
 「まさか…こんな可愛い男の子なんて…つい…本人の口から聞こうとして…あの…」
 「もー耀くんは極度の人見知りなんだから大胆な行動出ちゃダメだよ。」
 椎凪さんの背中に隠れながら俺の事を伺ってる彼…やっと本当に椎凪さんの知り合いだって信じて
 貰えたみたいだ…!!…
 「え?」
 いきなり椎凪さんに胸倉を掴まれた。
 
 「次にオレに黙って耀くんに会ったらオレが君殺すよ。オレ同僚でも容赦しないから…
 気をつけてね…堂本君。」 
 何だ?もの凄い殺気だ…
 椎凪さんなのに…まるで別人みたいだ…そんな椎凪さんの顔が目の前にある…
 「あ…は…い…すみません…でした…」
 それしか…言えなかった…
 「わかってくれれば良いんだ。」
 そう言って手を放した椎凪さんはいつもの明るい椎凪さんだった…さっきのって…一体…
 「ごめんね。祐輔!でもありがと。」
 「ったく…人騒がせなヤローだなっ!!」
 「ごめんごめん。」
 楽しそうに話す椎凪さんの後姿を眺めながら…俺はまだ動けなくて…その場に立ち尽くしてた…

 超…怖かったんですけど…椎凪さん…


 そんな事があった数日後…オレは勤務してる警察署の屋上にいた。
 憩いの場所の様にチョトした公園のようになっていて何個かのベンチも置いてある。
 その一つにオレは同じ署の 総務課の女の子「香山 美登里」さんと腰掛けていた。

 「はい。洗わなくてごめんね。」 
 そう言って空のお弁当箱を渡した。
 今日彼女がオレの為にお弁当を作って来てくれたんだ…
 それをオレは受け取り拒否もせずちゃんと完食して返していると言うわけ。
 「え?あ…いえ」
 「60点」 
 唐突に言った。
 「え?」 
 キョトンって顔してる。
 「オレ趣味が料理なの。もう少し慣れればいい味と焼き加減出来るんじゃない?」
 「あっ…すっ…すいません。」
 バツが悪そうな顔してる… 
 あー!こーゆーのってダメ出しって言うのか?悪かったかな?まっいいか…別に。
 「何でオレにお弁当作ってきてくれたの?」
 「え?…それは…」 
 急に聞かれて赤くなってる…まあ理由わかるけどね…
 「もうこんな事しないでね。」
 タバコに火を点けながら淡々と言った。
 「…椎…」 
 少しビックリした顔をしてオレの次の言葉を待っている。
 「オレ好きな子いるの。」
 「知ってます…でも…」 
 俯いてか細い声で答えてる。

 「だから…迷惑なんだよね…君のその気持ち。」

 ハッキリと彼女の顔も見ず続ける。
 「オレその子以外絶対好きにならないから…時間の無駄だよ。そんなのもったいない。
 他に見つけてそっちに行った方がいい…」
 黙って彼女は俯いてた。
 オレはお構い無しに立ち上がって言い続ける。
 「オレ君が思ってるほどいい人じゃないよ…オレの事諦めてね。
 じゃないと君の事嫌いになるから。じゃあね。」
 そう言ってニッコリ笑って歩き出した。
 多分…泣いちゃたかな?動いてる気配がしない…別に気にしないけどね…仕方ないんだよ。

 屋上を出ようと扉の所に行くと 堂本君が立っていた。
 どうやらオレを探しに来たみたいで今の話聞かれたらしい…少しムッとした顔してる…なんで?
 「何もあんな風に言わなくたっていいじゃ ないですか!思う事は自由ですよっ!!」
 彼女の気持ちを代弁してるつもりなのか?オレの事許せないって感じでつっかかて来た。

 カッチーン!!

 はぁ?何コイツ…ふざけんなっ!!誰に向かって文句言ってんだ?ああ?……あ!切れモード突入。
 「……堂本ぉ…」
 オレはワザと殺気を出し撒くって振り返った。

 「それはお前がオレの表の顔しか知らないからだよっ!!」

 「!? 椎凪…さん?」 
 突然振り向いた途端椎凪さんに怒鳴られた!うわっ…スゲー怒ってる!!なんで??
 「オレは自分の周りの女は相手にしないんだよっ!学生の時も住んでる所でも職場でもなっ!
 毎日朝も昼も夜もベタベタされんの大嫌いなんだよ!!」
 手加減せずに怒鳴り続ける。
 「特にあーゆー一途な子ははっきり言わねーとどんどんオレに入り込んでくんだよっ!
 現にオレに好きな子いるって知っててオレに弁当作ってくんだぞ!
 傷つけ無い様に優しくしてたらもっとエスカレート してくんだよっ!
 オレしつこい女大嫌いなんだよっっ!!!それに万が一オレを好きな奴がいるって
 耀くんにバレてみろっ!今度は耀くんが不安になんだろーがっ!」
 畳み込むように続けて反論なんかさせない!
 「耀くんを不安にさせる事をオレがほっとくわけねーだろっ!
 ヘタすっとその子とうまくやってとか言われんだぞっ!そんな事出来っか!!」
 「はぁ…」
 あまりの勢いにビビリまくってるらしい。
 「オレと耀くんの間の不安要素はどんな小さな事でも排除する!
 オレと耀くんのジャマする奴には 容赦しない!これが本当のオレ!いつもは猫被ってんのっ!
 覚えとけよっ!堂本っ!!」
 最後にトドメの一言を言い放つ。

 「オレに説教なんて一万年早えーんだよっ!!!」

 オレにネクタイを掴まれ逃げる事も出来ず至近距離でオレに散々文句を言われ続けた堂本君は
 顔面蒼白になってやっとの思いで
 「は…い…すみませ…ん。」
 …と言った。

 当然の事ながら堂本君はお仕置き決定!
 超有名洋菓子店の高級ケーキを涙が出るほど買わせてやった。

 もちろん耀くんへのプレゼント。オレが 買ってきたって事で!