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 「…ん?…」

 目が覚めて…いつもと違うベッドの感覚で部屋を見回した…何処だここ…?見覚えない…

 オレ…昨日どうしたんだっけ?
 「椎凪!目覚めた?」
 そう言いながら耀くんが部屋のドアを開けて入って来た。
 「耀くん…?おはよう…ここ…何処だっけ?」
 「やだな…憶えてないの?…昨日から慎二さん達と一緒に撮影の仕事あるからって
 『TAKERU』の別荘に来てるんじゃないか。 椎凪夕べ着いた途端にスタッフの人達と
 盛り上がってお酒飲んで…」
 「…あ…!」

 思い出した…そうだ…夕べここに着いて…こんな形だけど耀くんと外泊なんて初めてで…嬉しくて…
 盛り上がっちゃたんだっけ…

 ボテッ!

 「椎凪!!」
 椎凪が突然枕にうつ伏せに倒れた!
 「どうしたの?椎凪?具合悪いの?」
 心配でベッドに近づいた。
 ぐいっ!
 「あっ!」
 「捕まえた。くすっ」
 「ちょっ…と!椎凪!!ズルイ!騙した!!」
 ジタバタもがく耀くんをしっかりと抱え込んで上に覆い被さった。
 「おはよう…耀くん。そのまま少し目…つぶってて…」
 「…え?…なん…で…つぶったら…どうするの?」
 「えー?もちろん…」
 ニッコリ笑う。
 「耀くんにキスして抱くに決まってるでしょ? いつもと違う部屋で…耀くんもその気になってる事だし。」
 「なっ…なってないっ!!やだ!離して…や…」
 「甘いなぁ…ダメ。離さな… 「ドカッ! ばっちーんっ!!」 …ぐはっ!!いてっ!!」


 「…まったく…ガード固いんだから…耀くんってば。」

 オレは蹴られたお腹と叩かれた頬を擦りながら食事が用意されている食堂に向かう廊下を耀くんと
 歩いていた。
 「椎凪が悪いんだろ!悪ふざけが過ぎるんだよ!」
 「照れなくていいのにさ。」
 「照れてもいないからっ!!」
 「あ!お早う御座います。椎凪さん。気分どうですか?」
 「おはよ。慎二君…元気だね…慎二君も大分飲んでたと思うんだけど?」
 「やだなぁ。あの位大した事無いですよ。どうします?コーヒー先に飲みますか?」
 「うん…ご飯は…いいかな…」
 「はい。じゃあ待ってて下さい。今持ってきますから。」

 食堂と言っても大分広い。ちょっとしたホテル並みの広間に バイキング形式に朝食が置いてある。
 まあスタッフの分もあるからその方が効率がいいだろうし…
 先に祐輔がテーブルに座ってコーヒーを飲んでいた。
 「おはよ。祐輔。」
 「ああ…おす。」
 「祐輔は飲まなかったんだっけ?」
 「ああ…あんなのに付き合ってたら身がもたねー」
 「だよね…慎二君お酒強いんだもん…」
 「オレ料理持ってくる。椎凪本当にいいの?」
 「うん…ありがと。耀くん…今はいいや…」

 楽しそうに料理を取りに行く耀くん…その後姿をぼんやりと見つめていた…
 ん?何だ?耀くんに誰か近づいて…オレは慌てて席を立った。

 「あ…あの…」
 「久しぶり。耀君。」
 「ちょっと君!耀くんに何してんの?」
 「椎凪!」
 そう言ってオレの方に引き寄せる。
 「!誰?あんた?」
 「そっちこそ誰?耀くん嫌がってんだろ?」
 「え?そう?久しぶりの再会で戸惑ってるだけでしょ?俺の事はもう慣れたもんね?耀君。」
 「…う…ん…おはよう…浹君…」
 「おはよう。」
 そう言って耀くんにニッコリと笑いかけた。なに?コイツ…なんかムカつく!

 「あ!浹君。久しぶり。おはよう。」
 「おはよう。慎二君。朝飯ご馳走になりに来たよ。」
 「どうぞ。東十条さんはお元気ですか?」
 「元気。元気。」

 彼は浹 清士。大学3年。慎二君の知り合いの知り合いだそうだ。
 何でも一人でこっちの別荘で休暇を過ごしていて慎二君達がここにいると聞いて食事を一緒にしようと
 訪ねて来たらしい…顔馴染みなんだって…

 「へー耀君の所で下宿?凄いね…なんだ俺も下宿させてよ。耀君。」
 「えっ…!そ…それは…」
 「オレは耀くんにとって特別なの!君なんか無理だからっ!!」
 そいつに向かってイヤミったらしく言ってやった。
 「お前が特別ならオレも特別だよな?耀。」
 祐輔が耀くんの顔をムニっと掴んでて話す。
 「じゃあ僕も特別ですね。耀君。」
 慎二君が耀くんの手を掴んで握る。
 「え?あ…うん…」
 2人に囲まれて慌てて耀くんが返事をした。
 「なんだ…あんただけが特別じゃないんじゃん。」
 ニッコリと笑われた。

 「 !!  」 …耀くん…

 「お前だけが特別なんて思ったら大間違いだぞ。椎凪!」
 「祐輔…そんな言い方…したら…椎凪が可哀想だよ…」
 「 ! もしかして…耀くん…オレの事哀れんでる?」
 「え?そんな…事…」
 「だってそんな言い方だったじゃん…今の…」
 「だって…椎凪…みんなにイジメられて…可哀想かなぁ…って…」
 「!! 可哀想だから?…だからなに?」
 「別に…何って…わけじゃ…」
 耀くんが困った顔をした…そんな顔を見てオレはこの突然現れた男の事もあって
 ちょっとムッとした顔になったらしい。
 「…耀くん…オレに同情してるんだ…オレがみんなにイジメられてるから…」
 「同情なんかしてないよ…オレはただ…」
 「じゃあオレの事好きだから?だからオレの事かばってくれてるの?」
 「…椎凪は…下宿人だから…オレ…責任…あるし…」

 苦しいいい訳…そうか…なんか…疲れた…

 「オレ部屋で少し休んでくる…二日酔いっぽいし…慎二君後で起こしに来て。仕事はチャンとするから…」
 コーヒーも飲みかけのままサッサと席を立った。
 「わかりました。薬飲みます?」
 オレは無言で手を振った。
 「え…?椎凪…怒ったの?ねぇ…」
 耀くんがオレ駆け寄って来て訊ねた。
 「別に…怒ってないよ…どーせオレはただの下宿人だもんな…オレの事なんて気にしなくて
 いいんじゃない…」
 「椎凪…!!」

 耀くんがオレを呼んだけど…振り向かなかった…
 オレは自分でも珍しく…耀くんがいるのに…機嫌が悪くなった…

 …あんな奴に…ヤキモチ?
 …でも…オレには…あいつに話しかけられた時の耀くんが…照れてる様に見えたんだ…


 椎凪の部屋の前…何も出来ずに…もう何分も… このまま…立ってる…
 どうしよう…オレ…どうしたらいいんだろ…椎凪が怒るなんて…初めてなんだもん…
 絶対…怒ってた…オレが椎凪の事…下宿人って言ったから?
 でも…そんな事いつも言ってたから…何であんなに怒ったんだろ…可哀想って…言ったから?
 でも…オレ本当に同情から言った訳じゃないのに…あれ?なんだ?涙が…勝手に…

 オレは仕方なく椎凪の部屋の前から離れた…
 「あれ?耀君。どうしたの?」
 浹君がオレの後ろにいつの間にか立っていた…帰る所らしい…
 「 …あ…! 」
 オレは慌てて涙を拭いた。
 「あれ?泣いてた?」
 顔を覗き込まれた。
 「ううん…違う…大丈夫…ゴメンね…」
 「彼氏怒っちゃった?」
 「ち…違うよ!椎凪は…彼氏なんかじゃないっ!!」
 「! ぷっ!耀君…無理しない方がいいよ。」
 「してないよっ…!」
 「だって…2人が言ってたよ。下宿許すなんてって…そう言う事でしょ?
 オレなんかこうやって話してくれる様になるのにどんだけかかったと思ってんの?」
 「それは…」
 「ね!そう言う事!素直に謝れば?」

 そう言ってオレの頭をポンポン撫でた。
 浹君は背が椎凪と同じ位高いから… 頭の上から子供にするみたいに撫でてくれた…
 「響なら抱きしめてあげるんだけど…耀君じゃそう言う訳にはいかないからな。」
 響君は浹君の恋人。高校生で男の子…背格好がオレに似てるんだって…
 だからオレの事を気に掛けてくれてる…
 「ありがと…でも…本当に大丈夫だから…」


  ……部屋から…出るんじゃなかった…喉が渇いて…飲み物を取りに行く途中…
 廊下で2人を見かけた…話は聞えなかったけど…でも話の内容なんかどうでもいい…
 あいつに頭撫でられても…逃げなかった…嫌がらなかったのは…事実だから…
 いつもなら…すぐ駆け寄って…耀くんをあいつから引き離すのに…何でだろ…
 そんな事をしたら…耀くんに嫌われそうだと思った…


 「じゃあ椎凪さん後は美波君に従って衣装の方お願いしますね。祐輔が先だから…
 お昼食べてからになるかな?」
 「わっかた…」
 「…?大丈夫ですか?具合が悪いって言うより…気分が悪い…かな?まだ仲直りしてないんですか?」
 「別に…喧嘩したわけじゃないから…」
 オレは素っ気なく答える…
 「まあ重いオーラ出てるんで僕としては大歓迎ですけどね…」
 「椎凪さんいいですか?」
 「え?ああ…じゃあね…慎二君…」
 「はい。また後で。」

 …オレは…一人テラスから部屋の中の様子を見ていた…
 これから先はオレには入れない世界だから…黙って眺めているしかない…
 椎凪の…撮影してる所…見れるの楽しみにしてたのに…何で?何でこんな事になっちゃったんだろう…
 椎凪はあれから…オレに話しかけてこない…オレの…傍にも来ない…

 こんな事…初めてだ…椎凪が…オレの傍にいないなんて…じわじわと…涙が…込み上げてくる…うー

 …はぁ…何とも気分が重い…耀くんは?… と…ん?耀くんが一人で…テラスに…
 やっぱり…このままって訳にはいかないか…だってオレの手が…耀くんに触れたくて…
 オレの身体が耀くんを感じたくて…耀くんを…求めてる…
 ヤキモチなんて初めてだった…

 「…耀くん…?」
 そっと…近づいて…恐る恐る声を掛けた…振り向いた耀くんは…今にも泣きそうだった…
 「耀くん!!どうしたのっ!!」
 「椎凪…」
 「耀くん?」
 「怒ってるんだもん…」
 「え?」
 「だって椎凪怒ってるじゃんっ!!オレの事怒ってる!…だから…オレ…」
 「耀くん…」
 「オレ…どうしていいか分かんないっっ!! びえっ… 」
 「えっ!!ちょっと…耀くん!!」
 耀くんがいきなり泣き出した…オ…オレのせい?
 オレはすぐ耀くんを抱きしめてあげた。
 「ごめんね。耀くん…泣かないで…」
 「もう…ぐずっ…怒って…ひっく…ない?…うー…」
 涙が…一杯溢れてる…
 「怒ってないよ…初めっから怒ってないから…」
 耀くんをさっきより強く抱きしめる…

 しばらくの間オレは耀くんを抱きしめてあげていた…
 やっと耀くんが泣き止んでくれて…あー心臓に悪い…こっちまで切なくなる…

 「大丈夫?耀くん…」
 「うん…もう…大丈夫…ありがとう。椎凪…」
 泣いた目を擦りながら照れ臭そうに笑う…良かった…

 「オレも…ごめんね…椎凪…椎凪は大切な…オレの友達だよ。」

 「 ええっ!! 友達?? 」
 「 うん。… 」
 ニッコリ笑う耀くん…うそ…友達…?
 椎凪が下宿人から友達に昇格した瞬間でした。

 その日の夜…ベッドに横になりながら一人呟く…

 一体いつになったら恋人になれんだよ…オレを恋人として見れない理由ってなんだ?
 好きな奴がいる?…それは無い。オレを男として見てない?…それも無いな…
 やっぱり耀くんの心の問題か?どうしたらオレと恋をしたいって思ってくれんだろ…

 オレってそんな男として魅力無いのか?…うーん…
 もう無理矢理抱いちゃおうかな…いや…そんな事したら嫌われちゃうし…んーー…


            男として魅力ありすぎて避けられているとは知らない椎凪でありました。