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「椎凪さん!」
慎二君に呼ばれた。
ここは『TAKERU』の撮影スタジオ…
久しぶりのモデルの仕事をサクサクとこなしてる最中と言うわけ。
振り向くと 慎二君の隣に女の子が一緒に立っていた。
「紹介しますね。今売り出し中の吉永沙希ちゃん。それから時々モデルお願いしてる椎凪さん。」
「…は…はじめまして…」
そう挨拶した女の子は控え目な眼差しでちょっとオドオドしながらオレを見てた。
「…はじめまして。」
内気な印象がオレにはしたけど…これでモデルなんか出来る のか?
なんて思ってたら…
「椎凪さん!ちょっとお願いがあるんですけど?」
って慎二君に呼ばれた。
「何?慎二君…」
何か意味深な呼び方だったから ちょっと警戒した。
それに慎二君がオレにお願いなんておかしいし…
「彼女とってもシャイで…いいもの持ってるんですけどカメラの前に立つとダメなんですよ。
だから椎凪さんと一緒に撮りますからいつもの人懐っこい椎凪さんで彼女の事
解してくれません?」
「え?」
ああ…そう言う事…
「お願いします。」
「…別にいいけど…」
「もう甘ぁく迫っちゃっていいですから…沙希ちゃん落とすくらいの気持ちでお願いします。」
「はぁ?何でそこまで?」
「まぁ冗談です けど…そのくらいの気持ち入れて下さいって事です。」
もの凄い笑顔で念を押された…
それが何だか怪しかったけどとにかく解せばいいんだな…
と納得して さっそく実行に移す。

「よろしくね。沙希ちゃん!」
とびっきりの人懐っこい作った笑顔で挨拶した。
「あ…宜しくお願いします…」
照れながら慌てて オレに頭を下げる…うわぁ…真面目なんだ…
真面目でシャイで…典型的ないわゆる『奥手タイプ』の女の子…
まぁ慎二君命令なのでオレは落とすつもりで彼女に近付 いた。

「飲み物持って来ますね。」
しばらく3人で話してる途中で慎二君が席を立った。
「ありがとう。慎二君。」
オレはとにかく笑顔。
慎二君は 飲み物を持ってくると他に仕事があるって言ってそのままオレ達の傍から離れた。

「オレもそんなに回数こなしてないんだよ。」
緊張を解せって事でとりあえず 世間話なんかしてる。
「え…全然そんな風には見えないです…すごく慣れてます…」
「そう?」
「私なんかダメです…カメラの前に立つと緊張しちゃって…笑顔 も引き攣っちゃって…」
そう言いながら更に俯いちゃった…
「何言ってんの。慎二君ってモデル見つけて来る天才なんだって。
その慎二君が良いって言ってるん だから自信持っていいと思うけどな…オレ。」
そう言ってニッコリと微笑んだ。

自分でも分かってる…意識してニッコリ微笑むと相手がどんな反応するか…
大体の確立で相手は頬を染める。
コレは刑事の仕事の時にも役立つけど遊びの相手を見つけるのに自然に身に付いた…
ただ…耀くんにもこの笑顔で笑ったのにシカト されたり怒られた事がある…
恐るべしだ…耀くんってば!!


「へー21?幼く見えるね。高校生でも通じるんじゃない?」
耀くんの1こ上か…と言う事 は深田さんと同級?
「…そんな…もう私なんて現役の子から見たらおばさんです…」
「え?21でおばさん??ハードル高っ!!でもホント制服着たらまだ通用する よ。
見てみたいな…制服姿…可愛いんだろうな…」
……耀くんってば…
話しながら頭の中では耀くんの制服姿が連想されてる…ホント生で見てみたい!!
「……可愛いだなんて…そんな…」
あれれ…顔真っ赤だ…こんなんで??


「じゃあ2人共恋人同士って事でお願いしますよ。甘ぁくね?見た人がトロケ ちゃう位で!」
慎二君が目でオレに合図しながら声を掛ける。
女性向け雑誌の恋に関する企画の写真って聞いてるけど…
「はーい。」
オレは元気に返事を した。
さてさて…では…気持ちを切り替えて…

「ぎゅっ…」
「……あっ…!」

彼女の後ろから腰に手を回して抱きしめた。
「…え?…あ…あの…」
いきなり慌ててる。
「男の人と撮影した事無い の?」
「…は…い…いつも1人で…あの…」
「オレが初?ラッキーだな。ふふ…」
「…そんな…」
「そんなに硬くならないでよ…これは仕事なんだからさ。」
いいながら彼女の髪に顔をうずめた。
彼女に触れる手にも唇にも身体にも下心なんて一欠けらも出してないから
不快に思われてる事は無いと思うんだけど…
「すごいドキドキしてる?」
「…あ…すいません…私…こう言うの初めてで…」
「撮影が?それとも男に抱きしめられるのが?」
「…んあっ…」
彼女の身体 がピクリとなってそんな声が出た。
オレが耳元で囁いたから…
「…あ…みんな見てます…から…止めて下さい…」
「みんなも分かってるよ…これは仕事だって。 君もプロでしょ?オレよりも…」
「そう…ですけど…あ…ちょっと…まっ…」
オレは更に腕を動かして右手は彼女の左の肩に左手は彼女の腰に
彼女の身体の前で 交差させる様にして抱きしめた。
「…苦しい?」
唇が彼女の頬にもうチョットで触れる位置で囁く様に聞く。
「…大…丈夫です…」
息も絶え絶えで瞳も 潤んでる…頑張るね。

BGMの音がやんわりと聞えてる…
耳障りでもなく…聞えないわけでもなく…丁度いい音だ…

「気持ちいい…何だかこのまま 寝ちゃいそうだ…クスッ…」
彼女に頭を摺り寄せながらそんな事を呟いた。
「ねぇ…オレの方に振り向いてよ…」
「…えっ!?」
「恋人同士なんだから 見つめ合ったりするもんでしょ…」
そう言うと彼女の肩を掴んでオレの方に振り向かせる。
「………」
無言で俯いちゃってるよ…

チラリと慎二君の方を 見ると真剣にオレ達をじっと見てる。
慎二君仕事の鬼だからなぁ…きっとまだまだなんだろうな…困ったな…
オレは構わないけど…この子本当に大丈夫なのか? そこまでしても…?
慎二君の視線が痛い…視線で訴えられてるよ…わかったよ…わかりましたよ…
やればいいんだろ…やれば…
「ほらちゃんとオレに腕廻して。」
「あ…」
モジモジしてる彼女の腕を強引に引っ張ってオレの身体に廻させた。
オレも彼女の身体に腕を廻して抱きしめる。
「オレの心臓の音聞える?」
ワザと彼女の頭をオレに押し付けてそんな事を聞いた。
「…はい…」
「君と同じだろ?だから緊張しないで身体の力抜いて…
今だけオレの事彼氏だと思ってよ。ね?」
彼女の顔を両手で挟んでオレの方を向かせて微笑んだ。
ウットリと見上げる彼女の瞳にオレが映ってた…

「大分良くなったんじゃない?彼女。」
ファインダーを覗きながらカメラマンの並木さんが僕に話しかける。
「そうだね…でもまだまだだよ…もう少し…あともう少しなんだけどな…椎凪さん。」
僕は2人 から目を離さずに独り言の様に呟いた。

もう結構な時間2人で絡み合ってる…
一時もオレは彼女の身体から手を離さないでいる…
小さな声で囁いて… 彼女の髪を撫でて…
オレの唇の温度がわかるほど彼女に近づけて話しかける…
最初の頃に比べると彼女も大分リラックスしてきてる…
オレとの会話もこなしな がらオレの目をチャンと見て照れながらも
オレに微笑んでくれる様にまでなった。

スタジオのセットの壁に2人で寄り掛かる。
彼女が壁を背にオレが彼女を 捕まえる様に壁に両手を付いてる。
「何だか…ずっと前から椎凪さんとこうしてるみたいです…」
ホワンとした喋り方だ…大分良くなったかな…
「そう…?」
お互いのオデコをくっ付けた…自然に彼女の両腕がオレの首に廻される…
「今だけ…私…椎凪さんの彼女…ですか…?」
「そう…今だけ…ね…」
彼女の唇の 数ミリ手前でそう言った。
「…………」
彼女が躊躇しながらオレにそっと近付いた…
「……ん……」
一言…彼女の声が漏れる…

…彼女はゆっくりとオレに…優しいキス をしてくれた…


「おっ!いいね。最高のシャッターチャンス!!」
言いながらシャッターを切る音が何度となく響く。
「流石椎凪さん…良くこの 短時間でやってくれました。
祐輔じゃこうはいかないんだよな…助かりますよ椎凪さん。」

僕はクスリと笑うと未だにキスをし続ける2人をジッと見ていた…
ごめんね…耀君…でもこれで…


オレはちょっとビックリしたけど…まあ…いいか…仕事だし…
舌を絡ませあうようなキスじゃないけど…

彼女は ずっと小さく震えてた…
オレはまさかこれが彼女のファースト・キスだったなんて知らなかった…
彼女の性格から言ってそんな事は当たり前の事だったのに…

だから彼女にとってオレは特別な存在になったらしい…