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ザワザワと辺りがざわめいてる…

沙希ちゃんと撮影があってから1週間…今日はオレの撮影。
しかも今日は耀くんが見に来てくれてるからオレはとっても気分が いい。

「じゃあ20分休憩入りま〜す。」

今日は椎凪の撮影を久しぶりに見学に来た。
オレはいつもと違う椎凪にドキドキ!!
長くて…普段と 違う髪の色と瞳の色…アクセサリーもたくさん付けてて…
まるで椎凪じゃないみたいなんだ…
だから椎凪がオレの目の前に立っても思わず見とれて気が付かなかった。

「どうしたの?耀くん。」
「…えっ!!あっ…」
いきなり声掛けられてもの凄いドキッとした…椎凪ってばいつの間に…
やだ…恥ずかしい…だめだ…マトモに 見れないよ…椎凪…カッコイイ…
オレは慌てて椎凪から視線を逸らして俯いちゃった…

「椎凪さん悪いですね。何日も…」
慎二君がニッコリと笑って歩いて 来る。
「別に。愉しいし慎二君にはお世話になってるし。」
「…オ…オレ飲み物持ってくる…」
「あ!ありがとう。耀くん。」

あのままあの場にいたら きっと慎二さんに突っ込まれちゃう…『どうしたの?』って…
思わず退散してしまった…

「はーーー…」
疲れてるからじゃない溜息を吐きながら入り口の 結構な大きさと重さの扉を
何も考えず勢い良く押した。
「あっ!!」
外開きに開いた扉の向こうで短い悲鳴が上がる。
「え?」
うそ… 誰かいた?
「あ!ごめんなさいっっ!!オレが急に開けたから…」
「あ!いいえ…私もぼーっとしてて…」
入ろうか止めようか…ドアの前でウロウロしてたから…
「本当にごめんね…」
「あ…いえ…」
顔を見て驚いた…確かこの人自分の事『オレ』って言ってた…
でも…どう見てもこの人女の人じゃないのかしら…?
「耀君!そっちじゃないよ!飲み物こっちに用意してあるから。」
「あ!?そうなの??」
橘さんが目の前の人に話しかけてる…
『ようくん』って…男の人なんだ… うそみたい…

「あれ?沙希ちゃん?どうしたの?今日は仕事無いでしょ?」
「あ…あの…」
結局橘さんに見付かっちゃった…私ってホントドジ…
「椎凪さんの…撮影やってるって聞いて…その…」
「…えっ??ああ…うん…今休憩時間だけどね…」
顔を真っ赤にして俯いちゃってるけど…これって…

「 !! 」
目の前で恥ずかしそうにそう言ったこの人…
可愛い人で…髪も長くてスカート穿いて…すごく女の子らしい…
でも…椎凪の撮影をなんでこの人が 見に来るの?
しかもこの人は今日はお休みらしいのに…ワザワザ椎凪の為に?

「あれ?沙希ちゃんどうしたの?仕事?」
何も気にする様な素振りも見せず 椎凪が彼女にニッコリと笑った。
「いえ…椎凪さんが撮影してるって聞いて…」
「あ!わざわざ見に来てくれたんだ。ありがとうね。」
「………」
そんな 2人の会話を無言で見てるオレ…やっぱりモデルの人なんだ。
椎凪と一緒に仕事をした人なのかな?また椎凪人懐っこい笑顔振り撒いたんだろう…
思わず疑いの 眼差しを椎凪に向けながら飲み物を渡す。
「ありがとう耀くん。」
椎凪は平然としてる…
「椎凪さんそろそろお願いします。」
「は〜い。じゃ ちょっと待っててね。耀くん!っと沙希ちゃん。」
「う…ん」
オレは何とも情けない返事…そのまま微笑みながら椎凪を見つめてる
『沙希ちゃん』と呼ばれる 彼女から視線が外せなかった…

そんなオレの後ろから慎二さんがいつもとは違う眼差しでオレ達を見つめてるのに
オレは気が付かなかった…


「じゃあ着替えてくるから待ってて。耀くん。」
「うん…」

撮影も終わって椎凪がスタジオから出て行った…
オレはしばらくその場に立ってたけど慎二さんの所で待ってる事にした。
一応椎凪にも言っておこうと椎凪の後を追った。


「私…椎凪さんの事が好きです…」

…え?…いきなり飛び込んで来たそんなセリフ…
曲がろうと思ってた廊下の角で思わず立ち止まる。
そっと覗くと椎凪の後姿とさっきの女の人が見えた… やっぱりあの人椎凪の事…

「え?」
椎凪はビックリしたみたいでしばらく無言だった。
「えー…っと…あーゴメン…オレ付き合ってる子いるから…」
「わかってます…恋人がいないなんて思ってませんでしたから…
でもこんな気持ち初めてなんです…ただ知っててほしくて…黙ってるの辛くて…ごめんなさい…」
そう言って真っ赤になって俯いちゃった。

「……沙希ちゃん…」
まいったな…とその時正直心の中でそう思った…この手のタイプは恋に恋しちゃうタイプ…
一応仕事と念を押しといたけどこの子の頭からその事は消えてるんだ…
自分の胸に仕舞っておけなくて…オレが付き合ってる子がいるって言っても気にしないって言い 張る。
諦めないタイプ…きっとこの子には今のオレは白馬の王子様みたいに映ってんだろうな…
なんて変なイメージまで頭の中に浮かんだ…ちょっと勘弁してくれ…

はー…もー慎二君…責任とってよね…心の中でそう呟く…
それに…この場面を耀くんに見られてたなんて…


「どうしたの耀君?何か変だよ?」
「……えっ!?…」

『TAKERU』のオフィスの慎二さんの席の隣でボーっと座ってるオレに気付いて
そんな声を掛けられ た。
「また椎凪さんの事惚れ直しちゃったの?」
ニッコリと笑って言われちゃった。
「ちっ…違うよ…!!もーすぐそうやってからかううんだから…」
「だって耀君椎凪さんにベタ惚れだからさ。」
「…ベタ惚れって…」
否定できない所が何とも…余計に恥ずかしい…
「彼女ねこの前椎凪さんと一緒に仕事した子 なんだ。」
「え?」
「彼女の事気にしてるんでしょ?椎凪さん見る目普通とちがってたもんね。フフ…」
「慎二さん…」
オレはキョトンとなった…もー… みんな察しが良すぎていつも困る。
ってオレが分かり易いタイプだからなのか…オレって隠し事出来無いんだよな…
「彼女ね椎凪さんの事気になってるんだよ。
一緒に 仕事した時僕が恋人同士みたいにって…注文しちゃったからさ。」
「…恋人同士?」
「そう。だから舞い上がっちゃてるんだ…今…」
「………」
「気になるだろうけどあんまり気にしないで耀君。って変な話だけどさ。
椎凪さんはちゃんと仕事とプライベート別けれる人だから。」
「…うん…」
何でだろう…思わず頷いちゃった…
でも慎二さんに言われると納得しちゃうって言うか…正しいって言うか…
「それに椎凪さんああ見えても浮気できる様なタマ じゃないし!
結構小心者なんだよね!ヘタレだしさ。」
「…!!……」
明るい笑顔で言われた…一言…多いってば…慎二さん…
でも…それもまた言い返せない所が何とも……


「橘さん彼女どうしちゃったの?何かいっつも上の空なんだよね…」
「…!?」

そう話し掛けられたのはカメラマンの並木さんだ。
「恋しちゃってるのは分かるんだけどさ…いつも同じ表情でさ…」
「本人も分かってるとは 思うんですけどね…」
「ま…もう少し時間置かないとダメかな?可愛いちゃ可愛いけどね。
俺なんかそんな純情な気持ちもうとっくに無いもんな…」
「それはお互い様ですよ…僕も並木さんの事言えませんから…」
お互いに苦笑いをしてしまった。


「こんにちは…」
「あ…沙希ちゃん…」
『TAKERU』のオフィスの応接室で久しぶりに沙希ちゃんと会った。
会ったといってもバッタリではなくてオレが慎二君を待ってる間に彼女が入って来たんだ。

「椎凪さんが来てるって聞いて…」
「仕事?」
オレは ソファに座ってタバコに火を点けながら聞いた。
「はい…次の撮影の衣装合わせを…」
「そう。忙しいんだね。」
「…あの…椎凪さんって普段何なさってるん ですか?
モデルは橘さんに頼まれてなさってるんですよね…」
「普段何してるかはヒ・ミ・ツ!」
「あ…そうなんですか…」

しばらく沈黙…

「あのさ…沙希ちゃん…」
「…はっ…はいっ!!」
ビクッと思い切り勢い良くオレの方に向いた。

「オレの事諦めてくれる?」

「……え……?」
「オレ付き合ってる子いるし一緒に暮してるんだ。」
「あ…別に…私は椎凪さんと付き合いたいとか…恋人と別れて欲しいとか言ってるわけじゃ…」
「じゃあ尚更意味が無いよ…オレの事好きでもそれって無駄な時間だから。」
「……何でですか?何でそんな酷い事言うんですか?あの時はあんなに優しかったのに…」
「アレは仕事だったからだよ。」
「……!!……」
彼女が驚いた様にオレを見た。
オレは表情一つ変えずに彼女をじっと見てた。
「もしかして初めてだった? キス。」
コクリと彼女が頷いた。
「そっか…だから尚更か…」
オレはチョット軽い溜息を吐いた。
「でも…君じゃないんだ…」
「椎凪…さん?」
「君じゃだめなんだよ…」
オレは呟く様に繰り返した。
彼女はキョトンとした顔でオレを見てる。
「あの時のキスはオレにとって 仕事上の事でとしか思ってない…」
「…………」
「オレさ昔一晩限りの相手見つけて遊びまくってたの…
だから君が思ってるほどオレいい人じゃ無いよ。 普段猫被ってるんだ…
キスなんて何とも思わない軽い奴なの。割り切れちゃうんだよね…」
「…迷惑って…事なんですか?好きって思われてる事も…」

「……そうだね……オレ…しつこい子嫌い。」

彼女がショックを受けてるのが分かる。
「オレがここまで言う前に分かってほしかったんだけどね…」
言いながらソファから立ち上がった。
「オレ用があるから行くね…仕事頑張ってよ。じゃあね。」

彼女は返事をしなかった…俯いたまま涙がポロポロと零れてたのはわかってた。
でもどうしようも無い事だから…
仕方なく慎二君のいるオフィスに向かう…ああ… もしかしてオレ慎二君に怒られるかな?
なんて思いながら廊下を歩いていた。


「あの子ねいいモデルになりましたよ。」
「え?あの子??」
「沙希ちゃんですよ。」
「……!…ああ…」
そういやあれから1ヶ月位は経ったのか?
「一時期かなり落ち込んでたんですけどあの子頑張り屋さんだから
今では立ち直って元気ですけどね。」
慎二君がその間何かと彼女の傍に居た事をオレは 知らない。
「…へぇ…そうなんだ…」
オレは何だか顔が引き攣ってる…あの後慎二君に何か言われたわけでも無いんだけど…
「一体何があったんでしょうね… 椎凪さん何か知ってます?1ヶ月位前なんですけど…
その頃って一緒に仕事しませんでしたっけ?」
「……うっ…ええっ!?しっ…知らないよ…どうしたんだろうね? はは…」
何でだ?別に何も後ろめたい事なんて無い筈なのに…
「そうですか?椎凪さんなら何か知ってると思ったんですけど?」
意味深な眼差しで見つめられた… ちょっと…何ですか?その眼差しは??
「ま!僕としてはモデルトしても一皮剥けて前よりもいい感じなんで
良かったなぁって思ってるんですけどね。
人間的に 成長すれば彼女絶対いいモデルになるって思ったんです。」
慎二君が何とも嬉しそうにオレに話す。
「…慎二君…まさか最初からそれ狙ってたんじゃ…」
オレは恐る恐る聞いた。
「え?何の事ですか?」
「…………」
『僕何の事か分かりませ〜ん』
みたいなその返事が何ともわざとらしくて…ちょっと慎二君……

そう言えばあの日なんでオレは応接室で待たされたんだ?
いつもは慎二君の部屋なのに…それに彼女オレが来てるって聞いたって言ってたんだ…
まさか…オレが 耀くん以外相手にしないの分かってて…初めっからそのつもりで??
彼女のステップアップにオレの事利用したのかーーーっっ!!??

ええーーーーっっ!!慎二君っっ!!ちょっとそれってっっ……!!!
なんて思ったけどそれを慎二君には言えず……

仕事の為ならそんな事も するんだとオレは思い知らされた……