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今日は椎凪と待ち合わせ。
今日椎凪は撮影の仕事が入ってて慎二さんの所から直接
待ち合わせの場所に来るって言ってた。
オレはトコトコと歩いて待ち合わせの 場所に向かってる。

周りがざわめいてる…何気にみんな同じ方向に向かって視線を向けてる…
『何かの撮影?』
『モデルかな?』
『声掛けてみよっか…』
なんてヒソヒソ…何?誰か芸能人でも居るのかな?
皆が視線を送ってる方にオレも視線を移した…

「……え?…」

視線の先には…髪が…背中まで伸びた 背の高い…
緑色のコートを着た男の人が立っていた…
オレに背を向けていたその人がゆっくりと振り返る…

「あ!耀くん」
「………!!…」
振り返って ニッコリと笑った顔は…見た事のある…顔…え?椎凪?

「見て見て!撮影の衣裳で来ちゃった。ちょっと派手だけど。あは!!」

そう言って両手を広げてオレに 服を見せる…しかも1回転のターン付だ…
ちょっと所じゃ無いくらいの派手さだろ…薄茶色のロングヘアに赤のシャツ…緑のコート…
瞳もカラーコンタクトでブルー だ…
しかも背も高いしモデルやるくらいの顔なんだからさ…目立ち過ぎ…!!
周りの視線がオレと椎凪に注がれてる…やだ…
「どうしたの?耀くん?」
オドオドとしてるオレに気が付いた椎凪が屈み込んでオレを覗き込みながら
心配そうに話し掛けた。
椎凪ってば…分かってない…の?
まさか気付いてない訳じゃない よね…この視線に…?
どのくらい此処にいたのか知らないけど…ずっと注目の的だったに違いないよ〜〜
「耀くん?」
「!!」
不意に椎凪の手がオレに伸び た。
オレは何故か身体がビクリと反応して思わず口走ってた…

「触んないで!!オレ…君なんか知らないっ!!」

「え?耀くん?」
椎凪がビックリ した顔してる…当たり前だよね…でも…
「知らないっ!!人違いだよ!オレは君なんて知らないっ!!」
オレはそう椎凪に叫ぶと猛ダッシュでその場から離れた。
「あ!ちょっと!!耀くんっ!!」
背中で椎凪の呼ぶ声が響いてる…でもオレは恥ずかしくて…
椎凪があんまりにも別人みたいでビックリして…振り返らずに走り 続けてた。

耀くんが猛ダッシュで逃げて行く…
オレの事知らないって…そう叫んで…
「はっ!!」
突然の事で思わず呆けてしまった…オレは耀くんの 駈けて行った方角に走り出した。
オレから逃げれるなんて思っちゃいけない!現役の刑事なめんなっ!


「………くそっ…なかなか手強いな…」
耀くんの 後を追ってはや5分…完璧見失った…
前も耀くんを見失った事があるけどその時は迷子に気を取られてたせいだったから…
今回は違う…出だしでミスった…結構 長い時間呆けてたらしい…耀くんは意外と足が速い。
全力で逃げられると追いつけない…まったく…一体何だって言うんだ…オレ何かしたか?
駅と駅ビルへと繋がる だだっ広い広場で360度見回したけど耀くんの姿は無い…
見回しながら何度も他の奴と視線が合った。
ああ…そうか…そう言う事か…今頃納得…まったく耀くんって ば可愛いったらありゃしない。
でもオレの事知らないなんてヒドイよね…これはお仕置きが必要だよね…耀くん。

オレは耀くんにするお仕置きを考えながら歩き出した。

「……椎凪からだ…」
思わず椎凪の前から逃げ出して10分が過ぎた頃椎凪からメールが来た。
椎凪怒ってるかな…恐る恐るメールを見る。
「…ああっ!!」
思わず叫んでしまった。
送られて来た写メにはオレのお気に入りのケーキが何個も箱に入ってるものだった…
しかもその中の何個かはまだ食べたことの無い新作っ!!

『家で待ってるから。』

の一言が添えられてた。
オレはゴクリと唾を飲み込んだ…

そっと玄関のドアを開けた…静かにドアを閉めて辺りを伺う…
そんな事したって椎凪が居る事は分かってるんだけど…やらずにはいられない…
怖さ半分の…いや…3割の食欲7割で恐怖が食欲に負けた。
と言うかそんな怒られない だろうと分かってたからか…
リビングの明かりが点いていた…ソロソロと近付いてゆっくりとドアを開ける…
一番に目に入ったダイニングテーブルの上にケーキの 箱が置いたあった。
箱は閉まってるのに甘い匂いがした様な気がした…美味しそう…

「オレよりケーキ取ったんだ…」

すぐ横で椎凪の声がしてビクリと 身体が跳ねた。
入り口のすぐ横で椎凪が壁に凭れ掛かって腕を組んでる…
気が付かなかった…気配が無かったよ…
「…椎凪…別に…そう言うわけじゃ…」
あっさり見透かされてる…でも椎凪だって初めっから分かってた筈なんだ…
だからケーキでオレをおびき出したくせに…

「1日50個の限定品なんだって…」

いつの間にかテーブルに移動した椎凪がそう言いながらが箱からケーキを一つ取り出した。
「美味しそう…」
意地悪く笑ってペロリと上に乗ってるクリームを舐めた…
「………!…」
え?食べる気?椎凪…食べちゃうの?
「オレは誰?」
「え?」
「君はオレを知らないって言った。だからオレは誰?」
「………」
椎凪がオレの事『君』って言った…ウソ…そんなに怒ったの?
「こっちにおいで。」
「!?」
いつもと…違う…何?どう言う事?
「こっちにおいで。」
もう一度言われたからオレは恐る恐る近付いた…
これから何が起こるのか分からなくて怖い…
「オレは誰?」
「……椎凪…」
目の前に立って見上げた椎凪は… 『あっちの椎凪』だった…
オレの心臓がさっきよりも早く動き出す…
「オレよりケーキが食べたかった?」
そう言ってパクリとケーキを一口食べた。
「椎凪ズルイ!椎凪だって分かってたクセに!!
だからオレがお気に入りのケーキでオレの事呼んだんじゃないかっ!!」
「まさか本当に来るとは思わなかったよ… オレが怒ってるって思わなかった?」
「……怒ってる…の?」
「だから 『 オレ 』 がいる。」
「…………」

こっちの椎凪はオレも普段あんまり 会った事が無い…
軽い椎凪に疲れたり…何でもない時に時々 『 こっちの椎凪 』 になったりするけど…
もの凄く怒った時にも 『 こっちの椎凪 』 に なるんだった…

「そんなに…怒った?オレがケーキ食べたくて帰って来たから?」
本当は視線を逸らせたいけど…椎凪がジッと見つめてて許してくれなかった…
だめだ…唯でさえ『こっちの椎凪』にオレは弱いのに…
「そんな事はどうでもいい…耀くんはオレに『オレの事知らない』って言った。そっちが問題。」
「だって… あれは…椎凪が…」
「オレが?何?」
「椎凪が…皆に…注目されてて…いつもの椎凪じゃないみたいで…ビックリして…」
「で?オレと他人のフリ?」
「……ごめん…」
「オレ…すごく傷ついたよ。耀くんに『知らない』なんて言われて。」
「……うん…ごめん…」
オレだって椎凪にそんな事言われて逃げられたら… きっと凄いショックだ…
…今頃わかった…

「服脱いで…」

「え?」
「自分で脱いで。」
「……なんで?」
心臓が…ドキドキ…痛いくらいに 動き出した…
「なんで?今から『オレ』が耀くんの事抱くから。」
「……今から?」
「オレに悪いと思ったんなら出来るでしょ?それとも思ってない?」
「…悪いと…思ってるよ…」
「じゃあ自分で脱いで。オレ見てるから。」
「…でも…」

「 オレの言う事聞けないの? 」

「……!!」

『 ─ オレの言う事聞けないの ─ 』

いつもの椎凪なら絶対言わない言葉…あの暗くて重い瞳がジッとオレを見つめてる…

コートのボタンを外す手が 震えてる…こんな事初めてだ…
でも…椎凪が怒るの当たり前だし…でも…でも…恥ずかしい…
コートが床に落ちた…ズボンを脱いで…手が止まる…
「椎凪… 向こう向いて脱いじゃダメ?恥ずかしくて…倒れちゃいそう…」
やっとの思いで声が出た…
「いいよ。」
椎凪がダイニングテーブルに座ってこっちを見てる…
ブラウスのボタンを外して先にサラシを外した…
シュルシュルと布の音が静かなリビングに響いて足元に溜まってく…
ずっと身体が震えてる…堪えてる涙が今にも 零れそうで…瞬きを一杯して何とか堪えた。

ぎ ゅ っ !
「 !! 」
後ろから突然椎凪に抱き付かれた。
「脱ぎ終わるまで我慢できない…」
「…椎凪…あっ!」
そのまま壁に押し付けられた。
乱暴に残ってた服を剥ぎ取られるように脱がされていく…
「まだ撮影残ってるからあんまり時間無いんだけど…
耀くんが2・3回イクくらいの時間はある…」
耳元で囁く様に言われた。
「……椎凪…ん…」
後ろから強引に口を塞がれて乱暴に胸を揉まれた。
「……んっ…んっ…」
いつもは気を使って椎凪はオレの胸はあんまり触らない…
だけど…『こっちの椎凪』はそんな事お構い無しで…
いつもの椎凪がしない事を オレにする。
胸なんか…そんなに触られた事無いから…もの凄く感じて…
あっという間に頭の中が真っ白になった。
「…あっ…や…椎凪…」
椎凪の両腕がオレの 身体を締め上げていく…
指先はオレの身体の色んな所に触れてオレをまた真っ白にしていく…
「……うっ…あっ…」
思いっきり後ろから押し上げられた… 押し上げられて壁に身体が擦られる…
…掴めないのに…思いっきり両手で壁を掴んだ…
「…アッ…アッ…」
何度も何度も押し上げられて壁と椎凪に押し 潰されそう…
そのままその場に押し倒されて仰向けにさせられた…
椎凪が深く深く乱暴にオレに入ってくる…

「椎…凪…やっ…怖い…」

思わず椎凪の 身体を押し戻した…だけどあっさりとその腕は押し返された。
「怖くないだろ?オレは誰?」
「…椎…凪…だよ…」
押し上げられて身体が揺れて声まで揺れる…
「そう…オレは椎凪…」
「…椎…凪…」
もう一度呼んだ…
「そう…オレは椎凪だろ?…だからもう…オレの事知らないなんて言わないで…
オレの存在を…耀くんが消さないで…」
「………」
てっきり…いつもの椎凪が言ってるのかと思ってた…
でも…見上げた椎凪は紛れも無い… 『 あっちの椎凪 』だった…
「椎凪…」
「愛してるって言って…耀くん…オレの事愛してるって…」
「愛してるよ…椎凪…知らないなんて言ってごめんね…」
「耀くん…ゴメン…怖がらせてゴメンね…でも… これがオレなんだ…本当のオレ…
耀くんにも嫌な事するんだ…嫌い?こんなオレ…嫌いになる?」
いつの間にか泣きそうになってるのがオレから椎凪に変わってた…
「ううん…だって今日はオレが悪いんだもん…椎凪が怒るの当たり前なんだ…」
「怒ってないの?オレの事嫌いにならないの?」
「うん…好きだよ。椎凪…」

こう言う時椎凪は凄く子供みたいになる…小さな子供…
本当に小さい時誰にも甘える事が出来なかった椎凪は今オレに甘えてる…
だからオレが椎凪の事を怒ったり すると嫌われるんじゃないかってすぐ心配になる…

「本当は耀くんが喜ぶかと思ってケーキ買ったんだ…
でも一人で待ってたらどんどん辛くなった…」
「今も辛い?」
今度はオレが椎凪に腕を廻した。
「ちょっと…」
「じゃあオレで元気出せるかな…」
「大丈夫…」
「でも…オレが2・3回イクぐらいの 時間で足りるの?」
椎凪の顔を覗き込んで聞いた。
「まだ夜がある。それまで待ってて…」
ちょっと苦笑いの椎凪の笑顔が戻って来た。
「うん…待ってる… オレ椎凪を待ってるよ…」

それから…オレ達は時間の許す限り愛し合った…

椎凪はずっと『自分が愛せる人』を探してた…
でも本当は『自分を愛して くれる人』を探してたんだよね…
『親から愛されなかった自分』を愛してくれる人…オレと同じ…

ねぇ椎凪…オレの愛で満足してくれるかな…
オレの愛で 足りるか判らないけど…オレの愛を椎凪に全部あげる…
今日は本当にごめんね…椎凪…傷つけてごめん…


「なんか椎凪じゃないみたい…」
長い髪を 掴みながら呟いた…元はと言えばコレのせいだ…
「今日は周りにヤキモチ妬いたからじゃないよね?」
「…うん…」
「驚かせ過ぎた?」
「うん…」
「そっか…」
「うん…」
「似合わなかった?」
「似合い過ぎてた…」
「ありがと。」
「うん…」

オレは恥ずかしくって照れ臭くって…変な感じ だった。
「…!?あれ?椎凪…これ…ピアス…」
朝は開いてなかったのに今は両方の耳に綺麗なブルーの宝石が付いていた。
「慎二君に無理矢理開けられた。」
そう有無も言わさずいきなり『開けちゃいましょうね!』の一言でやられた!!
どうやらこの前から狙ってたらしい……

椎凪はその後『なるべく早く帰って 来るね。』って言って出かけて行った。
リビングで椎凪が買ったケーキを箱から取り出した。
確か此処を椎凪が一口食べたんだ…しっかりとそこを狙ってパクリと 頬張った。

「間接キスだ…ふふ…」

なんて思いつつ…次のケーキを取り出そうと手を伸ばした。