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いつもの様に庭に散歩に出た…
この屋敷の庭は広くて…大きな木が沢山あって…
風に…小枝が揺れて…とっても心地よくて…
長い時間そこにいる事が多い…
今日もいつもの様にしばらくの間…風で揺れる小枝の音を聞いてた…
そんな時…誰かが近づく気配がして振り向いた…

男の人が…一人…優しく…微笑んでる…
「君…誰?」
怖くは無かった…でもこの屋敷の中で…会った事の無い人…
その問いに一瞬動揺した様に見えたのは…気のせい?
「あ…!祐輔の携帯に 映ってた人だ…祐輔の知り合いの人だよね?」
そう尋ねると彼はニッコリ笑った…
「名前…何て言うの?」
彼は人差し指を口に当てて…シィ…ってした…
そしてその指をオレの首からかけてたペンダントに当てた…
ビックリしてペンダントを見た時右京さんに呼ばれた…
「 耀 」
その声を聞くとその人は黙ってバイバイって手を 振って後ろに下がった…
「あっ…!」
思わず帰ろうとする彼の腕を掴んだ…何でだか分からない…でも身体が勝手に動いた…
その人を見つめると困った様な顔を してる…でも…違うんだ…

「なんで…泣きそうな顔…してるの…?」

最初に会った時から思っていた…今にも泣きそうな…
でもそれを我慢してるみたい な顔。
「あっ…」
その問いかけに反応する様に余計泣き出しそうな顔になって…
掴んでた腕を振りほどいて行こうとする…
その身体に抱きついて行こうと するのを止めた…
見下ろす顔に涙が…頬を伝って落ちていた…
その後は…よく憶えていないけど…身体が勝手に動いて…
両手で彼の顔を掴むとそのままキスをした…
いやじゃ…なかった…怖くも…なかった…彼も…嫌がらなかった…
「…ん…」
彼の舌が入ってきて…ちょっとビックリしたけど…大丈夫…
何だろう… だんだん頭の中が真っ白になっていく…
顎を掴まれて…抵抗出来ない様に身体を抱きしめられても…怖くなかった…
長いキスの後…彼がジッと見つめる…
「…耀?」
右京さんの声だ…近づいてくる…
ギュッと抱きしめられた…

「オレの事…必ず思い出して…耀くん…お願い…」

震える声で彼が言った… そして静かに離れていく…
思い出して?どう言う事…?


祐輔が…会って来いとオレに言った…
もうすぐ全て思い出すからって…もう会っても大丈夫だろう って…
ただし余計な事はするなって言われた…だから…顔を見るだけで良かったのに…
耀くんを見た途端…涙が…溢れそうだった…
オレの事を…知らない耀くん…
だけど…オレにキスしてくれた…それだけで…オレは充分だった…

その日の夜…今日の事を考えていた…右京さんには話してない…
何で名前も知らない人と… キスしたんだろう…
でも…あの時あの人を見てたら…キスしてあげなきゃって…思った…
身体が勝手に動いた…
それに…あのキス知ってる…した事がある… 何で?彼は…だれ?
このペンダント…指差してた…そう言えばこのペンダントって誰のなんだろう…?
ここに来た時もう持ってたって右京さんは言ってたけど…
やっぱり明日右京さんに聞いてみようかな…
あれこれ一人で色々考えていると部屋の扉がノックされた…
「耀…いいかい?」
「あ…はい。」
右京さんだ…
部屋に入ると右京さんはベッドに腰掛けて軽い溜息をついた…
「…?右京さん…」
「耀…ここにおいで…」
隣に腰を下ろす…
「このままでは君は先に進めな いものね…気は進まないけど…続けよう…」
「はい…」
いつもと違う右京さん…何だか辛そう…

右京さんの瞳が優しく見つめる…
そうするとだんだん意識が遠く なって…もう一人の自分の記憶の夢を見る…

「ペンダントの持ち主…誰だか判るかい?」
「えっと…」
人影がぼんやりと見える…いつもそこまでしか判らない…
でも…今日は…誰だか判る…
「椎凪…そう…椎凪のペンダント…」
「彼はどんな人だい?」
「とっても…明るくて…耀に優しい…
耀が男の子だって分かって も好きって言ってくれた…」
「そう…耀は彼をどう思う…?」
「初めは…信じなかった…きっと耀の事…変に思うと思ってた…
でも椎凪いつも同じ…耀の事… 好きって…」

椎凪の笑ってる顔が浮かぶ…
「椎凪…」
「彼に…会いたいかい…?」
「椎凪に…?椎凪…に会いたい…会って…耀の事抱きしめて欲しい…」
本当にそう思った…
「そう…じゃあ今夜は椎凪君の事を思い出してごらん…おやすみ…耀…」
「おやすみなさい。右京さん…」
優しく頬にキスしてくれる右京 さん…
でも今夜は少し声が沈んでたみたい…?

その日から…椎凪の夢をたくさん見た…
毎日…毎日…好きって…愛してるって言ってくれる椎凪…
あの日…会いに 来てくれたのは…椎凪だったんだ…


右京さんの所に来て2ヶ月半…全部思い出した…
自分が女の子だって事も…昔の事も…右京さんの所に来てからの事も 全部憶えてる…

「耀…もうお別れだね…明日君は椎凪君のもとへ帰るんだ…」
「右京さん寂しい…?耀がいなくなって寂しい?」
「寂しいよ…でも仕方が ない…ずっと待っていたんだから…
椎凪君は…耀をずっと待ってる…彼なら耀を幸せにしてくれるから…
彼のもとへ帰りなさい…」
「はい…」
「時々顔を 見せに来ておくれ…耀は僕の大事な娘なんだから…」
「はい…」
そう言って優しく頬にキスしてくれた…


耀くんが…帰ってくる!!

祐輔の所に帰る 途中右京君から連絡があった。
オレは嬉しくて嬉しくて…信じられなくて…祐輔達と右京君の屋敷に向かった。
2ヶ月ぶり…ううん…もっとだ…
応接間で 待ってるのが待ちどうしかった…
この前こっそり会ったのとは違う…今度は堂々と会える…それに…一緒に帰れるんだ!
扉が開いて耀くんが右京君と一緒に入って 来た。
オレは嬉しくて耀くんのもとに走って抱きついた。

「耀くんっ!!…あれっ!? 」
抱きつこうとしたのに耀くんが消えた…?
見ると右京君が 自分の後ろに隠してる…何で?
「気安く耀にさわるなっ!」
「ええっ??何で?どーゆー事?」
オレは祐輔と慎二君に聞いてみたけど2人共無言…
「君に 言っておきたい事がある。僕はこの2ヶ月半の間耀に付きっ切りだった。
記憶をさかのぼって6歳から20歳まで『 僕が! 』育てた。」
「え?育てた…?」
ちょっと言ってる意味が…??
「だから僕にとって耀は娘だし僕は耀にとって父親だと思いたまえ。」
「父親…?右京君が…?耀くんの?」
耀くんが慕ってる だけじゃ無いのか?え?

「当たり前だろ!だから今後耀に何かあったら僕が黙って無いからね!
これから先耀を傷つける事があったら君をこの世から消すからっ!!
僕それ出来るからっ!!!」

あの瞳でオレに言う…本気だ…右京君…
「耀…何かあったらすぐ僕の所へ戻っておいで。ここが耀の家なんだから。
普段の生活に戻ればどんどん違和感は無くなるし記憶もはっきりしてくるよ。」
そう言ってオレの目の前で耀くんの頬にキスをする。
「はい。」
耀くんも全く 気にしていない…えーー…はい…って…一体どんな生活送ってたんだよーっっ…
オレがそんな事を思っていた時…祐輔はその様子を見て…

『右京が父親で慎二が 母親みてーなもんだから…最強の舅と姑コンビだな…椎凪の奴…最悪…』
と…思っていたらしい…


久しぶりの耀くんと過ごす部屋…本当に久しぶりだ… やっと帰って来てくれた…

いつものソファに2人で座る…
「何かね…変な感じだったよ。オレの記憶をもう一人のオレがずっと見てるんだ…」
「……ねえ耀くん…聞いていい…?」
「何?」
「…耀くんは…男の子…女の子…?」
椎凪が遠慮がちにオレに聞いた…
「やだな椎凪…オレ女の子だよ…
椎凪がそうしてあげて欲しいって…右京さんに頼んでくれたんだろ?
言葉遣いは前のまんまだけどさ…あっ…そうだこれ…ありがとう。椎凪。」
ペンダントを椎凪に つけてあげた。
椎凪の事を思い出してからこのペンダントのお陰で
いつも椎凪が傍にいてくれてるみたいに感じてた…
「やっぱり椎凪がしてるのが一番似合うね。」
何だかずっと椎凪が大人しい…
「もーどうしたの?椎凪?オレやっと戻って来たのに…暗いなあ…」
「ねぇ…耀くん…抱きしめても…いい?」
「…いいよ…」
椎凪がギュッと強くオレを抱きしめる…ああ…懐かしい…椎凪の感触…

「オレの事…怒ってない…?」
「怒ってないよ。」
「嫌いじゃ…ない?」
「嫌いじゃないよ。」
いつもの問いかけ…変わってない…椎凪…
「オレの傍にずっと…いてくれる…?」
「ずっといるよ。大丈夫だよ…」
前と同じ…オレが椎凪の不安を無くしてあげる…
「好きだよ…椎凪…会いたかった…」
「オレもだよ…耀くん…」
久しぶりの椎凪とのキス…
いつまでも…椎凪とオレは離れる事は無かった…

「ふわぁ…」
珍しく椎凪より先に目が覚めた。
久しぶりだなぁ…椎凪のベッド… 椎凪はまだ寝息を立てて眠ってる…
夕べ椎凪はオレを抱かなかった…オレに気を使ってくれたんだな…
コーヒーを淹れてソファで飲んだ…以前と同じ…何も変わら ない…帰って来たんだとホッとした…
自分が女の子だって分かってるだけで後は何も変わらないのに少し驚いた…
こうやってコーヒー飲んでると…椎凪が入って来て…
オレに甘えてじゃれついて来るんだよなぁ…くすっ…思い出して笑いが出た。
しばらくして椎凪が起きて来た。
「おはよう。椎凪。」
「おはよう。耀くん 早いね。」
軽くオレにキスをしてサッサとキッチンへ行ってしまう…

なんか…おかしい…?

「耀くん今日さ…」
話し掛けながら振り向くと耀くんが ソファで膝を抱えてうずくまっていた。
「! 耀くんっ!?」
オレは慌てて耀くんの傍に行くと声を掛けた。
「どっ…どうしたの?具合悪いの?大丈夫?」
昨日の今日で体調が悪いのか?
「……椎凪…オレの事…避けてる…」
「えっ?!」
耀くんが変な事を言い出した。
「なんか前と違う…」
膝を抱えたまま 呟く。

「椎凪オレの事どうでも良くなっちゃったんだ!長い間オレがいなかったからっ!!」

「そっ…そんな事ないよっ!!何でそうなるの?」
「だって…何かよそよそしいっ!オレに触ろうともしないっ!!」
「そっ…それは…」

「椎凪が女の子になってって言ったのに…
そうしたらオレの事興味無く なっちゃったんだっ!!」

「 耀くんっ!! 」
耀くんがオレの声にビックリして身体をビックっとさせた。
「ごめん…だって…耀くんが変な事言い出すから…
だって…前みたいに耀くんの事…抱いていいのか…オレ分からないんだ…」
ずっと悩んでた…やっぱり違うんだろうか…?
「傷ついたりしない?耀くんはイヤじゃ ないの?」
不安そうな瞳でオレを見つめる…
「イヤじゃ…ないよ…ちょっとドキドキするけど…傷ついたりしないから…
オレも試してみたい…前と… 違うのかな…?」
そしてオレは…椎凪にキスをしながら言った…

「椎凪…いつもと同じ様に…オレの事…抱いて…」
「耀くん…」

そう言ったオレを 椎凪は抱き上げて椎凪のベッドに連れて行ってくれた…

お互いを求め合うキスをずっとしてる…
「辛かったら言って…すぐやめるから…」
椎凪はそう言った…
「うそつき…やめないくせに…」
オレの返事に椎凪が 笑う…

今までは…男なのに女の子みたいに抱かれて…
感じていいのかなって…ずっと思ってた…
でも…もう…気にしなくていいんだ…感じるままに…
自由で… いいんだよね…椎凪…
でも…気にしないって…どうなるんだろう…?ちょっと…こわい…

以前の耀くんはどこかオレに抱かれても…感じる事を拒んでる所が あったけど…
今日の耀くんは違う…オレの事…オレに抱かれる事…全部受け入れてくれてる…
あーなんか…いいな…前よりも相性が良いかもしんない… 『オレ』で抱きたい…

「…うっ…あっ!!」
身体が大きく仰け反った。
なに…?急に…あ…激しくなった…やっ…っつ!!
引き上げられて無理な体勢に 抱えられる…
椎凪の体重がかかって…身体の奥の方で椎凪が動く…
「椎凪…や…!」
やめてって言いかけて我慢した…
今日は…やめてって…言わないって 決めたんだ…
久しぶりのせいか…感じる事を…否定しなくて良くなったせいか…
身体が…思ってる以上に椎凪に反応する…
「…あっ…アッ…ハッ…」
椎凪は…どんどん激しくなる…
乱暴に押し上げられるから椎凪の肩にしがみ付いた…
それでも耐えられなくて更に椎凪を掴んだ指に力がこもる…
オレは…もう…限界…椎凪だってわかってるはずなのに…
ベッドの軋む音が激しさを増してる…
オレは頭の中が真っ白になって… 感じてるのに…声も出なかった…

耀くんがオレの肩に爪を立てた…
「…っつ…」
それでもオレは耀くんを攻めるのをやめなかった…
今までと違う耀くん… こんなに開放的な耀くん抱くの…初めてだ…
だからつい耀くんの事を考えずに自分の思うままに耀くんを抱いた…
耀くんが身体をのけ反らせて…そのまま崩れ落ちる…
オレに爪を立てた腕が…力なくベッドに落ちた…

「…ハァ…耀…くん?」
返事が無い…頬に触れたけど反応も無い…どうやら気を失ってるらしい…
「…やべ…ハァ…マジで… やりすぎた…ハァ…」
ボソリと呟いた…オレの息が…乱れる…
動けず…耀くんの身体に覆いかぶさるように崩れた…
今日は…オレも…おかしいらしい…
こんなに なるまで…女の子抱いた事…なかったな…

しばらくして耀くんが目を覚ました…
「大丈夫…?」
優しく頬を撫でた。
「…うん…」
照れ臭そうに返事を する…
「今日はやめてって言わなかったね。」
「…頑張ったもん…」
余計耀くんが赤くなった…可愛い…
「くすっ……!?…ん?」
そう話しながら 何気に布団を引っ張り上げて耀くんが身体を隠す…
「 ?…何で隠すの? 」
「 えっ!?  」
普通に聞いたのに耀くんが思いの外驚いて
照れくさそうにオレ から目を反らして答える…
「身体…見られるの恥ずかしいんだ…」
「ええ?だってオレ耀くんの身体の隅々まで知ってるよ。今更…」
「そっ…そうだけど… 右京さんの所で自分が女の子だって毎日教えられて…
女の子の事も色々教えてもらったし…右京さんにも雪乃さんにも女の子は
恥じらいを持ちなさいって言われて…
そしたらもう…椎凪でも裸見られるの…恥ずかしくなっちゃって…ごめん…」
前も椎凪には身体を見られるはイヤだったけど…
今度は違う意味で恥ずかしいんだ…
布団をギュッと胸の前で握り締める耀くん…
そんな耀くんを見てやっとわかった…ああ…そうか…何が違うって…耀くん…

女らしくなったんだ…!!

凄いよ…右京君!!前の耀くんそのままなのに…そんな事までやっちゃうなんて…

『当然だよ。』
と自信ありげな右京君の顔が浮かぶ…

「あ…後ね… オレ今までは全然気にしてなかったんだけどさ…」
「ん?」
耀くんが真面目な顔でオレに話しかけてくる。

「赤ちゃん…出来ちゃうかもしれないんだよね? 気を付けないと…
今まで大丈夫だったけどさ…」

ガッビーーーン!!!
えええーーーーっっ!!よ…耀くんの口からそんな事言われるなんてっ!!!
なんか…ものすごいショックかも ーーーっっ!!!!

オレはしばし放心状態…そんなオレを耀くんが不思議そうに見つめていた。


数日後…改めて右京君の所に2人で挨拶に行った。
「もーさあ…耀くんがオレの事忘れちゃたらどうしようってずーっと心配だったんだ。
でも良かった…オレの事憶えててくれて!!」
オレはニッコリと笑って耀くん を見た。
「忘れるわけ無いだろう…耀が体験してる事なんだから…
記憶を消した訳じゃ無いんだからね。」
右京君が片肘を椅子の肘掛に付きながらオレに向かって そう言った。
…は??
「え?だって…右京君最初に言ってたじゃない?
オレの事忘れちゃうかもって…覚悟しとけって…」
「僕がそんな不手際するはず無いだろう… 考えれば分かるだろうに…」
もの凄い呆れた眼差しの横目で言われた。
「…え?…」
なに…?言ってるんだろ…右京君…

「君…僕の事見くびってたのかい? 僕の『邪眼』…信じてなかったの?
だから簡単に騙されるんだよ。君は!!」

ゴ ーーーーー ン !!!!

「…………うそ……」
オレは目の前が 真っ暗になった。
「 右京君っ!!! 」
怒りで勢い良く立ち上がる。
「オレがこの何ヶ月どんな気持ちで…」
ホントだよ!!ふざけんなっっ!!
「椎凪…」
耀くんが慌ててオレの腕を引っ張って止めようとした…
「ねえ…椎凪君…」
オレの事なんてお構い無しの右京君の冷静で静かな声がオレを呼ぶ。
「なんだよ?」

「もう一生僕と慎二君に頭が上がらないね。楽しいね…これからの君の人生考えると。」
そう言って右京君がオレに向かって不敵な微笑を投げかけた…

ガ ン ッ !!

オレの頭に何かが落ちた…
それはきっと『外道』と言うこいつらにピッタリな言葉…
「…………」
オレは何も言い返せず…
引き攣った顔で右京君の勝ち誇った様な顔から目が離せなかった。


これから先…本当に頭の上がらない日々が待って いようとは…
オレはこの時思いもしなかった…