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ホテルに戻ったオレ達は右京君の部屋で集まっていた。
オレと耀くんは2人でホテルの周りを散歩しようと外に出る事にした。
せっかく旅行に来たんだからちょっと 位は2人っきりになっても罰は当たらないだろう。
「あ!タバコ忘れた。」
廊下に出た途端タバコを忘れてる事に気が付いた。
いつもならちょっと位吸わなくても 平気なんだけど今日は右京君の手前我慢してたから
取りに戻る事にした。
「じゃあ先に行ってるね。」
耀くんはエレベーターを呼んで待ってるからと先に歩いた。
「うん。すぐ行くから。」


1人廊下を歩いていると前から男の人のグループが歩いてくる…
廊下一杯に広がって…嫌だな…なんかこのホテルには場違いの様な 感じがする…
ちょっと軽そうな…オレの一番苦手な人達…
オレは壁際に寄り添ってやり過ごそうとすると…
「あれ?あれあれあれ?可愛いね君ィ。 オレ達部屋で飲み直すんだけど一緒にどう?」
やだ…囲まれた…
「い…行かないよ!どいて…」
勇気を出して叫んだ。
「んー?コイツ男か?」
「まさか。女だろ?」
言い方が男ぽかったせいか…服装のせいか…そんな事を言い出した…
…でもこの人達お酒臭い…話す度にプンプン匂ってくる…

むんずっ!!
「 !! 」

その中の一人がオレの胸をいきなり鷲掴みした!!

「…………」
オレはいきなりの事で声も出なかった…
「胸あったぞ!こいつやっぱ女だ!へへっ」
オレの胸を触った人がニンマリ笑ってそう言った。
……胸…触られた…椎凪以外の…男の人に…
オレは頭の中が 真っ白なって…触られた瞬間の…手の感触が…身体に残る…
…気持ち悪い…
「ほらぁ行こうぜ。」
…声を掛けられて……はっ!っと我に返った…


タバコを取りに右京君の部屋に戻ると…あ!…開けてもらわないと入れないじゃん…
と今更気付いた…丁度その時中からドアが開いて祐輔が出て来た。
「あれ? 祐輔どうしたの?」
「タバコ買ってくる。」
入れ違いで祐輔が出て行った。


お酒の臭いとタバコの臭い…男の人3人に囲まれて動けない…
「楽しもうぜ…なぁ?」
「ほら行こうよ。」
言いながらオレの身体を押す…
……椎凪……椎凪…来て…
オレは心の中でずっと叫んでた…声に…出さなきゃ…
出して椎凪を呼ばなくちゃ…

「 椎 凪 ! 」

「 おい! 」

「 ズ ド ン !! 」

声を掛けられた瞬間オレを囲んでいた一人の 男の人の顔面に
祐輔の足蹴りが入って後ろに飛んでいった。
「 祐輔っ!! 」
「お前ら耀に何してやがるっ!!」
祐輔がオレを自分の後ろに隠してくれた…
「テメェ…」
男の人達がやられた仲間の人を起こしながら祐輔に凄む…

「 お前ら全員殺す! 」

高校の時から祐輔はやり合う相手に容赦しない…
問答無用で相手を叩きのめすんだ…

「どうしたの?耀くん。」
少し遅れて2人に追いついた…
でも…なにやら様子がおかしい…祐輔の様子も変だし…
「あ…椎凪…」
耀くんの様子までおかしい…
「あの…あの人達がオレに絡んで来て…祐輔が…助けてくれて…う…」
「耀くん?」
「椎凪…オレ…オレ… 椎凪以外の…男の人に…胸…触られたぁ…うー…」
耀くんの瞳から涙が零れた…

ブ ッ チ ーーー ン !!!なにぃ!!!

それを聞いたオレと 祐輔は一瞬で切れたっ!!

「 お前ら全員ブッ殺すっ!!! 」

オレはすぐ傍にいた男の顔に肘鉄を叩き込んだ!
「うがっ!」
呻き声をあげて よろめいた。
祐輔も別の男に回し蹴りを喰らわせた所だった。
流石に騒ぎを聞き付けてホテルの従業員が止めに入る。
「お客様!おやめ下さい。」
「うるさい!離せっ!!」
オレは止まらなかった。
周りにある植木やらオブジェが倒される。
「おいっ!押さえろっ!!」
オレは3人のホテルマンに 抱きつかれて仕方なく動きを止めた。
…ちっ…止めが刺せなかった…



右京君の部屋…ホテルの支配人がひたすら頭を下げてる…
オレにじゃなく 右京君に…

「誠に申し訳御座いません…草g様…
あちらには階を代わって頂きましたので…何卒穏便に…」
絡んで来た奴らは地元の代議士の息子とその仲間 だった…
普段から泊まりに来ては時々騒ぎを起こしているらしい…
いつもは黙認されてる事も相手が草g家の当主の連れとなると
話は別になるらしい…どこまで顔が広いんだか…

「ふーん…ねえ…支配人。次は無いよ…君も…彼らもね。」

支配人を横目で見ながら右京君が冷ややかに言う…
支配人は何も言えなくなり深々と頭を下げて 出て行った。

オレは部屋に戻ってからずっと耀くんを抱きしめている…
怖い思いをしてあんな奴に身体触られたなんて…
「もうオレから離れたらダメだよ。」
オレの方が半べそになった…
「うん…もう大丈夫だから…ありがとう…椎凪…」
「耀くんが感じた嫌な思いの何百倍もあいつらに返してやったからね。」
ホントはもっとやり返したかったけど仕方ない…

オレが耀くんを抱きしめている間中右京君の突き刺すような視線をずっと感じていた…


夜の9時過ぎ… 深田さんが遅れて到着した。
明日は一緒に行動出来る。

祐輔と深田さんの部屋…慎二君は右京君の部屋に移動した…

「あ…」
ベッドの軋む音と… 和海の甘い吐息が洩れる…

「今日は呼び出される事無いんだろうな…」
祐輔が意地悪く和海の耳に囁く…
「…は…い…あっ…」
「和海を抱くのは 一週間ぶりだぞ…まったく…ホントオレの事なんか後回しだよな…」
体勢を変えながら和海を自分の方に引き寄せた…
「ごめん…なさい…んっ…」
舌を絡ませた キスをした…
「キスも…一週間ぶりか…」
「ごめん…なさい…」
「謝るなら毎日オレの所に来い…」
会う度にいつも言うセリフ…
「だって…無理だもの… だから…ごめんなさい…」
これもいつも和海が言うセリフ…融通きかせろっての…まったく。
「…じゃあ今夜は一週間分だぞ…覚悟してきたか?」
「…は…い… 頑張り…ます…」
オレは和海を抱き起こしてオレの膝の上に座らせた…

同じ頃…椎凪と耀の部屋でも同じ事が営まれていた…

「オレが…忘れさせてあげる…」
耀くんの身体に残ったあいつの手の感触をオレが無くしてあげる…
くそ…すげー悔しい…
「あ…ん…」
耀くんが…いつもより積極的になってる…
やっぱりまだショックが抜けてないんだ…
「あ…椎凪…なんで…どうして…優しく抱くの…?」
耀くんが不思議そうにオレに聞く。
「今日は優しく抱いてあげる…」
オレは何度も何度も耀くんの身体中にキスをした…


夜も大分更けた頃オレは一人 ロビーに降りた。
あの後…オレは耀くんが感じるのを見て…我慢しきれず結局最後は激しく耀くんを抱いた…
自分のベッドじゃないって言うのも刺激になって ついつい…攻めすぎた…
耀くんは疲れきって今はぐっすり眠ってる…
ロビーには祐輔がいてタバコを吸ってた…

「祐輔一人?深田さんは?」
「寝てる。耀は?」
「え?寝ちゃった…」

「……」「……」
オレ達はお互い同じ事してたんだなぁ…って思った…

「ねえ祐輔…深田さんって祐輔が初めて付き合った人なの?」
「オレが初めて。 誰とも付き合った事ナイ。」
「え?じゃあ祐輔が全部初めてって事?」
「だろーな…」
「初めての時ってさ…緊張しない?オレ耀くん傷付けやしないかって
結構考えちゃったんだよね…」
これは本当。気にせず迫ってた様に見えたけど結構心配性なんだよね…
特に耀くん相手だと…
「別に…オレと勝負して和海が 負けたから。」
「は?意味が良く分からないな…?」
「オレが勝ったんだから当然の権利だろ?」
「え?もしかして勝負して勝ったから賞品みたいな感じで 抱いちゃったの?」
「簡単に言えば。」
ケロッとした顔で本当に簡単に言った。
祐輔が言うには2人してやりあって深田さんが負けたらしいんだけど…
そう言えば深田さんも空手 習ってたんだった…
「えー?でもそれってヒドクない?それ深田さん承知の上でやりあったの?」
あの深田さんがそんな条件飲むなんて信じられない…
「成り行きで。」
またケロッとした顔で言った…やっぱ強引に持ってったのか?
「じゃあそれで付き合ったんだ。」
それしかないよな?
「いや…その時は 和海の事何とも思って無かったし…どっちかって言えば嫌いだったな…
オレ刑事嫌いだし。」
「うわっ!本当祐輔ヒドイっ!!」
オレがそんな事言えるのかと 思うけど…
「そーか?」
「良く今付き合ってるね?それも祐輔の方が惚れまくってるって感じなのに…
一体どんな心境の変化があったの?」

「和海がオレをかばって犯人に撃たれたんだよ。惚れるしかないだろ?」

オレはビックリして一瞬動きが止まった…ジッと祐輔を見つめる…
「そうなんだ…」
本当…君って良く分からないよ…普段からは想像できない…
サラッと本音話てくれるんだもん…
「それに和海癒し系だからな…一緒にいるとホッと出来るし…
それにオレ以外の男が和海に触れるのを想像したら許せなくて…
だから誰でも 和海に触れたら殺す。椎凪お前は本当に特別なんだぞ!慎二となっ!」
「はは…」
笑って誤魔化した…オデコにキスまでしてもらいました…

祐輔って… 結構…独占欲強いんだ…なんか意外…


次の日…近くに観光スポットが沢山あるから行こうと言う事になり
皆でロビーに降りた。
丁度ロビーの中央で 昨日の3人組と鉢合わせした。
オレと祐輔は無傷だったけど相手はズタボロだ。
それでもまだオレの気は収まってない…耀くんはオレの腕にギュっと掴まってる。

「まったくよー俺達の方が被害者だっつーの!なあ?」
「ああ!こっちは殴られるは部屋まで代えられるは散々だったよなぁ。」
「これだから他所から来た奴は 事情が分かんなくって困るよなぁ?」
自分が代議士の息子だって言うのをほのめかしているらしい…
オレ達は黙って聞いていたけどそろそろ限界が近かった。

「君達が夕べ耀を辱めたのかい?」

唐突に右京君が話しかけた…
「右京さん?」
慎二君が心配そうに声を掛ける…
「ああ?何だお前?」
一人が右京君に詰め寄る。
「辱めたって胸触っただけだよなぁ?」
「ああ別に減るもんじゃなし。」
からかう様に笑いながら更に右京君を覗き込む。
「 !! 」
その言葉にオレは我慢出来なくなって前に出ようとすると
右京君が左手でオレを制した。
「僕がやる。娘を侮辱されて父親が黙ってるわけには いかない。」
「やるって?オレ達を?あんたが?」
「ははっ!!冗談キツイぜ!あんた喧嘩出来んの?マジ笑えるっ!!」
右京君の言葉を聞いてそいつらは 笑った。
確かにはたから見れば右京君はどこかの世間知らずのお坊ちゃまに見える…
(言ったら殺されそうだけど…)
気配を察して昨日の支配人が慌てて 駆けつけた。
「大友様…こちらは…」
「支配人!」
威圧感が言葉にこもる…右京君本気だ…
「さがれ!」
言われて支配人も慌てて後ろに下がる。
右京君は男達に向かって視線を合わせた…
「何だよ…やんの…」
彼らがズイッと右京君に詰め寄った…その時…

「 死 ね 」
何の感情も込もっていない 言い方だった…

同時に祐輔が叫んだ。

「 右 京 ! 」

…… ド ン ッ!!

見た目には…何も映らない…でも…確かに右京君から異常な力が放出されている…
オレも…祐輔も…慎二君も… オレ達には判る…
ロビー全体が闇に包まれた様に感じた…暗くて…重い…
目の前でこれを喰らったあいつらは身体を硬直させて目を開いたまま
3人共その場に 倒れ込んだ…
右京君はじっとそんな3人を見下ろしてる。


「君が声を掛けるから殺せなかったじゃないか。」
祐輔の方を振り向いて不満げに言う。
「そこまですんな。」
「まったく。」
不満そうに右京君が呟く。
「後の事考えろっつーの…」
祐輔が呆れてる。
「耀がいるんだぞ。」
「………フ…」
仕方ないと言った様に溜息を漏らした。


ホテルから20分程 車で移動すると水族館がある。
耀くんは水族館が大好きだからすごく嬉しそうだった。
オレは耀くんに分からない様に一人で歩いている右京君に聞いた。
「本当に殺すつもりだったの?」
ずっと気になってたから。

「 ? あれなら…一週間もすれば気が付く。
僕は永遠に意識が戻らない様にしたかったんだ。
それって死んだのと同じだろ?」

平然と言ってのけた…そんなオレを見て右京君が言った。

「僕を誰だと思ってるの?草g家に…僕にたてつくなんて許さない。
君はまだ判っていない様だけどそれ程僕の一族は強大なんだよ。
新城君は慎二君のお気に入りだから君は耀の恋人だから特別なだけだって事
覚えておきたまえ。」

身体の芯から重く なった…
オレ達…いや…耀くん…とんでもない人に娘って思われてるんじゃないんだろうか…

その後時間が許す限り色々見て廻った。
祐輔は何気に深田さん とラブラブだし…耀くんは右京君に色々説明してる…
耀くんも旅行なんて滅多にしないから…皆で来れて嬉しいんだろうな…
慎二君はそんな皆をニッコリ笑って 見つめてる…

オレは…昔のオレからは想像も出来ない…
こんな幸せで…ゆったりとした時間過ごしてるなんて…夢みたいだった…


3日目の朝 チェックアウトをしていると帰り間際右京君がオレに言った。

「耀は僕と帰る。2人で寄りたい所がある。
明日ちゃんと送りとどけるから君は来なくていい。 気を付けて帰りたまえ。」
そう言って耀くんに手を差し伸べていつもの様に…
「おいで耀。」
って言った…
「はい…右京さん…ごめんね椎凪…明日帰るから…」
耀くんが済まなそうな顔をするけど立ち止まりはしなかった。
「ええーーーーっ!!ちょっと…右京君!!オレそんな事聞いてないよっ!!右京君っ!!!」
オレの叫びが虚しくロビーに響く…

信じられない…耀くんが… 耀くんが…オレを…置いて行っちゃったぁ……

オレはこの世の終わりかと思うほどのショックを受けて…
なのに慎二君に怒られて…車の運転をさせられてる…
「聞いて無かったんですか?てっきり知ってるのかと思ってましたよ…」
「何で?慎二君知ってたの?」
「はい。だから右京さんこの旅行に参加したんですよ。 言ってませんでしたっけ?」
しれっと言う…
「慎二君グルだったんだーっ!!ひどいっ!!耀くん返してよーーーつ!!」
オレはなりふり構わず喚き散らした。
「やかましいっ!椎凪!!明日には帰ってくんだろっ!
引き止められなかった自分の無能さを反省しろっ!!
そんな事よりテメェ事故ったら殺すぞっ!!」

祐輔まで…自分は深田さんがいるからって…みんな…ヒ ド イ ーーー

結局一人だけ散々な目に遭った椎凪…

「テメェオレんとこ泊めねーかんなっ!!」
「 !!! 」

先に祐輔にクギを刺され余計落ち込む椎凪でした。