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「慶彦!」

街で声を掛けられた…でも…この声は…
「やっぱりそうだ!久しぶり!」
そう言って手を振って近づいて来たのはやっぱり輪子さんだった。
「輪子さん!」
「えー1年ぶり?それ以上か?
あんたが今の署に移動する前だから?うわーすっごい嬉しー!!」
「ホント久しぶりだね。」
「久しぶりに… する?」
輪子さんがオレの顔を覗き込んでいつもの様にオレに聞いた。
「ごめん輪子さん…オレもう誰ともしないんだ…耀くん以外とはね。」
そう言ってオレは ニッコリと笑った。
「は?」


近くの喫茶店に入って落ち着いた。
「え?慶彦彼女が出来たの?」
「うん。一緒に暮してる…」
「ホントに? いやぁ信じらんない…あんたがねぇ…どんな子なの?」
輪子さんが本当に不思議そうにオレに聞く…
「え?可愛い子だよ。心が広くてね…あったかくて… オレの全部を支えてくれる…」
「 ! 慶彦変わったね…前はそんなニコニコしなかった…幸せなんだ…」
「そ!オレ今すっごく幸せ!やっと巡り会って…やっと オレのものになった…
色々あったけどオレの事愛してくれる…オレも耀くんの事愛してる。」
オレは自信たっぷりに宣言した。
「うわっ…本当嘘みたい… あんたの口からそんな言葉聞くなんてさ!!」
輪子さんが少し呆れた顔で言った。
「ん?ようくん?男と暮らしてんの?」
「え?ああ…それはオレが呼ぶ時の 名前だから…ちゃんと女の子だよ。」
…今はね…
女の子として生活してる今でもオレは耀くんって呼んでる。
それが一番しっくりくるから…勘違いされる事も あるけどオレも耀くんも気にしてない。
「あ…そ…でもさ…重いって言われないの?」
輪子さんがコーヒーを飲みながらオレに聞く…
「言われないよ。 そう言うの嬉しいって言ってくれる。」
本当だ。もっと愛してって言ってくれるんだから…
「え?すごい…どんな子なのよ…?」
「耀くんもオレと同じ… 心に傷をおってた…だからお互い沢山の愛がないと足りないんだ…」
「はいはい…ごちそうさま…!」
まぁ何ともビックリ!本当どんな人なのかしらね…この慶彦を 支えるなんて…重いのに…
母親みたいな人なのかしら…?

輪子さんがじっくり観察する様にオレをジッと見つめていた…


「あ!耀くんこっち!」
耀くんがお店の中に入って来る。待ち合わせをしてたんだ。
オレは席を立って手招きした。
「椎凪…あ…誰?」
耀くんが輪子さんに気が付いてチョット警戒する…
「輪子さん。オレと同じ施設にいた人で…輪子さんも刑事なんだよ。さっきそこで偶然会ってさ。」
「は…初めまして…望月…です…」
恥ずかしそうに挨拶をする耀くん。
「あ!初めまして…」
輪子さんも慌てて席を立って挨拶した。

「いやぁ…想像してたのと違くてビックリ…
こんなきゃしゃで可愛い子が慶彦の彼女?なんか 壊れちゃいそう…色んな意味で…」
輪子さん…ベッドの中での事想像してるな…
「壊さないよ…大丈夫。耀くん強いんだから。色んな意味で。」
ベッドでは時々弱音吐くけどね。
「何だよ…強い って。」
耀くんが心外とい言った様な顔でオレに聞き返した。
「え?オレの事支えてくれるって話。」


慶彦が彼女と2人…仲良く帰って行く…
慶彦はずっと彼女に笑いかけて…本当幸せそうだった…
良かったね…慶彦……


数日後オレは仕事で遅く帰宅した。
耀くんはもうベッドの中で眠ってる…
耀くんのパジャマのボタンをゆっくりと外し始めると3つ目で耀くんが目を覚ました。
「ん…?椎凪…?」
「ただいま。 耀くん。」
「おかえり…」
オレはパジャマの上着を脱がせながら耀くんにただいまのキスをした。
人差し指で耀くんの身体をなぞる…
「何…?」
「んー…随分女の子らしい身体になったなぁって…胸も随分大きくなったよね…」
オレは耀くんの胸を揉みながら話す…
「あ…ん…椎凪…」
そして舌で胸を 遊びながら…そのまま顔をうずめた…
「椎凪…本当は…胸…触りたかった…?あっ…」
耀くんが感じるのを堪えながらオレに聞く…
「そりゃあ…ね…でも… そうすると耀くんの事傷つけそうだったから…
気にしてたでしょ?身体の事…」
「ありがとう…椎…凪…ハァ…」
感じ易い耀くんはもう息が弾んできてる…
「いいんだ…オレ…耀くんの事傷付けたくない…」

そう言ってオレは耀くんを抱きかかえて…耀くんはオレにきつく抱きついた…


参ったな…なんか目が 覚めちゃった…どうしよう…
眠れず椎凪を見ると椎凪はスヤスヤと気持ち良さそうに眠ってる…
オレはどうしたもんかとベッドの中でゴロゴロしていた…

その時……椎凪が…寝言を言ったんだ…


朝目が覚めると耀くんがベッドに居なかった…オレより先に起きるなんて珍しい。
リビングに行くと耀くんがコーヒーを飲んでいた。
「耀くん。おはよーんー… 」
オレはいつもの様に耀くんにおはようのキスを…

「 椎凪の…バカッ!!! 」
…バッチーーーンッ!!!

「 いって!!! 」
いきなり耀くんに 叩かれた!!
「え?何で?耀くん?何でなの???」 
オレは訳が分からず叩かれた頬を押さえながら耀くんを見た。
「自分の胸に聞いてみなよっ!!!」
耀くんは凄い剣幕で怒ってる…オレ何かしたのか?
「椎凪のばかっ!!」
そう言って部屋を飛び出して玄関に…
「え?ちょっ…耀くん??」
オレは後を追い 駆けた。
耀くんはそのまま祐輔の部屋まで走って玄関のインターホンを鳴らす。
「耀くん?耀くんってばっ!!」
オレがいくら呼んでも耀くんは振り向かない…
その時祐輔の部屋の玄関が開いて中から祐輔が顔を出す。
「どうした?」
同時に耀くんは祐輔の玄関に入り込んで素早くドアを閉めようとする…
オレは何とか間に合ってドアノブを掴んで引っ張った。
耀くんも中から思いっきり引っ 張ってる…
「ねえ耀くん!何なの?何怒ってるの?話合おうよっ!!」
その間もお互いが引っ張り合っていた。
「知らないよっ!!椎凪と話なんかしないっ!! 椎凪のばかっ!!」

オレは…その言葉を聞いて…力が抜けた…
思いっきり玄関のドアが閉まって…ガチャリと中からカギがかかる音がした…
ドアの… 向こう側では…耀くんの泣き声が聞える…
耀くん…一体…どうしたの…?
オレは訳が分からず…仕方なく自分の家に引き返した…

それからしばらくして祐輔がオレの家に来た…

「耀が言うにはな…お前が寝言で『輪子さん好きだよ』って言ったんだってよ…お前何か憶えあんのか?」
…!!…そう…そうか…そう言う事か…
「輪子さんはオレと同じ 施設で育った人で5歳年上の人だよ…それに…オレの初めての相手…
高校入学してすぐそーゆー関係になって…でも結局付き合う事は無かったけど…
お互い後腐れ ないのと手軽な相手って事で身体の関係は…君達に知り合う少し前まで続いてたよ…
時々だけどね…」
オレは力無く話した…何だか身体から力が抜ける…
「確に好きだったよ…初めて好きになった人だったし…オレの事分かってくれると思ってたけど…」
「重いって言われたんだろ?」
祐輔が鋭く突っ込む…それって結構 傷つくんですけど…
「………この前…偶然街で再会して…こっちに配属になったらしくてさ…輪子さんも刑事だから…
でもその時は耀くんにも紹介したよ…」
そう…あの時は耀くん… 何も言ってなかった…気にしてる様子も無かったのに…
「それっきり会ってないし…会ったからって…別に何するって訳じゃ無いし…
もう何とも思ってない… 寝言は…夢でも見たのかも知れないけど…」
耀くんがこっそりとドアから覗いているのに気が付いた…
「昔の事思い出したのかもしれないし…憶えて無いから どうしようもないけど…
でももう何でも無いよ…輪子さんとは…」
「じゃあそう説明してさっさと謝ればいいんじゃねーの?誤解してるだけなんだし…」

「 いやだよ 」
オレは耀くんに聞える様に言った。

「 だってオレ…やましい事何もしてないから。」

「 耀!? 」
オレの言葉を聞いて耀くん が顔を出した。
「オレ…しばらく慎二さんの所に泊まる…」

怒った顔でそう言うと…耀くんはオレの横を…
オレと目を合わさずに…通り抜けて行った…

オレは…耀くんに声を掛けなかった…

耀くん……どうして?…どうしてオレの事信じてくれないの…?
オレが耀くん以外の人…相手にするわけ無いのに… どうして…?耀くん…


オレは静かに目を閉じて…黙って耀くんが出て行くのを見送っていた…