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「おはようございま〜す。」
「あ…おはようございます…」

朝のエレベーターの中…最近時々会う男の人…
私が乗る5階ではもう乗って来てるって事は 上の階の人…初対面の時から挨拶してくれて…
変な人ではなさそう…でも今時の男の人では珍しいと思う…
軽い感じだけど…チャラチャラしてる訳でもなくて…
それなのにニコニコしてて愛想が良いと言うか…人懐っこいと言うか…
そんな事を思いながら彼と横に並んでエレベーターが下に着くまでずっと俯いて乗っていた。


「どーぞ。」
「あ…すいません…」
いつもそう…ドアが開くと必ず私を先に降ろしてくれる…
ちゃんと『開』のボタンを押して…
別に普通の事なのに…何だか 自分がこの人にとって特別なのかな…
なんて錯覚してしまいそうになる…
外見もそれなりに…ううん…中々の容姿だし…

マンションの出入り口に辿り着く時は いつの間にか彼が先…
ワザと遅く歩いて彼に先に行ってもらう…
だって後ろ姿見られてるなんてなんか…恥ずかしいから…

結婚は…してないみたい…
左手の 薬指に指輪は無い…でもただ単にしてないだけかもしれないけど…
あーーっ何考えてんのっっ!!

ガバッ!!

「椎凪ーーーっっ!!オハヨーーー!!」
「 !!! 」
「きゃっ!!」

外に出た途端いきなり制服姿の女の子が彼の背中に飛びついた。
そのまま彼にへばり付いておんぶしてるみたいにぶら下がる…
彼は両手をポケットに入れて彼女を支える気は無いみたいだけど…

「…降りろ…彩夏…」
……え?彩夏??
「やだよ〜〜〜」
「ダイエットしろ!重い!」
……え?うそ…
「うそばっか!重いわけ無いじゃん!
それに椎凪こんなにガタイいいんだからあたしくらい軽いもんでしょ?」
「関係ない!いいから降りろ!遅刻する。」
「一緒に行こうよ。椎凪!朝デート!ね!」
「するかっ!いいから早く…」
「 彩夏??? 」
思わず叫んだ!!
「え?あーーお姉ちゃん!」


「本当にすみませんでした…」
もう顔から火が出そうなくらい恥ずかしい…
「いや…そんなお姉さんが謝らなくても…」
「そうだよ。椎凪とは友達なんだから。」
「彩夏!!そんな馴れ馴れしい…」
「はは…」
オレは笑うしかない…

このマンションに引っ越して数日後エレベーターで一緒になったのが運のつき…
この子はこのマンションの5階に住む『遠藤 彩夏』高校1年生だ。
今時の女の子らしく気軽にオレに声を掛けて来てその時は適当にあしらった。
同じ日の昼間 仕事中に街中でバッタリ会った。
一緒にいた堂本君がベラベラと喋るもんだから刑事だって言う事がバレた。
まったく口が軽いったらありゃしない…堂本君はその 後お仕置き決定だったけど…
次の日から朝入り口で待ち伏せするようになって
今日みたいにオレが出てくると飛びついて来る…
しかも途中まで道が同じだったから始末が 悪い…

「椎凪さんだって迷惑でしょ。それに若い女の子が男性に抱きつくなんて…」
「……はぁ…」
オレは何とも言えず…こんなガキに欲情しませんから… なんて言ったらオレは変態扱いか??
「大丈夫だモン!椎凪刑事さんだよ。変な事しないもんね。」
「え?刑事さん!?」
「はぁ…まぁ…」
またバレなく てもいい相手にバレた…

オレは自分が刑事だと人にバレるのが嫌い。
刑事とわかった途端頼られる事があるからだ。
『刑事なんだから』ってね…オレは それが苦手。
刑事の仕事は好きだけど何でもかんでも頼られるのは勘弁して欲しいんだよな…
それに好奇心旺盛な奴は事件の事を根掘り葉掘り聞いてくるし…

「それに椎凪にはラブラブな恋人いるし。」
「…え?」
「可愛い人なんだよ。ね?椎凪!」
そう言って自分の事の様に愉しそうに笑ってオレの顔を覗き込む。
「どうも…」
もうオレは適当な返事をするだけ…
「ほらお姉ちゃん遅刻するよ。椎凪も行こ!あたしらも遅刻しちゃうよ。」
「あ!いけない…彩夏帰ったら ゆっくり話し合いましょう。」
「はいはい…じゃあね。」

彩夏と2人で姉貴を見送った。
「なんか正反対のタイプだな。」
正直な感想を述べる。
「そう。真面目で大人しいよ。でもしっかりしてるけどね。」
「ふーん…幾つ離れてんだ?」
「んーっと今23かな?だから8歳。」
そんな事を話しながら オレ達も歩き出した。



「もうオレの事待ってなくていいから…サッサと学校行け!」

「えーだって物騒じゃん今の世の中。だから椎凪と一緒に 行った方が安全だもん。」
「物騒って帰りは1人だろ?だったら行き帰りタクシーで行け。
お前ん家金持ちだろ?あそこのマンションに住んでるくらいなんだから。」
あのマンションはそれなりに金を稼いでないと入れない。
会社の重役クラスか社長クラス…
オレは右京君が耀くんの為に買ってくれたからオレの収入は関係ない。
祐輔もおじいさんのたける氏が祐輔の為に買った物だし…
「んなのお金勿体無いじゃん!」
「お嬢様のクセにケチだな。」
「倹約家って言ってよ!老後の為に 貯めとくの。自分の事は自分で準備しとかなきゃね!」
そう言ってオレにウインクする。
した後ふと真面目な顔になった。
「…?…どうした?」
「ホントに ね…何だか怖いんだ…誰かにつけられてる気がしてさ…」
「気のせいだろ?お前みたいなお子チャマ誰が相手にすんだよ。」
「ひっどーーーい!椎凪!!若さに 決まってんでしょ!
ピチピチの女子高校生だよ?生きが良いんだから!!ブーー!!」
そう言って口を尖らす。
「やめろ…余計ブスになってるぞ。見られたもんじゃ ない…
あ!その顔で歩けば誰も寄って来ないんじゃないか?おーそれって名案!!」
ポンと手を打った。
「椎凪ーーーー!!」

その後怒った彩夏に学校 の近くまでカバンを持たされた。



「もう明日から今朝みたいな事は止めなさいよね!」
ここは遠藤家のリビング。
帰宅した姉…茉莉に早速今朝の 事でお説教を受けていると言うわけなんだが…
当の彩夏は…
「は〜い。」
と軽い返事。
「彩夏!」
「いいじゃん別に…椎凪全然気にしてないんだから…」
「椎凪さん!でしょ?それに…いるんでしょ?恋人…諦めなさいよ。」
「え?やだな…いいんだもんそれで。」
「は?」
「あのねお姉ちゃんは知らないんだよ。 本当に仲がいいんだからあの2人。
何度か見かけた事あるんだ…2人が一緒の所。すっごく幸せそうに笑ってんの2人共…
だからあたしは恋人のいる椎凪が好きなの。 恋人の事を好きな椎凪がね。
だから今のままでいいの!別に恋人になりたいなんて思ってないよ。椎凪が好きなだけ。」
「彩夏…」
これが若さなのか…まぁ良く 恥ずかしくも無く好きなんて言えるわよね…
羨ましいと言うか…呆れるというか…昔からハッキリと言う子だったけど…
「心配しないでよ。いい遊び相手なだけ だからさ。ちゃんとわかってるから。
……それよりも気になるんだよねぇ…」
最後に小さな声で呟いた…
「え?」
「ううん何でもない。」



「気のせいじゃねーの?」
オレは呆れながらそう言った…また掴まった…
「気のせいじゃ無いよ!本当に後つけられてるんだから!!」

学校帰りに誰かに つけられているとまた彩夏が言い出した。

「あ!あれじゃん。きっとお前の事が好きな奴がいてこっそりと後つけてんだよ。
良かったな恋人が出来て。」
「もー違うって!!そう言って相手にしてくれないと後で
『相談を受けていたのに何もしませんでした』なんてTVで謝る事になるんだよ!
それでもいいの?椎凪!!」
「うるせーな…だからタクシーで通え。」
「やだ!!そしたら椎凪とこうやって朝デート出来ないじゃん!!」
「デートなんかじゃないっての…」
「デートだ もん!」
そう言ってオレの腕にギュッとしがみ付いて来る…マジいい加減にしてくれ…


「もう椎凪ってば薄情者…」

ブツブツと言いながら家までの 帰り道を歩いてる。
今日は友達も用があるって一緒に帰れなかったし
英語の補習授業受けてたからすっかり遅くなった…
金持ち学校なんだからそんな学業に力入れ なくたっていいのに…
ってあたしが頭悪すぎんの??止めよう…
自分で自分を見下してどうすんの…余計凹む…もう早く帰ろう!

気を取り直してスタスタと歩く。
なるべく人通りの多い所を選んで帰った。
でもどうしても人気の無い道を歩かなくちゃいけない所もある…そこがイヤなんだよね…
一応気にしながら早足で歩く… 本当に後つけられてるんだから…
椎凪の奴信じてくれないなんてヒドイよ!!もう!!


1人勝手にそんな事を思いながら歩いてたら…やっぱりする…足音だ!
あたしと同じスピードでついてくる…やだ…
あたしは今にも駆け出しそうな勢いで歩き出した。
ほら椎凪あたしの言った通りじゃんっ!!
もうトコトン反省しろっ!! 頭の中には自分の事が報道されてるTVの画面まで浮かんでた。
だから周りも気にしてられないほど焦って…確かめもせず道路に飛び出した。
「!!!」
目の前に 車のライトが迫ってた…あ!ヤバイ…あたし…
そう思った時グイッと身体ごと後ろに引き戻された!
誰??身体を抱きかかえられたまま後ろを振り向いた…視界に 入って来たのは…
全然見たことの無い若い男!!ちょっ…誰?あんた!!全然知らない人!!

「いやぁぁぁぁぁ!!離して!!人殺しぃぃぃぃ!!」

コイツだ!!さっきまであたしをつけてた奴!!
何?あたしを襲う為に車に轢かれるのを助けたの??うわっ!ヤダッ!!変態だぁぁぁぁ!!!

「離せ!!離せぇ!!!!」
「…あの…ちょっ…違…」
思いっきり暴れて叫んだ!!女子高生ナメんなっ!!

「彩夏うるさい!喚くな!」

「……へ??…」
聞き覚えのある声がした…この声って…
「え?…椎凪??」
声の方に視線を向けるとそこには本物の椎凪が立っていた…


「えーー!!お父さんの命令?」
「はい…最近物騒だからと…朝はこちらの方が一緒ですし…帰りはお1人で心配だからと…」
「はぁ???」
もうあたしは 頭の中がパニックで何が何だかわかんない…
「あなた父の会社の人なの?」
「はい…営業の三雲と言います…」
「彩夏の父親の会社にメールが届いたん だってよ…
最近業績を伸ばしてきた彩夏の父親の会社を嫉んでの悪戯メールらしいんだけど…
まあそんなのもザラだからオヤジさんも気にしてなかったんだらしいんだが
娘に気をつけろなんてメール送られて来たもんだから流石に気になったらしいな…
だからこっそりとお前を守る為に彼に後をつけさせてたらしい。
まぁ今日は轢かれ そうになった所を助けてもらったんだから役にはたったか?
仕事とはいえご苦労な事だよなぁ…まぁ断れないか?社長命令じゃ…」
まったく…と言いたげな視線で 椎凪があたしを見た。
「役にたったって…元はこの人が後をつけて来たからでしょ?
危うく死んじゃう所だったじゃ無い!!それに何であたしだけ??お姉ちゃんだって…」
「姉貴にもついてたんだよ。でも気付かれなかっただけ…
それに姉貴は遅くなればタクシー使ってたらしいし。」
「えーー…」
「メール送った相手は今調べてるら しいからきっと捕まるだろ…
彩夏達には心配するからって言ってなかったんだってさ。良かったな愛されてて。」
「でも何で椎凪がここにいるの?」
そう… それも不思議だったんだよね。
「彩夏が後つけられてるって言うからだろ?妄想かどうか調べてやったんだよ。
待ち伏せしてる彼を捕まえて事情を聞いたの。
そんで一応念の為に一緒について来たって言う訳。
それに本当に彩夏の事が好きな奴だったら応援してやろうと思ってさ。
上手くいけばオレに纏わりつかなくなんだろ?」

「ひっどーーーーい!!あたしをそんな何処の誰ともわからない奴に
押し付けるつもりだったの?椎凪!!」

「最初はみんな何処の誰ともわからない奴だろ。」

真面目な顔でそう言った椎凪の足のスネを思いっきり蹴りこんでやった!!



「オハヨーーーー椎凪!!」
ガバッとまた抱きつかれた。
「オレに愛想つきたんじゃないのか?」
「まさかっ!! だってあたしの言った事信じてくれたから確かめに来てくれたんでしょ?
もう隠さなくたっていいのに!!あたしの事が気になるんでしょ?ね?ね?」
そう言って 愉しそうな顔で覗き込む。
「違う!一応刑事として対応しただけ…勘違いすんな。」
それだってオレにとってはホント珍しい事なんだけどな。
そんな事を言えば 更に状況が悪化するのは分かってたから絶対口になんかしない。
「それでもいいもーん!」
メゲない奴…
「はぁ…」
オレはもう溜息しか出ない…
「もう朝からそんな溜息つかないでよ。ジジクサイ!魅力半減しちゃうよ?」
「それで結構!ホントお前しつこいな…」
「だって椎凪の事好きなんだもんっ!! ねえ今度彼女さんに会わせてよ。
遠くからしか見た事ないんだよね…ね?彼女さんともお友達になりたいっ!!
椎凪の彼女ならきっといい人なんでしょ?遠目だったから 顔良く分かんなかったけど
きっと美人さんでしょ?」
「会わせないよ!オレの彼女は人に見せると減っちゃうの!残念でした。」
冗談じゃない…コイツの事 だからオレ同様に耀くんに絡むに決まってる…
これ以上気分重くさせられたらたまったもんじゃない。
「何よーー椎凪のケチ!!」
「ケチで結構!」

そんなやり取りを毎朝の様に繰り返す。
オレとしてはこんな風に絡んでこられるのも迷惑と言えば迷惑なんだけど…
彩夏はオレを男友達の1人みたいな感覚で接して るらしいから…
同じマンションでもめてもな…近所のお付き合いも大切か?
なんてこのマンションでは必要無さそうなんだけど…
オレも随分と寛大になったもんだと 自分で驚いた。
一唏とか堂本君なんかで慣れたのか?

彩夏がニコニコと愉しそうに色々な話をオレにする…
いい加減な返事をして怒られるけど…それでも メゲずにオレに話しかけてくる。


オレはそんな彩夏を見ながら…そんなのもたまにはいいか…なんて思ってる。