99





「えっ…っと…何で?」

耀がとっても困った様な…恥ずかしい様な…そんな声でそう聞いた。
確かに…きっと本人も何故こんな事になったのか疑問でしょうが ないんだろうと思う。

途中から垂れた耳…フワフワの丸いしっぽ…
淡いピンク色のウサギの着ぐるみを耀はスッポリ被ってる。
手には大きなバスケットの カゴを持たされて…

「「きゃぁぁぁぁーー可愛い 耀君似合うっっ!!」」

目の前にいる女子2名が打ち合わせしたかの様にハモって叫んだ。
「いや…だから…そうじゃなくてさ…オレ何でウサギ??」
真っ赤になって必死に聞いた。

2人は『赤木朋絵』と『小田千恵』。
『TAKERU』のビルの 隣のコーヒーショップ『アフタヌーン』の店員。
いつも『TAKERU』の社員にはひいきにしてもらっている。
特に祐輔はここのコーヒーがお気に入り。
なので必然的に慎二もここのお店を気に入って何かと気にかけてもらっていると言うわけ。

「日頃の感謝を込めて社員の方にプレゼント配るマスコットに耀君が 選ばれたの。」
「選ばれたって…」
どう見ても選んだのはこの2名だ。
はっきり言って独断で選んだとしか言いようが無い。
「えーーやだよ…オレやだぁ!!」
オレは半ベソ状態でお願いした。
だって…本当にこんな事無理だモンっっ!!
「お願いっ!!協力してっ!!耀君の隠れファン一杯いるんだから丁度いいのよ!!」
「えーーー!!隠れファンって??何それ??」

結局泣き付かれて…断りきれずに手伝う事になっちゃった……


「こんにちは。いつもごひいきに有り 難う御座います。」
「今日はささやかながらプレゼントをお届けに伺いました。」
にこやかな挨拶をしながら2人がオフィスの中に入る。
「さぁ特別マスコット 『ラビット耀君』から皆様に贈り物です。
アフタヌーン特製の紅茶入りクッキーで〜す。」
そう言って入り口の方を振り向きながら手招きする。

『な…何で こんな事に……???』

未だに納得出来ないんだけど……でも…もう今更やめられないし……
「あ…あの……」
入り口でモジモジしながら囁く様に声を 出した…
つもりだったけど微かにしか聞えない…
オレは顔が更に真っ赤になった…心臓もドキドキバクバク…
涙まで込み上げる…うーー…死にそうだ…

一瞬オフィスの中がシン…となった。
朋絵と千恵があれ?と言う顔になる。

「いやぁぁぁ可愛いっっ」
「え?耀君??耀君なの??」
「うわぁウサギ!! ウサギさんっ!!」
「きゃぁフワフワっ!!」
「やだ!!携帯っ!!撮らなきゃ!!」
一気に歓声が上がって口々にそんな事を言いながらオレに近付いて 来る。
「…え?…え?…」
オレはビックリして垂れてたウサギの耳がビン!!と立った気がした。
あっという間に囲まれて揉みくちゃにされた!!
「わーーちょっ…違くて…これ…」

もうクッキーを渡すどころじゃない…たっ…助けてっっ!!


女の子のキャアキャアと言う声が廊下まで響いてる。
「随分賑やかですね?何かあったんですか?」
オフィスの入り口の近くにいたスタッフの女の子に声を掛けた。
「あ!橘さん!見て!見て!!」
もの凄い はしゃいでオフィスの中を指差す。
「え?」
結構な人だかりで…その真ん中に…ウサギ??うそ…見間違い??
「…あっ!!…」
そのウサギが僕に 気が付いてこっちを振り向いた。
「え?耀君??」
もうスタッフの女の子に揉みくちゃのされて…
着ぐるみのウサギの手は何人かの女の子に握られてる…
「どうしたんです?その恰好??」
何ともこの場所にアンバランスだったものだからちょっとビックリで考えてしまった。
「…………」
耀君が僕に気が 付いて彼女達から逃げ出して
僕の方に逃げてくる…あー…違う…

「 ぎゅう 」

っと僕の後ろの椎凪さんの胸に飛び込んで抱きついた。
耀君が来てるって 聞いていたらしい。
一緒に上がってきたんだ。

「 !! 」
スタッフの女の子達が驚いてる。

いきなりウサギに抱きつかれた。
淡いピンクで フカフカのウサギ…しかもウサギの顔が耀くんに似てるときた。
オレは一瞬でこのウサギがお気に入り…って…
「え?耀くん??」
「…………」
真っ赤な 顔をしてオレを見上げる瞳がウルウルと潤んでる…
またまた一瞬でオレの心臓がドキンとなった。
「どうしたの?可愛いよウサギさん。」
オレはニッコリと 笑って耀くんを見下ろす。
「だって…恥ずかしい…」
とっても小さな声だ…
「大丈夫…みんな喜んでるよ…たまにはいいんじゃない…挑戦してみて…」
言いながら耀くんの顔を持ち上げて顔を近づける。
「できる…かな…?」
言いながら目を瞑って耀くんが顔をオレに近付ける。

「 ちゅっ 」

「 うおっ!!! 」
周りから驚きの声が上がった。

「ちょっとっっ!!2人共っ!!何やってんですかっっ!!ここ会社ですよっっ!!!!」

慎二君の雷が落ちた。


『TAKERU』のビルのランチルーム…もうお昼も過ぎて誰もいない。

「あなた達も耀君にあんまり無理な事させないで 下さいっ!!」
この騒ぎの張本人の2人が慎二君にお説教されてる真っ最中。
「は〜〜い」
一応返事はしてるけど全然反省の色無しなのがわかる。
「でもウケてたよねぇ〜〜〜」
「うん。」
なんて言って慎二君に睨まれた。
「でもさウサギよりも公衆の面前でのキスの方がよっぽど恥ずかしいと思う けどなーー」
千恵ちゃんが耀くんをじっと見つめてそんな事を呟いた。
「だ…だって椎凪見たら…安心しちゃって…」
オレに抱き付きながら耀くんが顔を 赤くて返事をする。
「オレのキスは耀くんを安心させてあげられるんだよん」
そう言って耀くんをギュッと抱き寄せた。

「時と場合を無視ですけどね! 少しは周りの状況考えてくださいよ!まったく…
初めてですよオフィスの廊下でキスなんかされたの!!」

まだ慎二君の怒りは収まらないらしい…
「はは…」
オレは笑うしかない。


その日の夜…
オレはベッドの上でチョコンと座ってる…しかも何故かウサギの恰好で…
椎凪がオレのウサギの 恰好がもう一度じっくり見たいって言うから
ワザワザ着ぐるみまで借りて来た。
パジャマの代わりにウサギ着てて…って言われたんだけど…何でだろ??

「 バ タ ン !!」
「 !! 」
勢い良く寝室のドアが開いた。
「椎凪…これでいいの?」
無言の椎凪にそう尋ねた…何?何だか椎凪の様子が おかしい…
じっとオレを見つめてる目が…何だろう…変な光を発してる?
それに頭には…動物の耳??
「耀く〜〜〜ん」
が ば っ !!
「うわっ!!なにっっ!!??」
いきなり椎凪がダイブしてベッドの上にいたオレに圧し掛かった!
「ど…どうしたの?椎凪…」
椎凪は返事もしないで ニコニコしてる。
「こ…これでいいんでしょ?でも…何でウサギ…?」
「フフ…それはねぇ…」
もの凄くニッコリと椎凪が笑う。
「…それは…?」

「耀くんを食べるためっっ!!」

「うわぁっっ!!!」
そう言うと一気に胸のジッパーが引き下ろされた!
「あっ!あっ!ちょっ…椎凪…!!」
椎凪は着ぐるみの隙間からオレの身体を舐め始めた。
「じっくり時間かけて食べるから。」
更にニコニコの椎凪。
「え?もしかして…これって…」
椎凪の頭の耳を指差した。
「そうオレオオカミっ!!いただきま〜〜す!!カプッ!」
「ひゃっ!!」
そう言って椎凪がオレの胸にカプリと噛み付いた!
「やっ…!ちょっと…椎凪…まっ…」
「次は猫なんかいいかな?」
「え…?」
「そしたらやっぱり後ろからだよね?フフ」
「…………」

何だか椎凪が変な事口走ってる…冗談じゃない…そんな事絶対するもんか…

そう思いつつ…近いうちに椎凪の思惑通りの事が実行されてるんだろうな…と…
真っ白になる頭の片隅でオレは既にあきらめていた……