01
「……ぐっ……ガハッ……ゴホッ……」
「やはり駄目かい?」
足元で苦しそうにもがく男を見下ろしてその男はまるで分かっていたかのような口ぶりでそう言った。
「仕方ないね」
軽くため息をつくと面倒臭さそうに自分の足元に蹲ってる男の前に膝を着いた。
* * * * * * * * ** * *
「ご苦労様。可愛がって貰った?くっくっ…」
見下したような眼差しと言葉で中年の女がオレを出迎えた。
ここは都内のとるある大手貿易会社の別宅の玄関だ。
そんな女の態度はいつものことでオレはもう気にもならない。
「一唏は?」
「心配しなくてもちゃんと会わせてあげるわよ。大事な貴方の足枷ですものね。
ふふ……いつもの部屋に居るわ」
女が言い終わらないうちにオレは歩きだした。
「慶兄(よしにい)!!」
いつもの小さめな応接間のドアを開けると明るい笑顔がオレを出迎えてくれた。
座ってたソファから飛び跳ねるように立ってオレに向かって走ってくる。
オレのたった一つの救い……
「元気だった?」
「うん」
オレに抱きついてきた一唏の頭を撫でながら注意深く一唏の様子を観察する。
身体に……傷はない。
オレを真っすぐ見つめてくる汚れのない瞳……いつもと同じ。
手を出された形跡がないことにオレは心底ホッとした。
だからやっと全てのことに安堵して自分の方に一唏を抱き寄せる。
「俺……慶兄と一緒に暮らしたい……」
オレの胸に顔を埋めながら一唏が囁くように言う。
「ごめん一唏……それは出来ないって言っただろ……オレだって一緒に暮らしたいさ」
抱きしめたままオレの顎辺りにある一唏の頭を優しく撫でる。
このまま一唏を連れてここから逃げ出せばいいのかもしれない。
でもこう見えてここのセキュリティーは厳重できっと屋敷の門を出る前に
ふたりとも捕まるのは目に見えてる。
オレはいい……でも捕まった後一唏に何かされたらオレは……
「ごめん……言ってみただけだよ……」
ボソリと諦めたように呟く一唏。
オレ達はそれ以上なにも話さずしばらく静かに抱きしめあった。
* * * * * * * *
『もう……時間がない』
「分かっているよ」
『右京がえり好みしてるからだぞ!』
「仕方ないだろ。僕に命令するな。別に今君をここで消したっていいんだよ」
『そうやってすぐヘソを曲げる』
「うるさいね君は。方法が方法なんだ相手を選ぶのは当たり前だろ」
『だが……本当に時間がないぞ。右京』
「分かっているって」
明かりも点いていない広い部屋の中で高級なソファに深く座る
『右京』と呼ばれる男はたった一人で会話をする。
まるで他に誰かその部屋に居るかの様に……
「あれは?」
とある政治家のパーティに付き合いで参加していた。
相変わらずつまらないったらありゃしない。
話しかけてくるのは草g家の現当主である僕『草g 右京』に顔を売りたい連中と
昔からの腐れ縁の連中ばかり。
そんな中一人の男に目がいった。
歳は20前後だろうか……見様によっては社会人というよりも学生に見える。
こんなパーティにあんな若い子が居ることが不思議だったが何より彼から漂っている殺気が気になった。
周りの連中は気付いてもいないだろう……彼は全くの無表情だ。
だが僕は感じる。
きっと心の奥底に隠しているんだろう……隠しきれずに自然に出ているといったところか?
ふふ…おもしろい。
僕は自然と口の端にだけ笑みを浮かべる。
彼と視線が合ったが一瞬のことで彼は促されるように会場の外に出て行った。
確か隣に立って彼の背中を押すようにして出て行った相手はつい先日
参議院議員に当選した『湯本』と言う男だったか。
「彼は誰だい?」
その辺にいた男を呼び止めて聞いた。
「あ!草g様!!お久しぶりで御座います」
声を掛けた相手は僕だとわかると慌てていつもの挨拶を始めた。
「挨拶はいい。彼は?あの湯本と一緒にいた男だよ」
そう言ってたった今出て行った入り口の方を目だけで向けて返事を促す。
「ああ……彼…ですか」
そっちに視線を向けると納得したように頷いてバツの悪そうに言葉を詰まらせた。
「 ? 」
「草g様が気に止める様な人物ではありません」
「そんな事は僕が決める。僕に命令するのかい?」
期待してた答えを言わない男を横目で睨んだ。
「とっ…とんでも御座いません!失礼致しました。草g様は水上グループをご存知ですか?」
「水上?」
名前には覚えがあった…会ったこともあるかもしれない。
が記憶にはない。
「彼はそこの関係者で御座います。何でも幼少の頃水上会長に引き取られたとか」
「その彼がなぜこんな所に?」
会社絡みで来ているとも思えない感じだったしなにより相手の湯本という男の顔が
ビジネスの話をしてるようには思えなかった。
そう……あれは自由に出来る獲物を舌なめずりしてるなんともいやらしい雄の顔だった。
そんなふたりを見送ってる水上という男も同じような顔をしてたし。
「その……誠に申し上げ難いのですが……何でも水上グループの接待の役目を果たしているとか」
言い難そうに口篭りながらその男は言った。
「接待?」
「はあ……まあ……その……何と言いましょうか……」
心なしか男の顔が赤らんでる。
ほう…そういうことか。ふふ……
それなら話は早い。
彼を呼んでも怪しまれない口実が見付かった。
さて……さっそく僕の目が正しいことを実証しようか。
僕は男に礼を言うと傍を通ったボーイからお酒の入ったグラスを受け取りコクリと一口飲んだ。
「一体どんなプレイだ?」
壁から繋がった鎖付きの手錠に両腕を繋がれた彼が呆れたように呟いた。
次の日さっそく彼を呼び出した。
呼び出された目的は僕の相手のはずが来て早々壁に鎖で繋がれた彼が
困惑気味に聞いてきた。
しかも地下室ときたら多少は不安になるのか。
「金持ちのやることはみんなこんなもんか?」
「その口ぶりだと色々経験済みらしいね」
僕はクスリと小さく笑う。
「望んだわけじゃないけどな……」
僕から顔を背けてそう言った彼に余計興味が湧いた。
「今日は君に今まで経験したことのないことを体験してもらう」
「 ? 」
「そんな顔をするな。別に君を辱めようなんて思ってはいない。僕の相手もしなくていい」
「一体オレに何をさせるつもりだ?」
チラリと彼に警戒心が見え始めた。
「その前に……君の過去を見せてもらう」
「は?」
さらにキョトンとした顔をされた。
「話したくなくても全て話してもらう。拒むことは出来ない。君は僕には逆らえない」
「ふざけんな!!誰が!!」
ぐいっ!!っと強制的に顎を掴んで顔を僕に向かせた。
「さあ……話してごらん。君のその殺気の理由……僕は知りたい」
呼ばれた屋敷に着いたと思ったら地下室に連れて来られて当たり前のように
壁から繋がる鎖に両手を繋がれた。
まあこんなことは時々あったしそんな耐えられないこともないだろうと
気にも留めずに成り行きを見守ってたら相手がとんでもないことを言い出した。
オレの過去を話せだと?ふざけんな!!
しかもオレがいつも心の底に漂わせてる殺気までも感じてらしい。
こんな奴は初めててさっきからのコイツの行動と発言に何か嫌な予感が沸々と湧いてきた。
このままはヤバイか?でもどうやって逃げる?奴を誘って油断した隙に逃げるか?
そんなことを奴から視線を逸らさずに考えてたら顎を強制的に掴まれて余計意識を奴に向かされた。
目の前の男の目的を探ろうと考えてると合わさってる奴の瞳がギラリと妖しく輝いたように感じた。
心も身体も……全部見透かされそうな……吸い込まれそうな瞳。
いつの間にかオレの頭の中は真っ白になって……意識が過去に飛ばされたようだった。