04






夜の繁華街のラブホテルの一室で若い男女が一組。
男は30くらい女は女の子と言ってもいいくらいの見た目は高校生らしき背格好。
背中まで伸びた髪を気にもせず上着のシャツを頭から被った。

「ハァ…まあまあだったわお兄さん。まだ満足してないけどこれ以上すると
お兄さんの命に係わっちゃうから。死にはしないと思うけど当分動けないわねぇ〜
明日になればホテルの係りの人が見つけてくれるわ。それまでゆっくり休んでてよ。
って気絶してんのか……クスッ……人間ってホントひ弱」

ベッドの中でぐったりと死んでるかのように意識を飛ばしてる男に構わず話しかける。

「じゃあね〜〜♪」

ヒラヒラと手を振りながら軽やかな足取りで部屋を後にした。

「うるさいわよ!だから殺さなかったでしょ!」


他に誰もいない廊下で彼女は誰に話し掛けられ誰に怒鳴り返しているのか……





『調子はどうだ?』
「ああ……イイよ。スゲー身体が軽い」
『ならば完全に私と同化したな。能力も殆ど戻った』
「じゃ今日はいつもより長めに飛ぶか」
『好きにすればいい』

珍しくオレのお誘いに同意するロスト。

「オシッ!いくぞ」

そう言った瞬間広げれば自分の身長の倍ほどの真っ黒な翼が背中に現れてオレは力強く羽ばたく。

この街の中でも5本の指に入るであろう高層ビルの屋上から片足を軸に頭から一気に飛び降りる。

月は出てるがこの高さに夜の暗闇にまぎれればオレのことなんて誰も気づく奴はいない。

「うひゃああああーーーー最高!!気持ちいいーーー!!」

50mほど急降下して羽を広げグンと飛び上がった。
そのまましばらく黙って飛び続ける。

「なあロスト」
『なんだ』

「オレ……今……自由だ」

『そうだな』

2ヶ月前まではこんな自由な生活が待ってるなんて思いもしなかった。

弟の一唏と水上の家に引き取られてからオレは一唏を人質に取られ無理矢理身体を提供させられてた。
そんなオレをこのオレの中に居る妖魔の『ロスト』の宿主として右京君に……草g家に迎え入れられてから
水上のところに帰らなくてもよくなって弟の一唏までも一緒に暮らせるようにもなった。

妖魔の宿主になったという不安は否めないがそのお陰で人にはない能力が手に入ったし
こうやって空まで飛べる。ロストとの関係もすこぶる良好だ。
しかも草g家は日本でも指折りの資産家。
財界・政界に顔も利いてしかもその力は強大ときてる。

ロストの宿主になることを引き換えにオレと一唏の面倒は一生みてくれると右京君は言った。

『椎凪』
「ん?」

『妖魔が傍にいる』

「はぁ?急にそんなこと言われたってどうすりゃ……」
『あの白いビルに向かって飛べ』
「OK!」

とりあえずオレはロストに言われたとおりの場所に向かって飛んだ。



「 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 」

人気のない道を背中まで伸びた髪の毛を揺らしながら機嫌良く鼻唄交じりで歩く女の子がひとり。

女の子に気づかれないように彼女を見下ろせるマンションのベランダの手摺りに音をたてず舞い降りた。
妖魔の宿ったオレにとってそんな動作は造作もないことで気分がいい。

「あの子か?」
『ああ』
「まだガキだぞ」
『外見に騙されるな』
「…………」

オレは鼻歌交じりの女の子を見て半信半疑。
なんせオレ以外の妖魔の宿主との対面は初めてなんだから。

「声掛けたほうがいいのか?」
『ああ。でないと人が死ぬ』
「はあ?いきなりんなこと言うなよな」

まったく……いきなりの爆弾発言は勘弁してくれ。
仕方なく彼女の目の前に音もなく下りる。
これで普通の人間だったら一騒動だ。
思ったとおり突然空から下りてきたオレを見て彼女は目を真ん丸くしてジッと見てる。
でも幸いなことに悲鳴はあげなかったから助かった。
人気がないとはいえ叫ばれるのは勘弁してほしかった。

「あらぁ?もしかしてお仲間さん?」

ニッコリと笑った顔は高校生らしい幼さの残る顔なのにその微笑みは人とは思えないほどの妖艶な顔だ。
こんな顔で微笑まれたらどんな男でも一発で落ちるだろう。

「どうやらそうらしい。名前は?」
「あたし?それともコッチ?」

そう言って彼女は自分の胸を指差した。

「両方」
「フフ……いいわよ ♪ あたしはロイスこの子は耀。19歳……あなたは?」

「オレは椎凪。オレの中にいるのはロスト」

「ヘェ〜〜人が主導権握ってんの?ダサ……」
「?」
「だってあんな面白くもない妖魔の国から出てこれてやっと自由に動けるっていうのに
何でひ弱で低俗な人間に合わせなきゃなんないのよ」

言い終わると同時にフンッと息をハナにかけてバカにしたようにオレを見る。

「彼女はどうしてる?」

オレはそんな視線はサラリと流してまずは確かめたいことを口にする。

「いるわよ。コ・コ・に!」

そう言ってまた自分の胸を指差した。

「ただ最近はもっぱらあたしだけどね。もう出てこれないんじゃない?」
「は?」
「もともと気の弱い奴だったから……もういいでしょ?じゃあね」

そう言ってオレに背を向けるとオレと同じように背中に翼を出して軽々と飛び上がった。
オレはそんな彼女をただ呆気にとられながら見つめてた。

「はあ!?何?あの子も飛べんの?」

オレはとんでもなくマヌケな声を出してただろう。

『当たり前だ。中身は妖魔だぞ』
「あ!そうか。でも追いかけなくてよかったのか?放っておくとマズイんだろ?」

オレはすでにもう誰もいない夜空を見上げてロストに問いかける。
さっき爆弾発言したのはロストだし。

『あれならいつでも探しだせる』
「え?そう?じゃあまた今度だな」
『ああ……』

オレは腰に手を当ててちょっと反り返るように少女が消えた夜空を見上げてた。





「ね?いいでしょ。あたしとすると天国行ったみたいに気持ちいいわよ♪」

そう言ってロイスはたった今声をかけたサラリーマンの男をあの妖艶な笑顔で見上げた。
しっかりと組んでる男の腕にぎゅうぎゅうと自分の胸を押し付ける。
20代後半のサラリーマンらしき男は期待タップリの眼差しを自分の腕に押し付けられてる
ロイスの胸に向けていやらしくニンマリと笑う。

昨日と同じ夜の繁華街……新しい相手を見つけて声を掛けた。
昨夜は30代らしかったから今夜は少し若い男を選んだ。

「ホント?いくら?」
「お金なんかいらないわ。あたしを満足させてくれれば♪ ね?」

意味ありげに潤んだ瞳で誘うように下から見上げれば相手の男はもう手に入れたのも同じだ。

「よ……よし。じゃあ行こう!!」
「ええ」

こっちの狙いどおりあっさりと引っ掛かった。

ホントの天国行かせてあげる♪ ふふ……バカな男。

相手がそんなことを思ってるとは知らないサラリーマンはロイスに促されるまま歩き出した。


「ちょっと待った!その子はおいてってもらおうか」

なんだか聞いたことのある声だと思ってゆっくりと後を振り向いた。

「はぁ?」

サラリーマンの男は何事かとあたしにつられて一緒に振り向いた。

「あんた!?」

思ったとおり後には昨夜あたしに声を掛けてきた男が立っていた。
自分と同じ『妖魔』を身体に宿してる男……でもどうして?


「その子オレの女なんだ。あんた痛い目にあいたい?」

そう言ってオレは魔力をちょっとだけ解放して500円玉をペシャリと二つ折りにした。
ああ……もったいない……

それを見て男は速攻で逃げて行った。