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「入っていいか?」

右京の寝室の窓の外のテラスからルースが遠慮がちに声を掛けた。

「……ああ。それにしても随分迷惑な時間に来るものだね。今何時だと思っているんだい」

時計は午前1時になろうとしてる。

「仕方ないんだ。この時間でなければ意味がない」
「まあいい……入りたまえ」

右京の許しを得てルースは静かに部屋の中に足を踏み入れる。

「で?一体何をするつもりだい?」

寝室のキングサイズ以上のベッドの脇に置かれている応接セットのソファに座って
右京がルースを見上げている。

「約束だ。証を見せにきた」
「証?」
「手を出せ」
「何のつもりだい?」
「いいから出せ」

「僕に命令するな!」

あまりの一方的なルースの言い方が右京には気に入らなかったらしい。
ピシリと言い切られてルースは少し躊躇した気配を見せた。

「……頼む。手を出してくれ……」

あきらかに困った顔をして懇願するように右京の顔色を伺う。

「…………」

納得いかない顔をしていた右京だが右手をルースに差し出した。

「 !! 」

差し出したその手をルースが握るとそのまま自分の口元に持って行った。

「何をするつも……」

右京が言い終わるより前に右京の右手の人差し指に人よりも歯先の尖った犬歯がプツリと刺さった。

「つっ!!お前……」

右京の瞳が 『邪眼』 に変わると今度はその指先に違和感を感じた。

「ちゅっ……コクン」

「 !! 」

ルースが自分が噛んで右京の指から滲んでいる血を吸い取って飲み込んだ。

「何のつもりだい?」

「儀式だ」

「儀式?」

「オレ達妖魔が誰かに仕えるとき闇の時間に主の血を自分の身体に取り込んで忠誠を誓う」

「…………」

離された自分の指を見ると既にルースが噛んだ傷跡は跡形もなくなくなっていた。

「これでオレはお前だけのものだ」

「僕だけの?」

「ああ。オレはお前を命に代えても守る。お前が望むならこの命も捨てる」

「………」

右京は自分の指先をジッと見つめてルースを見上げた。
そんなルースが右京の目の前に片膝をついて座る。

「これからはお前がオレの主だ。オレはお前の命令しか聞かない。これが証だ。理解してくれたか?」

「お前が勝手にそう思うのなら構わないが……僕の意思は無視なのかい?」
「?……迷惑と言うことか?」

ルースがまた戸惑った顔をする。

「別にそんなことはないが……僕の迷惑にならないように気をつけるんだね。
僕の気持ちが変われば何の迷いもなく僕はお前を捨てる」
「……わかった。だがそうならぬようにオレも気をつける」
「それから……」
「なんだ?」
「僕のことを 『お前』 と言うな。まったく妖魔という生き物は礼儀というものを知らないのかい?」
「ならば何と呼べばいい?ああ……ではロストと同じように 『右京』 でいいか?」
「…………」
「ん?何だ?」
「僕は君の主ではないのかい?」
「では 『ご主人様』 か?」
「…………もういい。行きたまえ。僕はもう寝る」

呆れたように視線をルースから逸らしてベッドに向かう。

「傍にいなくてもいいのか?」
「必要なときは呼ぶ。言っただろう。僕の迷惑になるようなことはするなと」
「わかった。オレが必要な時は呼んでくれ。すぐお前の……右京の傍に駈けつける」
「………行きたまえ」

「おやすみ右京。オレはお前がオレの主だということを誇りに思う」

そう言って真っ黒な羽を出すとルースは音もなく夜空に飛び上がった。

「妖魔という生き物はつくづく不思議なモノだな。人間を主とするか……」


右京はそう呟いてしばらく月も出ていない暗い夜空を見上げていた。





「はっ…はっ…んあっ……!!!」

真夜中の高層ビルの屋上で耀の喘声がずっと響いている。

「耀……」

椎凪に後ろから攻められて大きく仰け反った。

「まだ…まだだよ……もっと聞かせて……耀の声」
「……あ…ああ…し…いな…だめ…や…」

今度は椎凪の下に組み伏せられて両手を頭の上に押さえ込まれもう片方の椎凪の腕は
耀の片足を思い切り引き上げて畳み掛けるように奥へ奥へと耀を押し上げた。

「あ!あ!あ!……あああっっ!!」




「月が綺麗だね……椎凪」

やっと話せるようになった耀が椎凪の腕枕に頭を乗せて呟いた。
澄み切った夜空には黄金に満ちた満月が浮かんでいる。

「夜椎凪と会うなんて珍しいよね?」
「たまには気分を変えてさ。それより身体大丈夫だった?下コンクリートだったのすっかり忘れてた」
「大丈夫だよ。それにちょっとくらいの傷なら直ぐ治っちゃうもん」
「そうだけど」

つい初めての外での行為にテンションがあがって耀に気を使えなかった。
まったくオレってば……

「外でするなんて初めてだからなんか愉しい」
「だろ?どうも満月の日は身体が疼いて外に出たくなる」

オレと耀は珍しく夜会って抱き合った。
たまにはこんなのも良いかと夜中の街のど真ん中のビルの上でしてたってわけで……
未だにふたり共裸でゴロンとコンクリートの上に寝転んでる。

「大学はちゃんと行ってるの?」
「うん。椎凪と知り合ってからロイスも落ち着いたから。ちゃんと通ってるよ」
「そっか。それは良かった」
「椎凪……」
「ん?」
「ありがとう」
「え?」
「だって椎凪に会えなかったらどんなことになってたかって考えると
今のこの生活が信じられないんだもん。
ちょっと前まではこんな落ち着いた日が来るなんて思ってもみなかった」
「オレだって同じだよ。右京君とロストに会わなければオレだって……
いやオレと一唏は今頃どうなってたか……」

「……………」
「……………」

ふたりで黙ってしばらく月を眺めてた。

「そうだ耀。服着てオレと一緒に夜空のランデブーと洒落込もうか?」
「え?」
「思いっきり羽広げて飛ぶんだよ。気持ちいいよ。オレ時々そうやって遊んでるんだ」

「私……あんまり飛ぶの上手じゃないから……」
「じゃあオレが教えてやるよ。なんならオレが抱っこして飛んでもいいし」
「……椎凪が…一緒なら……」
「決まりね!じゃあもう1回したらそういうことで」
「え?今すぐじゃないの?」

ちょっと抵抗する耀を簡単に押し倒した。

「すぐだよ。すぐ終わらせるから……だから……言うこと聞いて耀」
「え?え?ええ?だって……今…いっぱいした……あ…ちょっ…椎凪…やん…」

同居を許されたあの2人も人としての生活を手探りで始めている。

これから先オレ達にどんな生活が待っているのか想像はつかないけど……

アイツ等のところにいたあの頃に比べればどんなことにも耐えられる。



「ねえ…耀……」

優しく攻めながらそっと呟く。

「……はあ…あ……な…に?」
「これって……交わってるの?それとも……」
「……え?」

「愛し合ってるの?」

「椎凪……」

「…………」

オレは耀の答えを待ってる。

「愛し合ってるんだよ。最初から……そうだったよ」

「!!」


そう言ってニッコリ笑った耀にオレは何度も何度もキスをした。